番組初のお便りと「就活はチート」というテーマ
この回は、番組にとって記念すべき「初めてのお便り」から始まりました。これまで何十回と放送してきたものの、フォームからの投稿が届いたのは初めてだったといいます。原因のひとつは、フォームでメールアドレスを必須にしていたこと。これが投稿のハードルを上げていたようで、現在は解除されています。
第一回から聴き始めました。「就活はチート」という説明があって、本当にそう思います。日本人は真面目だからチートに気づかないけれど、その状況でお金をもらえているのは恵まれていますよね。
このお便りを受けて、二人は「新卒」というテーマを改めて語り直すことにしました。第一回で話した頃と比べて、新卒を取り巻く状況はすでに変わっている。そしてその変化のトリガーがAIだからです。
なぜ今、高卒新卒が「金の卵」になっているのか
話題は、大学の現場からは見えにくい「高卒新卒」の状況へ。小笠原さんは、学外ゼミ「Makers小笠原さんが関わる主に大学生向けの学外ゼミ。起業家などがゼミを持ち、半年間学生と伴走する。U18は高校生向けの取り組み。」などを通じて高校生と接する機会があり、そこで聞いた話を紹介します。
宇都宮の高校生いわく、工業高校の生徒には一人あたり100件ほどの求人が来ることもあるとのこと。北関東は製造業の集積地という特殊事情もありますが、初任給が30万円ほど、入社祝い金が50万円ほど出るケースもあると聞いたそうです(いずれもファクトチェックはしていない伝聞ベース)。
この状況を、二人は自分たちのバブル世代と重ね合わせます。当時、高校生は「金の卵」と呼ばれ、大学進学率は30%台。半数以上が就職し、人手不足が叫ばれていました。今もまた人手不足ですが、その理由は正反対です。
このまま右肩上がりに成長するはず、という前提で人が足りなかった
人口減少によって、そもそも働き手が足りない
さらにAIがホワイトカラーの仕事を担うようになると、企業は事務作業のトレーニングよりも「気持ちよく働き、仕事の仕方を早く覚えてくれる人」を求めるようになる。だからこそ高卒新卒への需要が高まるという見立てには、納得感があると小笠原さんは語ります。
状況は違うんですけど、人が足りないってことには変わりなくて。
大学進学率という新しい変数
高卒での就職が魅力的になれば、当然ながら18歳の大学進学率は下がります。これはすでにアメリカで起きている現象です。木原さんは、文系大卒向け、とりわけホワイトカラーを目指す求人が著しく落ちていること、Amazonの大規模リストラやPinterestの人員削減などを例に挙げます。
事務、データ処理、マーケティング、会計、法律といった、これまで安定的だと思われてきた領域が厳しくなる一方で、ブルーカラーは有利になっている。労働市場の構造が反転しつつあるのです。
ここで小笠原さんは、大学経営に効いてくる「変数」の話をします。18歳人口が減っていくことは、18年前の出生数からほぼ確定している未来です。しかし進学率がどれだけ下がるかは読めない。この読めない変数が加わると、事態は一気に不透明になります。
18歳人口の減少。18年後までほぼ確定しており、対策の時間はあったはず
大学進学率の低下。どこまで下がるか予測が難しく、多くの大学がまだ目を背けている
木原さんによれば、多くの大学は「進学率は一定を保ち、18歳人口だけが減る」という前提で危機感を持っているのが現状。しかし進学率まで落ちれば、その危機は一気に加速します。「分かっていたのに対応できていなかった」ことにさえ十分に備えられていない中で、未知の変数が入ってきたらどうなるのか、という問いが投げかけられました。
就職率を武器にできなくなる大学
小笠原さんは、大学が国の施策に期待しすぎることの危うさも指摘します。国の施策の多くは補助金がベースですが、補助金は本来「自立しているところをより良くする」ためのもの。それが前提になってしまうと、「お金でなんとかなる」という発想に陥り、教育機関としての本質を見失いかねません。
あれ、僕ら教育機関じゃなかったでしたっけ?みたいな話が。
そのうえで小笠原さんは、大学がやるべきことは「18歳で就職して初任給30万円、祝い金50万円をもらえる状態よりも魅力的である」ことだと語ります。しかもその魅力を「4年後の就職率」で語るのは、問題の先延ばしにすぎない、と。
この指摘に、木原さんは強く反応します。これまで多くの大学は就職率を武器にプレゼンテーションしてきました。「職業訓練校ではないか」と批判されても、高校生のニーズがそこにあったからです。しかし今後は、すぐに就職できる高校生に対して「就職のサポートが手厚い」と訴えても価値がなくなる。宇都宮の高校でそうプレゼンしても、「就職ならすぐできる」と思われてしまうからです。
「うちに来たら就職を手厚くサポートします」という就職率アピールが響いた
すぐ就職できる高校生に「就職支援」は響かない。就職以上の魅力そのものが問われる
二人は以前、木原さんの案内で京都工学院高校(伏見工業や洛陽工業などが統合してできた工業高校)でプレゼンをした経験にも触れます。その後、進学してくれる生徒は一人二人に増えたものの、多くは「そのまま働く気」でいる。この傾向が特殊事例ではなく、全体に広がっていく可能性があるのです。
「学び直し」ではなく「学び重ね」へ
もう一つの論点は、高卒で就職した人が数年後に「学びたい」と思ったとき、いつでも学べる環境をどう作るか、です。小笠原さんはこれを「自在な学びや」と表現します。木原さんが紹介したところによれば、京都芸術大学には90代の在学生が2名、80代が十数名、70代はそれ以上いるといいます。こうしたことが「すごい」ではなく「当たり前」になる状態を目指したいと語ります。
木原さんは、副学長が使っていた「学び直し」ではなく「学び重ね」という言葉を紹介します。上書きではなく、ずっと更新され重なっていくという発想です。木原さんはこれをいい言葉だと感じたと語ります。
学び直しではなく、重ねていく。上書きじゃなくて、ずっと更新されていく。
ただし課題もあります。木原さんは、自身の78歳の母親を例に、「果たして学べるのか」「いろいろな制約やつまずきがある」と正直な疑問を口にします。これに対し小笠原さんは、DX推進で最初に掲げた「学びの摩擦を減らす」、そしてチームが掲げる「アクセシビリティを上げる」という考え方でつながると応じます。学ぶための制約とは、まさに摩擦でありアクセシビリティの問題だからです。
さらに、日本の大学設置基準や教育法が定める「どこまで到達したら単位・学位を認めるか」という基準と、アクセシビリティ向上をどう両立させるか。小笠原さんはこれを「壮大なパズル」と表現し、面白さを見出します。加えて、これまで学んだことにこだわらない「アンラーニング」の場をどう持つかも重要だと語りました。
これまで身につけた知識や価値観を、あえて手放し学び直すこと。変化の激しい時代に、過去の成功体験にとらわれないための姿勢として重視されます。
これまで霧がかかっていたやるべきことが、はっきりしてきた——小笠原さんはそんな感覚を口にします。そしてここに掛け合わされるのがAIです。
AIが加速させる変化と、チートの行方
小笠原さんは自身の人生を振り返ります。子どもの頃、7〜8歳の時に家にコンピューターが来た。その後、携帯電話、インターネット、スマートフォンと世の中は大きく変わり、ドラスティックな時代を生きられたと感じていました。ところが3年ほど前から「まだもっと変わるのか」という感覚が生まれたといいます。しかも、これまで起きた以上の変化が、たった10年ほどで来るかもしれない。そのトリガーがAIであることに、皮肉さと面白さの両方を感じているそうです。
人の生き方や人生といった、これまで定義されてきたものすら変わっていく。木原さんは「今の大学生や高校生はどんな未来を生きるのか、めちゃくちゃ面白いし羨ましい」と語り、小笠原さんは「面白さと怖さと、ですかね」と応じます。
そして話は冒頭の「就活はチート」に戻ります。小笠原さんは、この慣習がすべて消えるわけではなく、一部は残っていくと見ます。ただし残るチートは「より一部の人向けの尖ったチート」になるかもしれない、と。
みんながチートしてるから問題にならなかったけど、本当に一部の人しかチートしなかったら責め立てますよね。
果たしてそのチートに乗っかることが良いのかどうかは、別の議論ですよね。
全員がチートしているから問題にならなかったものが、一部の人だけになれば批判の対象になりかねない。そのバランスが崩れていく可能性を、二人は指摘して議論を締めくくりました。
まとめ
AIと人口減少という二つの力が、労働市場と教育の前提を同時に揺さぶっています。高卒新卒への需要が高まる一方で、ホワイトカラー志向の求人は縮小し、大学進学率という読めない変数が加わる。就職率を武器にしてきた大学は、その足場を問い直さざるを得ません。
そんな中で二人がたどり着いたのは、「いつでも、いつまでも学べる状態をどう作るか」という一点でした。学び直しではなく学び重ね。摩擦を減らし、アクセシビリティを上げる。答えはまだ霧の中にあるものの、その輪郭は少しずつはっきりしてきています。変数の多い時代を生きる若い世代にとって、これは怖さと面白さが同居する未来なのかもしれません。
- AIがホワイトカラーの仕事を担い始め、事務・会計・法律などの求人が縮小する一方、ブルーカラーや高卒新卒への需要が高まっている(アメリカやAIの動向を踏まえた見立て)。
- 18歳人口の減少は確定した未来だが、そこに「大学進学率の低下」という読めない変数が加わり、大学経営はさらに不透明になる。
- 就職率を武器にしてきた大学のプレゼンは通用しにくくなり、就職そのもの以上の魅力が問われる。
- キーワードは「学び直し」ではなく「学び重ね」。年齢を問わず学べる環境づくりと、摩擦を減らしアクセシビリティを上げることが鍵。
- 「就活はチート」という構図は完全には消えないが、一部の人向けの尖ったチートへと変質する可能性がある。
