YouTube登録者10万人突破と銀の盾
シンドラー編の本題に入る前に、樋口さんから、コテンラジオのYouTubeチャンネル登録者数が10万人を突破し、銀の盾を獲得したという報告がありました。
コテンラジオはポッドキャスト番組という位置づけで、YouTubeはテロップも図解も入れずに映像を流しているだけだといいます。深井さんは、どの動画もバズっていないのに銀の盾に届いたこと自体が偉業ではないかと話します。
それが偉業なんじゃない?何もバズらず銀の盾っていうのが。
樋口さんによると、YouTubeで一番再生されているのはレヴィ=ストロース編で、サムネイルにも3人の姿は出ていないそうです。暗い部屋で3人がただ話している映像が延々と流れていると笑い合い、視聴者への感謝を伝えて本編に入ります。
シンドラーは「ただのいい人」ではない?
今回からのシリーズの主人公は、オスカー・シンドラーです。深井さんによれば、シンドラーはチェコで生まれたドイツ人で、ナチスの時代に多くのユダヤ人を救った人物として知られ、映画にもなっています。
ただし深井さんと楊さんは、シンドラーは単純な善人ではないと強調します。
ユダヤ人から見れば、まあすごく自分たちの命を助けてくれた命の恩人なんだけれども、それを抜きにして考えてみたら、単なる道徳性の低いくずと言っても差し支えない人なんですよね。
深井さんは、このシリーズでは人間の善性と悪性がそもそも何なのかをリスナーと一緒に考えたいと話します。そのため、シンドラーの人生だけでなく、ユダヤ人を救うために行動した他の人々や、逆に殺害に関わったアドルフ・アイヒマン ── ナチス・ドイツの親衛隊将校。ユダヤ人の強制移送を担い、ホロコーストの実務を指揮した人物として知られていますとも対比していくといいます。
深井さんが問題にしているのは、「いい人がいいことをし、悪い人が悪いことをする」という見方がいまだに根強いことです。ネットの芸能ニュースなどにもそうした見方があると感じているそうです。
楊さんは、コテンが以前掲げていた「人類が人類をより深く理解することに貢献する」という理念に触れ、今回のシリーズはまさにそのきっかけになると話します。
立場によっては全くガラリと見え方が変わる人なんですよね。
なので、スマートに何か分かりやすい結論を出すような会ではないですね。
深井さんも、出演者は自分の考えを話すものの、最終的には聴き手それぞれに答えを出してもらうため、問いかけで終わるような少し不思議なシリーズになるだろうと予告しています。
ユダヤ人差別はなぜ宗教から人種へ変わったのか
本題の前提として、深井さんはユダヤ人差別の歴史をおさらいします。中世からユダヤ人差別はすでにあり、そのときは宗教的な憎悪に基づくものだったと説明されます。
中世ヨーロッパはキリスト教社会であり、ヨーロッパ単位のまとまりがあるとすればキリスト教だけでした。その中で、ユダヤ人はイエス・キリストを処刑した人々とみなされ、しかも国を持たず各地に散った少数派として差別されていたといいます。
フランス革命以後、国民が主権を持ち平等だとする国民国家 ── 共通の国民意識を基盤に、国民が主権を持つとされる近代的な国家のあり方。フランス革命以降のヨーロッパで広まりましたが形成されていきます。深井さんによれば、理念の上ではユダヤ人も市民権を得て、法的に平等な地位に置かれていきました。
ところが1870年代後半から、宗教的憎悪とは異なる「近代的反ユダヤ主義」が台頭します。深井さんは、その違いを一言で言うと、ユダヤ人がユダヤ教を信じる人ではなく、血に基づく「人種」として定義されるようになった点だと説明します。
深井さんは、差別のロジックが宗教から科学に置き換えられたのは性の歴史や障害の歴史でも見られたことで、それが「血」になったことは細かいようで大きな転換だったと話します。
ホロコーストは人種に基づいてない限りやっぱ起こらないんだよね。その人種を絶滅させようとしてるわけだから。
それはだって、もし宗教だったらさ、究極改宗すればよかったかもしれないわけじゃないですか。
楊さんは、血という肉体的なものに結びついたファンタジーが出てきたことで、肉体そのものが攻撃対象になりうる状況が生まれたと整理します。樋口さんの「一生変えれないですもんね」という一言が、この転換の重さを表しています。
中世: ユダヤ教を信じる人への宗教的憎悪。理屈の上では改宗の余地があった
1870年代後半以降: 血に基づく「人種」として定義。変えられない特徴が差別の根拠に
ドイツの近代化はなぜ急激すぎたのか
深井さんは次に、なぜドイツで近代的反ユダヤ主義が強く表れたのかを、ナチス研究で知られる歴史学者ウルリヒ・ヘルベルト ── ドイツの歴史学者。ナチス時代の労働者政策やホロコーストの研究で知られていますさんの説として紹介します。深井さんは、この説が完全に正しいと考えているわけではなく、一つの見方として紹介すると断っています。
ヘルベルトさんの説では、イギリスの農業社会から工業社会への変化は70〜80年をかけて緩やかに進みました。フランスやイタリアの近代化は、1950年代まで一部の工業地域に限られていたといいます。
それに対してドイツの変化は、第一次世界大戦後の25年間に集中していたとされます。宗教的な結びつきの衰退、労働者運動の勃興、ジェンダーや世代間の役割の大きな変化を、ドイツの人々は短期間で一気に経験したという説明です。
| 国 | 変化の進み方 | 特徴 |
|---|---|---|
| イギリス | 70〜80年をかけて進行 | 緩やかな変化 |
| フランス・イタリア | 1950年代まで一部の工業地域に限定 | 局所的な変化 |
| ドイツ | 第一次世界大戦後の25年間に集中 | 急激な変化で拒否反応や不安が強く出た |
深井さんによれば、この急激な変化によって、ドイツの市民層は自分たちが何によって結びついているのかを一度見失いました。それまで「何々村のキリスト教徒」として持っていた連帯感が、急に失われたといいます。
「ドイツ人ではない人」は誰だったのか
失われた帰属意識の代わりに持ち出されたのが「国民」という概念です。ただし深井さんは、国民の定義は実はとても曖昧だったと指摘します。
深井さんによると、日本は海に隔てられているため「日本列島に住む人が日本人」と言いやすかった一方、陸続きのドイツでは特性がグラデーション的に変わるため、どこまでがドイツ人かを決めるのが難しかったといいます。
そこでドイツでは、「ドイツ人ではないもの」を定義する必要が出てきました。樋口さんは、我々でないものをカテゴライズすることで我々の境界線を固めていく感覚だと受け止めています。
だから排除による帰属定義っていうのが一番簡単だったわけですよね。
ここで深井さんは、学者の説をいちいち真に受けないほうがいいと、聴き手に呼びかけます。出演者自身の話も含めて「そういう意見もある」と受け取り、判断保留のまま自分の中にさまざまな見方を溜めていくことが大事だといいます。
なんかそういう意見もあるし、こういう意見もあるなみたいな感じで、判断保留状態で自分の中に溜めていくって感覚ですね。
この排除の対象になったのは、次の3つの集団だったと深井さんは説明します。
- 国境を越えたまとまりを目指す、共産主義的な社会民主主義者
- ローマ教皇を重んじる教皇至上主義的なカトリック
- ドイツで唯一の非キリスト教の少数派であるユダヤ人
楊さんは、人間は群れで生きる動物なので集団は避けられないと話します。集団は社会の安定や協力を生むと同時に、差別や排除、迫害の可能性も内包しているという指摘です。
集団なしでは生きられない。じゃあ良き集団とは何か。
「血統」がドイツ人を決めるという幻想
深井さんは、国民の定義にもう一つ重要な要素が加わったと話します。陸続きのドイツには外国人が来やすく、特にポーランド人労働者が東部ドイツの農業地域に大量に流入していたといいます。
そこで出てきたのが、ドイツ人とはドイツ人の両親から生まれた人であり、ドイツで生まれただけの人は含まないという考え方でした。国籍取得で決定的なのは出自と血統だとされ、それがドイツ的な特性を維持・保存すると考えられていたそうです。
深井さんは、これは当時の科学に基づいた考えで、今の科学から見れば幻想だと強調します。この延長で、ナチスは「優れた血」としてのアーリア人 ── 本来は古代インド・イラン系の言語を話した人々を指す言葉。ナチスはこれを歪めて、ドイツ人を優越人種とする概念に用いましたという概念を持ち出し、その血をユダヤ人と混ぜてはいけないと主張していきます。
深井さんによれば、こうして宗教的な差異ではなく生物学的・人種的なマイノリティが規定され、その矛先がユダヤ人に向いていったことが、ナチス台頭の前提としてあるといいます。
樋口さんが、内と外を分けなければならないとしたら他にどう分けるのかと考え込むと、深井さんは、シリーズを通じて多くの事例を知ったうえでこの問いに向き合うことこそがリベラルアーツの力だと応じています。
ナチス政権はなぜ迫害を素早く進められたのか
こうした差別意識の中で、1933年1月30日、アドルフ・ヒトラー率いるナチ党が政権を掌握します。第一次世界大戦後の経済苦境の中で、国家再建と経済再生を訴えたナチスは民衆の熱い期待を集め、その重要政策の一つが徹底した近代的反ユダヤ主義でした。
深井さんは、ナチスが政権を取ってからの行動の速さを強調します。
楊さんが「これは法律ではないのか」と尋ねると、深井さんは、法律ができる直前にこうした行動を起こし、後追いで法律を速攻で成立させたのだと答えます。職業官吏再建法は、政治的に信用できないとして、非アーリア人種の公務員を公職から追放するものでした。
深井さんによれば、これは直前の常識ではありえないことでした。第一次世界大戦後のワイマール共和国ではユダヤ人も差別されずに登用されていたため公職にユダヤ人がおり、それをナチスが改めて追放したのです。
成功したマイノリティはなぜ標的にされたのか
ナチスが迅速に動けた背景には、皮肉な事情がありました。深井さんによれば、ワイマール共和国ではユダヤ人が差別されず、政財界や学問、文化、芸術のあらゆる分野で中心的な役割を担っていたといいます。
これはね、そのマイノリティなんだけど、ヨーロッパで最も成功したマイノリティがドイツにいる状態になってたわけ。
一方でワイマール共和国は、敗戦国として巨額の賠償金を課され、ハイパーインフレなどで民衆が苦境に立たされていました。楊さんは、成功者かつマイノリティとして目立っていたユダヤ人が「出る杭」になっていたと表現します。
深井さんは、プロイセン時代の1901年のデータを紹介します。
さらに深井さんによると、ユダヤ人の平均年収はキリスト教系ドイツ人のおよそ5倍だったそうです。こうしたエリート層が経済的困窮や閉塞感を抱えた社会にいたところに、ナチ党が「全部ユダヤ人のせいだ」と訴え、多くの人が同調していきました。
自分たちの苦しみをわかりやすく説明してくれる、納得感を与えてくれるっていう存在がユダヤ人だったんですね。
楊さんは乱暴な例えとして、日本で在日中国人や在日朝鮮人が大きく成功して目立ったら、快く思わない人が出てくるかもしれない感覚に近いと話しています。深井さんは、マイノリティが社会を牛耳りマジョリティに不利益を与えているという世界観が、ナチス登場の直前に形成されていたと整理します。
財産の没収はなぜ「取り戻す」正義になったのか
深井さんによれば、ナチスが目指していたのは、端的に言えばユダヤ人をドイツから追放することでした。ヘルベルトさんは、恥辱を与え、影響力ある地位から追いやり、暴力と脅迫で出国に追い込むことだったと表現しているそうです。
ナチスは同時に、ユダヤ人の財産を没収していきます。楊さんによれば、ナチスの理解では、ユダヤ人の富はドイツという母体に寄生して蓄えたものであり、それをドイツ人の手に取り戻すことは国家の使命とされていました。
奪うっていうよりも、取り戻す、正しいこと、やるべきことをやってるっていう感覚で、経済からユダヤ人を排除して、その財産を吸い上げるっていうこと。
楊さんによると、ナチスはこれを「脱ユダヤ化」や「アーリア化」と呼んでいました。奪う行為が正義感によって「取り戻す」行為に変わるという構図が、財産没収を正当なものに見せていたと考えられます。
こうした迫害は実際に機能し、深井さんによると1933年の時点で3万7000人、1937年には12万5000人のユダヤ人が出国していました。これはドイツに暮らしていたユダヤ人の4分の1にあたり、ホロコーストより前にすでに多くの人が国外に逃れていたことになります。
楊さんは、当時のナチスはユダヤ人に出て行ってほしかったため、移住先の一つだったパレスチナへ出国する枠組みを作り、むしろ海外移住を促していたと補足し、詳しくは後の回で話すとしています。
悪意法の下で、人はなぜ助ける側と迫害する側に分かれたのか
深井さんは、ユダヤ人を国外へ追い出す法律の中でも重要なものとして、1934年ごろに制定された、通称「悪意法」を紹介します。日本の治安維持法 ── 1925年に制定された日本の法律。国体の変革や私有財産制度の否認を目的とする運動を取り締まり、のちに思想弾圧に広く用いられましたのようなものだといいます。
悪意法は、国家やナチ党、その政策への悪意ある攻撃だと解釈できれば、すべてを取り締まりの対象にできる法律でした。秘密警察ゲシュタポ ── ナチス・ドイツの秘密国家警察。反体制派やユダヤ人などの弾圧を担いましたは、これを根拠に令状なしで逮捕したり、強制収容所に収容したりする権限を得ていったといいます。
深井さんがこの法律を紹介したのは、シリーズに登場するユダヤ人を助けた人々が、まさにこの環境の中で行動したからです。ユダヤ人を助ければ悪意法に完全に該当し、殺されても文句が言えない状況でした。
助ける
命をかけてユダヤ人を救う
見て見ぬふり
迫害を知りながら関わらない
迫害する
積極的にユダヤ人を排除する
深井さんは、このシリーズの問いは、同じ状況の中でなぜ人がこうして分かれていったのかにあると話します。そして、助けたのは必ずしもいい人ではないと先に断っています。
めちゃくちゃ今までの人生でずっといいことをしてきた人が、当然のようにまたいいことをここでしたみたいな感じじゃないので、そこにやっぱ人間を理解する深みがあるなと思ってるんですけど。
深井さんによれば、大きな志があった人ばかりではなく、結果的に助けてしまったという人も多くいたそうです。次回以降も数回は、段階的に制定された法律を紹介しながら、助けられた人たちが置かれていた状況の説明が続くと予告されました。
差別の構図は今の身近な社会にもあるのか
楊さんは、この話だけを聞くと「差別はダメなのになぜ」と思ってしまうものの、クラスや学校、地域に置き換えれば、善し悪しは別として理解できる人は多いのではないかと話します。
深井さんも、政治家や経営者のように力のある人が、実態を知らない人たちから、世の中を悪い方向へ操る攻撃対象として語られる文脈はたくさんあると応じます。
深井さんのこの言葉で、導入回は締めくくられます。迫害が法と正義によって支えられた環境の中で、シンドラーたちがどう行動したのかが、次回以降の焦点になります。
まとめ
シンドラー編の初回は、シンドラーを単純な善人として描くのではなく、人間の善性と悪性を問い直すためのシリーズの前提づくりとして、ユダヤ人差別の歴史とナチス政権下の迫害の構図が整理されました。
- ユダヤ人差別は、1870年代後半から宗教ではなく血に基づく「人種」の問題へと変わり、それがホロコーストの前提になったと語られました
- ヘルベルトさんの説では、ドイツの急激な近代化が帰属意識を失わせ、「ドイツ人ではない人」を排除することで国民を定義する流れを生んだとされます
- ワイマール共和国で成功したマイノリティだったユダヤ人は、経済的苦境の中で不満の標的となり、財産の没収は「取り戻す」正義として正当化されました
- 悪意法の下でユダヤ人を助けることは命がけであり、人々が助ける側・見て見ぬふりをする側・迫害する側に分かれた理由が、シリーズ全体の問いになります





