ルールのないシェアハウスに、暗黙のルールは生まれないのか
シリーズ第3回は、前回までの振り返りから始まります。前回は、政治やビジネスでシステムが大きくなるほど個人の手触りが薄れ、全体最適のために部分がないがしろにされるのではないか、という議論がありました。
荒木さんはこの現象を、乗り入れ路線が増えると1つのダイヤ改正が全体に波及する「電車の連結問題」にたとえていました。さらに、ソーシャルメディアによる他者目線の強まりや、大人が多い社会で若者が期待に応え続けるプレッシャーも話題になっていました。
その大きなシステムへの実践的な抵抗として紹介されたのが、影山さんが運営するシェアハウス「ぶんじ寮」です。庭に突然田んぼやバスケットゴールができても、怒号が飛び交っても、いつの間にか秩序が調整される「無秩序の秩序」があるといいます。
長く住んでる人が「もともとこういう風にやってるだろ、これに合わせろ」っていうのって、(シェアハウスでも)自ずと生まれちゃうのでは?
渡邉さんのこの疑問に対し、影山さんは、暮らすほどにお風呂や皿洗いの作法のような暗黙のルールはできてくる、と認めます。そのうえで大事にしているのが、寮生自身も含めて「ルールのないシェアハウスです」と第一声で言い切ることだと話します。
管理規定があると聞いて入居した人は、何かをやりたいときにまずルールに抵触しないかを気にするようになります。一方、「ルールはない」と言われて入った人は「やっていいんですよね」とタガを外せる、と影山さんは説明し、これを「パブリックアナウンスメント効果」と呼んでいます。
もう1つの理由は、入居者を審査せず抽選で決めていることです。影山さんによれば、運営側はつい家賃をきちんと払う人やコミュニケーションが上手な人を選びたくなるため、その自己規制として抽選にしているといいます。
その結果、とんでもない人が入ってくることもあり、学生の卒業などで出入りのたびに寮は揺さぶられます。影山さんは、その揺さぶりをお互いに是として受け止め合うことで、5年経っても未だにルールができない状態を保てていると話します。
30人のチームが、Slackを消してホワイトボードに戻った理由
影山さんは最近の出来事として、ぶんじ寮の連絡ツールだったSlackを全面的になくした話を紹介します。ぶんじ寮には寮生20数人に企画メンバーを加えた30人ちょっとのチームが関わり、共用部の連絡から生活上のいざこざまで、Slackでやり取りしていました。
やめた理由は、Slackがあることでやり取りできている気になることや、文字だけのやり取りで真意が伝わらず必要以上の揉め事が起きることでした。せっかく同じ場所に暮らしているのだから、ツールに頼るのはやめよう、という判断です。
しかも一時休止ではなく、削除ボタンを押して復活できない状態にしたといいます。今は共用部にホワイトボードが置かれ、必要なことはそこに掲示板のように書かれるようになりました。
Slackで共用部の連絡、イベント告知、生活上のいざこざまでやり取りしていた
Slackを完全に削除し、共用部のホワイトボードや対面でのやり取りに移った
この決定の場に、大家である影山さん自身はいなかったそうです。影山さんにとっても「マジか」という驚きだったといいます。
さすがに(Slackは)あった方がいいだろうとか思いつつも。
影山さんによれば、やめる側の人たちも不便さは想像していました。それでも「そうなった先に何が起こるかも楽しみだよね」という気持ちのほうが勝ったといい、影山さんはその面白がる力に感心しています。
なぜ影山さんの周りでは、プロジェクトが次々に生まれるのか
渡邉さんは、影山さんの著書『大きなシステムと小さなファンタジー』を読み、思想だけでなく実践の数と幅に驚いたと話します。
普通の人はそんなにたくさんプロジェクトできないってか、なんかやる気が起こらないんだけど、(影山さんは)相当馬力もあるような気がしてて。
影山さんは、自分のキャパシティにも限界はあると前置きします。そのうえで挙げたのが、クルミドコーヒーを17年、地域通貨「ぶんじ」を12年ほど続けるなかで、国分寺の社会関係資本 ── 人と人のつながりや信頼関係が生む価値を、資本になぞらえて捉える社会学の概念。ソーシャル・キャピタルとも呼ばれます、影山さんの言葉でいう「土壌」がふかふかになってきたことです。
ぶんじ寮の始まりも、その土壌の表れだったといいます。国分寺に本社がある上場企業の男子寮が空いていると街で話題になり、影山さんが旗を立てて仲間を募ると、自分以外に12人が集まり、13人の企画メンバーができました。
長い積み重ね
クルミドコーヒー17年、地域通貨ぶんじ12年ほどの取り組み
土壌がふかふかに
街のつながり力、社会関係資本が高まる
ノリのいい反応
「面白いね、自分もやるよ」と言ってもらえる期待値が上がる
挑戦が続く
踏み出すと人が集まり、小さな挑戦が無数に生まれる
影山さんは、1つひとつの挑戦はまだ事業と呼べないほど小さいと話します。ただ、小さな挑戦が無数にある街は、森の生成過程でいえば下草が一斉に生え、これから植生が大きく育つ一歩手前のようだ、と見ています。
トラブルが起きたら、ルールを作る前に「待つ」
荒木さんは、思想だけでなく実装している点を称えたうえで、ルールを作る側の発想に欠けているものとして「待つ」「耐える」を挙げます。
トラブルがありましたって言ったら、そのトラブルが起きないようにこういうルールを作りましょうみたいな、そういう発想になるわけですよ。
荒木さんはルールを「柵」にたとえます。柵の外側にさらに柵があるような環境では、どこまで行ったら危ないかという人間の野生的な感覚が麻痺し、「どうせ柵あるでしょ」と思ってしまうといいます。
でも柵がないんですっていう環境に置かれた時、初めて人間はそこで本当に動物としての調和みたいな、あれが出てくるのかな。
トラブルのたびにルールを足し、危険の感覚が麻痺して「どうせ柵がある」と思う
トラブルが起きても待ってみることで、自浄作用や動物としての調和が働く
渡邉さんはこれを聞いて、信号無視が多い交差点で信号を外し、ラウンドアバウト ── 信号を使わず、中央の島の周りを車が一方向に回って進む環状交差点。環道内の車が優先されますにしたら事故が減ったという話を連想します。一人ひとりが自分で確認しないと安全が保てない仕組みのほうが、テクノロジーに頼るよりうまくいく場合がある、という見立てです。
お金もテクノロジーの1つ。国分寺で「ノーマネーデイ」を
影山さんは、ぶんじ寮の標語「安心と冒険の同居する一人ひとりの居場所」を紹介します。安心には、自分らしくあっていいと思える精神的な安心も、焦って稼がなくても生きていけると想像できる経済的な安心もある、と話します。
さらに影山さんは、カーナビで道を覚えなくてよくなったように、文明が進むほど人間が備えるべき機能は外部化され減っていくと指摘します。Slackをやめてコミュニケーション能力が目覚め始めたように、お金もそうしたテクノロジーの1つだと捉えています。
お金があれば、相手の背景や人柄を知らなくても売り買いができます。そこで影山さんたちが次に考えているのが、国分寺で1日法定通貨を使わない「ノーマネーデイ」と、スマホを一切触らない「ノースマホデイ」です。
影山さんは、スマホも法定通貨も使っていいと考えています。ただ、極端に頼りすぎて機能が退化している面があるため、そこをつついて目覚めさせたいといいます。
1日スマホ使わない日を作ろうかなじゃなくて、ノースマホデーを国分寺でやろうみたいなのの飛躍が結構ある気がしてて。
影山さんによれば、仲間内で「法定通貨が1日使えなくなったら」と話してみると、意外に何とでもなるという反応だったそうです。法定通貨を媒介にすることで省略されてきた人間関係が国分寺にはまだ実在していて、お金に代わるもので代替できるイメージが湧くからだ、と影山さんは考えています。なお、地域通貨「ぶんじ」は使ってよいルールです。
内見から1か月足らずの契約と、次回のテーマ「人間への信頼」
渡邉さんは、空いた企業寮の話を聞いても自分なら手を挙げられるだろうか、と率直に話します。影山さんによると、ぶんじ寮は初めての内見から1か月も経たずに契約したといいます。
冷静に考えれば改装も運営設計も準備も必要でしたが、影山さんには「行け行け」という町の声が聞こえていたそうです。内見の話をしていたら、管理者がたまたま近しい人で、電話1本で鍵を持ってきてくれたというエピソードもあり、街に背中を押される感覚があったといいます。
まあだから資本があるってことですね、国分寺にね、もう人間関係のね。
最後に3人は次回のテーマを相談します。渡邉さんは影山さんがまだ悩んでいることやこれからの挑戦を聞きたいと提案し、荒木さんは、自分たちがなぜ待てずにルールを決めてしまうのかというジレンマを挙げました。
結局その人間観、根本がなんか人間に対する信頼があるみたいなところですかね。
話し合いの結果、次回の最終回は「どうすれば待てるのか」という人間への信頼の話から入り、影山さんのこれからの話で締めくくることになりました。
まとめ
第3回では、ルールを作らず抽選で入居者を選ぶぶんじ寮、復活できないSlack削除、ノーマネーデイ構想など、影山さんの実践が次々に語られました。その根底には、長い年月で育った国分寺の人間関係という土壌と、トラブルが起きてもすぐに柵を作らず待ってみる姿勢があります。
- ぶんじ寮は「ルールのないシェアハウス」と言い切り、審査ではなく抽選で入居者を選ぶことで、無秩序の秩序を5年保っている
- 30人ちょっとのチームがSlackを完全に削除し、ホワイトボードと対面のやり取りに戻った
- クルミドコーヒー17年、地域通貨ぶんじ12年ほどの積み重ねが、挑戦にノリよく応える街の土壌を育てた
- 荒木さんは、ルールという「柵」が人間の野生的な感覚を鈍らせるとし、待つことで自浄作用が働くと語った
- お金もテクノロジーの1つと捉え、国分寺でノーマネーデイやノースマホデイを試す構想がある




