三菱UFJ 過去最高益の裏側
話は、川地さんの「推し銀行」談義から始まります。川地さんはこれまで三菱UFJ一本。今回はその三菱UFJの決算から入っていきます。
2025年3月期(2024年度)の当期純利益は、なんと1兆8629億円当期純利益は損益計算書(PL)の一番下に載る、最終的に会社の手元に残る利益のこと。。前の年より25%増え、2年連続の過去最高益でした。堀内さんも仕事柄目にした金融の新聞で、その伸びに驚いたと話します。
ところが、連結決算書にはもう一つ「包括利益当期純利益に、含み益など未確定の損益を加減して、会社の財産が1年でどれだけ増減したかを表す利益。」という利益が載っています。その数字は2兆696億円。当期純利益より大きいのですが、前の年の包括利益は3兆6165億円もありました。つまり包括利益で見ると、この会社は1年で4割近く縮んでいるのです。
当期純利益は25%アップ。でも包括利益で見ると4割近く縮んでる。誰も気づいてないと思うんですけど。
また闇深いところ暴いちゃいましたか。
もちろん、これは何か悪いことをしているわけではありません。むしろ会計のルールに沿った、ごく真っ当な現象です。ではなぜこんなことが起きるのか。そのカギが「包括利益」という概念にあります。
当期純利益は「確定した儲け」だけ
まず前提として、決算書の利益は上から順に、売上高、売上総利益(粗利)、営業利益、経常利益本業の営業利益に、受取利息や支払利息など本業外の損益を加減した利益。日本独自の概念とされる。、そして当期純利益と並びます。当期純利益は、売上からいろいろな経費を引いて最後に残る利益です。
川地さんはこの当期純利益を「手堅い利益」と表現します。というのも、儲けとして数えるものをかなり厳しく絞り込んでいるからです。基本にあるのは「売ってお金になることが確定した儲けだけ」という考え方。財産を買った時の値段で捉えておき、実際に売れて儲けが確実になった時に初めて利益として数えます。
ただ、この考え方だと会社の実態を完全には表せない面もあります。会社の財産は、何も売らなくても増えることがあるからです。わかりやすいのが株。上場企業なら時価がすぐわかるように、時価評価ができます。
たとえば昔からよくあった「持ち合い株」。お付き合いのある取引先の株を持っておくというものです。その株が値上がりすれば、買った時より価値が高くなり、会社の財産は増えています。しかしこの値上がり分、いわゆる「含み益」は当期純利益には入れません。
売り買いして利ざやを得るための株。含み損益は営業外損益などに入り、当期純利益に影響する。
投資として保有する株。
売る予定も投資でもなく、買収されないためなどにお互い持ち合っている株。持ち合い株はここに入る。
「気持ちの問題みたいなものを会計に持ち込んでいいの?」と堀内さんは驚きますが、川地さんいわく、何を目的にした株式かは科目名になるほど扱いが違うとのこと。持ち合い株は「その他有価証券」にあたり、すぐ売らない株の値動きは確実な儲けではないので、当期純利益には影響させないルールになっています。
含み益の受け皿としての包括利益
では、当期純利益に入れない含み益はどこへ行くのか。ここで登場するのが包括利益です。
たとえば100円で買った株が150円になった場合。売買目的なら「評価損益50を収益に、資産を50増やす」という仕訳を入れますが、その他有価証券では収益(損益計算書の項目)ではなく、貸借対照表の右下にある「資本(純資産)」に直接計上します。科目名は「その他有価証券評価差額金」のような形です。
なぜわざわざこんなことをするのか。川地さんも当初は「だから何なん?」と思ったそうです。整理はこうです。含み益は確定していないので、当期純利益に入れるべきではありません。当期純利益に入れてしまうと、それを元に税金がかかったり、配当に使われたりしてしまうからです。とはいえ会社としては財産が大きくなっている要素なので、純資産を増やす形で反映させる必要がある、というわけです。
100円で買った株が150円に値上がり(未売却)
財産は50円分増えている
当期純利益には入れない
税金や配当に回ってしまうため。確定していない儲けだから。
純資産に直接計上 → 包括利益に反映
会社が大きくなった事実は残す
この流れの根幹にあるのが「時価評価主義」です。売買目的でない株でも、今それくらいの値段になっているなら今の値段で評価すべきだ、という考え方。評価して上がった分をどこに入れるか──当期純利益だと税金になってしまう。だから包括利益という概念が必要になった、という順番です。
包括利益の計算式は「当期純利益 + その他の包括利益 = 包括利益」。ここに株主が出し入れした増資や配当を除いた、財産の増減が表れます。
リサイクリングと6000億円の移し替え
ここから三菱UFJの謎を解く核心に入ります。具体的な数字で追ってみましょう。
この移し替えを「組み替え調整」、英語では「リサイクリング」と呼びます。純資産側にあった含み益を、確定した利益として当期純利益に移し、二重にならないよう元のものを消す、という作業です。堀内さんが「過去一嫌いかもしれない」と唸ったほど、ややこしい処理です。
これをきわめて大規模にやったのが三菱UFJです。2025年3月期に、長年持っていた取引先の株を売って6000億円を超える利益を確定させました。それまで包括利益側にあった含み益が当期純利益に振り替えられた結果、包括利益は減り、当期純利益が増えたのです。例では50円だった移動が、6000億円規模で起きたということです。
国際基準では「振り替えてはいけない」株もある
面白いのは、リサイクリングには逆のルールもあることです。国際会計基準(IFRS)では、ある種の株について「一度包括利益で扱うと決めたら、売却益が確定しても当期純利益に振り替えてはいけない」と定めています。ずっと包括利益に置いておけ、というルールです。
その狙いは利益操作を防ぐこと。昔安く買った株を売って当期純利益に乗せてよいなら、経営者は「今年は本業が振るわないから含み益のある株を売って黒字に見せよう」ということができてしまうからです。
一方、日本的な発想はこれと真っ向から対立します。「今期が赤字だから株を売って黒字にする」のも大事な経営判断なのだから当期純利益に入れるべきだ、という立場です。株の売却益をどの利益に入れるかというだけで、世界では考え方が分かれているのです。
ある種の株の売却益は当期純利益に振り替えてはダメ。利益操作を防ぐため、ずっと包括利益に置く。
株を売って黒字にするのも大事な経営判断。だから当期純利益に入れるべき。
なぜ利益は二つ必要なのか
そもそも、なぜ利益が二つあるのか。川地さんは「利益という一つの言葉に、二つの役割が背負わされている」と整理します。
配当していい上限を決める役割。株主にいくらまで配っても会社が傾かないかを示すため、確実に現金になった分を数える。
会社の財産が実際どれだけ増減したかを示す役割。含み益など現金を伴わない益も含めて実態を表す。
この二つは全然違う話ですが、どちらも必要とされています。確定した分だけを数えると時価評価的ではなくなり、実態を表しきれません。一方で財産の増減という時価評価的な概念を入れると、現金の裏付けのない含み益も利益になってしまい、それは配当には使えません。両立は難しい。だからこそ、一つにまとめず二つの利益に分けて載せるようにした、というわけです。
川地さんによれば、これは会計の「資産負債的アプローチ(資産・負債の増減で利益を見る)」と「収益費用的アプローチ(収益から費用を引いて利益を見る)」という二通りの考え方にも通じます。包括利益は、増資や配当を除いた1年間の資産の増減額とぴったり一致する概念です。1000億円の資産が翌年1100億円になっていれば、その差分100億円が包括利益にあたります。
一周回って戻ってきた500年前の計算
ここまで、包括利益は新しめの概念のように説明されてきました。「包括利益」という言葉でまとめられ出したのは確かに新しい。しかし、その計算の中身は実は非常に古いものです。
複式簿記が始まった直後、まだ損益計算書を作るという発想もなく、ただ帳簿をつけていた時代。当時の計算方法は「年に一度、自分の財産を全部数え、今の価値で評価し直して、去年より増えた分を儲けとする」というものでした。これはまさに包括利益そのものです。
つまり、当期純利益のほうがむしろ後から、いろいろなものを検証しやすいように作られた仕組みなのです。「どんぶり勘定」的にざっくり「どれくらい増えたか」を見る感覚は、実は包括利益の発想に近い。包括利益は概念としては新しいけれど、簿記が生まれた瞬間から素朴に使われていたものでもある。まさに「新しいものが一周回って戻ってきた」というわけです。
まとめ
今回は、決算書に載るもう一つの利益「包括利益」を、三菱UFJの決算を入り口に読み解きました。当期純利益は「確定した儲け=配当の上限を決める利益」、包括利益は「含み益まで含めた財産の増減を示す利益」。役割が違うため、両方が必要とされています。
三菱UFJが「25%増えたのに4割縮んだ」ように見えたのは、6000億円規模の含み益がリサイクリングによって包括利益から当期純利益へ移し替えられたから。決して不正ではなく、会計ルールに沿った現象です。堀内さんが漏らした「利益って何なの、っていう概念が一番大事で一番面白い部分かもしれない」という言葉が、この回の核心を表しています。
- 三菱UFJの2025年3月期は当期純利益が25%増の過去最高益だが、包括利益で見ると前年比約4割減。決して不正ではない。
- 当期純利益は「売って確定した儲け」だけを数える手堅い利益。配当の上限を決める役割を持つ。
- 持ち合い株(その他有価証券)の含み益は当期純利益に入れず、純資産に直接計上して包括利益に反映する。
- 売却で確定した含み益を包括利益から当期純利益へ移す処理を「リサイクリング(組み替え調整)」と呼ぶ。三菱UFJは6000億円超をこれで移した。
- 売却益をどの利益に入れるかは、利益操作を防ぐIFRSと、経営判断を重視する日本とで立場が分かれる。
- 包括利益は言葉としては新しいが、その「財産を数え直して増えた分を儲けとする」計算は500年前の複式簿記が最初にやっていたもの。
