📝 エピソード概要
本エピソードでは、渡邉康太郎氏と荒木博行氏が、映画『もののけ姫』を手がかりに、日本的なサステナビリティのあり方を深掘りします。まず、西洋における旧約聖書由来の自然観が、神→人間→自然という垂直的な「支配・管理」の構造を持つことを分析。それに対し、東アジア特有の八百万の神や仏教の思想に見られる、人間と自然が序列なく共存し合う「相対化」された自然観を対比させます。この根本的な世界観の違いを冷静に比較することで、現代のサステナビリティ議論の前提を問い直す知的探求の序章となっています。
🎯 主要なトピック
- オープニングと新年の近況: 渡邉氏のドバイでのアートフェスティバルでのキュレーション活動と、荒木氏の年末の体調不良、そして息子の全国高校ラグビー大会(花園)出場について語られた。
- テーマ提示:もののけ姫から考える日本的サステナビリティ: 渡邉氏が、複雑な善悪を描く『もののけ姫』を起点として、日本固有の自然観に基づいたサステナビリティ(持続可能性)の仮説について議論することを提案した。
- 旧約聖書に見る西洋的な垂直構造: 旧約聖書の記述(創世記)に基づき、人間が神の似姿として創造され、自然に対する「支配権(ハブドミニオン)」を与えられたという、垂直的なレイヤー構造としての自然観が解説された。
- 近代以降の「支配(Conquer)」と「保全(Conserve)」: 西洋近代社会を駆動した自然の征服という思想と、その反省から生まれた保全主義が、いずれも人間が自然を管理可能であるという前提に基づいていることが論じられた。
- 東アジア的な自然の相対化: 日本の神道や仏教の「草木国土悉皆成仏」の概念を引き合いに出し、自然を支配対象ではなく、序列のない相対的な存在として捉える東アジアの視点が提示された。
💡 キーポイント
- 『もののけ姫』が提示する複雑性は、明確な善悪がなく、全ての登場人物が矛盾を抱えながらも共存方法を探るという点で、現代のサステナビリティの未来像のヒントとなる可能性がある。
- 西洋的な自然観では、自然は常に人間が「管理すべき資源」として捉えられてきたのに対し、日本的な自然観では「コントロールできない気まぐれな隣人」や「荒れる怖い存在」として表裏一体で捉えられてきた。
- 現代のサステナビリティという概念も、根本的には人間が自然を科学的にコントロールできるという西洋近代的な考え方がベースになっている可能性がある。
- 日本的な自然観(八百万の神や空の概念)は、全てを超越者がいない状態で相対化し、序列をつけないため、西洋とは異なる自然との関係性を構築する鍵となる。
