時価1.5兆円のチームが決算書では150億円
今回のテーマは、アメリカのプロバスケットボールリーグNBAのチームの決算書です。
なかでも、53年ぶりに優勝したニューヨークニックスを取り上げます。
スポーツチームのオーナー会社は上場していないことが多いと川地さんは話します。資産管理会社は上場するメリットが少ないためだそうです。
ただ、ニックスを持つ会社は上場しているので、その決算書をもとに話を進めていきます。
まずチームの市場価値です。アメリカの経済メディアが、今売りに出したらいくらで売れるかを見積もって発表しているそうです。
その額は、優勝する前の時点で約1兆5000億円。1年前は1兆1000億円だったので、1年で3割ほど上がった計算になります。
この金額の根拠は、実際に過去直近どれぐらいで売り買いされたかという実績をもとに出すんですね。最近ロサンゼルスレイカーズのオーナーが変わって、その時の評価額が1兆5000億円だったんです。
一方で、その決算書を開いても、選手の価値は載っていません。優勝を決めた試合で45点を取りMVPに選ばれた大エース、ジェイレン・ブランソンも一行も出てきません。
さらに驚くのが、チームそのものの帳簿上の値段です。市場価値1兆5000億円に対し、貸借対照表には150億円と載っているそうです。
全然違うじゃん。え、どういうことよ。
市場では1兆5000億円のチームが、決算書上ではちょうど100分の1の150億円になっている。この差が今回の入口です。
最大の資産は「体育館を借りる権利」
ニックスを保有しているのは、上場企業のマディソン・スクエア・ガーデン・スポーツという会社です。以降は「ガーデン社」と呼びます。
名前の通り、本拠地はニューヨークの有名な体育館マディソン・スクエア・ガーデンです。マディソン・スクエア・ガーデンニューヨークにある大型アリーナ。バスケットボールだけでなく、ボクシングやコンサートなど大規模イベントの会場としても知られる。
では、このガーデン社の一番大きな資産は何か。刀内さんはスタジアムと予想しましたが、実はスタジアム自体はガーデン社が持っていません。
体育館は別の会社が所有していて、ガーデン社はそれを借りている立場だそうです。野球でいう読売ジャイアンツと東京ドームのような関係だと説明されています。
もともとは体育館を持つ会社とニックスを持つ会社は同じ一つの会社でしたが、2020年に分かれたそうです。分かれた後も、どちらも「マディソン・スクエア・ガーデン」を冠した社名が残っています。
名前は同じでも別会社で、直接の資本関係はありません。ただし、両社ともドーラン家という同じオーナーが大株主として支配している、兄弟会社のような関係だと話されています。
そしてガーデン社の最大の資産が、この体育館を約30年間借りる権利です。その金額はおよそ1140億円にのぼります。借りる権利の資産計上長期のリース契約では、借りる権利を「使用権資産」として資産に計上する会計ルールがある。単なる家賃の支払いではなく、資産として扱われる。
借りてる身分で何なの?楽しいですね。
チームそのものよりも、体育館を借りる権利のほうが帳簿上ははるかに大きい。この時点で、決算書の値段の付き方が普段の感覚とずれていることが見えてきます。
ニックスの150億円の正体はフランチャイズ権
ガーデン社は、ニックス以外にアイスホッケーのチーム、レンジャーズも持っています。
リーグでチームを運営していい権利は「フランチャイズ権」と呼ばれ、これが資産として計上されています。フランチャイズ権プロスポーツリーグに加盟し、特定の地域でチームを運営できる権利。リーグから与えられる営業許可のようなもの。
つまり、決算書のニックスの150億円の正体は、「150億円でニックスを始めていいよ」という権利の値段でした。
これはニックスの権利と呼ぶのであれば、ニックスは150億円だよねっていう整理をしているって感じですね。
正確には、この150億円にはニックスとレンジャーズの両方が含まれます。ニックス単体では150億円より少ない計算になります。
体育館を借りる権利が1140億円あるのに対し、ニックスとレンジャーズ合わせて150億円。刀内さんは「それはちょっと安いなと思っちゃう」と話しています。
なぜ選手は資産に載らないのか
では、なぜ選手は資産に載らないのか。川地さんはまず、資産計上の前提を整理します。
会社が何かを資産として帳簿に載せる条件は、簡単に言えば、その財産を会社がちゃんと「支配」できていることだと説明されています。
支配とは、自分のものとして持ち続け、使い道も自分で決められること。工場や土地はこれに当てはまるので、間違いなく資産になります。
一方で選手はそうではありません。契約は数年で切れ、怪我もするし、戦力が足りなければ手放すこともある。会社が完全にはコントロールできないため、選手は資産にならないと話されています。
そのため、選手に払う年俸はその年の費用として処理されます。どれだけスターを集めても、貸借対照表には残りません。
ここで川地さんは、NBA特有の年俸の仕組みに寄り道します。NBAの選手の給料は、シーズンが終わるまで確定しないというのです。
NBAには、選手全員の給料の合計をリーグ全体の売上の概ね51パーセントにしようねっていう決まりがあるんです。リーグが稼いだお金の半分を、みんなで山分けしようっていうルールが選手組合とリーグ側で約束されてるらしくて。
リーグ全体の売上はシーズンが終わるまで確定しません。入場料や放映権などを締めてみないとわからないからです。
そこでNBAは、選手の給料から毎回10パーセントを天引きして預かっておくそうです。この仕組みはエスクローと呼ばれます。エスクロー第三者が一時的にお金を預かり、条件が確定してから精算する仕組み。ここではリーグが選手の給料の一部を預かり、シーズン後に調整に使う。
シーズン後に売上が確定したら、この預かり金で調整します。選手の取り分が51パーセントを超えていたら返さず、足りなければ返すことで帳尻を合わせるそうです。
実際、トップクラスの高給取りであるステフィン・カリーは、天引き分がほとんど返ってこず、手取りが7億円以上減ったことがあったと紹介されています。
このように、NBAのお金のルールは決算書にきちんと反映されています。それでも、チームの価値という一点だけはうまく反映できていないのです。
移籍金を払えば選手は資産になる
では、なぜサッカーのネイマールは資産に載ったのか。刀内さんが気にしていた疑問に、川地さんが答えます。
2017年、ネイマールがスペインの名門バルセロナから、フランスのパリのクラブ、パリ・サンジェルマンへ移籍しました。その移籍金は約300億円でした。移籍金サッカーで、契約期間中の選手を獲得する際に、移籍元クラブへ支払うお金。選手の登録権を買い取る対価にあたる。
この300億円は費用ではなく資産として計上されました。ネイマールを登録する権利が300億円だった、という扱いです。ニックスの帳簿上の値段の倍にあたります。
ただし資産になるのは、あくまでこの移籍金だけです。ネイマール本人に払う給料は別にあり、それは費用になります。
資産に計上された300億円は、契約期間にわたって費用にしていきます。たとえば5年契約なら、300億円を5で割り、毎年60億円ずつ費用に変えていくそうです。
一方、アメリカのバスケで選手が資産に載らない理由は、ここにほぼ答えがあります。NBAには移籍金がないのです。
そっかそっか、トレードだもんね。
NBAは選手の獲得が基本的にトレードで、お金を払って連れてくる仕組みではありません。トレードの対価で多少お金が動くこともありますが、選手の価値に比べて小さいため移籍金とは見なされないそうです。
だからブランソンは貸借対照表に載りません。連れてくる時に対価を払っていないからです。
正確には、選手の価値そのものではなく、獲得時に対価を払ったらその金額を載せる、という順序だと川地さんは整理します。
移籍金300億円を払ったので資産に計上。契約期間にわたって費用化する。
トレードで移籍金を払っていないので資産に載らない。給料は費用として処理する。
本当の条件は「支配」ではなく「取引」
刀内さんは、アンソニー・デービスとルカ・ドンチッチのトレードを例に、「アンソニー・デービスを費用として払った」と書けるのか、と問いかけます。
答えは、書けません。会計にはお金で測るという大原則があるからだと川地さんは説明します。
会計ってお金で測れっていう原則があるんですよ。だから全部お金で計算しろ。だからアンソニー・デービスって書いちゃダメなんです。
貨幣という尺度で測るのが会計の原則中の原則。だから人間を対価として書き込むことはできないのです。貨幣的評価の公準会計はすべてを金額(貨幣)で記録するという基本的な前提。金額に換算できないものは、そのままでは帳簿に載せられない。
ここで川地さんは、先ほどの「支配」に立ち返ります。ネイマールも怪我や移籍のリスクがあり、完全には支配できていないはずなのに資産に載る。刀内さんもその点に引っかかっていました。
つまり、建前としては支配が大事だと語られますが、実務で本当に効いているのは値札がついていること、いくらで買ったかがあることだと話されています。
本当のところ大事なのは、値札がついてることなんだよね。いくらで買ったっていうものがある、っていうことの方が実は実務的には大事かもね。
その証拠に、サッカーでも自クラブのユースから育った選手は移籍金で獲得していないため、資産には載りません。ネイマールには300億円の値札がついていましたが、若い頃のメッシにはついていなかったそうです。
私たちは、まず価値があって、それに値段が沿うと感じがちです。しかし決算書は逆で、払ったお金や取引の実績のほうが、その値段を決めていく、と川地さんは語ります。
ニックスの100倍の差も、これで説明がつきます。帳簿上の150億円は、1990年代にガーデン社がニックスを買った時の金額がベースになっているのです。
つまり約30年前の取引額のまま。市場価値1兆5000億円は、レイカーズの売買を参考にした見積もりであって、ニックス自身では実際に起きていない取引なので、決算書には載りません。
最後に川地さんは、この会社の今後にも触れます。ガーデン社は計算上は33億円の赤字で、ニックスとレンジャーズをさらに別会社に分けることを検討中だそうです。
ニックスは優勝もして好調なため、ニックスだけの会社にすれば成績が良く見えるのではという狙いです。実際、「分割を検討します」というニュースだけで株価が16パーセント上がったと紹介されています。
まだ何も起きてない。
まとめ
市場では1兆5000億円のニックスが、決算書では150億円。この100倍の差は、決算書が「価値」ではなく「実際に取引された金額」で数字をつけるという簿記の原則から生まれています。選手が資産に載るかどうかも、支配できるかより、移籍金という値札がついたかで決まっていました。
- ニックスの市場価値は約1兆5000億円だが、決算書上の値段は約150億円と100倍の差がある。
- ガーデン社の最大の資産は、体育館を約30年借りる権利で約1140億円。チームより大きい。
- 選手の年俸は費用で、資産には載らない。ただし移籍金を払えばネイマールのように資産計上される。
- NBAはトレード中心で移籍金がないため、ブランソンら選手は貸借対照表に載らない。
- 決算書の値段を決めるのは価値そのものではなく、いくらで取引されたかという実績である。
