「ついにドラえもんが」と沸いたPepperは失敗だったのか
この回のテーマは、佐野さんが掲げた「みんなが知っているPepperくんはなぜ失敗したのか」です。前回はヒューマノイドの現在地と今後を扱っており、今回はその前史にあたるPepperを振り返ります。
樋口さんは、Pepperが登場したときの衝撃をよく覚えていると話します。ソフトバンクの孫さんが発表し、「ついにドラえもんができるかも」というワクワク感があったといいます。
僕、当時あの、音楽作る仕事をしてたんで。Pepperくんが最初にコンテンツをいっぱい出してた時の、その公式のアプリとかの音楽を作ってたりしてたんですよ。
樋口さんは当時、Pepperの公式アプリなどの音楽制作に関わり、お披露目会にも足を運んでいました。佐野さんが樋口さんのスリーピースバンド「金的三番台」を一日中聴いていたという余談で場が和んだあと、話は本題に戻ります。
樋口さんの「もう失敗したと言っていいのか」という問いに、佐野さんは一般的には失敗と言われていると答えます。言い切れる理由として挙げたのが、開発会社が倒産し、生産が停止しているという事実です。
感情認識ロボットPepperは、教習所の受付で何ができたのか
佐野さんによると、Pepperは一言でいえば感情認識型ヒューマノイドロボットです。世界で初めて一般向けに量産されたヒューマノイドとして、ギネス記録も持っています。
Pepperは接客や受付などさまざまな場所で使われました。ソフトバンクが販売したためソフトバンクの製品と思われがちですが、正式には2005年にフランス・パリで作られた会社が開発し、販売をソフトバンクに任せて日本で広まったロボットだと説明されます。
ここで、横山さんの父親が経営する教習所の話が出ます。教習所業界で初めてPepperを導入した会社として、ニュースにもなったそうです。
横山さんの父親がPepperに期待していたのは、受付の代わりでした。教習生が「私の教習は何時から入っていますか」「どこの教室に行けばいいですか」と聞くと、答えてくれる姿を想定していたといいます。
ところが、教習所の管理システムとPepperを連携させるのが難しかったと語られます。Pepperの中身はPython ── 汎用プログラミング言語の一つ。読みやすい文法で、Web開発やデータ分析、AI開発など幅広い分野で使われていますで書かれており、わかる技術者がいれば連携の仕組みは作れます。
コードを書かずにブロックを組み合わせて動きを作る仕組みも用意されていました。それでも当時はシステムづくりを支えるAIもなく、一般の教習所職員が業務に合わせてロジックを組むのは難しかったと振り返られます。
樋口さんは、これはソフトウェアの面ではもう少し頑張れば越えられた壁だったはずだと指摘します。Pepper専門のエンジニアが増え、ロボットが量産され、エンジニアも食べていけるようになるという循環を、本来は目指していたのではないかという見立てです。
握力300g、段差も越えられない。ハードウェアの壁
Pepperが広がらなかったもう一つの要因として、佐野さんは「喋る以外のことがほぼできない」点を挙げます。腕も足元のホイールもあるものの、動作には大きな制約がありました。
そのPepperの握力って、300グラム以下なんですね。(そうすると、)ペットボトル1本すら持てないじゃないですか。
握力が300グラム以下では、その場にいる以上のことができず、軽作業すら任せられません。横山さんは、これが技術者のアプリ開発の意欲を下げ、市場が成熟しなかった一因だと補足します。
横山さんのオフィスにもPepperが1台あり、喋りながら少し動くことはできます。ただ、少しの段差でもそれ以上進めず、立ったまま受付で喋るくらいしかできなかったといいます。
| 領域 | 当時の状態 | 結果 |
|---|---|---|
| ソフトウェア連携 | 業務システムとの連携に技術者が必要 | 現場の職員では業務に落とし込めない |
| 手の力 | 握力300グラム以下 | ペットボトル1本も持てない |
| 移動 | 足元のホイールで少しの段差も越えられない | 立ったまま受付で喋る程度に留まる |
| 対話 | あらかじめプログラムされたやりとりのみ | 柔軟な受け答えができない |
樋口さんは、Pepper2、Pepper3と世代を重ねるうちに歩けるようになり、握力も強くなると思っていたと話します。横山さんの答えは、2014年の発売当時はLLMの進化がなく、決められたやりとりしかできなかったことが進化を阻んだのではないか、というものでした。
最近はLLM ── 大規模言語モデルの略。大量の文章データで学習したAIで、人間のような自然な文章のやりとりができます。ChatGPTなどが代表例ですを搭載した「Pepper+」も登場しています。横山さんによると、2026年2月2日に発表されたAIエージェント版で、月額7万9800円で契約でき、観光業などで自然言語のやりとりが可能になったそうです。
ただしPepper+の機体は従来のPepperと同じものを使っているため、物を掴めないといった状況は変わっていないと横山さんは見ています。
売れなければ投資できない。マーケティングと期待値のずれ
失敗の理由を改めて問われた佐野さんは、いろいろ調べたうえでの自分の解釈として、まず「ビジネスマーケティング力が弱かった」点を挙げます。
佐野さんの理屈はこうです。売れていれば、その売上を開発に再投資する覚悟が決まります。売れず、可能性も見込まれなかったから、投資家や融資からお金を引っ張れず、最終的に開発会社は倒産したのではないか、という見方です。
期待値のずれ
人間並みの能力を期待されたが、技術が追いつかなかった
売れない
必要だから使うものになれず、珍しさで使われた
投資できない
売上も見込みもなく、開発に再投資する覚悟が決まらない
倒産・生産停止
開発会社が「もう無理だ」と判断した
売れるように作れなかった理由として、佐野さんは期待値のギャップを最大の要因に挙げます。人々は指も足も動き、物を掴んで手伝ってくれる姿まで想像していましたが、実際の性能は追いついていませんでした。
佐野さんは、この性能で出したタイミングも微妙だったかもしれないと話します。出すなら「手足は動かせないけれどこれはできる」と、実用性の高い領域を打ち出す見せ方もあったのではないかという指摘です。
もう一つがノベルティ効果 ── 新しいものに対して一時的に興味や関心が高まる現象。慣れるにつれて効果は薄れ、利用や評価が元の水準に戻りやすいとされますです。ショッピングモールでの発表やメディア露出で目新しさを前面に出しましたが、目新しさは数年で消えていきます。
このやりとりは書き起こし上は横山さんの発言として記録されていますが、樋口さんがたかちんに話を振った流れの中で語られています。佐野さんは他にも、ロボットが自分で充電するようなインフラや、LLMの不在といった要因も認めつつ、なんだかんだビジネスの問題だったのではないかとまとめます。
目新しさで導入され、数年で興味が薄れていく
課題を解決するため、手放せない存在として使われる
「すげえ面白いおもちゃ」で止まった。経済的価値という見せ方の誤算
樋口さんは、Pepperでないとできない実務はあったのかと問いかけます。答えは「ないんじゃないですかね」でした。
何回か触ったり喋ったりしたことある中で、やっぱりおもちゃだったんですよね、僕の感覚。
(Pepperで)便利になったり良くなったっていうよりは、すげえ面白いおもちゃやんっていうところで、僕の中では止まっちゃってた感覚あって。
佐野さんも、Pepperにできることの大半はタブレットや端末を置くだけで代替できたと話します。Pepperでなければならない意義を示せなかったことが大きかったという見方です。
さらに佐野さんは、自分の解釈としてマネタイズのポイントは3つしかないと整理します。投資対効果という経済的価値、「嬉しい」「楽しい」といった感情的価値、そして未来への期待に対する投資や寄付です。
| 価値 | 中身 | 例 |
|---|---|---|
| 経済的価値 | 投資対効果がある | 人の仕事を代替できる |
| 感情的価値 | 感情に直接響く | 一緒にいて嬉しい、楽しい、コンプレックスが解消される |
| 未来への期待 | よりよい未来を願って払う | 投資、寄付、社会起業家の事業 |
佐野さんの見立てでは、Pepperは経済的価値、つまり投資対効果があるように見せてしまったことが大きな失敗でした。樋口さんはそれを「人間の仕事が代替できる」と思わせてしまったことだと言い換えます。
佐野さんは、もっと感情的価値に寄せ、「可愛い」「この子とずっと喋りたい」と思わせる方向がよかったのではないかと話します。前回のエピソードで横山さんがGrok AIを使い、ちょっとしたブラックジョークを言わせた例のような工夫を挟むだけでも違ったかもしれないといいます。
最近は家庭用の小さなロボットも生まれています。佐野さんは、Pepperもペットロボットのような位置づけのほうが流行ったのではないかと考え、樋口さんもAIBO ── ソニーが開発した犬型のペットロボット。1999年に初代が発売され、愛玩用ロボットの代表的な存在として知られていますの枠に入っていれば期待値のずれはなかったのかと応じます。
100億円の投資が残したもの。社会の心の準備と研究論文
一方で佐野さんは、Pepperのおかげで今のロボットは進歩したと話します。ソフトバンクは開発会社を100億円で買い取ったものの、それでもうまくいかなかったという経緯があります。
佐野さんが評価するのは、Pepperが「ロボットが社会にいる」状態を初めて作った点です。スーパーで働くヒューマノイドには怖さやとっつきにくさがあるものの、Pepperがその心理的な壁を和らげてくれたといいます。
樋口さんは、夜中の真っ暗な店内にガラス越しにPepperがいて怖かった記憶を語ります。佐野さんも、下を向いてうなだれたPepperがたくさん並んでいる光景を挙げ、それもヒューマノイドが社会に入る前の予行演習だったと受け止めます。
もう一つの遺産が研究論文です。Pepperを元に世界中の大学が論文を出し、Pepperほど研究対象になったロボットはないとまで言われているそうです。
実生活の場に何か月Pepperを置くと何が変わるかという変数を追えるため、生活の中でのロボット活用について学べることが多かったと佐野さんは話します。サブスクで7万5000円ほどで予約販売されている家庭用ロボット「1X」1Xも、Pepperの失敗から学んだと言われているといいます。
樋口さんは、Pepperが日常のやりとりのデータを送るためネット接続が必須だった点にも触れ、そうした思想も後のロボットに影響しているのではないかと話します。
佐野さんは、当時の2010年代はデータ処理も遅く、LLMもなく、人々の心の準備も初めてだったとして、結局はタイミングだったのだろうと振り返ります。最初に失敗した人々がいたから後の人が国を築けた、という歴史に重ねる場面もありました。
本当にそれを思うと失敗っていうのはいかに尊いかっていうね。
空気を読むセンサーは、NECのフィジカルAIへ
横山さんは、失敗からの進化という観点で、Pepperのセンシング能力に注目します。HDカメラ2台、距離を測る3D深度センサー、マイク4つ、タッチセンサー5つを備え、当時のロボットとしてはかなり先進的だったといいます。
Pepperには、表情パターンや声のトーンを組み合わせて感情を推定する「Emotion Engine」も入っていました。横山さんは、空気を読もうとするロボットとして、人と関わる基礎能力はかなり高かったと評価します。
その延長線上にあると横山さんが見ているのが、NECが発表した「空気を読めるフィジカルAI」です。周りの人の表情から怖がっていることを感じ取り、自分の作業スピードを変える技術だといいます。
隣にいる人と一緒に作業してて、ロボットが素早く動いてきた時って、「うわ、ちょっと怖い」とか「攻撃されるんじゃないか」って思ったりするじゃないですか。
表情や声から相手の怖さを読み取り、スピードを落として人間と協調する。横山さんは、Pepperの感情推定のセンシングやアルゴリズムの延長線上に、こうした先進的な技術が出てきていると話します。
Pepperが表情や声のトーンから感情を推定し、空気を読もうとする
NECのフィジカルAIが人の怖がりを感じ取り、作業スピードを落として協調する
人の形をしたロボットが、感情を理解しないと怖いのはなぜか
樋口さんは、人間型ロボットにとって感情との向き合い方こそが肝ではないかと気づきます。腕だけのロボットが感情を理解していなくても怖くありませんが、人の形をして顔があるロボットが感情を理解していないと怖いという指摘です。
まあなんかサイコパスみたいな感じですよね。
表情とやってること全然違うみたいな感じになるから、めっちゃ怖いですよね。
樋口さんは、人型のロボットでは実務での使い道以上に、感情を理解しているか、喋れるかが重要なのだろうと話します。横山さんは、その理由を「ヒューマノイド」という呼び名そのものに見ています。
最後に樋口さんは、Pepperは失敗だったものの、その失敗のおかげでヒューマノイド業界に多くの知見が残ったとまとめます。失敗の上に新しいPepperが生まれる可能性を感じる、歴史の味わいのある回として締めくくられました。
まとめ
Pepperの失敗は、握力や移動といったハードウェアの限界、LLMがなかった時代の柔軟性のなさに加え、経済的価値に見せすぎたことによる期待値とのずれが大きかったと語られました。一方で、社会の心の準備や大量の研究論文、感情推定の技術といった遺産が、今のヒューマノイド開発につながっています。
- 開発会社の倒産と生産停止が、Pepperを「失敗」と言い切れる理由とされた
- 握力300グラム以下、段差を越えられない移動、決められたやりとりのみという制約が、実務での活用を阻んだ
- 人間並みを期待させ、「必要だから使う」ではなく「珍しいから使う」存在になったことが売上と投資を細らせた
- 経済的価値ではなく、感情的価値に寄せる見せ方もあったのではないかと佐野さんは見ている
- Pepperが残した研究論文や感情推定の技術は、NECのフィジカルAIなど後のロボットに受け継がれている




