体重10キロ増、ケーキ1.5切れで限界。体が教える老い
この回のテーマは、楊睿之さんが提案した「老い」です。楊さんは、以前取り上げた「死」の一歩手前の段階として老いを考えたいと話し、自分たちもそれほど若くないので思いをはせてみたいと切り出しました。
またね、テーマとしてはもしかしてネガティブに捉えるかもしれないですけれども、でも結構大事なテーマだと思いますし、私たちもそんなに若くないので。
樋口聖典さんが「老いを感じることはあるか」と尋ねると、深井龍之介さんがまず挙げたのは体力の低下でした。深井さんは20代から体力がなかったものの、今はさらにないといいます。
深井さんが一番驚いたのは体重の変化です。大学時代は身長165センチで48キロ、高校時代は46キロというガリガリの体型だったのが、今は58キロになっています。
標準体重は60キロなんで、まあ太ってはないですけど。え?って思った。
樋口さんは、昔太らなかった人も年を取ると太るという話はよく聞くと応じます。深井さんはもう1つ、味覚の変化も挙げました。
ケーキとか昔もう何切れでも食べれてたんですけど、本当に1.5切れぐらいで限界。甘すぎて食えない。
深井さんは甘いものを今でも好きだと言いつつ、量が食べられなくなったことに身体的な老いを感じていると話しています。
「体が終わってる」と言われる樋口さん。鈍い体と頭の回転
樋口さんは、自分は昔からずっと体が弱く、よく病気もすると話します。整体やストレッチの店では、施術者から「今まで見た中でベスト3に入るくらい体が終わっている」とよく言われるそうです。
まずコリとかが、その肩甲骨とかに指がもう全く入らないと。硬すぎて。
楊さんは、樋口さんが7〜8時間ぶっ通しで座ったまま作業していたツイートに触れ、深井さんも睡眠の少なさを指摘します。そこで樋口さんは、自分は体のきつさや快適さに鈍感なのだと打ち明けました。
深井さんは、樋口さんの状態を内受容感覚 ── 体の内側の状態を感じ取る感覚のこと。心拍や呼吸、空腹、体温、胃腸の動きなどの生理的な信号を知覚する働きを指しますが鈍いのではないかと表現します。深井さんは、自分の中で何が起きているかを感じる感覚が弱いのは結構危険だと話しました。
飯も食ってないし、水も飲んでないし、トイレにも行ってないですよ。で、あれ?と思ったら7時間経って、あ、トイレ行こうと思った時にドワって来るんです。なんか疲れが。
体の鈍さとは別に、樋口さんが最近感じている老いは頭の回転です。毎日考えていることのスピード感が落ちてきているといいます。
深井さんも人の名前が覚えられないと共感しつつ、脳は筋肉と同じで、使えばある程度パフォーマンスを維持できるらしいと話します。一方の樋口さんは、自分は人より相当頭を使っているほうだと思うと返しました。
楽しみを老後にとっておいてはいけないのか?
楊さんが「老い」をテーマに選んだきっかけは、友人の父親の話でした。その人は現役時代に仕事を頑張り、引退したら海外旅行に行く、本をたくさん買って1日中読むといった老後の楽しみを期待していたそうです。
(年を取ったら)時間もあるのに体力がないと。それを聞いた時にすごい感じることがあって、楽しみはもう老後にとっちゃいけないなと思ったんですよ。
ところが実際に引退すると、体力も集中力も落ち、老眼もあって本が読めず、海外旅行に何度も行く体力もなかったといいます。この話を聞いた楊さんは、物事の優先順位の判断基準を変えたほうがいいかもしれないと感じました。
現役時代
仕事を頑張り、旅行や読書を老後の楽しみとして期待する
引退後
時間はできたが、体力・集中力・視力が落ちる
楊さんの気づき
読みたい本ややりたいことは、動けるうちにやるべき
樋口さんが、楽しみを老後にとっておく感覚が明確にあったのかと尋ねると、楊さんは「明確にはないが、時間ができたら旅行や読書や新しい趣味に挑戦できると、ふわっと思っていた」と答えています。樋口さん自身は、楽しみを老後にとっておくとは1ミリも思ったことがないかもしれないと話しました。
そこから話は、年を重ねたときに感じる楽しみの種類はそもそも違うのではないか、という方向に進みます。海外旅行は難しくなっても、その時期にしか感じられない楽しみがあり、できないからこそ新しいものを見出せるのが人間だという見方が示されました。
新しいものを見出すにはエネルギーを使うものの、そのエネルギーは年を取っても尽きないのではないか、という意見も出ます。実際に年を取ってもやっている人はやっている、というのがその根拠でした。
90代の切り絵と96歳の陶芸。老いるとは成熟すること
樋口さんは、63歳上の祖母の話をします。今は90歳を超えていますが、80過ぎまで家で紙を切って貼る切り絵のような作品を作り、壁にかけるなど、とてもクリエイティブなことをしていたそうです。
楊さんも、自分の曽祖父が96歳で亡くなるまでずっと陶芸をやっていたと続けました。楊さんは、創造性のエネルギーは年齢とともに落ちるわけではないと考えています。
若い時に陶芸やってなかったんじゃないかな、多分。逆に。(年を)取ってから始まることも多分すごくあると思うんだよね。
ここで、老いは見方を変えれば成熟することだ、という捉え方が示されます。年を取ることはネガティブに語られがちですが、実際にはそうではないと感じているという話です。
歴史などは特に、年を重ねるほど楽しくなるという実感も語られました。20歳のときより30歳、30歳より35歳の今のほうが楽しく、40歳、55歳、95歳となるにつれてもっと楽しくなるはずだ、という見通しです。
人生は一枚の絵か、毎回描き直す山か
一方で、老いをもっと悲観的に捉える見方も出てきます。50歳になったら認知症になるつもりでなんとなく生きている、老人になった自分にはあまり期待していない、という考え方です。
この見方の背景にあるのは、人生を一枚の絵として捉える感覚です。この考え方を持つ樋口さんは、自分の死を「完パケ納品」と捉えていると過去の回でも話していました。
若い頃は、どこに山を描き、どこに川を流し、人を何人描くかを鉛筆で下描きしている段階です。年を取るにつれて決めるべきところを決め、色を塗り始め、80〜90歳になったら仕上げて、自分の作品として残る一枚にしなければならない。年を取ると自由度が減るとはそういうことだ、という捉え方です。
この話を聞いた深井さんは、自分の感覚はまったく違うと話します。深井さんには、人生を完成させるつもりがまったくないといいます。
だから道半ばで死んでももう全然OKって感じ。ほんと。だし、その可能性を常に内包してるわ。
深井さんは、歴史を学んだ影響もあって、完パケ納品したと思っても実はそうではないこともあると考えています。過去の積み重ねを踏まえつつも、それを必ずしも踏襲する必要はないので、現在は常に自由だという感覚です。
常に自由なんですよ、この現在が。っていう感覚がすごい強い。だから毎回ずっと山描き直してる感覚の方が強い。
下描きから色塗り、仕上げへ進み、残る作品にする
完成を目指さず、瞬間ごとに自由に描き直す
美しい作品のために自分を使う。死にかけて変わった価値観
樋口さんは、自分の人生を自分目線では見ていないと話します。自分が楽しく生きようとはあまり考えておらず、神様視点から、死んだ後まで含めて自分を見ているといいます。
深井さんが「自分を喜ばせることも大切だ」と言うと、樋口さんは、いい作品を作るために自分を喜ばせたほうがいいという順番で考えていると答えました。
そっちの方が便利っていうか、楽っていうか。で、やっぱ俺美しい作品を作りたい。
深井さんは、樋口さんの考え方だと自分が何かをするための道具になってしまい、きつくないのかと問いかけます。樋口さんは実際の生き物であり動物で、道具ではない、という指摘です。
もうすげえメタ視点ですけど。(そう)いう捉え方が僕にとっての自由だし、喜びだし、幸せなので。
樋口さんは、この感覚が変わったのは病気で死にかけ、死を意識してからだと振り返ります。深井さんは、自分は本気で死のうと思ったことも病気で死にかけたこともないので、その段階を越えた人の心境なのかもしれないと受け止めました。
これやってなくて、これやってないし、これをこの人に伝えてないし、この感覚まだもうちょっと自分の中でアップデートできるとかって、要は後悔が残ってるんですよ。
深井さんが「それは相手のためなのか」と聞くと、樋口さんは自分のためだと答えます。樋口さんにとっては、自分という作品を未完成のまま世に出したくない、という感覚だといいます。
「作品にする以外やることない」深井さんと、自分を自分の子供と見る感覚
人生を作品として見ていないと話していた深井さんですが、考えるうちに、自分にも作品の要素があると気づきます。だからこそ自分は世界史のデータベースを作っているのだと深井さんは話しました。
もう究極的にはさ、俺やることないわけよ。もうはっきり言って生きてて。飯食ってクソして寝る以外にさ、やることがない。
深井さんは、以前の回でタグチさんが話していた「自分を使い切る」ほどの使命感ではないとしつつ、自分という人間をどう操縦するかを考えると、最初は目的がないと話します。目的がなければ本当に何もしない人になってしまうので、目的を作らなければならないという感覚が強いそうです。
で、人文学領域で社会に役立とうと思ってやってるので、そういう意味では自分は作品ですね。
さらに深井さんは、ネットで話題になったうつ病の漫画に触れ、自分を自分の子供と同一視する感覚があると打ち明けます。過去の回で話した「人に言ったら傷つくようなことを自分に言わない」という発想の延長線上にある考え方です。
樋口さんが戸惑うと、深井さんは樋口さんの息子とらのすけくんを例に説明しました。とらのすけくんのためなら何でもしたい、身を捨てられるという気持ちを、自分自身に向けるということです。
それ(子供への気持ち)があるから、死にたいと思うことはもちろんあったよ。人生で。本気で死のうってなんないわけ。
世界の主人公が子供になる。ドラクエ5と、本能か社会性か
深井さんの話を受けて、樋口さんは、とらのすけくんが生まれたときに価値観が大きく変わったと語ります。自分が生きている世界の主人公が、自分からとらのすけくんに変わったという感覚です。
樋口さんはこの感覚をドラクエ5 ── 1992年発売のRPG『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』。親子三代にわたる物語で、主人公の息子が伝説の勇者になるという設定が特徴ですにたとえます。ドラクエ5では、主人公は父親と旅をし、やがて結婚して子供が生まれ、その子供が勇者になります。
だから今までって勇者が当たり前のように主人公やったんですけど、勇者のお父さん主人公っていうドラクエ5の設定があるんですけど、むちゃくちゃしっくりきてるんですよ、それが。
深井さんは、全国の父親や母親の多くはそうなのかもしれないと応じつつ、自分は子供がいないのでわからないと話します。そのうえで、子供を主人公と感じる感覚は本能ではなく、社会性によって形づくられている可能性が高いのではないかと指摘しました。
楊さんも、歴史の中では子供を捨てることが普通にあったと補足します。深井さんは、親としての感覚は社会的な概念によって形成されたものではないかと考えつつ、子供を育てるうえでも、まず自分を大事にすることがとても大事だと話しました。
会社は社員のものか、事業のものか?
樋口さんは、子供が主人公であることと、自分の身を粉にすることはまったく違うと話し、会社にも同じことが言えると続けます。樋口さんは、会社は社員のものだと考えていますが、社長がつらそうではいけないとも考えています。
地域やお客さんを幸せにするにはまず社員が幸せでなければならず、社員を幸せにするにはまず社長が健康で楽しくなければならない。樋口さんは、自分が不健康だった時期の実感からそう学んだといいます。
社長
まず社長が健康で楽しくある
社員
社長が元気だと、社員を幸せにできる
地域・お客さん
社員が幸せだと、地域やお客さんを幸せにできる
深井さんは、会社を社員のものだと思ったことがないと話します。自分のものとも思っておらず、会社は事業のためにあるものだと考えているそうです。
だから、ぶっちゃけ会社なくなってもよくて、全員社員がフリーランスでバーンってこう、それぞれやりたいことやってればいいんですけど、会社の方がみんなやりたいことやりやすそうだから、会社っていう形に。
深井さんは、事業を進めるためにみんなが集まっていて、自分もその一員だという感覚だと説明します。事業を進めるために自分たちが幸せである必要はあるものの、一番大切なのは事業が進むことだという考え方です。
社員が自由にやりたいことをするための土台、器
事業を進めるためにメンバーが集まる場
深井さんは、どちらが正しいというより企業理念の違いだとしています。楊さんも、こんな話はこれまでしたことがなかったと振り返り、3人の人生観の違いが表れた時間になりました。
老いたら将棋と「老害チャンネル」。老いを楽しむために
話が大きく広がったところで、楊さんが「老い」のテーマに引き戻します。深井さんは、老いたくないと思いながら老いるのは嫌でしかないので、発想を転換したいと話しました。
まあ恐れることはないけどね。老いになれば老いなりの楽しみがあるだろうし、仮に楽しめなくても、それも人生かなというふうに。
樋口さんは、老いたら最悪みんなで将棋をすればいいと提案します。電気代もかからず公園でもできるというのが理由です。
深井さんと楊さんは、中国では公園で将棋をしたり踊ったりする人が多いという話で盛り上がり、楊さんはそれを「最高の福祉」と表現しました。樋口さんは、0円でできる楽しみをみんなでやればいいとまとめます。
もうここの3人がもし老いて何か楽しみがなくなったら、何かまたYouTube始めましょうよ。
楊さんが提案したのは、70歳ぐらいになったら始める「老害チャンネル」です。事実認識がずれまくった政治批判をひたすらするという冗談に、樋口さんは「これで老後の楽しみができた」と笑い、明るい雰囲気で回を締めくくりました。
まとめ
体重や味覚、頭の回転の変化といった身近な老いの話から始まったこの回は、老後に楽しみをとっておくことへの疑問を経て、老いを成熟と捉え直す視点へと進みました。人生を一枚の絵として仕上げるのか、毎回描き直すのかという違いから、3人の人生観や会社観の違いも浮かび上がっています。
- 体力や集中力が落ちる前に、やりたいことは今やるべきだという気づきが語られた
- 老いは衰退だけでなく、その時期にしか感じられない楽しみを見出す成熟でもあるという見方が示された
- 樋口さんは人生を完成させる作品と捉え、深井さんは瞬間ごとに自由に描き直すものと捉えている
- 深井さんは、自分を自分の子供のように大事にする感覚が支えになっていると話した
- 会社を社員の器と見るか、事業のための場と見るかでも、人生観の違いが表れた


