ホワイトハラスメントとは何か
番組冒頭、小笠原さんは「美学を持てるほど働いているのか」という問いから、量が質を変えるという話を切り出します。ただやるだけと、美意識を持って働くことは質が違う。その質の変化を起こすには、ある程度の量が必要だという考え方です。
ここから話題は、若手がチャンスをもらえない現状へ。木原さんが今回のテーマとして挙げたのが「ホワイトハラスメント」でした。パワハラ防止法職場におけるパワーハラスメント防止を企業に義務づける法律。2020年に大企業、2022年に中小企業へ適用が拡大された。が定着し、上司が部下に強く言えなくなった結果、厳しい指導が消え、職場が穏やかに、悪く言えば「ぬるく」なっていく現象を指します。
その結果、若手は「ここで自分は成長できるのか」と不安になり辞めていく。この風土自体がハラスメントではないか、という問題提起です。木原さんは、そう気づいて「頑張りたい」と思える若手にはむしろ未来があるのでは、と見ています。
職場はいい言い方をすると穏やかに、悪い言い方をするとぬるくなっていってしまって。
パワハラ6類型に「要求」が入る矛盾
小笠原さんは、法的にはハラスメントに6類型があると説明します。身体的な攻撃、精神的な攻撃、人間関係からの切り離し、過大な要求、過小な要求、そして個の侵害(プライバシーへの立ち入り)です。話題のホワイトハラスメント的なものは、この「過小な要求」に含まれると整理されました。
小笠原さんが面白がったのは「要求」が類型に入っている点です。過大な要求をするなと言われれば過小になり、過小を気にすれば中庸を求められる。しかし常に絶妙なバランスで指示を出せる人間はいない、というのが指摘です。
過大な要求をするなって言われたら過小になるに決まってるじゃないですか。全員がすげえいい指導者ってことでしょ、これ。
攻撃や人間関係の切り離し、個の侵害はわかりやすい。しかし「要求」を入れると、捉える側次第でいかようにも「過大」「過小」と言えてしまう。木原さんはここに難しさを感じています。
過大な要求と「罰」の関係
ここで議論の核心が見えてきます。小笠原さんは、新人にこなせない量を課すこと自体はいいはずだと言います。問題なのは、それができなかったときに「罰」を与えることだ、という整理です。
到底こなせない量を課すまでは問題ない
できなかったときの罰はやめた方がいい
木原さんも、定時で帰る組織なら要求レベルがどれだけ高くてもいいのでは、と応じます。罰がないのなら問題ないという考えです。ただ小笠原さんは、壁に向かって反省させる、成績を張り出すといった行為も「羞恥心を感じたら十分に罰」になると注意します。だからこそ「そういう罰はダメ」というところまで踏み込まないといけない、というわけです。
この整理から導かれるのは、要求と罰がセットになっていない以上、若手にはきちんと過大な要求を課して成長の幅を持たせるべきだ、という結論です。本人が望まないなら、望まないなりに組織へ成果を出すという選択もある、と木原さんはまとめます。
AIバディと業務のGit化という発想
要求が適切かどうかを判断する仕組みとして、小笠原さんは2つのアイデアを挙げます。ひとつはAIバディの活用です。学生時代に使うラーニングバディ京都芸術大学が取り組むパーソナルAI。答えを教えるのではなく、問いを考えさせるなど学びを伴走するAIバディ。を、卒業後に就職先で「ワーキングバディ」として引き継ぐ構想です。
この人がこれまで学び、やってきたことを踏まえて「この人にこの量は多い」「まだできます」とAIが助言してくれれば、要求の量と質を本人のスキルに合わせて判断できるようになります。要求には量だけでなく、どんなことができるのかという質の面もある。それをセットで見られるのが理想だ、という話です。
もうひとつが「業務のGit化」です。コーポレート部門でも、スプレッドシートや組織図の更新を「プッシュ」する、変更提案を「プルリク」にする。そうすることで、誰が何をどれだけやったかが履歴として残り、本当に過大なのか過小なのかが見えるようにするという発想です。
木原さんは、これは本来エンジニアの一般的な働き方だと補足します。やるべきことが明確で、編集履歴が常に見える形で管理され、後から前の状態に戻れる。それをエンジニア以外の全員でやろう、というのが小笠原さんの主張です。
業務を全てGitにします。Git管理します。全員です。
興味深いのは、小笠原さん自身が「この『Gitにします』という言い方が、優越的な関係を背景とした言動、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにならないことを祈る」と冗談めかしたところです。新しいことを覚えるのが嫌な人はいらない、と言い切りつつも、その発言がパワハラの3要件に触れないかを自ら意識している点に、この回のテーマの奥深さが表れています。
構造で理解することの難しさ
小笠原さんは、6類型だけを見るのではなく、その前提となる構造を見るべきだと指摘します。パワハラには、6類型に当てはまる前に、まず3つの要件を満たす必要があるというのです。
この3要件を満たした上で、初めて6類型で判断される。つまり、なぜそれをやるのかという構造がまずあって、手段が合わなければ別の方法を検討する余地がある、と考えを進めればいい、というわけです。小笠原さんは、手書きが本当に良いという主張とデジタル化は共存できるはずなのに、思考停止している人が多いと語ります。
木原さんは、その構造理解の難易度の高さを実感として語ります。大学の業務は縦割りで、ベルトコンベアー的に自分の半径数メートルだけを理解すれば、安定的に仕事が回ってきた。この業務はなぜ必要なのか、どの法令に基づくのか、誰のためなのかという構造を理解せずに進めることに慣れてしまっている、という自己分析です。
これに対し小笠原さんは、それこそがホワイトハラスメントを受けてきた結果ではないか、と返します。「こんなものでいい」「だから給料はこれくらい」と納得できる範囲に押し込められてきたのではないか、というのです。
その一例として挙がったのが、プロパー入社10年目の岩佐さんという新卒出身の職員です。法令上・学則上必要な業務を、AIの力も借りながらわずか2年で分類し、ほぼ全業務を把握できる人が生まれた。全国の大学にこうした整理がなかったこと自体が驚きだ、と2人は語ります。環境が整い、本人が前向きに取り組めば、極端な残業をしなくても人は成長できるという実例です。
興味深いのは、木原さんが「なぜ構造を理解させる業務設計になっていないのか」と組織に言える立場だと気づいた瞬間、小笠原さんが「うちは構造を理解できるだけの情報がある」と切り返す場面です。全業務がNotionで他部署からも見られる状態になっており、構造は学校法人として示してある。あとは見ていないだけ、という指摘でした。
まとめ
ホワイトハラスメントという入り口から、話はパワハラ6類型の構造、そして「構造で理解する」という組織論へと広がりました。過大な要求そのものが悪なのではなく、罰とセットになったときに問題が生じる。だからこそ、若手には成長の幅を持たせる要求を課しつつ、それが適切かを判断できる仕組みと、業務の構造を理解できるデータの持ち方が重要になります。
要求レベルを上げるだけでなく、若手が構造を理解して活躍できる土台をどう用意するか。それがホワイトハラスメントを乗り越える鍵だ、というのがこの回の着地点でした。
- ホワイトハラスメントは、厳しい指導が消え職場がぬるくなり、若手が成長不安を抱える現象を指す。パワハラ6類型の「過小な要求」に含まれる。
- 「過大な要求」は課すこと自体が問題なのではなく、できなかったときに罰を与えることが問題になる。羞恥心を感じさせる行為も罰になりうる。
- AIバディやGitのようなAI・仕組みで、要求の量と質が本人のスキルに見合うかを可視化できる。
- 6類型の前に「優越的関係」「業務上の必要性を超える」「就業環境を害する」の3要件がある。まず構造を理解し、手段が合わなければ別案を検討する姿勢が大切。
- 若手を伸ばすには、要求レベルを上げるだけでなく、業務の構造を理解できる渡し方とデータの整備が欠かせない。
