十字軍が縮めた東西の距離と大航海時代
前回までにサラディンが亡くなり、十字軍国家も滅びていきました。最終回となる今回は、十字軍という運動が世界に何をもたらしたのかが紹介されます。
深井さんによると、十字軍以前の西ヨーロッパは、ビザンツ帝国ともイスラーム世界ともほとんど交流がない、遮断された状態でした。
実際にシリアとかエジプトとかに歩いて行ったり、船で行くっていう行動を通じて、あ、行けるじゃんって。あんまり遠くないじゃん。
十字軍の遠征は、西ヨーロッパの人々に「中東へは行ける」という感覚を植え付けました。巡礼者が増え、物資も移動するようになり、東西交流のきっかけになったと深井さんは話します。
十字軍国家へ物資を大量に運ぶ必要から船は大型化し、航海技術が進化していきます。陸路中心だったヨーロッパが、海を使って少し遠くへ行く経験を積んだことが、のちの大航海時代 ── 15〜17世紀に、ヨーロッパ諸国が航海によってアフリカ、アジア、アメリカ大陸へ進出した時代。世界規模の交易と植民地化が進みましたへの「いい感じのステップ」になったといいます。
面白い。最初は戦いに行ってたのに。
十字軍の遠征
シリアやエジプトへ実際に行き「行ける」という感覚が生まれる
人と物の移動
巡礼者が増え、十字軍国家へ物資を運ぶようになる
船の大型化
輸送量の増加で航海技術が進化する
大航海時代へ
海を使って遠くへ行く経験が次の段階につながる
敵から武器を買って攻める? 商人たちの別の論理
深井さんによると、キリスト教の商人とムスリムの商人は、戦争が行われていることとはあまり関係なく取引をしていたようです。
取引されたのは、絹、香料、香辛料、金などの高価な商品から、小麦やワインなどの生活必需品まで。果ては軍需品まで普通に売り買いされていたといいます。
え、その、いや、だから敵国から買って、その買ったやつで。
攻めるというのをお互いやってるとかいうことが普通に起こってたみたいですね。
楊さんは、キリスト教徒やイスラム教徒が一つの価値観だけで動いていたと考えがちだが、実際には一人ひとりが生身の人間で、優先順位も違ったと指摘します。
それぞれはやっぱ普通の生身の人間だからさ、優先順位がそれぞれ人によって違うんだよね。
深井さんは、相手が誰かで取引を分け隔てしたくないのが商売の特質だと話します。グローバルな市場経済とまではいかないものの、小さな市場はこの時代に形成されていたといいます。
貨幣経済の浸透とギリシャ哲学の「逆輸入」
十字軍を通じた商業の発生を元手に、西ヨーロッパはそれまでにない発達を遂げていきます。当時のヨーロッパ人自身も、イスラームやビザンツの方が豊かで進んだ暮らしをしていると感じていたようです。
深井さんによると、遠方との商取引は貨幣経済の発展を促しました。イタリア諸都市や北ドイツの諸国が商業都市として発展し、離れた両者をつなぐために貨幣経済がさらに発展したといいます。
もう一つの重要な影響が、ギリシャ哲学のヨーロッパへの還流です。ゲルマン人はローマ帝国の言語を使えず、キリスト教とも衝突するギリシャ哲学は西ヨーロッパに浸透していませんでした。
一方、アラブのイスラム国家はギリシャ哲学を受容していました。それが十字軍をきっかけに西ヨーロッパへ逆輸入され、スコラ哲学 ── 中世ヨーロッパで発展した学問体系。キリスト教の教義をギリシャ哲学、特にアリストテレスの論理を使って体系的に説明しようとしました、さらにルネサンスや宗教改革、啓蒙思想へとつながっていったと深井さんは説明します。
イスラム国家での受容
アラブのイスラム国家がギリシャ哲学を受け継ぐ
西ヨーロッパへの還流
十字軍を通じて知的資産が戻ってくる
スコラ哲学
キリスト教の中でギリシャ哲学をどう解釈するかを体系化
ルネサンス・宗教改革・啓蒙思想
スコラ哲学を足がかりに生まれていく
楊さんは、イスラム側をことさら持ち上げるつもりはないと断ったうえで、アッバース朝 ── 8世紀から13世紀にかけて続いたイスラームの王朝。首都バグダードを中心に、学問や文化が大きく発展しましたではあらゆる学問が極められていたと話します。
アッバース朝の人間からすると、西ヨーロッパって本当言っちゃ悪いですけれども、ちょっとうちらと差がめっちゃあるよねっていうふうな認識だったと思います。
理念で戦う本国と、共存を迫られる現地
深井さんは、十字軍国家での経験も重要だったと話します。十字軍はもともと「聖地を浄化する」というイデオロギー色の強い運動として始まりました。
しかし十字軍国家の土地では、ムスリムや、ムスリム以外の人々とも協調しなければ生きていけませんでした。現地に住む人々と、ヨーロッパから毎回やってくる十字軍の間で、意識の差が広がっていきます。
現地の現実を知らず、イデオロギー的に戦おうとする
ムスリムなどとも一緒に生きていかなければならない
深井さんは、理念と現地の現実の乖離が、十字軍を徐々に失敗させていったと話します。
事件は現場で起きてるんだってやつよね。
贖罪のフォーマットから宗教改革へ
十字軍には、従軍するだけで罪が贖われるという仕組みが定着していました。深井さんは、これが「贖罪するフォーマット」として何度も繰り返されたと振り返ります。
このフォーマットは、十字軍にお金を出すだけで救われる、教会にお金を出すだけで救われるという考えへとエスカレートしていきます。そこにカトリック教会の内部から異を唱えたのが、ルターとカルヴァンでした。
十字軍への従軍
従軍しただけで贖罪される
十字軍への出資
お金を出すだけでも救われる
教会への献金
教会にお金を出すだけで救われる
宗教改革
ルターやカルヴァンが反発する
楊さんは、ルターたちの主張を「救済の主体は神であり、人の行いではなく信仰を通じて人は救われる」とまとめます。
なんかこういう現象に対して、十字軍が、まあ実はこう間接的っていうか、影響を与えてるっていうことですよね。
誰も誰も想定してないっていう。
深井さんは、十字軍がヨーロッパにもイスラム世界にも大きな影響を与えたことが世界史上の意義だとまとめます。その中でクライマックスだった第三次十字軍に、サラディンという英雄がいたという話でした。
人はなぜその決断をしたのか?
エンディングで樋口さんは、社会福祉などシリアスなテーマの回が続いた中、今回はリチャードなど笑ってしまう場面が多かったと振り返ります。深井さんは、現場では人が死んでいるので笑えないと思うと付け加えています。
シリーズを通じて深井さんが改めて意識したのは、京都産業大学の梶原良一先生が語っていた、人間は複合的な要因で動くという気づきでした。
自分が起業したのはこれが理由だとかさ、自分が結婚したのはこれが理由だとかさ、なんか本当は違うじゃん。
ものすごい複合的な要因の中のリアクションであったりするわけじゃん。それを後々僕たちは意思だっていう風に呼んだりするんだけど。
深井さんは、口で言われるより歴史を通じて知ることで、人間の理解を深められると話します。
樋口さんは、BOØWYの高橋まことさんが、メンバー4人に解散理由を聞けば、それぞれ違う答えが返ってくるだろうと語っていた話を紹介します。
楊さんは、西ヨーロッパのキリスト教徒と、シリアやエルサレムにいるキリスト教徒とでは、生きている現実そのものが違い、認知も分かれると補足します。
合理的に選んだつもりの決断は本当に合理的か?
樋口さんは、口で言っていることがその人の本音とは限らないと話します。深井さんは、本人ですら本音に気づかないことがあり、理性がどれほど決断に関わっているのかは怪しいと応じます。
なんか僕は理論上こうこうこういう理由で、こういうメリットとデメリットがあるからAという道を選んだって俺は思ってるんですけど、なんかね、最初からAとBやったらAって決めてて。
それめっちゃありますよね。あと逆に本当に合理的に選んだやつって、後で後悔したりするんだよね。
深井さんは、人間認識のパターンは過去の哲学で解明されていると認めつつ、いくつかのバリエーションを持っておくべきだと話します。
樋口さんは、国、宗教、商業というくくり方で、同じ人間の分類がまったく変わることも面白かったと振り返ります。同じ土地で相互に関わりながら、人々は違う文脈とモチベーションで動いていたといいます。
| 切り口 | 分け方 |
|---|---|
| 国 | 土地や、誰が統治しているかで分かれる |
| 宗教 | カトリックやムスリムなど、国とは別の分類になる |
| 商業 | 同じ人・同じ土地でも、宗教や国と別の文脈で動く |
多分商人たちがその体験してる現実とかは、やっぱりそのリチャードとかさ、サラディンが体験してる現実とはやっぱ違うかもしれないですよね。
上司にしたいのはサラディン
樋口さんからシリーズの感想を聞かれた楊さんは、まず「サラディン好きですね」と答えます。
じゃあ自分が誰を上司にしたいかって言ったら、サラディンかなっていう思い。
楊さんは、バイバルスやリチャードは物語として面白いものの、上司にしたいのはサラディンだと話します。深井さんが「水かけてもいいしね」と茶化し、笑いが起こりました。
楊さんは、人間にフォーカスしたシリーズは久しぶりで、歴史上の人物の肌の温度を感じられたと振り返ります。深井さんが「構造系をやりすぎたね」と応じると、楊さんは構造も人間もそれぞれ面白いと話します。
サラディン側の文献が少ないのはなぜ?
楊さんによると、サラディンは資料が少なく、学者自身がバイバルスと比べて書くのが難しいと言うほどの人物です。日の当たりにくい人物を取り上げることが、コテンラジオの果たせる価値の一つだと話します。
深井さんは、日本語では十字軍側の本はたくさんあった一方で、サラディン側の文献は少なかったと振り返ります。アラビア語やトルコ語なら多くあるのではないかと考えています。
そうね。そうね。俺らが認知できる世界の偏りみたいな感じだよね。
深井さんは、西洋の大学から出てくる研究が良しとされがちで、日本からは西洋史が多く見え、イスラームやアフリカの歴史は極端に少ないと話します。楊さんはそれを「ブラインドスポット」と表現しました。
コツコツ守り続けたサラディンの強さ
樋口さんは、サラディンが派手に攻める人物ではなく、地道に続けていたところに幸運が訪れる場面が多かったことに惹かれたと話します。
ビジネスでも成功したプロダクトやイベントに目が行きがちですが、樋口さんは、守りを固めて失敗しないように続けていたところが、たまたま大きく当たることが多いと感じています。
よく言う運がいい時にそれを享受できるところにいるのが難しいってやつですよね。それ(運を享受すること)をサラディンは確かにちゃんと全部やってるよね。
樋口さんは、コテンラジオも最初は再生回数が少なかったものの、楽しいからと質を落とさず作り続けた結果、潮流が来たと重ねます。楊さんは、キリスト教側からも「敵ながら素晴らしい人」と言われたのかもしれないと話しています。
次回はハンニバルとポエニ戦争
深井さんは、次回のテーマとしてハンニバルとポエニ戦争を予告します。有名な話ながらまだ扱っておらず、カエサルのシリーズからだいぶ時間が経ったため、ちょうどよいと考えたといいます。
ローマのね、カルタゴの、ローマの、まあ好敵手ですよね。ハンニバル、ポエニ戦争やろうかなと思うんですよね。
樋口さんが選んだ理由や面白いポイントを尋ねると、深井さんは「それはダメです」と答え、ハンニバルのシリーズの第1話で聞いてほしいと話しました。
まとめ
十字軍は宗教戦争であると同時に、東西の交流や交易、貨幣経済、思想の還流、宗教改革まで、誰も想定しなかった影響を世界史に残しました。シリーズを終えた出演者たちは、人間が複合的な要因で動くことや、地道に続けるサラディンの強さを改めて感じたようです。
- 十字軍は東西交流のきっかけとなり、船の大型化を通じて大航海時代へつながった
- 戦争中でも商人たちは取引を続け、西ヨーロッパの貨幣経済を発展させた
- イスラム世界が受け継いだギリシャ哲学が戻り、スコラ哲学やルネサンスにつながった
- 贖罪のフォーマットのエスカレートが、ルターやカルヴァンの宗教改革を招いた
- 人は複合的な要因で動き、その違いを歴史を通じて理解できる





