儒教は宗教か政治学か?忠と孝がつくる死後も続く親子関係
前回までは一神教、インド、仏教の死生観が扱われてきました。今回の老いと死の歴史編7は中国から始まり、楊さんはまず、中国の基本的なイデオロギーである儒教が宗教なのかどうかは微妙だと話します。
儒教では皇帝が天を祀り、人々は先祖を祀ります。このあたりは宗教的です。一方で孔子は怪力乱神を語らず ── 『論語』にある言葉で、孔子は怪異・暴力・秩序を乱すこと・鬼神について語らなかったという意味。儒教の現実主義的な姿勢を示す一節として知られていますと言い、スピリチュアルなことは語らないという立場をとりました。
楊さんは、スピリチュアルな話を避ける教えそのものが、ライバルとなる他の宗教への警戒感の表れだったとも解釈できると話します。その意味で、儒学は一応政治学でありながら、宗教の側面もあるという整理です。
政治学としての儒教では、人が人を支配することが鍵になります。そこで重視されるのが、政治的リーダーへの服従である「忠」と、親など血縁の年長者への服従である「孝」です。
忠と孝
リーダーと親という「一つ上の人」に服従する
ピラミッド
社会のメンバー全員の服従がつながり、全体の階層ができる
政治の安定
ピラミッド体系があるから中国の政治は安定する、という考え方
儒教では、親への服従は親が亡くなった後も続きます。親はやがて先祖の列に加わり、自分もいずれ死んで子や孫に祀られます。だからこそ、中国の人々にとって親や子どもは非常に大事な存在だったと楊さんは説明します。
親子の関係っていうのは、死者になっても親子の関係のままなんだ。
儒教の死者は、抽象的な霊魂になって自由に暮らすわけではありません。現世の関係を引きずったまま死者の世界にいるという考え方で、輪廻とも、神の国での救済とも違うパターンだと整理されています。
樋口は樋口のままってことですよね、これ。
ただ、儒教には死そのものへの洞察があまりないと楊さんは指摘します。政治の良し悪しは生きている間の振る舞いに表れ、その振る舞いは歴史書に刻まれます。そのため、中国の人々にとっては、歴史書に名前と業績が残ることが非常に大切でした。
後の世の知識人が自分のことを書き継いでくれるように、同じ価値観を持つ儒教集団が大切にされます。楊さんは、今を生きながら未来の人からは過去として生き、歴史書を読んで過去も生きるという「重複した時間感覚」があると表現しています。
いや、だから歴史の中で生き続けているっていう感覚かもしれないですね。
歴史に名が残らない人はどこへ?道教が描いた死者の国と鬼籍
歴史に名前が残るエリートはそれでよくても、そうでない人はどうするのか。楊さんによると、その受け皿として出てきたカウンターカルチャーが、道教や老荘思想 ── 老子と荘子に由来する思想。人為を退けて自然のままに生きることを説き、儒教の礼や秩序を重んじる姿勢とは対照的な立場とされますでした。
中国にはもともと死後の世界のはっきりしたイメージがなかったようです。仏教が輪廻と地獄の概念を持ち込み、道教がそれを受け入れたことで「死者の国」が考え出されていったと楊さんは話します。
道教の死者の国には、現世の皇帝にあたる閻魔がいて、官僚機構もあり、死者が人々として暮らしています。まったく現世と同じものとして死者の国が想像されていたわけです。
人が亡くなることを「鬼籍 ── 死者の名前を記す帳簿のこと。「鬼籍に入る」で亡くなることを指す日本語の慣用表現になっていますに入る」と言うのも、この世の戸籍を失い、あの世での鬼の戸籍を得るという発想から来ていると説明されます。
道教からだったんだね、閻魔様っていうのはね。
え、ごめんなさい、アホみたいなこと聞きますけど、霊幻道士って道教ですか?キョンシー。
樋口さんの質問に、楊さんは映画『霊幻道士』のキョンシーも道教の世界観だと答えます。死者の国があるので、魂を呼び出したり、魂の抜けた肉体をハックして動かしたりできる、というオカルティックな発想を道教は持っていたそうです。仙人が出てくる物語も同じ系譜にあたります。
出家が「困る」中国で、なぜ葬式仏教が生まれたのか
中国の思想界では、儒学・道教に並ぶもう一つの柱が仏教です。ただ、楊さんによれば、中国で仏教は受けが悪かったといいます。
理由は出家です。儒教では自分の家の先祖を祀ることがとても大事です。お坊さんになって子どもができず子孫が絶えると、自分は祖先として崇拝してもらえなくなります。
お坊さんになって子供ができないで子孫がなくなると、自分は祖先として崇拝してもらえないわけですよね。
そのため中国の仏教は国家管理の宗教となり、省庁のような位置づけになっていきました。それでも出家する人は出てきます。祖先崇拝の列から外れた人たちを弔うために特別な方法が必要になり、それが葬式仏教へ発展していったと楊さんは説明します。
出家
儒教の祖先崇拝の列から外れる人が出る
家族が弔えない
本来は家族があげる葬式をあげられない
寺が責任を持つ
お寺が葬式をあげるやり方ができる
日本へ
日本ではお寺が葬式をやる習慣として根付く
もともとインドの仏教では、生も死もないという立場なので、人が亡くなることは大きな問題ではありませんでした。中国の事情と組み合わさることで、仏教が葬式を担う形が生まれたわけです。
今僕らが普通に当たり前と思ってやってるあの葬式って、仏教と儒教のハイブリッドというか、ミックスして生まれたものが伝わってきてる。
楊さんは中国の死生観を、政治中心主義的で人の行いを重視し、死はその「行い」の適用範囲内に置かれるものだとまとめます。深く考えられなかった死の部分を道教が拾い、現世の写し鏡としての死者の国を示した、という整理です。
神様ですら死を恐れる?黄泉の国とまれびとに見る日本の原体験
続いて楊さんは日本の死生観に移ります。日本にはもともと固有の死生観があり、その上に儒教や仏教が入ってきて考え方を豊かにしました。ただ、基本の考え方は元のものからあまり変わっていないのではないか、と楊さんは見ています。
文献としてもっとも古いのは、8世紀初めごろに成立した古事記と日本書紀です。そこには、亡くなった妻イザナミを追って夫イザナギが黄泉の国へ行き、見ないでほしいと言われた姿を見てしまって追われ、岩で道をふさぐ神話があります。
楊さんはこの神話から、日本人が死後に黄泉の国へ行くと考えていたことがわかると話します。黄泉は地底にあり、鬼や悪い神がいて、帰ってきたら体を洗わなければならないほど死の穢れにまみれた場所です。
農耕が始まったころの日本人にとって、共同体の外の海のかなた・地の底・山の上は未知の異界でした。そこからやって来る異質な他者を、民俗学ではまれびと ── 民俗学者の折口信夫が提唱した概念。異界から時を定めて訪れる来訪神や、外からやって来る客人のことを指しますと呼び、これが日本人にとっての神々のような存在だったといいます。
日本神話の神々は死にますし、死を前にするとうろたえます。
そうですよね。めっちゃ人間臭いですよね、この辺の話。
神様自身が死の穢れを落とさなければならないほど死を恐れているので、日本人にとって神様は、死に際して頼りになる存在ではありませんでした。楊さんは、自分の力だけで死に立ち向かうことが日本人の原体験だったと説明します。
煩悩と地獄はどう入ってきた?ただ生きることがマイナスになる
日本の固有の死生観があるところに仏教がやって来ます。仏像は当初「金人(かねひと)」と呼ばれ、神様の一種と捉えられていたようです。その後、仏教は国家機関の一部となり、荘園を支配する勢力にもなっていきました。
楊さんは、仏教が日本人に2つのインスピレーションを与えたと話します。1つは煩悩の考え方、もう1つは地獄の考え方です。
ご飯を食べ、セックスをして楽しく生きることは普通のことで、罪悪感はなかったと考えられる
修行して悟るべきとされ、ただ生きている状態はマイナスの価値になる。怠けて生きると地獄に落ちると言われるようになる
日本に伝わった地獄のイメージは、仏教的というより道教的で、死者がいじめられる場所になりました。仏教では地獄は輪廻の一局面にすぎず、終われば次に生まれ変わりますが、日本人には輪廻の部分があまり響かなかったといいます。
新しい考えみたいなのが入ってきても、それが抜本的に人間の考え方を変えるわけじゃなくて、元々の考え方とどんどんミックスされていっちゃうわけなんですよね。
樋口さんが日本らしい特徴だと受けると、深井さんは、他の地域でも元々の死の概念を完全に変えるのは難しく、少しずつ変わるか混ざるかになるのではないかと話します。
なんか元々持ってた死の概念を完全に変えていくとかって難しいんじゃないかなと思う。ちょっとずつ変わるか混ざるかみたいなこと多分なってる。
楊さんも、アフリカや南米、フィリピンでキリスト教徒を自認する人々の実践に元の宗教が反映されている例は多いと応じます。そのうえで、一神教・インド・中国と比べると、日本は比較的変わってしまう特徴もあるかもしれないと付け加えています。
祟る怨霊と守る仏教、平安貴族の政治闘争から生まれた組み合わせ
ミックスのもう1つの例として楊さんが挙げるのが、怨霊の考え方です。平安貴族の主な仕事は政治で、その中身は限られたポストをめぐる人事争いでした。
勝つ者がいれば負ける者もいます。福岡にゆかりの深い菅原道真のように、恨みを飲んで死んだ人は怨霊になると考えられました。死んだ人が祟るという概念は、どちらかといえば元々の日本の考え方、神道に近いものだと楊さんは話します。
一方の仏教には祟りの概念はなく、むしろ身を守るプロテクションを提供していました。祟りを「ブラックマジック」、仏教の守りを「ホワイトマジック」とたとえ、両者が補い合う形でミックスされたという説明です。
神道で来る祟りに対して仏教のホワイトマジックで戦うみたいな。なんかこう、その世界はうちの世界と違うからないじゃなくて、違うけどあるみたいな感じで存在はしてるの面白いですね。
寺請制度が葬式仏教を決定づけた、戒名と三途の川の世界観
日本社会で特徴的に起きたこととして、楊さんは江戸時代の寺請制度 ── 江戸幕府がキリシタン禁制などを背景に設けた制度で、人々にいずれかの寺の檀家となることを求め、寺がその身元を証明しましたを挙げます。すべての人がどこかのお寺に所属するよう定めたものです。
江戸幕府の成立以前、仏教集団は自分で土地を持ち、税を取り、武装して戦国大名のように戦争にも参加していました。幕府はそれをやめさせたい一方で、お寺を全滅させるつもりもありませんでした。
そこで、人々はお寺に所属し、そのお寺で葬式をあげ、お寺はその代金で存続する、という形ができます。楊さんは、現代で仏教が「葬式仏教」と揶揄されるのはここから始まっていると話します。この形は、中国の禅宗のやり方が輸入されたものだといいます。
葬式仏教の世界観では、人は死ぬとブッダの弟子になり、ブッダも同然とされます。弟子としての名前である戒名をお寺につけてもらい、三途の川を渡ってあの世へ行く。その後の段階を踏ませるために、四十九日や三回忌などの法事を行うと説明されています。
楊さんは、因果関係ですべてを捉える元々の仏教とはまったく違い、あの世へ行くという日本人の元々の考え方が踏襲されていると指摘します。
なんかすごい日本料理が海外で出されたら全然日本料理の原型を留めてないみたいな。
楊さんは、単細胞生物と人間が似ていないのと同じで、始まりと到達点だけを見ているから違って見えるのであり、中間を追えば少しずつ変化してきたことがわかると話します。
本居宣長の国学と朱子学はなぜ結びついたのか
日本で起きたもう1つの面白いこととして、楊さんは国学の登場を挙げます。江戸時代の研究者である本居宣長 ── 江戸時代中期の国学者。『古事記伝』を著し、儒教や仏教が伝わる以前の日本人の心を古典から明らかにしようとしましたは、古事記を研究して日本人とは何か、日本という国とは何かを考え、人は死ぬと黄泉の国へ行くという考えに行き着きました。
当時、一般に学ばれていたのは儒学の一派である朱子学 ── 南宋の朱熹が大成した儒学の一派。江戸幕府が重んじ、武士の教養の中心となりましたです。儒学は死を扱わないので、死を説明する他の教えと結びつくことができます。
ただし、儒学の先祖崇拝と矛盾しない死後観でなければなりません。楊さんは、候補の中で先祖崇拝とコンフリクトしないのは国学だけだったと説明します。
| 教え | 死後の行き先 | 先祖崇拝との関係 |
|---|---|---|
| 国学 | 黄泉の国 | 黄泉の国で先祖になると考えられ、矛盾しない |
| 仏教 | 極楽 | 出家すると先祖にならず、ぶつかる |
| 道教 | 地獄(死者の国) | 先祖は死者の国で暮らし続けるので、ぶつかる |
こうして国学と朱子学を組み合わせた考え方が生まれ、そのイデオロギー的な側面を強調したものが尊王攘夷論でした。尊王攘夷論を学んだ人たちが、明治維新を動かす大きなエネルギーになったと楊さんは話します。
平田篤胤の「英霊」は、どうして靖国神社につながったのか
国学をイデオロギーとは別の形で継承したのが平田篤胤 ── 江戸時代後期の国学者。本居宣長の没後の門人を名乗り、死後の霊魂のゆくえを重視する独自の神道(平田神道)を唱えましたです。平田篤胤は独自に神道を学び、平田神道と呼ばれる新しい流派を作りました。
楊さんによると、平田篤胤はキリスト教の聖書を読み、霊の概念を知ったようです。そこから、人は死ぬと黄泉に行くのではなく、目に見えない霊になるのだと考えるようになりました。
尊王攘夷論が広まり、国のために命を落とす人が出てくる時代です。国に命を捧げた人の霊は特別な存在ではないかと考えられ、それを英雄の霊、つまり「英霊」と呼び、国の行く末を見守り加護してくれると考えるようになったといいます。
そうか、そういう意味か。尊王攘夷論につながっていくっていうのは、ここで接続するわけですね。
明治政府の成立までには、戊辰戦争などで多くの人が亡くなりました。戦死者は寺請制度に基づいて家族に引き取られ、仏教式の葬式があげられます。しかし政府としては、国のために戦った人たちに報いる必要がありました。
そこで英霊の概念が使えると考え、全国で眠る戦死者の霊を呼び集めて儀式を行う招魂祭が生まれます。この招魂祭を行っていた東京招魂社が、のちに靖国神社になったと楊さんは説明します。
「もうどれでもいいじゃん」、死生観は社会のコンセンサスで決まる
英霊の概念が思いつかれ、それを使えると考えた人が導入する流れについて、深井さんは技術のようだと話します。
政治のニーズがこういう概念を社会に実装していくっていう、なんか流れが面白いですよね。
コンセンサスコストが低いやつが広まるから、基本、社会って。
深井さんは、思いついた人は真実だと思っていたはずだとしつつ、真実なら説明しやすいと考えた人が広め、受け取る側もそのほうが気持ちいいと感じて定着していく、と見ています。ここまでの変遷をすべて見て、深井さんは「もうどれでもいいんだ」と感じたそうです。
好きなの選ぼって思った。ここまでを見て。自分に都合のいいやつ選んどこ。それ以上のことできないからって思ったね。
楊さんは、死をどう考えるかが、葬式や招魂祭のような死への振る舞いを引き出し、その振る舞いがみんなの考え方と同期していくと整理します。そうして死をある程度認識可能なものにしているものの、死が何かはわかっていないので、とても自由に決めている、という見立てです。
楊さんはこの状態を、パソコンの仕組みはわからなくても使えている感覚にたとえます。樋口さんが日本はどの類型にあたるのかと尋ねると、楊さんは「すぐそばで子孫を見守る」3番目の類型だと答えますが、深井さんは、日本では生まれ変わりも黄泉の国も英霊もすべて言えてしまうと指摘します。
なんか混ざって矛盾してるけど、別に俺らそれでいいとかもめちゃくちゃ面白いんだよね。
深井さんによれば、大事なのは矛盾がないことではなく、「死んだらこうなるんだろうな」と思えている状態にあることです。生まれ変わると思う人と完全に消滅すると思う人では振る舞いが変わりうるものの、社会として重要なのは一人ひとりが大体どう思っているかというコンセンサスだと話します。
楊さんは、死に高い解像度を求めない人が大多数で、細かい解像度を求める人が哲学者や宗教者になるのではないかと応じます。深井さんはさらに、ペストの流行のように死が身近になると説明がないと不安になり、死が遠くなるとどうでもよくなる、その繰り返しを人間は古代からしてきたと話しています。
ニヒリズムの2つの系統と「常識的な無神論者」としての私たち
一神教・インド・中国・日本の死生観を見てきて、現代の感覚からは「科学的ではない」と思えます。では科学的・合理的に考えると死はどうなるのか。楊さんは、それを考えてきたのが西洋近代哲学だと話します。
1つの例が、ニーチェらが標榜したニヒリズムです。楊さんは、ニヒリズムには大きく2つの系統があると説明します。
自分が死ぬと存在しなくなり、この世界や周囲の人々の存在もなくなる。世界を観測する私が消えれば世界も消滅したも同然、と考える点でより徹底している
自分が死ぬと存在しなくなるが、この世界や周囲の人々は存在し続ける
ただ、誰かが亡くなっても世界が消えないことを、私たちは実際に見ています。楊さんは、ニヒリズムは常識の無根拠性を指摘し続けるものだとしたうえで、私たちが使う言葉は、意味を運んできた人々のつながりがあって初めて成り立つと話します。
言葉を信じるとは、自分以外の自分のような存在を信じ、その人たちの経験も自分の経験と同じように信じることです。楊さんはこれを常識的な感覚だとして、私たちは神様は信じていないが常識はある「常識的な無神論者」だと表現します。
常識的な無神論者にとって、世界の信頼できる像を与えてくれるのが科学です。科学者たちが時間的なつながりの中で意味を考え、世界は分子と原子でできているといったことを教えてくれ、私たちはそれを信じています。
科学は「なぜ私なのか」を説明できない、偶然性とユニタリアン
楊さんは、このシリーズで何度か触れてきたように、科学は繰り返し起こることは説明できても、1回しか起きないことはなかなか説明できないと話します。サイコロの出目の確率は説明できても、その瞬間に1が出た理由は教えてくれません。
これって僕たちがこの世界に存在することと同じなんですよ。
科学は世界がどのようであるかを教え、楊さんが生まれたメカニズムも説明できます。けれど、なぜそれが楊さんなのかは説明できません。
だからそうですね、ヤンヤンさんは偶然生まれてきてるってことですよね。
そう。なぜヤンヤンなのかっていうことは科学は教えてくれないんです。
楊さんは、これが近代的な合理性の弱点だと指摘します。根拠に基づいて多くのことを説明できても、1回しかない私たちの生がなぜここにあるのかは「偶然だから」となってしまいます。この偶然性に気づいて語り始めたのが、ハイデガー ── 20世紀ドイツの哲学者。主著『存在と時間』で、人間が死へ向かう存在であることを掘り下げましたやサルトルといった哲学者だといいます。
楊さんによれば、この偶然性に説明を与えられるのが一神教です。神には意図があり、樋口さんを作ることも、救うかどうかを決めることもできる。人間には説明してくれなくても、神には説明できるはずだという考え方です。
合理性と、その弱点である偶然性を一神教に説明してもらう考え方を組み合わせたのが、キリスト教の一派ユニタリアンだと楊さんは紹介します。ハーバード大学もユニタリアンの学校のようだと話しています。
楊さんの説明では、ユニタリアンは神が自然や物の一つひとつに宿るという汎神論的な考え方をとり、イエス・キリストを神の子ではなく偉大な先生と考えるそうです。そして人は亡くなると自然の中に還ると考えます。
八百万っぽい。
死生観の6類型をおさらい、結局どれを選ぶのか
最後に楊さんは、老いと死の歴史編で見てきた死生観を6つの類型でおさらいします。
| 類型 | 考え方 | 例 |
|---|---|---|
| 1 | 他の人間や動物に生まれ変わる | インドの宗教の輪廻 |
| 2 | 別の世界で永遠に生き続ける | 一神教の終末後の世界 |
| 3 | すぐそばで子孫を見守る | 日本の宗教、英霊 |
| 4 | 子孫の命の中に生き続ける | 儒教、道教 |
| 5 | 自然の中に還る | ユニタリアン |
| 6 | 完全に消滅する | ニヒリズム、科学、唯物論 |
楊さんは、これまで見てきた考え方はある程度この6類型に分けられるとしつつ、深井さんや樋口さんが言ったように厳密に分かれるわけではなく、1つの考え方が複数の類型を同時に持つこともあると補足します。
わー、どれ選ぼうかな。2と、2と5で。
樋口さんの軽い選び方に、楊さんが「750円になります」と注文のように返し、場が笑いに包まれます。
科学でも地獄の存在とかを否定しきらんので、そのどれかが究極的にわからない状態の中で、各社会がなんか川が下に流れていくみたいな感じで、各社会にとって一番コストの低い説に落ち着いてるんじゃないかな。
深井さんは、強い信仰を持つ人に口を挟むつもりはないとしたうえで、真理はあるのかもしれないがわかりようがない、現代ではおのおのが好きなものを選べばいいのではないかと話します。
僕一番面白いのはスピリチュアルだなとか非科学的だなとか思ってたことと、あんまり全部変わらない同列っていうのが一番面白かった。
深井さんは、以前の回に出てきたコヨーテの神話とユニタリアンが、証明のレベルでは本質的に変わらない点がいちばん面白かったと振り返ります。樋口さんが「人は死んだらパスタになって茹でられる」という自作の死生観を出すと、楊さんは1番目の類型に分類されると返しました。
結局ね、信者を獲得できた人がね、納得させられた神話が一番強い神話ですからね。
まとめ
今回は、儒教・道教・中国仏教を経て、日本の黄泉の国、葬式仏教、国学、英霊、靖国神社へと続く死生観の変遷が語られ、西洋近代哲学と6類型の整理で締めくくられました。新しい考えは元の考えを置き換えるのではなく混ざり合い、社会にとって納得しやすい説に落ち着いていくという見方が、回全体を貫いています。
- 儒教は死後も親子関係が続くとし、死そのものより、歴史に名を残す生き方を重視した
- 中国で出家者を弔うために生まれた葬式仏教が、江戸時代の寺請制度で日本に定着した
- 国学と朱子学の結びつきが尊王攘夷論を生み、平田篤胤の英霊の概念が靖国神社につながった
- 科学は繰り返すことは説明できても、「なぜこの私なのか」という偶然性は説明できない
- 死生観は6類型に整理できるが実際は混ざり合い、社会のコンセンサスとして定着していく




