なぜ今、社会に不安が漂っているのか?
超相対性理論のこのシーズンは、Cotenの深井龍之介さんを迎え、荒木博行さん、渡邉康太郎さんとのオリジナルメンバー3人で4週にわたって配信されます。深井さんはバンコクのホテルから参加しており、インフルエンザが治ったばかりで声が枯れていると断ったうえで収録が始まりました。
深井さんが持ち込んだテーマは、世界的にも日本でも「不安感」が蔓延しているように感じる、というものです。戦争が多発する世界情勢に加え、日本でも先日の選挙をきっかけに、雰囲気が全体的に殺伐としてきたと深井さんは話します。
どの党がどうとか言うつもりは一切ないんだけど、なんか全体的にこう殺伐としてきたなって、雰囲気が。もう少しこう仲良くすればいいのになと思ってる。
深井さんは、歴史を学んでいるとこうした「世の中の空気がピリッとする時代」はたびたびあり、コロナ禍もそうだったと振り返ります。そのうえで、コロナ以来の不安の波に対してどんな態度を取ればいいのか、払拭するにはどうすればいいのかを、2人に聞いてみたいと切り出しました。
なんかこう希望のある話もっとしたいなと思ってて、三人で。
渡邉さんが「具体的にどんな不安を感じているのか」と尋ねると、深井さんは個人的には気候と戦争の2つだと答えます。深井さんが住む九州では大雨で毎年のようにどこかが氾濫し、妻の親戚が避難することもあったそうです。戦争については、パレスチナの状況を見て「大丈夫じゃないんだろうな」と感じていると語りました。
孤独と分断は世界共通の課題か
渡邉さんは、6月末ごろにWHOの社会的つながりに関する委員会が発表したレポートを紹介します。孤立や孤独を公衆衛生の課題として取り上げ、公衆衛生から教育、都市計画まで、各国に実装の行動指針を示す内容だといいます。
渡邉さんは、社会不安や孤立・孤独がグローバルな共通課題として扱われている側面があるのではと指摘し、深井さんも「孤立していると不安感は大きくなる」と応じました。
荒木さんが「歴史的に見て、今と共通することはあるのか」と尋ねると、深井さんは慎重な姿勢を見せます。よく「第一次世界大戦前夜に似ている」と言う人がいるものの、似ている点も似ていない点もたくさんあるため、安易に過去にたとえたくないというのが深井さんの意見です。
一方で深井さんは、最近訪れたアメリカと日本の分断の仕方が「本当にそっくり」になってきていると話します。深井さんが挙げるキーワードは、インテリ側の人が庶民や新党の台頭をバカにしていることです。
何もわかってないみたいな。どうせ陰謀論者だろみたいな。なんかまあそう言いたくなる気持ちもすごいわかるんだけど、一方でね。
深井さんによれば、アメリカではインテリがトランプ支持者をバカにすることで相互理解が進まず、分断が深まっています。深井さんは、同じ現象が日本を含めて世界的に起きているように見えると語りました。
データが示す「不安は減っている」という事実
荒木さんは、論点整理の手前の話だと断りつつ、ギャラップ ── アメリカの世論調査会社。世界各国で人々の感情や幸福度などを継続的に調査し、レポートとして公表していますのグローバル・イモーションズというリサーチを紹介します。2024年のレポートでは、10年来で初めて世界のネガティブ感情が低下したという結果が出たそうです。
コロナ禍を含む10年の中で、不安が加速し続けていたわけではなく、ストレスの低下も起きていたというデータに、深井さんは「めちゃくちゃ重要だな」と反応します。社会学出身の深井さんは、自分の体感をあまり信用していないといいます。
自分の生きてる世界の感覚ってかなりアテになんないから。超一部じゃん、やっぱ世界の。
荒木さんは、不安が集団的に伝染するなら希望も同じく伝染するかもしれないと問いを広げます。深井さんは、最近訪れたバングラデシュの人たちには不安がまったく見られなかったと話し始めました。
深井さんによると、バングラデシュの人たちは良くも悪くも時間軸が短く、将来のことをあまり考えていません。気候変動が本当に深刻になるのは10年後、20年後なので、その先を考えない状態なら不安にはならない、というわけです。
将来をあまり考えず時間軸が短い。10年後、20年後を気にしないので不安が少ない
現時点の暮らしは整っているが、先のことを考えすぎて不幸を感じてしまう
その先のことを考えすぎて、現時点はすごく整ってる日本で不幸になるって何だろうなこれ。
荒木さんは、余裕があると未来を考え、未来には不確定要素が多いから不安になるのかもしれないと分析します。深井さんはそれに同意しつつ、遺伝や個人の気質もあると述べ、自分は元々ネガティブなタイプで、後天的にだいぶ矯正したと明かしました。
荒木さんはさらに、ル・ボン ── 19世紀フランスの社会心理学者ギュスターヴ・ル・ボン。著書『群衆心理』で、群衆の中で個人の判断が失われる現象を論じましたの『群衆心理』を引きます。恐怖や怒りといった原始的感情は「感染」しやすく、希望は伝染しにくいため、不安は一気に広がってパニックになりやすい、という内容です。
「距離を取れるのは特権」という視点
荒木さんは、深井さんが始めたポッドキャスト「幻会議」で共感した話を挙げます。戦争の当事者に原始的感情が湧くのは仕方がないが、そうでない人はちゃんと距離を取ろう、という主張です。
深井さんによると、この考え方はもともと渡邉さんが超相対性理論の中で、ロシアとウクライナの戦争について話したときに言っていたものでした。当の渡邉さんは「覚えてねえ」と返しています。
こうたろうさんが言ってたの。距離取れるのは特権だよって言ってて。その言葉だったかどうか覚えてないけど、そういう趣旨のことを言ってて。
荒木さんは、距離がある人が適切な感情を維持することは大事だと応じ、さらに「共感の圧力」の存在を指摘します。深井さんも、特に日本は良くも悪くも共感の圧力が強く、当時は距離を取ろうという意見を言う人がいなかったと振り返りました。
渡邉さんは、当時は情報が断片的で歴史的背景の整理も追いつかず、日々のニュースに翻弄されていた面があったと話します。そこで紹介したのが、あるリスナーからのツッコミでした。1日に撮った収録が4週にわたって配信されるのは、情報が毎日更新される中で本当にいいことなのか、という指摘です。
渡邉さんは、その指摘に半分納得しつつも、あの収録で語っていたのは中長期で覚えておきたいことや人間の特性だったと考えます。そのうえで、距離には物理的・心理的な距離だけでなく、時間的な距離もあるのではないかと提案しました。
細かいニュースのアップデートよりも、むしろ大局観をつかもうとする、なんか流されすぎないように、そういう距離、時間的距離を取ろうとするっていう態度でも表れてくるかもしれない。
深井さんは納得し、不安の正体も、人がニュースにその場でリアクションしてしまうことにあるのだろうと話を戻しました。
物語はどうやって人に感染するのか?
荒木さんは、身近で考えさせられる出来事があったと語ります。知人の経営者が、参議院選挙の際に、ある党の主張に賛同する形で、荒木さんには想像もつかないようなエキセントリックな発言をし始めたというのです。
荒木さんは、本人から直接聞いたわけではなく、あくまで自分の勝手な解釈だと何度も断ったうえで、そこに「物語の共鳴」を感じたと話します。虐げられながら耐え抜いてきたという本人のナラティブと、その党が語るナラティブが重なり、自己投影が起きているように見えたといいます。
結構だからそのナラティブの力ってすごい、あのパワーを持つんだなっていうのを僕は感じたんだよね。
渡邉さんは、個人のスケールと集団のスケールがあり、周りがムーブメントを起こすとより感染しやすく、乗っかりやすくなると応じます。例に挙げたのが、コロナ禍でのトイレットペーパー不足などの買い占めです。
渡邉さんによると、「本当は不足していない」という訂正情報が流されたことで、かえって購買行動を刺激してしまったという研究があるそうです。事実とは逆の行動を取るほうが安全なのでは、と一人ひとりが備えようとした可能性があり、ソーシャルメディアでの拡散量も影響したと渡邉さんは見ています。
荒木さんは、ル・ボンの時代との違いとしてSNSの影響力を挙げます。深井さんは、SNSは誰かの意思ではなくエコーチャンバー ── 似た意見の人同士でつながり、同じ考えばかりが反響して強化される現象。SNSのアルゴリズムが助長するとされますを生むアルゴリズムで動いていると補足しました。
渡邉さんはさらに、SNSでは正しさではなく「話題にされていること」が可視化されると指摘します。フェイクニュースが事実より早く伝わるという研究結果があるのも、フェイクニュース自体が人の感情を刺激するよう設計されているからだと説明しました。
設計
感情を刺激し、煽るようにつくられる
反応
人が感情的に反応するのは当然
可視化
正しさではなく、話題になっている量が見える
拡散
事実より早く広がる
共感の圧力と、ナラティブから降りられない人間
渡邉さんが「来週以降に向けて問いを具体化したい」と提案すると、深井さんは、2週目くらいまではこの混迷状態のまま続けてもいいと答えます。2人も了承し、番組として初めてのパターンになりました。
ここでまとめていこうと思えば簡単にまとめれそうな気もするんだけど、そういうことがしたいわけじゃないなと思ってて。
深井さんがこの話題を出したのは、わからなさに耐えながら混沌とした状態を掘り下げてみたいという欲求があったからだといいます。荒木さんは、個人的に考えたい問いとして「共感の圧力にどう向き合うか」を挙げ、深井さんも「めちゃくちゃいい問い」だと応じました。
荒木さんは、この番組で語ること自体にも共感の圧力が働きうると指摘します。深井さんが「不安だ」と言えば、賢い人は今の時代不安に思わなきゃダメなんだ、というメッセージになりかねないというのです。
荒木さんは、渡邉さんのように「僕は不安じゃない」と言えるスタンスは大事なリテラシーだと話します。深井さんは、自然に流されずにいられるかは個人特性が大きいと応じつつ、自分の問題意識は荒木さんのナラティブの話に近いと明かしました。
深井さんによると、国家的・宗教的なナラティブや、伝統的だと思われている儀式の多くは、ルーツは古代にあっても実際には近代に作られたものが多いといいます。歴史を知っていると冷めやすい一方で、百年ほどの歴史があればそれはそれで歴史と言えるとも感じているそうです。
どれか、何らかのナラティブに埋没するしかないじゃん、生きてて。
深井さんは、ゼロナラティブで生きることは無理だと認めつつ、どのナラティブも選びたいと思えず、地に足がついていない感覚があると語ります。それぞれのナラティブのルーツを知っているからこそ「知らない方が楽だったかな」と思うほどだといいます。
最後に渡邉さんが、この回で書名が出た本はル・ボンの『群衆心理』だったと振り返り、来週もカオスな中で不安について考えようと締めくくりました。
まとめ
深井さんが持ち込んだ集団的不安というテーマは、WHOの孤独に関するレポート、ネガティブ感情の低下を示すデータ、バングラデシュとの時間軸の違い、ル・ボンの感染論、SNSのアルゴリズム、そしてナラティブの力へと広がりました。3人は結論を急がず、共感の圧力やナラティブとの付き合い方という問いを次回へ持ち越しています。
- 深井さんは、日米の分断の共通点として、インテリ側が相手をバカにすることで相互理解が失われている点を挙げた
- ギャラップの2024年レポートでは、10年来初めて世界のネガティブ感情が低下しており、体感だけで世界を判断しない大切さが語られた
- 当事者でない人には、物理的・心理的な距離に加えて、ニュースに流されない時間的な距離を取る態度もありうると渡邉さんは提案した
- 恐怖や怒りは感染しやすく、SNSでは感情を煽る情報ほど速く広がるという構造が共有された
- 「不安であるべき」という共感の圧力や、ナラティブなしには生きられない人間のあり方が、次回以降の問いとして残された




