BeRealの「心理的安全性が高い」は本物か
今回のテーマは、SNSと心理的安全性です。きっかけは、河原さんがBeRealをめぐって耳にした学生の言葉でした。
河原さんの音声配信仲間で、情報学が専門の大学講師・春木芳勝さん{要確認: 春木芳勝}が、学生にBeRealを使う理由を尋ねたそうです。
とにかくBeRealは心理的安全性が高い。友達しか見ないし、何でも投稿できる。飾らなくてもいいから、自分のありのままが投稿できる。学生はそんなふうに話していたそうなんです。
この言葉を聞いて、河原さんは「若い人にとっての心理的安全性はこういう文脈なんだ」と気づいたと言います。
一方、金さんは、それが本来の心理的安全性とは少しずれるのではないかと指摘します。
見られてる人が少ないほうが自分は発言しやすい、という意味では確かに半分正しいと思うんです。ただ、心理的安全性はもともと何でも言い合える率直な関係を指す概念なので、クローズドじゃないと言い合えないという時点で、少しずれた解釈になっている気がします。
内輪の安心と、チームを強くする安全性は違う
この解釈のずれを突き詰めると、DMだけでやりとりしていれば安全なのか、という話になりかねません。
TeamsやSlackでもDMだけでやりとりしていれば心理的に安全なのか、という話になりかねない。それが組織やチームをちゃんと機能させるかという話とは、ちょっと別の議論なんじゃないかなと思います。
河原さんは、心理的安全性の背景には多様性があると考えています。
多様なメンバーがいる組織では、お互いの見方を共有しなければ組織が機能しません。だからこそ率直に言い合える関係が大事だという由来があると話します。
その視点で見ると、BeRealのケースはむしろ同質性が高い、と河原さんは言います。
外の人とつながるための安全性と、限定された内輪の関係を確認するためのコミュニケーションが、同じ言葉で括られている点を河原さんは興味深いと語ります。
多様な相手と率直に言い合える関係。外とつながるための手段
限定された仲間内での安心。閉じた空間での安心感の確認
ただし金さんは、学生に「定義がずれている」と伝えても仕方ないとも話します。閉じた空間で楽しむことと、外とのコミュニケーションをどう伝えていくか、その難しさを口にしていました。
仮初めの安全性に、自分を切り出していないか
もう一つ、根深い論点として河原さんが挙げたのが、その内輪が「作られた疑似的なもの」だという点です。
投稿された情報はサーバー上にあり、取ろうと思えば取れます。プラットフォームが著作権ごと取得する構造になっている場合もあります。
実はセーフティでもなんでもなくて、情報を切り売りすることで無料のプラットフォームを使えている。そのトレードオフに気づいていないから、プラットフォームが作り出した仮初めの安全性に油断して、自分を切り出していく。それが中長期で見たときにどれだけ非安全か、という現象もある気がするんです。
河原さんは、これはテクノロジーや情報そのものの扱い方に関わる、かなり根深い話だと受け止めていました。
プールで練習する前に、大海原へ出される
金さんは、TikTokやインスタのリールを例に、SNSとの向き合い方の順序が変わったと感じています。
昔だったら、まずクラスの中でこれが一番上手い人になりたい、という順序があった。それが急に、まず海に出されるみたいなことが増えている気がして。プールで泳ぐトレーニングをしていないのに、いきなり海がある状況になっているなと。
さらにSNSは承認欲求をハックするサービスが多いため、褒められたい、有名になりたいという気持ちがどんどん加速していくと話します。
河原さんは、自分たちの世代を「インターネット老人会」と呼びながら、体験の順序を振り返ります。
最初にメールの使い方を習って、送り合って、掲示板の書き込み方が出てきて、その後mixiが出て日記と足跡。小さい発信と小さい承認欲求の循環をぐるぐる回す体験をした後にTwitterだったんですよね。
まず友達に面白いと思われたい、でみんな日記を書いていた。最初から万バズを狙いたいと思った人は、多分いないと思うんですよ。
今は「何者かになりたい」と、いきなり大海原へ飛び込む人が増えている、という流れです。
メールや掲示板、mixiの日記など、身近な相手への小さな発信から始まった
TikTokやリールなど、最初から不特定多数の「大海原」に投稿する
小さく失敗できる体験が、失われている
この海原をどう乗りこなすか、という問いに、金さんは「致命的な炎上さえしなければ、炎上するくらいはいいのでは」と答えます。
本当にやっちゃダメなことはわきまえたほうがいい。ただ小さい失敗って、我々も外に発信していなかっただけで、子どもの頃は結構やらかしていたと思うんです。今は中学生ぐらいで、やっちゃダメかどうかも分からないのにやってしまったことが、インターネット上に出てきてしまう。
昔は掲示板で書き込みを削除されたり、テキストのすれ違いを経験する中で、ネット上のルールを学べたと河原さんは振り返ります。
かつては「半年ロムっとけ」「ググれカス」といった言葉で、たしなめられる機会もありました。今はそうした指摘すら減り、分からないまま終わってしまうのではないか、と二人は話します。
その上で河原さんは、うるさく言う教育係のような存在が、もしかしたら必要かもしれないと語りました。
「じゃない方のインターネット」を取り戻す
話題は、テクノロジーがビジネスになりすぎたことへと広がります。
河原さんは、2ちゃんねるやmixiが個人の趣味や片手間から生まれた時代を引き合いに出します。
あの頃は、カルチャーを作るためにみんな手を動かしてコードを書いたりサーバーを立てたりしていた。お金は後からついてくるから、自分が作りたいものを作ろう、好きな人が好きになってくれるものを作ろう、という世界線だったと思うんです。
一方でBeRealはフランスのスタートアップで、多額の資金を調達したビジネス企業です。ビジネスになると、データ提供やプライバシーの切り売りといった歪みが起きやすい、と河原さんは指摘します。
そうではない、じゃない方のインターネットみたいなものが、また生まれてきてもいいなと思うんです。
金さんは、AIの発展でプロトタイプを誰でも作れるようになり、「これをやりたい」と話しやすくなった今、新しいインターネットの世界が生まれる可能性もあると話します。
AIが発展して、プロトタイプぐらいなら本当に誰でも作れるようになった。古き良き、というより新しい、と言ったほうがいいかもしれない。そういうインターネットの世界も出現してくれる可能性はあるのかもな、という気持ちが最近あります。
いろいろな人が自分の欲しいものを作り、気持ちよく使い合える社会になれば、インターネット空間もより心理的安全になるのかもしれない、と二人は締めくくりました。
まとめ
若者が語る「BeRealは心理的安全性が高い」という言葉を入口に、内輪の安心とチームを強くする安全性の違い、そしてテクノロジーとの向き合い方が語られた回でした。
- クローズドな空間での安心は、率直に言い合える本来の心理的安全性とは区別して考える必要があります
- 無料のプラットフォームは情報の切り売りとのトレードオフであり、仮初めの安全性に油断しないことが大切です
- 昔は小さく発信し小さく失敗できたが、今はいきなり大海原に出される構造になっています
- 致命的な失敗は避けつつ、小さく試せる場や、ネットのルールを伝える存在があるとよいと語られました
- ビジネスに先鋭化したインターネットへのカウンターとして、自分の作りたいものを作る動きが安全な場を生む可能性があります