なぜ草野陽夏は「データベースを作りたい」とCOTENに来たのか
前編でデータベース開発の中身を詳しく聞いたことを受けて、後編の冒頭で樋口さんは、草野陽夏さんがどんな思いで歴史データベースの開発に関わっているのかを尋ねます。
前回がデータベース開発について結構細かく聞いていたと思うんですけども、そんなデータベース開発に対してひなつくんがどういう思いで関わっているのか。
草野さんの答えは、COTENに入った理由は深井龍之介さんの弟子になりたかったからでも、ビジネススキルを身につけたかったからでもなく、データベースを作りたかったから、というものでした。楊さんは「やっていることにゴリゴリに共感して入った」のだと受け止めます。
草野さんがデータベースにたどり着くまでの出発点は、コロナ禍で解雇された時期にあります。次に何をするかを考えるなかで、草野さんは「人の心の豊かさに携わる仕事をしたい」と感じていました。
草野さんは漫画が大好きで自分でも絵を描き、キャッチコピーも好きだったため、コピーライターとして人の心を動かすものを作ることも漠然と考えていたといいます。そこから「そもそも心の豊かさとは何か」を、いわゆるニートの期間にずっと考え続けました。
草野さんが暫定的に出した結論は、心の豊かさとは「選択肢を持っていて、それを行使できること」だというものです。そこで、人の選択肢を増やし、決断を促せる仕事に就きたいと考えるようになりました。
ところが、草野さんが心から共感できる会社はなかなか見つからなかったといいます。それならば自分で作るしかないと、何をするかも決まらないまま創業の準備を始めていました。
そのころ、以前から聴いていたコテンラジオで、深井さんが弟子を募集していることを知ります。草野さんはそこで初めてCOTENのウェブサイトを見て、歴史のデータベースを作ろうとしていることを知りました。
COTENのウェブサイトには、歴史のデータベースによって固定観念を外せること、そして自分の中に同時に複数の価値観を持てることが書かれていたそうです。草野さんは、コテンラジオ自体がすでにそれを実現していると感じていました。
たとえば草野さんは、コテンラジオで吉田松陰 ── 幕末の長州藩の思想家・教育者。松下村塾で高杉晋作や伊藤博文らを教え、明治維新を担う人材に大きな影響を与えましたの話を聞き、その考え方を自分にも取り入れられるのではないかと考えたといいます。歴史を知ることで自分の中の選択肢が増え、物事をいろいろに解釈できるようになる、という実感です。
草野さんにとって、手段は漫画でも言葉でもよかったものの、歴史でもそれが起こせるとわかりました。さらに歴史のデータベースなら、インフラのような形で世界中の人に選択肢を提供できる。COTENは自分がやりたいことの延長線上にあると考え、強く共感して応募したと話しています。
解雇
コロナ禍で解雇され、次に何をするかを考え始める
問い
「心の豊かさとは何か」をニートの期間に考え続ける
暫定の答え
心の豊かさは、選択肢を持ち、それを行使できること
創業準備
共感できる会社が見つからず、自分で作ろうと準備を始める
応募
深井さんの弟子募集で歴史データベースを知り、共感して応募する
上の流れのとおり、草野さんの応募は、自分で考え抜いた「心の豊かさ」の定義と、COTENの歴史データベースの理念が重なったところで起きています。
深井龍之介の理念に共感してきた「初めての人」
草野さんの話を聞いた楊睿之さんは、草野さんからここまで深い話を聞いたことはなかったと驚きます。楊さんはコテンラジオが始まる前から深井さんといろいろなことをしてきた一人です。
深井くんが本当にやりたいこのデータベースにここまで共感して、なおかつその深いところまで彼のそばまでジョインしてくるひなつちゃんが現れたことは、僕は深井くんにとってとても幸せなことだったんじゃないかなと思うんですよね。
楊さんによれば、自分の理想を理解してくれる人が隣にやってくるのは稀有で、ありがたいことだといいます。深井さんと草野さんの出会いを、楊さんは「貴重な尊いもの」と表現しました。
では、草野さん以前のメンバーはどう集まったのか。樋口さんの質問に楊さんは、ラジオが始まる前後のメンバーは基本的に深井さんが個人的に声をかけた人だったと答えます。
楊さんを含む初期メンバーは、採用という形ではなく、知り合いやかつての同級生、新しく出会って話が面白かった人たちでした。週末に集まって話したり、一緒に本を読んだりしていたといいます。
深井くんと一緒にやり始めたのは、深井くんのキャラ自体が面白かったりとか、なんかわからんけど面白そうだなみたいな、そういう感じの人が多かったんじゃないかなと思うんですよね。
一方で草野さんは、深井さんがやりたい具体的なこと、つまり歴史データベースとそれに付随する理念に共感し、弟子という立場で深井さんの隣にやってきました。楊さんは、そういう人は草野さんが初めてではないかと話します。
深井さんが個人的に声をかけた知り合いや同級生。深井さんのキャラや「なんか面白そう」に惹かれて集まった
公募された弟子募集に応募。歴史データベースとその理念そのものに共感して加わった
樋口さんが「重要人物かもしれない」と言うと、楊さんも「重要人物だと思いますよ」と同意しました。樋口さんは、草野さんが自分で心の豊かさを考え、「選択肢を持ち行使できること」と定義づけていた点にも感心しています。
採用枠がないのに「採用で」。中華料理屋の面接で何が起きた?
草野さんによると、深井さんには最初「採用できないかもしれない」と言われていたそうです。ところが面接で話すうちに、中華料理屋でいきなり「採用で」と告げられ、隣にいたたかちんさんも「採用するの?」と動揺していたといいます。
樋口さんが興味を持って流れを掘り下げると、最初は深井さんとたかちんさんとのZoom面談だったことがわかります。たかちんさんは当時COTENに入って3週間ほどで、深井さんからは「隣にいる人は人の才能を見抜く天才だから」と紹介されたそうです。
Zoom面談で草野さんは、エンジニアだった前職の話などをしました。たかちんさんからは「一緒に働いていて、この人もっとこうすればいいのにと思うことはありますか」と聞かれ、見抜かれていると感じながら、時間をもらって考えて答えたといいます。
樋口さんは、この問答はたかちんさんがよく行うインサイト診断だろうと補います。質問を重ねることで、その人の才能がわかるというものです。このZoom面談が、いわば一次面接でした。
次の面接は東京の中華料理屋でした。草野さんは時間を勘違いしていて30分ほど遅れそうになり、楊さんは「最悪やん」と笑います。双方にコミュニケーションのミスがあったようです。
中華料理屋に着いた草野さんが「すいません」と謝ると、深井さんは「福岡の人はめっちゃ遅刻するから大丈夫だよ」と返したそうです。深井さんへの初対面の印象は、ちょこんと座っていて、意外と自分と同じくらいの身長だった、というものでした。
面接の場で深井さんは、とてもいいけれど今はもう一人採用が決まっているので雇えないかもしれない、半年後ぐらいにまた資金調達するのでその時でもいいか、と聞いてきたといいます。草野さんは、それなら自分のプロダクト作りに集中すると答え、話は終わりかけていました。
ところが話しているうちに、深井さんが急に「じゃあ採用で」と言ったのです。採用枠がなかったはずなのに、と樋口さんも驚きます。
草野さんは、細かな準備が評価されたのかもしれないと振り返ります。一次面接の後、たかちんさんからTwitterのDMで「COTENで売り上げを作る施策を考えているので、いいのがあれば教えて」と送られてきていました。
試されているのかはわからなかったものの、草野さんは自分で30個ほどの施策を考え、プリントアウトして中華料理屋に持っていきました。すると「自分たちが考えていたことの8割ぐらいはカバーされている」と言われたそうです。
さらに草野さんは、面接で緊張しないよう、深井さんの顔写真をパソコンの壁紙にして一人で話す練習までしていました。樋口さんは、今もZoomの背景に深井さんがいる様子を、背後に立つ「スタンド」のようだと笑っています。
採用の決め手は「覚悟」と、贅肉のない価値観?
ここで、樋口さんが「ムロさん」と呼ぶ出演者が、深井さんから草野さんの採用時の話を聞いたことはないと前置きしたうえで、自分の見方を話します。深井さんがいつもよく見ているのは、その人が覚悟を持って物事に取り組んでいるかどうかだ、というのです。
この出演者によれば、「6ヶ月待ってくれ」と言われれば、普通の人は今人を雇えない会社に入って大丈夫かと迷うはずです。それでも草野さんは理念に強く共感し、自分はこれをやるのだという覚悟が決まっていた。それが深井さんに伝わったのではないか、という解釈です。
樋口さんも「覚悟ですね」と応じ、覚悟が決まっている人には、もう行くしかないという捨て身なところもあると付け加えます。
同じ出演者は、深井さんと樋口さんの価値判断にも通じるものがあると話します。薄っぺらい飾り物を排除し、中身がぎゅうぎゅうに詰まった軸を大事にしている、という印象です。
その価値観を肉体にたとえるなら、アスリートの肉体のようなもので、価値観に贅肉がないのだといいます。「魂に贅肉がついていない」とも表現し、草野さんの価値観の軸も深井さんにはまったのではないかと推測しました。
弟子時代は「手取り足取り」ではなく実験の連続
樋口さんは次に、弟子として入った草野さんがどう扱われていたのかを尋ねます。社員とは明確に違う立場のはずだ、という問いです。
草野さんによると、弟子は教えてもらえる立場ではあったものの、基本的には手が足りないので何でもやる状態でした。たかちんさんも草野さんも、何でもやっていたといいます。
最初の仕事は、COTENのサポーターをどうすれば増やせるかでした。草野さんは施策を考えて勝手に実行し、結果が出たら報告して、次はこうしましょうと提案し、自分で進めていきました。あまり指示はなく、社内で回っていない部分をひたすら自分で回していったそうです。
深井さんから教わったのは、手取り足取りのやり方ではなく、エッセンスだけでした。成果設定をしっかりすること、15分本気で考えればすべてに答えが出ること、転んで覚えるしかない訓練は死なない程度の怪我で済めば失敗してもいいこと、といった内容です。
草野さんは「じゃあ15分で考えてみよう」と試し、実際に答えが出た、という経験を重ねながら、半年ほど応用を続けたといいます。
(弟子時代は)いや何くそ頑張ってやるぞみたいな感じなのか、楽しいちゅう感じなのか、なんかどういう心境やったの?その時。
草野さんの答えは「楽しかった」でした。すべてを教えてもらえない環境は自分に向いていたといい、少しのTipsをもとに、自分に当てはまるかどうかを試す実験を繰り返している感覚だったそうです。
忙しい期間はずっと続いたものの、やる仕事はどんどん変わっていきました。深井さんの7個ほどあったカレンダーを統合する仕組み化、リスナーからの問い合わせに対応するチャットツールの導入、経理、株主総会の準備など、やったことのない仕事ばかりです。
草野さんは、できるようになった仕事はマニュアル化して他の人に引き継ぎ、自分はまた新しい仕事へ移っていったといいます。その繰り返しの先に、今のデータベースの仕事があります。
やってみる
回っていない仕事を見つけ、施策を考えて自分で実行する
報告と提案
結果を報告し、次はどうするかを提案して進める
マニュアル化
できるようになったら手順をまとめ、他の人に引き継ぐ
次の仕事へ
新しい領域に移り、同じことを繰り返す。その先に現在のデータベース開発がある
一度も怒られたことがない。深井龍之介の失敗への向き合い方
樋口さんが「師匠に怒られることはないのか」と聞くと、草野さんは一度も怒られたことがないと答えます。樋口さんには自分にも弟子がおり、その弟子のことは数えきれないほど怒ってきたと驚きます。
多分ひなつもミスをしているやろうし。なんつうんかな、怒られるようなことをしているはずなんよね、なんか。でもそれはスタンスなんかな、深井さんの。
草野さんによれば、深井さんは失敗は必ず起こるものだと考えていて、それなら次どうするかを考えればいい、という姿勢だそうです。草野さんはそれを「ある意味で結構ドライ」と表現しています。
先ほどの「ムロさん」と呼ばれる出演者は、深井さんは怒鳴ることはないものの、自分は強いプレッシャーを感じることがあると話します。ミスをすると深井さんは冷静に原因を解析し、その結果、自分が悪いことがはっきりするからです。
この出演者は、自分が悪いと深く自覚したうえで、次にどう防ぐかを自分の頭で考えることを求められるのは、きつい作業だといいます。それでも草野さんや二番弟子のちさきさんは、嫌な顔もふてくされもしないので、いつも驚いているそうです。
草野さんは、失敗したときは反省すると答えます。同じミスを何度も繰り返したら、という樋口さんの問いには、まだ繰り返したことはないとしつつ、それで怒られたら自分が悪いので改善するしかない、と話しました。
一方で、同じ出演者によれば、ミスを繰り返しても深井さんはあまり怒らず、「困ったね、どうやったら解決できるかね」と言うそうです。樋口さんは、深井さんなら「怒ることは無意味で、改善したほうが意味がある」と真顔で言っていそうだと想像します。
タメ口ルールも守る、「決まっていることをやる」力
話題は草野さんの仕事ぶりに移ります。「ムロさん」と呼ばれる出演者は、草野さんと二番弟子のちさきさんには、決まっていることをやる能力がとても強いと驚いています。
その例として挙げられたのが、COTENのタメ口文化です。社内ではタメ口にしようと決めているものの、この出演者自身はあまり守れておらず、多くの人が敬語で話しているといいます。
ところが草野さんとちさきさんは、年上のこの出演者が敬語で話しかけてもタメ口で返してくるそうです。日本の社会で二十数年生きてきて、それを実行するのは簡単ではないと、この出演者は尊敬を口にします。
タメ口だけでなく、タスクや社内の決まり事についても、決まっていることはやる、やらなきゃいけないことはやるという態度が偉い、というのがこの出演者の評価です。人は言われたことを根拠もなく「適当でいいや」と判断しがちだが、草野さんにはそれがない、と話しています。
草野さん本人は、この出演者にはあまりタメ口で話せていないと明かします。せめてもの工夫として、ジャニーズのように「ムロ君」と君付けで呼んでいるそうです。
自覚はあるかと聞かれた草野さんは、あまり自覚はないものの、やるほうではあるのかもしれないと答えます。樋口さんはここで、COTENのCGOであるたかちんさんの考えを紹介します。
才能っつうのは気づかずに勝手にやっているものだから、自分の才能って気づきにくいっていう、そもそもそういう仕組みになってるっていう話があって。
樋口さんは、草野さんは意識せずにできているのかもしれない、あるいはムロさんが圧倒的にできていないかのどちらかだ、と冗談めかして締めました。
エンジニアの「Deploy or Die」が仕事の進め方に通じる?
楊さんは、草野さんの「とりあえずやる」仕事の進め方は、前職のスタートアップでエンジニアとして働いた経験に通じるのではないかと指摘します。
エンジニアの世界でDeployordieみたいな、という話っていうなんか言葉あるじゃないですか。要するにそのデプロイせよ、さもなくば死よっていうなんか意味らしいんですけど。
楊さんは素人なりの理解として、Deploy or Die ── 「デプロイか、さもなくば死か」という意味の言葉。デプロイは、作ったプログラムを実際に使える環境へ公開・反映することを指しますを、あれこれ言わずまずキーボードを叩けという意味ではないかと捉え、そのマインドが草野さんにもあるのではないかと話しました。
草野さんは、エンジニア時代はやるしかなく、くよくよしている時間にはあまり意味がなかったと振り返ります。嫌なことや苦手なことがあっても左右されずにとりあえずやり、アウトプットのレベルが低くても一旦出してみるそうです。
樋口さんは、これはエンジニア的な仕事の進め方かもしれないと応じます。工場で製品を開発する場合は、設計図をしっかり書いて発注するため、出してから大きく変えていくのは難しい。ITの世界だからこそ、出してすぐ速い速度で開発を進められる文化があるのではないか、という見立てです。
設計図をしっかり書いてから発注するため、出してからどんどん変えていくことは難しい
まず出してみて、そこから速い速度で開発を進めていける
楊さんも、エンジニアの仕事の進め方を見ていると、人文系の人とは文化体系が如実に違うと感じることがあるといいます。「すごく違う人種がいる」と思うほどの衝撃だそうです。
歴史データベースを道路のようなインフラにしたい
締めに向けて樋口さんは、データベースやCOTENで今後どうしていきたいかを草野さんに尋ねます。
草野さんは、COTENの思いというより自分個人の思いとして、歴史のデータベースをインフラにしたいと答えます。道路を引くように、歴史のデータベースが日常にありふれ、あらゆる場面で人々が歴史の情報にアクセスできる状態を作りたいというのです。
草野さんは道路のたとえを続けます。道路ができたことで通勤ができ、Uber Eatsのようなサービスも使えるようになった。同じように、歴史の情報があることで、クリエイターがそれをもとに『キングダム』のような漫画を描けるようになる、という例を挙げました。
さらに草野さんは、過去に自分と似た境遇の人がいて、その人がこう振る舞ったからよりよく生きられた、と解釈して自分に応用する使い方も挙げます。身近なところで自分の選択肢を増やせる形で、歴史がインフラとして存在する状態を目指したいと話しました。
この目標は、第1セクションで草野さんが語った「心の豊かさとは選択肢を持ち、行使できること」という定義とつながっています。
うわもうすっげえちゃんと理念あるやん。
この中で一番年下ですよ。めちゃめちゃ仕上がってますよ。
深井龍之介から学んだ「意志の持ち方」と、樋口さんの子育て
草野さんはすでに弟子を卒業しています。楊さんは最後に、深井さんの弟子として活動して何を得たのかを尋ねました。
草野さんは、細かいスキルもあるものの、マインドセットに大きな影響を受けたと答えます。例として挙げたのが、深井さんがかつて話していた人間関係についての考え方です。人間は最終的に分かり合えるかどうかはわからないが、分かり合おうと努力することはできる、というものです。
草野さんは、この考え方はさまざまなことに通じると話します。データベースが役に立つかどうかはわからなくても、役に立てるという意志を持って作ることはできる。人生がハッピーエンドで終わるかもわからなくても、そうなろうという意志を持って生きることはできる。
結果がどうなるかはあまり気にせず、自分が今どうしたいかで進んでいく。草野さんは、その意志の持ち方を深井さんから学んでいると語りました。
樋口さんは、自分も最近ちょうど同じことを子育てで感じていたと応じます。4歳になる子どもは、お風呂に入れと言っても入らず、野菜も食べず、遊んでほしいおもちゃでは遊ばないのに、寝ようとすると急に遊び出すそうです。
結果には執着しないけど、こいつ(子ども)をより良く育てたいという気持ちで育てることだけが重要なのであって。
樋口さんによれば、「より良い」の定義すら今の自分が一瞬思っているだけで、社会や自分が変われば変わる。それでも今これがいいと仮に定義して、野菜を食べさせ、食事中に暴れれば止め、早く寝かせるしかないといいます。
樋口さんは、人付き合いも、ものづくりも、ビジネスも、生きることすべてがそうだと思っていたところで、40歳になってやっとわかったことを草野さんはすでにわかっている、と感心しました。
「俺も弟子入りしよう」と言う樋口さんに、楊さんは、自分たちがすべきことは老害になりそうならさっさと引退し、草野さんの邪魔をしないことだと返します。樋口さんは、自分も社長を青江さんに譲って会長になったと話しました。
初めてのポッドキャスト収録は「Talk or Die」
最後に樋口さんが初めてのポッドキャスト収録の感想を聞くと、草野さんは「めちゃくちゃ緊張しました」と答えます。前編のプロフィール紹介ではかなり噛んだそうです。
樋口さんは、コテンラジオの番外編は毎回20万人弱が聴くので、ここでデビューすればどんな番組にも出られるだろうと励まします。楊さんも、草野さんはパブリックな場に出られる力量と人格のある人で、深井さんとCOTENの理念を言語化して話せる貴重な存在だと話しました。
草野さんは、喋りの練習をしてもっとうまく伝えられるようになったら戻ってきたいと答えます。楊さんが「次は樋口さんたちの顔を貼って練習を」「最終的に深井龍之介を襲名する」と冗談を言うなか、樋口さんは練習より先に出すべきだと返しました。
いやでも違うよ。デプルオアダイやろ。練習とかせずに一旦出すんよ。
草野さんが「今まさに大勢の前で恥をさらして死んでいる」と返すと、樋口さんは大丈夫だったと笑い、そもそも大丈夫かどうかではないと話します。草野さんも、意志を持ってやるかどうかにまた戻ってくる、と応じ、番外編は締めくくられました。
まとめ
草野陽夏さんは、自分で考え抜いた「心の豊かさは選択肢を持ち行使できること」という定義を出発点に、歴史データベースの理念に共感してCOTENへ入りました。弟子時代は失敗を責められず実験を重ね、深井龍之介さんから結果に執着せず意志を持って進む姿勢を学んだと話しています。
- 草野さんの入社動機は、深井さんの弟子になることではなく、歴史データベースを作ることだった
- 採用枠がない状況でも、30個の施策の準備や理念への共感、覚悟が伝わり、中華料理屋で採用が決まった
- 弟子時代はエッセンスだけを教わり、施策を試してはマニュアル化して次へ進む実験の連続だった
- 深井さんは失敗を怒らず、次にどう防ぐかを考える姿勢だと語られた
- 草野さんの目標は、歴史データベースを道路のようなインフラにし、人々の選択肢を増やすこと



