メンバーエージェント構想への2つの助言
前編で紹介された、組織づくりの取り組み「メンバーエージェント」について、勅使河原さんが感想を述べるところから後編は始まります。勅使河原さんは「かなり親和性を感じた」と話し、2つのコメントを添えました。
1つ目は、評価しないという方針に懐疑的な人と、その意図を深く理解している人との間をつなぐ「翻訳者」のような存在が必要だという点です。理解を一方的に押し付けようとすると、多くの場合反発を招きます。だからこそ、両者を媒介する人がいるとうまく機能すると指摘しました。
理解を一方的に促そうとすると多分反発するので。なので、それこそエージェントですよね。媒介させてやるっていうのはあるかなと思いました。
2つ目は、時間軸の話です。評価を絶対視する考え方は、幼稚園や保育園の段階から染みついています。だからこそ、企業でいきなり「不確実な世の中を生きていく」と伝えても遅すぎる面がある。ならば教育の段階から関わっていくべきだ、という提案でした。
教育に「組織デザイン」を挟み込むという発想
勅使河原さんの「教育の段階から絡んでいくべき」という提案を受け、小笠原さんはすぐに「コースを作りましょう」と応じます。ここから話は一気に「組織デザインコース」の構想へと展開していきました。
環境デザインや空間デザインはよく語られるのに、組織デザインという学問はほとんど聞かない、と小笠原さん。そこで、まず教える側・考える側の人を育て、その人たちが子どもたちと向き合う、という順番が提案されます。さらに、教員が入学すれば学費を優遇し、修士課程で学んで元の組織に戻って広げていく、という「エージェント」的な仕組みまで話が広がりました。
学校の先生たちで悩みを持っている人は大変多いって聞きます。文科省の方針や教育委員会の声があって、板挟みになっている。
木原さんは、目の前の子どもたちを思いながらも「本当にこれでいいの?」と悶々とし、標準的なことをやらざるを得ない先生たちの姿を語ります。小笠原さんは、大学の通信課程の強みを活かせば、働きながら学べる修士の組織デザインには大きな需要があるはずだと展望しました。
教える側・考える側を育てる
教員が修士課程で組織デザインを学ぶ(学費優遇のアイデアも)
元の組織へ戻って広げる
学んだ教員が現場に戻り、子どもたちと向き合う。エージェント的にカスケードしていく
「頭がいい」はコンプレックス産業か
教育の話の流れで、勅使河原さんの著書『「頭がいい」とは何か勅使河原真衣さんの著書(祥伝社新書)。「頭がいい」という言葉の使われ方の変遷を、言説分析の手法で追った一冊。』が話題に上がります。執筆のきっかけは「バカ」という言葉が最近使いづらくなったことへの気づきだったといいます。
勅使河原さんの分析の核心は、「頭がいい・悪い」と言うことで、誰かが何かを煙に巻いているのではないか、という視点です。本当に決めなければいけないことから目をそらす「逃げ」ではないか、と指摘します。しかも「頭がいい」という言葉は何かを言っているようで何も言っていないのに、人の不安だけは巧みに操れる。ここに「コンプレックス産業」の構造がある、というのです。
この「論点ずらし」「目線そらし」は世の中に蔓延している、と小笠原さんも同意します。自身がAI・半導体・衛星データなど複数の肩書きを持つことに触れ、「煽ろうと思えばいくらでも煽れる」と語ります。だからこそ、不安は作れるものだと知っているから、あえてやらないのだと述べました。
不安は作られてるかもしれないっていう視点は、全ての視聴者に持ってほしい。
プロセスに価値を置く評価とは
話は入試や選抜のあり方へ。木原さんは、文科省が知識重視の評価から「思考力・判断力・表現力」や「主体性」を重視する方針へ転換したことを紹介します。方針としては綺麗ですが、教員側は「これをどう評価するの?」と困ってしまう。曖昧だから良い反面、評価する側は途方に暮れる、という問題です。
小笠原さんは、木原さんが京都芸術大学のアドミッション(入試担当)として入学者を伸ばした人物だと紹介します。木原さんが長年手がけてきたのは「体験授業型選抜」でした。入学後に入る教室・施設で1〜2日間授業を受け、瞬発的な実力ではなく、のびしろも含めて判断する方式です。
小笠原さんのコースではグループワークを課していました。初対面の5人が2日間かけて企画をまとめる中で、疲れも出て「素」が現れる。学生の側も教員を見て選べる。良い制度でしたが、やがて効率化され、今は1日に短縮されてしまったといいます。
筆記テスト中心。緊張で力を出せない場合もある。その時点の点数で判断する
1〜2日間、入学後の環境で授業を受ける。のびしろやプロセスを含めて判断する
勅使河原さんは、二人がともに「プロセスに価値がある」と考えていることを指摘します。プロセス重視はタイパもコスパも悪い。それにどう抗うか。組織開発の観点では、「プロセス以外に相互で見るべきところが他にあるか」と問い返すのだといいます。成果は取り繕うことができるからです。
成果とか結果って本来、成果と悪果があって、どっちも結果。成果は出そうと思えば出せるものに設定したらいいだけ。
尺度を増やすという考え方
プロセスを見続けるのは難しい、と木原さん。定期試験や年度末試験で一定の評価をするのが現実だと語ります。これに小笠原さんは「その"難しい"をやめた方がいい」と返します。みんなで難しいことにしてしまっている、というわけです。
勅使河原さんは、総合型選抜か筆記かの二者択一が問題だと指摘します。東北大学が入試をすべて総合型にする方針を例に挙げ、「ペーパーだけができる人もいる。どうして両立させるというアイデアにならないのか」と疑問を投げかけました。
小学校の徒競走で順位をつけるのは能力主義だと言うけど、足しか速くない人もいるので、つけてあげてくださいよ。だけど、絵の展覧会もやればいい。評価の軸を多様化するっていう。
ここで重要なのは、「足の速さ」だけが全てなら能力主義だが、尺度をいっぱい持つことの方が大切だという視点です。しかもその尺度は点数というより「今回は1番でいけたね」「速かったね」という感覚くらいでよい。AIが広がる時代だからこそ、この考え方は大事だと小笠原さんは語ります。
小笠原さんは、100メートルを人間が9秒台で走ると人々が沸くことを例に挙げます。移動なら車でいい。それでも「人間なのにすごい」と感動できる。そこにあるのは、その人なりのトレーニングや、目指す姿になろうという意志の表れだ、というのです。
現行の評価制度への違和感
勅使河原さんは、現行の観点別評価に強い違和感を示します。知識・技能、思考・判断、主体的な学びの3観点で評価されるなか、神奈川県の公立中学に通う息子さんは数学が100点でも5段階評価で「3」だったといいます。理由は忘れ物が多い、字が汚い、ロッカーが汚い、つまり主体性がない、というものでした。
ロッカーが綺麗だったら主体性なんですかね。相当勉強しないと主体的じゃないと思うんですけど、って面談で言ったんですけど。
小笠原さんも、中学時代に90点台を取った科目で「2」だった経験を明かします。授業に出ていなかったこともあり、嫌われていたのだろうと振り返ります。知識・技能が満点でも、思考・判断や主体的な学びは恣意性が高く、いかようにも成績がつく、と勅使河原さんは指摘しました。
木原さんは、こうした方針が「適当」だと感じた例として、共通テストで一度は導入が語られた記述式の点数化や年数回実施が、受験生を巻き込みながら撤回された経緯を挙げます。現場は始まる前から「無理でしょ」と思っていたのに、上が決めてしまった。多くの教育関係者が「あれはないだろう」と感じていたはずだ、と語りました。
やる前から現場は「無理でしょ」と思っていたのを、もうお上が決めてしまって。その行為については、もう素直に「適当やな」と思いました。
こうした教育に携わる人の無力感を、少しでも組織デザインコースが埋められないか──話は再び構想へと戻っていきます。
家庭も組織、そして役割分担の話
勅使河原さんは「組織は人生の本丸」と語り、家庭もまた組織であると話が展開します。小笠原さんは、結婚式で主賓挨拶を頼まれた際のエピソードを披露しました。恋愛の延長線上としての結婚には否定的で、恋愛が「ギャップ萌え」なのに対し、家族は「平準化」だと述べます。
日本ではその平準化が極端に男性側に寄ることで、さまざまな問題が生じている、と小笠原さん。仕事が趣味になる可能性と、生きるために何とかしなければという可能性、その真ん中でいられるのは2割ほど。だからこそ、お互いにスイッチを切り替えられる役割を家族として担ってほしい、と挨拶したそうです。勅使河原さんは「まさに組織開発ですよね」と応じました。
お子さんへの声かけについて問われた勅使河原さんは、まず現行のシステムの「からくり」を説明し、そのうえで「自分らしくいるとこうなる」「評価されないと良い高校に行けない現実がある」と伝え、どちらでいたいかは本人次第だと話したといいます。お子さんは「いいや」という感じになったそうです。
合意形成することが果実じゃなくて、みんなやっぱり違うんだねって知っておくこと。違うけど、どうしようか、っていう。
後半では「優しさや感情に振りすぎている」という論点も出ます。木原さんは、上司の合理的な判断を部下が理解していくことが組織を円滑にする、と自身の立場を語ります。一方で小笠原さんは、すぐに丸めて上にすっ飛ばすのではなく、本質や事実を問うことの大切さを主張。「誰がいつどこで何をどう言ったか」が重要なのに、「どう言ったか」ばかりが回ってくる現状を憂えました。
勅使河原さんは、全部を小笠原さんのようにすると組織は回らないとも指摘し、大切なのはバランスと役割分担だとまとめます。そして「ケースバイケース」で終わらせず、ちゃんと抽象化していくこと──それこそ組織デザインコースがやってくれるはずだ、と締めくくられました。
まとめ
後編は、メンバーエージェント構想への助言から始まり、「頭がいい」という言葉の危うさ、能力主義、観点別評価への違和感、そして家庭という組織の話まで、幅広く展開しました。通底していたのは、一元的な尺度で人を測ることへの疑問と、プロセスや多様な尺度を大切にしたいという姿勢です。
そして繰り返し語られたのが「組織デザインコース」という構想でした。教える側から学び直し、現場に広げていく。教育に携わる人たちの無力感に手を差し伸べるこの発想が、この回の最大の収穫として二人と一人の間に共有されました。X-Techマネジメントへの継続的なアドバイスも約束され、2話にわたるゲスト回は幕を閉じます。
- 「頭がいい」という言葉は何かを言っているようで何も言っておらず、人の不安を操る「コンプレックス産業」になりうる。
- 評価はプロセスに価値を置くべきで、成果は取り繕えるもの。尺度は一つではなく、多様に持つことが大切。
- 観点別評価の「主体的な学び」などは恣意性が高く、点数が満点でも評価が下がる矛盾が生じている。
- 教育に携わる人の無力感に応えるため、教員が学び直せる「組織デザインコース」の構想が語られた。
- 「ケースバイケース」で終わらせず、抽象化して考えることが組織デザインの役割である。
