深井龍之介の代役とプロダクトマネージャーの登場
今回のコテンラジオ番外編は、いつものメンバーのうち深井龍之介さんが不在です。代わりに、COTENの室越さんがピンチヒッターとして参加しています。
室越さんは「深井龍之介の穴を埋めるのは恐ろしい」と話しつつ、評判がよければメインパーソナリティの座を奪えるのでは、という樋口さんの冗談にも乗っていました。ただし「深井龍之介は歴史に学んでいるので、その前にクビにされる可能性が高い」と返し、スタジオは笑いに包まれます。
今日はちょっとね、深井さんなしで寂しいですけども、やっていきたいなと思います。
ゲストは株式会社COTENのプロダクトマネージャー、草野陽夏さんです。入社から約1年半、楊さんに何度も番外編への出演を打診されながら、緊張を理由に先延ばしにしてきたといいます。
樋口さんによると、草野さんはもともと深井さんの弟子としてCOTENに入った人物です。COTENでは初めての弟子にあたり、コテンラジオでも名前がたびたび登場してきました。
アメリカの大学からニートを経て「弟子」になるまで
草野さんは東京の高校を卒業後、冬には-30度ほどになるアメリカのウィスコンシン州の大学に進み、リベラルアーツ ── 特定の職業に直結させず、人文・社会・自然科学を横断して幅広い教養を身につける学びの形。アメリカの大学教育で重視されていますとコンピューターサイエンスを学びました。
ところが2年間学んだところで学費がおよそ1.5倍に跳ね上がり、学業を続けられないと判断して帰国します。帰国後は東京のスタートアップで、ソフトウェアエンジニアとしてウェブサービスの開発を担当していました。
転機はコロナ禍でした。会社がエンジニアチームを解体することになり、草野さんは解雇されて一度ニートになったといいます。
その後、草野さんはコピーライターや漫画制作などを試した末に、起業の準備を始めていました。そんなとき、以前から聴いていたコテンラジオで深井さんが弟子を募集し、応募して採用されたのがCOTEN入社のきっかけです。
アメリカの大学
ウィスコンシン州でリベラルアーツとコンピューターサイエンスを2年間学ぶ
帰国と就職
学費の値上がりで帰国し、東京のスタートアップでエンジニアに
コロナ禍で解雇
エンジニアチーム解体によりニートに。いろいろ模索する
起業準備
コピーライターや漫画も試した末、自分で起業しようと準備
COTEN入社
深井さんの弟子募集に応募し、2020年10月から在籍
樋口さんは、東京でのオフ会で草野さんに初めてリアルで会ったとき、想像の1.4倍ほど大きくて驚いたと振り返ります。草野さんは小学校から大学までバスケットボールを続けており、肩幅の広い体格と、笑顔のかわいらしさのギャップが話題になりました。
肩書き「犬」とゲストを呼んだ理由
COTENでは肩書きを持つ人のほうが少なく、社内のSlackではCEOやCGOなど肩書きのある人だけが表示名に書き込んでいるそうです。草野さんの欄には「プロダクトマネージャー」とあります。
一方で室越さんは、肩書きがなくて寂しいものの勝手にCXOとは名乗れないため、自分で「犬」と書いているといいます。樋口さんは「犬という肩書きすら任命されていない」とツッコミを入れていました。
楊さんが草野さんを呼んだのは、COTENが開発する歴史のデータベースについて、これまでは主にCEOの深井さんの目線で語られてきたからです。実際には開発に関わる人が他にもたくさんいて、その中心人物の一人が草野さんです。
僕も室伏さん(室越さん)も歴史調査チームっていうセクションに属しているので、(開発チームが)今具体的に何をしているかっていうのも、必ずしも全部把握しているわけではないので。
樋口さんも、データベースの大まかな目的は聞いていても、中の人が具体的に何をしているかは意外と語られてこなかったと話し、開発の現場を細かく聞いていく流れになりました。
カフェでのタグ出しからグーテンベルクチームへ
草野さんによると、世界史データベースの構想は草野さんの入社より前、3年ほど前に深井さんが着想したものです。深井さんは歴史を整理する方法として、出来事や人物を抽象化してタグ付けするやり方を考え出しました。
その後2年ほどは、タグの洗い出しをコツコツと続けていたといいます。例えばCOTENのウェブサイトで紹介されている「部下に殺された人物」というタグには、カエサルや織田信長が当てはまります。
楊さんによれば、最初期は楊さんと深井さんが中心でした。コテンラジオが始まる前から毎週末カフェに集まり、今はいないメンバーも含めて、文献を買いあさりながら出来事や人物をどうタグで見える化するかを議論していたそうです。
草野さんは入社後しばらく、データベースには関わっていませんでした。コテンラジオが応援され資金調達ができた段階で、デザイナーとエンジニアからなるデータベース開発チームが組成され、本格的に開発へアクセルを踏み始めます。
このチームの名前は「グーテンベルクチーム」です。樋口さんが解説したように、グーテンベルク ── 15世紀ドイツの人物で、活版印刷術を実用化したことで知られます。印刷によって知識の普及を大きく進めたとされていますの名前を借りています。
草野さんの役割は、プロダクトマネージャーという名前ですが、本人の言葉では「データベースの成長に責任を持つ人」です。事業を前に進めるためにできることは全部やる、何でも屋でもあるといいます。
チーム発足時の顔ぶれは、エンジニア2人、デザイナー1人、草野さん、深井さん、そして顧問の人たちでした。草野さんは必要な資料を集め、計画を立て、ロードマップを敷くといった実務を担ってきました。
週2回の定例と、4万件の出来事をどう見せるか
グーテンベルクチームは、発足当初から週2回の定例ミーティングを続けています。最初に取り組んだのは、何を作るかというゴール設定でした。
草野さんは、会議で話すと次にはもうアウトプットが出てくる、とても優秀なチームだと話します。最初に考えたものを捨てて作り直すことも、何度も繰り返してきたそうです。
樋口さんが指摘したように、ここでいうデザインは見た目だけでなく、UIやUXの設計も含みます。1ページの情報量、ページ遷移の要否、検索窓の位置など、決めることは多岐にわたります。
データベースには現在、約4万件の歴史の出来事のデータがあります。草野さんによると、4万件を一度に表示することはできず、ユーザーにとって重要なデータを順位付けしないと、意味の薄いデータになってしまうといいます。
マイナーな出来事がずらりと並んでも、見る価値はあまり生まれません。そのため、歴史にどう重要度を付けるかという概念レベルの議論に、特に長い時間をかけているそうです。
デザイナーはFigma ── ブラウザ上で動くデザインツール。クラウドでデザインを共有し、複数人がリアルタイムに同時編集できるのが特徴ですで複数パターンを作り、合意したものをエンジニアが実装します。エンジニアは画面の表示や動きを作るフロントの担当と、サーバー上のデータを扱う担当に分かれて連携しています。
シャンヤンとチェンバーズ、データベースを支える3つのチーム
データベース開発には、グーテンベルクチームのほかに、後から2つのチームが加わりました。1つ目は「シャンヤンチーム」です。
室越さんの説明では、シャンヤンは日本語でいう商鞅のことで、秦の始皇帝につながる秦を強くするために、法家 ── 古代中国の思想の一派。道徳より法やルールによる統治を重んじ、秦の国家体制の土台となったとされていますのルールに基づく国づくりを始めた人物です。チーム名に特別な理由はなく、深井さんが好きだったためにつけたそうです。
シャンヤンチームは、歴史情報をどう整理するかという概念を話し合うチームです。
2つ目の「チェンバーズチーム」は、百科事典を編纂したイギリス人の名前に由来します。こちらはデータ入力を担うチームです。
チェンバーズチームは、あらゆる文献からデータを集め、スプレッドシートに1つずつ丁寧に書き出し、それをデータベースに落とし込む作業を手で行っています。草野さんは、実際にデータベースを作っているのは彼らでもあるとして、尊敬を込めてこの名前を付けたといいます。
チェンバーズチームは2022年3月から11人体制になりました。3チームを合わせると関わる人はおよそ20人で、室越さんによると社内最大の組織です。
シャンヤン
歴史情報をどう整理するか、概念を決める
チェンバーズ
文献からデータを集め、手で入力する
グーテンベルク
デザインとエンジニアリングで実装する
草野陽夏さん
3チームすべてを統括する
20人がそれぞれの働き方で動く組織の難しさ
COTENが今作っているのは、データベースと、それを使った年表に特化したアプリケーションです。草野さんによると、アプリを作るにはデータが必要で、データを集めるにはどんな形式で入れるかを先に決める必要があります。
そのため3チームが密に連携しないと、全体が進まない状況が頻繁に起こります。各チームの動きが止まらないよう、今この時点でやるべきことを決めて進めることが、この仕事の難しさであり面白さでもあると草野さんは話します。
約20人のうち、フルタイムで関わっているのは草野さんだけです。他のメンバーは時給制や固定額で関わっており、週数時間の人もいれば週3日ほど働ける人もいて、コミュニケーションを取れるタイミングもそれぞれ違います。
当初、草野さんは全員に直接タスクを振り分けていましたが、自分がボトルネックになって回らなくなりました。そこで各チームに代表者を立て、その人たちと密に連携することで、全員をマネジメントしなくても回る形を作ってきたといいます。
データベースを作るためには、そもそも人間と人間によって構成される組織がちゃんと回らないと、ちゃんとしたものが出来上がらないんだねっていうのがね、言葉にしてみれば当たり前なんだけど、今話聞いて思ったわ。
室越さんは、COTENはデータベースだけを作っているわけではないと補足します。サービスやアプリも作り、それぞれに必要なデータの引き出し方や格納の仕方を考え、刻々と変わる状況の中で全体の進捗を確認し続ける。それが草野さんの仕事だといいます。
ブログ構想を白紙にした決断と、捨てる悲しみ
樋口さんは、スタートアップでは状況が常に変わり、方向性が根本から変わることもあると話します。草野さんも、深井さんの言うことが翌日には変わっていることがあると応じました。樋口さんは、変化の速さこそ大きな組織にはないスタートアップの強みだと見ています。
実際、データベースを使うサービスも当初は今と違うものでした。最初の構想は、リスナーが月300円ほどで読める歴史のブログサービスで、その裏側でデータベースから情報を引っ張ってくる仕組みだったそうです。
しかしチームは、データベースの本質は歴史へのアクセスコストを極端に下げることだと立ち返りました。あらゆる用途で使えるデータを最初から想定すべきだとして、ブログサービスはやめると決め、2か月ほど考えてきたことが白紙になったといいます。
リスナーが月300円ほどで読める歴史のブログサービスと、裏側のデータベース
あらゆる用途に使えるデータベースと、年表に特化したアプリケーション
樋口さんは、音楽を作る仕事の経験を重ねます。クライアントの発注に対してAパターン、Bパターン、Cパターンと魂を削って作っても、その多くは捨てることになるそうです。
これはね、ものづくりをする全ての人が必ず立ち向かわないといけない悲しみなんよね。
ただ草野さんによると、グーテンベルクチームのメンバーは、作ってきたものを捨てて新方針に切り替えるとき、むしろ爽やかな顔をしていることが多いそうです。意思決定のたびに、本質的なプロダクトに近づいていくという手応えがあるといいます。
その一方で、方針転換のたびにマネタイズからは離れていくとも草野さんは話します。お金は稼げなくても価値があると信じて進んでいる、というのが現在のチームの姿勢です。
樋口さんは、さっと作れる人ほど執着せずに捨てられると付け加えます。5分で作ったものより1年かけたもののほうが捨てるのはつらいため、捨てやすいのはチームが優秀だからかもしれないと話していました。草野さんも、作って捨てる早さはかなり速く、それを半分以下のコミットメントで実現しているのはメンバーのおかげだと語ります。
2週間ごとに振り返るアジャイルの進め方
室越さんが「これがアジャイル開発というものなのでしょうか」と尋ねると、草野さんは「まさに」と答えます。樋口さんが、アジャイルとウォーターフォールの違いを整理しました。
柔軟に変えながら、少しずつ開発を進める
綿密に設計し、完璧な設計図ができてからチームで動き出す
COTENのデータベース開発はアジャイルで進められています。2週間ごとに区切った期間をスプリント ── アジャイル開発で使われる、1〜4週間ほどの短い開発サイクルのこと。期間ごとに計画・開発・振り返りを繰り返しますと呼び、良かったこと、悪かったこと、改善できることを振り返って、プロセスを改善し続けているといいます。
データベースはまだリリース前のため、形として見せることはできていません。後編では、草野さん個人がどんな思いでデータベースに関わっているのか、どんな経緯でCOTENに入ったのかを聞いていく予定です。
まとめ
前編では、世界史データベースを統括するプロダクトマネージャー草野陽夏さんの仕事を通じて、COTENの開発体制が見えてきました。概念を決めるシャンヤン、データを入力するチェンバーズ、実装するグーテンベルクの3チームが連携し、作っては捨てることを繰り返しながら、本質的なプロダクトを目指しています。
- 草野さんはアメリカ留学、エンジニア就職、コロナ禍での解雇を経て、深井さんの弟子としてCOTENに入った
- データベースはシャンヤン・チェンバーズ・グーテンベルクの3チーム、約20人で作られ、フルタイムは草野さんだけ
- 約4万件の出来事から何を見せるか、重要度の付け方を概念レベルから議論している
- ブログサービス構想を白紙にし、あらゆる用途に使えるデータベースへと方針を切り替えた
- 開発は2週間ごとのスプリントで振り返るアジャイルで進められている





