本気か茶番か?半信半疑な入学許可 〜招かれざる女子医学生の登校〜
解説の深井龍之介さんとMCの樋口聖典さんが、アメリカ初の女性医師を目指したエリザベス・ブラックウェルの挑戦を語る第7話。29もの医科大学に願書を出し、ことごとく門前払いされた彼女が、なぜたった一校から入学許可を得られたのか。その裏には男子学生たちの「悪ノリ」がありました。COTEN RADIOのショート編から、その内容をまとめます。
医師への第一歩、ディクソン兄弟との出会い
医師になることを決意したエリザベス。しかし当時、正規の医師として身を立てるには大学に入って学位を取る必要がありました。免許制度はまだ緩かったものの、学位は信用の証だったのです。
ところがエリザベスには問題がありました。お金がない、そして医学の素人である、という二つの壁です。
そんなエリザベスを救ったのが、ディクソン兄弟エリザベスより年上の元医師と現役医師の兄弟。エリザベスに個人指導を行い、医学書を自由に読ませ、教職の仕事も紹介してくれた、初期の貴重な支援者。でした。兄弟はエリザベスを応援し、個人指導を引き受け、家にある医学書を自由に読ませ、さらに教職の仕事まで紹介してくれたのです。
お金を稼ぎながら医学の勉強もできる。エリザベスはこんな言葉を残しています。
ある日、ディクソン家の年配の家政婦が頭痛で困っており、エリザベスが診てあげたところ症状が緩和されました。おそらく治療というよりは偶然だったとのことですが、家政婦は感謝し、その家ではエリザベスを「ドクター・ブラックウェル」と呼ぶようになります。小さな成功体験を積み重ねていったのです。
さらに、自分の手で解剖もやってみました。とはいえ最初は人間の体ではなく、死んだ甲虫の頭と胴体をナイフで切るというところから。それでも結構な嫌悪感に耐えながらの挑戦でした。人体骨格模型を借りて学ぶことも、当時の女性にとっては「はしたない」とされる非道徳的な行為だったのです。
孤独と憂鬱、そして神からの啓示
勉強漬けの日々の一方で、エリザベスは精神的に追い詰められていきます。自分がやっていることがどれほど大変なことか、本人が一番自覚していたからです。
女性が医者になることは「人類の道徳的な覚醒につながる崇高な事業」と信じていた反面、「本当に大丈夫か」「自分にはできるのか」という迷いも常にありました。もともと社交的ではなく、孤独感や悲観的な感情に引き寄せられやすい性格だったといいます。
追い打ちをかけたのが、寝床のマットレスがノミだらけだったこと。樋口さんが「いきなり次元が違う」とツッコむほど現実的なストレスですが、こうした諸々が積み重なり、ついには自殺したいとまで思うようになります。
極限まで追い詰められたとき、彼女が出会ったのが「神」でした。彼女自身の言葉をそのまま紹介します。
ある星明かりの夜、窓辺に立ち、山々の輪郭を見つめていた。山々はまるで、大切にしているすべてのものから自分を絶望的に閉ざしているように見えた。
これから先に何が待ち受けているのかという疑いと恐れが渦巻き、自分が引き受けようとしていることの重大さに突如として圧倒され、激しい恐怖に襲われた。
精神的な絶望の苦しみの中で「おお、神よ、助けてください。支えてください。主イエスよ、導いてください」と叫んだ。
眩い光のような栄光の存在が魂を満たし、絶望は消え去った。「自分の努力は正しい方向に向かっている。人類の進歩を定める大いなる摂理の秩序にかなっている」と知った。
この後の人生でも、その確信が揺らぐことは二度となかったといいます。
なんかもう色々悩んでたけど、あ、もう吹っ切れたみたいな。よし、もう俺もう決めた、やるわみたいな感覚は普通にありますね。
極限のメンタルに追い込まれた時に見出す、内側から見出す、活路みたいなものですよね。
28校からの門前払いと「男装したら?」
覚悟を決めたエリザベスは、本格的に医科大学への入学活動を始めます。しかし、ここからが本当の戦いでした。
著名な医師たちに手紙を出すも、ほとんどが無視。理由も説明されないまま却下されたり、要求にキレられたりもしました。中には親切心から「あなたは女性だから医者じゃなくて看護婦の方がいい」と助言する医師もいたといいます。
エリザベスを応援していたディクソン兄弟ですら、「女性が男性と一緒に解剖学を学ぶのは無理なんじゃないか」と考えていたほど、当時の常識は厚い壁でした。
埒が明かないと感じたエリザベスは、直接医科大学に願書を持って行きます。しかし返ってきたのは、大声での嘲笑、脅し、無言の視線。中には「そんなに医学を勉強したければ男装したらどうですか?」とアドバイスする者まで現れました。
しかし、エリザベスにとって男装での学位取得は本質を見失う行為でした。
結果、エリザベスは28校から断られます。それでも諦めないどころか、むしろ燃えていきました。「私は目的を達成しなければならない。それを諦めるくらいなら死んだ方がマシ」という言葉が残っています。
ジェネバ医科大学からの入学許可
そんな中、たった一校だけ入学を許可してくれた学校がありました。ニューヨーク州のジェネバ医科大学19世紀半ばにニューヨーク州西部にあった医学校。日本語ではジュニーヴァ医科大学とも表記される。1849年にエリザベス・ブラックウェルを卒業させたことで、アメリカで初めて女性に医学位を授与した学校となった。です。
エリザベスは諦めと希望が入り混じった気持ちで封を開けたといいます。そこには「あなたの入学申請を本校は賛同します」と書かれていました。「歴史のドアが開いちゃった」と思ったそうです。
すぐに妹のエミリーに興奮気味の手紙を書きます。「マジで嬉しい。今私は地上で一番ラッキーな人間だ」と。同封されていた大学案内を読みながら、博物館や図書館、解剖の標本、外科手術の実習、手頃な学費……と、ウキウキで報告しています。
めっちゃウキウキしてるやん。医学めっちゃ好きやん。
パッと荷物をまとめ、列車の切符を買って、ジェネバ医科大学へと向かったエリザベス。しかし、その入学許可の裏には驚くべき「手違い」がありました。
男子学生たちの悪ノリが歴史を動かした
実は、ジェネバ医科大学の教授たちもエリザベスを入学させるつもりは毛頭なかったのです。断りたかった。しかし、エリザベスの願書にはウォリントン医師エリザベスを応援していた有名な男性医師。彼の推薦状が大学への願書に同封されていたため、学校側は単純に断れない状況に陥った。という有名な医師の推薦状が添えられていました。
学校が直接断ると角が立つ。そこで教授たちは姑息な手段に出ます。
ところが、教授たちは男子学生という生き物のノリを舐めすぎていました。
男子学生たちはこの女子の入学打診を、「近隣のライバル学校からのいたずら」だと解釈したのです。自作自演のジョークだと思い込み、「これをネタにちょっと騒ごうぜ」というノリになりました。
初期インターネットのノリやん。
学生集会は欠席者ゼロ、想像を絶する熱狂ぶり。男子たちが代わる代わる登壇しては「我々は男女平等を推進するぞ!」「女性にも平等に勉強する権利がある!」と、全力でふざけた演説をぶち上げます。「女子入学OKすれば超ウケる」というノリです。
採決では「賛成!」の叫びとともに帽子が宙を舞い、ハンカチが振られました。ただ一人、真面目な学生がためらいがちに反対意見を述べると――
怖くなった学生は主張を引っ込め、全会一致でエリザベスの入学が決定
こうして、男子学生たちの悪ノリによって、ジェネバ医科大学はアメリカで初めて女性医学生を受け入れた革新的な学校になってしまったのです。
当時の医学校という場所
そもそも、ジェネバ医科大学の男子学生たちはどんな連中だったのか。一言でいえば、田舎のやんちゃな奴らです。学長のもとには、近隣住民から「学生たちの乱暴な振る舞いをなんとかしてくれ」という抗議文がよく届いていたといいます。
解剖用の遺体としては、黒人(多くは奴隷や元奴隷)の遺体や乳幼児の遺体が多く使われていました。教会の墓地の外に隔離された土地に埋められた遺体は盗み出しやすく、乳幼児の遺体は軽くて運びやすく安価だったためです。エリザベスも後にお兄さんへの手紙で「黒人の赤ん坊の遺体を買って解剖するつもりだ」と書いています。
また、この学校に入る男子は「医学に強い動機を持っていない者」も多かったといいます。当時、医者は「他に何をやってもダメな少年が目指すもの」という側面もあったのです。
勉強できる青年は都会に出て法律を学び、法曹の世界へ。エリートの仕事として確立されていた。
科学的権威と怪しさの両面を持ち、社会的地位はまだ高くない。「他にできることがない息子に勧める」職業でもあった。
ジェネバ医科大学のような田舎の小規模校では、農家の息子などが医学を習いに来ていました。今の医学部のイメージとは全く違うのです。
「マジで来たの?」初めての登校
そしてついに、エリザベスが初めて学校の講義に出席する日。教室では男子学生たちがあくびをしたり、だらしなく座ったり、全くやる気のない様子でした。
そこにバーンと扉が開き、エリザベスが入ってくる――。
男子学生たちは来るとは思わなかった。教授たちはエリザベスに来てほしくはなかった。
当時の描写が残されています。彼女は教授の後をついて教室に入り、飾り気のない服装のほっそりした姿で、高く滑らかな額、しっかりとした顎のライン、中央分けの金髪をしていた。席に着くと鋭い眼差しを教室の前に向け、100名以上の男子学生はまるで麻痺したかのように静まり返ったといいます。
普段は騒がしい男子たちの教室が、わずかな中断もなく厳粛な雰囲気で授業を終えました。
とはいえ、ここからが本当の戦いです。好奇の目線、嫌がらせ、街の人々の視線。一般人までもが講義にやってきて、エリザベスをじろじろ見る珍獣扱い。特に街の女性たちからの拒否反応は強烈でした。
「女性が男子学生に混じって大学の講義に出ているぞ」
「体のことなどというはしたない話を聞こうとしている女だ」
「医者になるなんて、きっと悪い女か、頭のおかしいかのどっちかに違いない」
そんな中で、エリザベスは視線を基本的に無視する戦略を取ります。「これまで経験したことがないほどの自制心を発揮しなければいけなかった」と語るほどの、強い自己コントロールでした。
一方で、彼女は別のことにも気づき始めます。
視線を浴び続けるのは疲れることでしたが、同時にエリザベスは自分が注目されている状況を楽しんでいる自分にも気づきます。深井さんは「医科大学で初めて主役になったという感覚を得たのではないか」と分析しています。この高揚感をもう一度味わいたいという気持ちが、今後の彼女の人生の節々でモチベーションになっていくのです。
同時に二つのあれがありそうですね。恥ずかしさと快感が。
エリザベスがこの学校で変わるだけじゃなくて、彼女の存在が周りに影響を及ぼすようになるんですよね。
まとめ
エリザベス・ブラックウェルがアメリカ初の女性医学生となるまでには、信念と覚悟、そして偶然の連鎖がありました。ディクソン兄弟との出会いから始まり、極限の孤独の中で得た「神からの啓示」、28校からの門前払い、そして男子学生たちの「悪ノリ」によって偶然開いたジェネバ医科大学のドア――。
歴史の扉は、必ずしも崇高な意思だけで開くわけではありません。当事者の鉄の覚悟と、周囲の取るに足らないノリが、思わぬ形で噛み合ったときに動き出すこともある。エリザベスの物語はそのことを鮮やかに示しています。次回は、エリザベスが医科大学の中で周囲にどんな影響を及ぼしていくのか、さらなるドラマが描かれます。
- エリザベスはディクソン兄弟という支援者に恵まれ、医学の独学と教職の両立を実現した
- 孤独と憂鬱の極限で「神からの啓示」を体験し、医師を目指す覚悟が固まった
- 28校から門前払いされても「男装すれば医者になれる」という提案を拒否。女性の姿のまま医師になることが信念だった
- ジェネバ医科大学の入学許可は、教授たちの「うまく断る」シナリオが裏目に出た結果。男子学生たちが悪ノリで全会一致の賛成を出してしまった
- 当時の医学校は今の医学部とは全く違い、田舎のやんちゃな男子学生が集まる場所だった
- 初登校では男子学生たちも教授たちも驚愕。エリザベスは強烈な視線に耐えながらも、「主役になった」高揚感に気づき始める

