ナチスの前期は「良い時代」だった?
前回までに、ヒトラーが事実上の独裁権を得るまでが語られました。深井さんによると、ヒトラーはヒンデンブルク ── ヴァイマル共和国の大統領を務めた軍人。1934年に亡くなり、ヒトラーが大統領の権限も引き継ぐきっかけになりましたの死後に「フューラー」、つまり総統になります。
総統は大統領と首相の両方の権力を持ち、憲法を越えて行動できる立場です。そのうえで深井さんは、ナチスの前期は国民からめちゃくちゃ評価されていた、と切り出します。
(ナチス前期の)時代は良かったって皆さん本当に言いますよ。
ユダヤ人以外ですけど。
ナチス前期の評価を支えた一つ目の実績は、失業率の改善です。政権が誕生した1933年には大量の失業者がいましたが、5〜6年後には大きく減ったと深井さんは説明します。
ただし雇用の中身の多くは、軍人や工事現場の作業員でした。速度無制限区間で知られる高速道路アウトバーン ── ドイツの高速道路網。ナチス時代に建設が大きく宣伝され、雇用創出の象徴として扱われましたの建設などが、その代表例として挙げられています。
深井さんは、雇用施策の多くは前の政権がすでに打っていたもので、ヒトラーの功績ではないらしいとも補足します。それでもゲッベルス ── ナチスの宣伝大臣。新聞、ラジオ、映画などを使ったプロパガンダを担いましたがプロパガンダを重ねたことで、国民は「ヒトラーのおかげだ」と受け止めていきました。
二つ目の実績は、ヴェルサイユ条約に強気で物を言う外交姿勢です。これまで弱腰だった政府が「強いドイツ」に変わっていく様子を、国民は頼もしく感じたといいます。
なんか希望が見え始めてくるわけですよ。これでナチスのその人気っていうのはガーって上がっていくんですよね。
三つ目が、国民統合を意味する「フォルクスゲマインシャフト」です。ナチスは自分たちで決める強いドイツを目指し、条約の約束を破って軍備増強を進めました。これもドイツ人にとっては嬉しいことでした。
失業率の低下
軍や公共工事で雇用が生まれる(施策自体は前政権由来とも)
プロパガンダ
ゲッベルスが「ヒトラーのおかげ」と宣伝する
強気の外交と軍備増強
ヴェルサイユ条約に反発し、強いドイツを示す
国民の熱狂
希望が見え、ナチスの人気が急上昇する
深井さんは結論を先に示します。ナチスが国民の支持を得て進めたこうした動きが、そのまま第二次世界大戦への突入につながっていきます。
ポーランドはなぜ攻められたのか
深井さんは以前の回で、第一次世界大戦と第二次世界大戦は一つの大きな戦争だと述べていました。両者はヴェルサイユ条約でつながっていて、ドイツの動機がずっと続いているからです。
ヒトラーはもともと、ロシアに植民地を作る構想を持っていました。ロシアへ攻め込むには、途中にあるポーランドを軍隊が通れるようにする必要があります。
ドイツはポーランドに対して、領土内に鉄道を作らせてほしいと求めます。ポーランドが断ると、ドイツは逆ギレする形で侵攻しました。
当時イギリスがポーランドと、今でいうと集団的自衛権みたいな条約を結んで、ポーランドが攻められたらうちが助けちゃうみたいな、そういう約束もしてたので、それでポーランドがちょっと強気だったんですよ。
さらにややこしいことに、ドイツはソ連と手を結び、ポーランドを両側から削り取ります。いずれソ連を攻めるつもりでいながら、ソ連と組んだのです。
ポーランド侵攻では空爆で民衆が殺されました。深井さんは、当時の映像が残っていて本当に悲惨だと語ります。騎馬隊などの旧式軍隊だったポーランドに対し、軍備を増強したドイツは戦車隊を持っていて圧倒的でした。
イギリスはなぜ戦争を避けられなかったのか
イギリスもフランスも、少しずつ領土を広げるヒトラーを警戒していました。それでも第一次世界大戦があまりに悲惨だったため、どちらももう戦争をしたくないと考え、国際連盟を作って再発を防ごうとしていました。
国際連盟を中心に平和を保とうとするなか、ドイツだけが連盟を脱退し、ガンガン攻めてきます。周りの国は怖がり、本当にやめてほしいという空気だったと深井さんは表現します。
チャーチルの前にイギリス首相を務めたネヴィル・チェンバレン ── 1937〜1940年のイギリス首相。ドイツの要求に譲歩して戦争を避ける宥和政策をとったことで知られますは、ドイツを刺激しないよう柔らかく接しました。ドイツの要求も「しょうがないか」と認めながら、戦争だけは避けようとしたのです。
ナチスはポーランドを攻めてもイギリスとフランスは参戦しないと見ていました。しかし両国は参戦します。条約の存在に加え、イギリスが相当失望したことで、政権は対ドイツ強硬派のチャーチルに交代しました。
戦争が始まった時のラジオがね、もうめっちゃ避けようとしてたのに、戦争がまた始まってしまいましたみたいな。すごい悲しい感じの突入の仕方をします。
樋口さんが、イギリスの国民は戦争を望んでいたのかと尋ねると、深井さんは誰も望んでいなかったと答えます。他の国はもう戦争をしたくなかった一方で、ヴェルサイユ条約で虐げられたドイツには強い反発があり、そのドイツが暴走していきました。
パリ陥落からイギリス本土への攻撃へ
ポーランド占領の後、ドイツは参戦してきたフランスに侵攻します。深井さんによると、確か1週間ほどの短期間でパリが陥落しました。泣いているパリの人々の映像も残っているといいます。
しんどいけどね、見ないとダメなわけ。これがわかんないと今の時代がわかんないから。
深井さんは、映像がほとんど残っていない他の時代と違い、この時代は映像が残っているため精神にくると話します。ナチスの制服を着た兵士たちが凱旋門の前を行進し、ヒトラーがパリに入ってきました。
ヒトラーは、第一次世界大戦の敗戦時にドイツが条約を結ばされたのと同じ場所で、今度はドイツに有利な条約をフランスに結ばせます。樋口さんはこれを「報復」と受け止めました。
第一次世界大戦の敗戦で、ドイツが不利な条約を結ばされる
パリ陥落後、同じ場所でドイツがフランスに有利な条約を結ばせる
ルール工業地帯の問題などで虐げられ、自殺するほど絶望していたドイツ人にとって、パリを攻め落としたヒトラーは救国の英雄そのものでした。
ドイツは続いてイギリス本土を空爆し、民間人を殺していきます。イギリス国内には降伏や融和を求める声もありましたが、チャーチルはそれを抑えて徹底抗戦を選びました。
その結果、当時世界一とされたドイツ空軍は追い返され、ほぼ壊滅します。深井さんは、ここで第二次世界大戦の戦況が転換していくと説明します。
ポーランド侵攻
ソ連と組み、両側から占領する
フランス侵攻
短期間でパリが陥落する
イギリス攻撃
空爆するがチャーチルの徹底抗戦で空軍が壊滅
ソ連侵攻
この過程でホロコーストが起こる(次回)
番組では、ヒトラーが政治のプロなら、勝っている状況で講和を結び、有利な条件で戦争を止めるべきだったという見方も示されます。
ドイツ民族のために感情で戦ってるんで。
イギリスを攻めきれなかったドイツは、次にソ連へ向かいます。深井さんによると、ソ連へ攻め込む過程で起こるのがホロコーストです。なぜこのタイミングで起きたのかは、次回で説明されます。
まとめ
ヒトラー政権の前期は、失業率の改善や強気の外交によって国民から高く評価されていました。その支持を背景にドイツは条約を破って軍備を増強し、ポーランド侵攻から第二次世界大戦へ突き進みます。パリ陥落で英雄視されたヒトラーでしたが、チャーチルの徹底抗戦で戦況は転換し、物語はソ連侵攻とホロコーストへ向かいます。
- ナチス前期の雇用改善は前政権の施策によるところもあったが、プロパガンダでヒトラーの功績として広まった
- ヴェルサイユ条約への反発と軍備増強が、国民には頼もしい「強いドイツ」に映った
- ポーランド侵攻はロシア進出の通り道をめぐる対立から始まり、英仏の参戦を招いた
- パリ陥落と条約の場所をめぐる報復で、ヒトラーは国民にとって英雄になった
- チャーチルの徹底抗戦でドイツ空軍が壊滅し、ドイツはソ連へ向かい、その過程でホロコーストが起こる





