『大人大戦』は人間観察系の集大成
山崎さんが偶然にも全巻買い揃えていたという連載中の『大人大戦』。かっぴーさんはこの作品を「フェイスブックポリス2015年にかっぴーがWebに公開した漫画。SNS上での振る舞いを風刺的に描き大きな話題となった、かっぴーのデビュー作にあたる作品。のシリアス版」であり、「人間観察系の集大成」と位置づけます。
テーマは「正しい大人とは何か」。SNSで派手に振る舞い、炎上したかと思えば「すいませんでした、でも新しいビジネス始めます」と平然と続けていく大人たち。そういう人たちばかりが目立つ世の中に対する違和感が、この作品の出発点になっています。
SNSで派手に騒いでる人たちを、働く大人だと思ってほしくないんよ。
物語の主人公は浦島与太郎。高校時代、不良を卒業して「正しい大人」になろうと決意し、自分なりの「大人憲法」をノートに書き留めていた青年です。ところが猫を助けようとトラックに飛び出して事故に遭い、目覚めたら15年後。彼が書いた大人憲法をきっかけに、日本は評価経済社会お金より他者からの評価や信用が価値を持つ社会構造のこと。SNS時代の到来とともに広まった概念で、岡田斗司夫らが提唱した。へと変貌していた──というディストピア的な設定です。
硬いテーマですが、かっぴーさんはこう続けます。「こんなに小難しいテーマで面白く書けたら、俺は今後何でも書けるぞと思って」。フグのように毒のある食材を、大衆向けにおいしく調理する──それができれば一人前だ、というつもりで始めた作品なのです。
原作者の仕事はどこまでか
『左ききのエレン』は自身で作画も手がけますが、『大人大戦』は原作提供。この違いに山崎さんが興味を示すと、かっぴーさんは「原作というのはネームまでやるのが原作者」と明かします。プロットだけ渡すのは「原案」の扱いになるそうです。
収録現場でかっぴーさんが実際のネームを見せると、平田さんも山崎さんも驚きます。「思ってたより踏み込んでた」「もう漫画ですね」。自コンテのラフスケッチ程度を想像していたら、コマも割られ、絵もかなり描き込まれていたのです。
基本的には原作者でいたい、というのがかっぴーさんの本音。ただ『左ききのエレン』だけは自分でも描き続けています。作画のニフニさんによるジャンププラス版が存在するからこそ、自分の版も安心して描けるといいます。
「絶対信じない」というターニングポイント
キャリアの中で「あれがうまくいっていれば、違う働き方をしていた」と振り返る作品があります。約5年前に発表した短編『絶対信じない』です。
当時、漫画家としてのキャリアに悩んでいたかっぴーさんが、ドロッとした感情をすべて吐き出して描いた作品。Twitterで連載する形で発表したところ、ギャグでも派手さもない真面目な作品にもかかわらず、久しぶりに大きな反響を得ました。
この作品がもし商業誌で作画付きの連載になれば、『左ききのエレン』の再現──つまり原作の熱量バージョンとリメイク版が並立する新しい漫画家のスタイルが確立できる、と考えていました。しかし出版社からの声はかからず、電子書籍化にとどまりました。
あれがうまくいってたら違う働き方してたなと思って。それがないから今は普通に原作者やってるって感じ。
インディーズと武道館、両方を走る意味
原作専業に絞る道も検討したそうですが、結果的に両方をやるスタイルに落ち着きました。かっぴーさんはこれを、「ものすごくコアなインディーズバンドと、武道館を目指すメジャーバンドを同時にやっているようなもの」と表現します。
自分の熱量だけで描く尖った作品。コアな読者と直接つながる。
作画担当と組んで大衆に届ける。メディアミックスも視野に。
『左ききのエレン』の登場人物・サエリが語る「市場の中で自分がレアな存在であるべき」という考え方。原作者は山ほどいて、インディーズ漫画で食べている人もいる。ただ、インディーズで成功し、かつ原作者としても成功している掛け算は極端に少ない。だからこそ両立に意味があるのです。
山崎さんが「かっぴーさんみたいになろうとしている若手はいるのか」と尋ねると、答えは「マジでいない」。誰からも相談を受けたことがないそうです。原作者は結果を求められる厳しい仕事で、話を作れる人材のハードルは編集者も含めて上がっている。ドラマや映画の脚本が書けても、毎週18〜19ページで完結させる漫画特有の技術は別物なのです。
月曜13時のランチ打ち合わせ
編集者との打ち合わせスタイルも独特です。かっぴーさんは編集者から言われる修正指示が非常に少ないタイプで、『左ききのエレン』はジャンププラス版も含めて26冊分でわずか4回程度、200話で4回とのこと。作品によって異なり、『大人大戦』は1話の中で4回あることもあるそうです。
編集者との会話も、細かい打ち合わせというより「今回マジ面白かったですね」「あのシーン、多分今後また伏線で回収します」といった雑談ベース。生み出されるものは基本的にすべて自分の中から出ている、というスタイルです。
意識せずに観察する、その情報源
『左ききのエレン』は自身が広告業界にいた経験がベースでした。では今の情報源はどうしているのか。平田さんの問いに、かっぴーさんは「あんまり意識してない」と答えます。
ただし、本・映画・散歩・旅行に加えて、SNSやYouTube、TikTokも「等しく刺激をもらっている」。作家がスマホから離れすぎると、みんなが摂取しているものと自分の感覚にズレが生じてしまう、というのが持論です。
旅行に行って散策して刺激をもらうのと同じように、Xのタイムラインも見てるし、全部から等しく刺激はもらってるかな。
面白いのは、本人にはインプットの自覚がないこと。ある時、忘れないようにと1ヶ月に読んだ本や見た映画・ドラマをnoteに羅列してみたところ、それを見た同業の作家がびっくりしたそうです。「どうやってこんなに見てるの?」と。無意識のうちに、膨大な量のコンテンツを浴びているのです。
週5日仕事、土日は絶対休む
働き方についても興味深い話が飛び出しました。以前「週休5日を目指す」と語っていた時期があったそうですが、それは過去の話。現在は子どもがいない日中に仕事をし、長女が英会話から帰ってくる18時ごろに切り上げる生活です。
土日はもう絶対休むっていう鉄の掟があって、破ったら離婚みたいな感じで。
土日に少しでも仕事しようものなら、奥様の前できちんと申告して「今から一瞬だけ仕事の返事します」と2分だけLINEを見る許可を取るほど。トイレでこっそりやると「また仕事してたんじゃないの」と逆効果になるので、正直に申告するのが鉄則だそうです。
かつては電話が鳴っても無視、チャイムが鳴っても出ないタイプでした。しかし子どもが生まれてからは、その姿勢を改めています。「自分に酔ってるだけだな」と気づいたのだとか。集中を中断できないと言っていたら、泣いている子どもへの対応ができない。だから心を鬼にして中断する練習をしてきたといいます。
仕事場を別に借りるのではなく、あえて自宅を選ぶ理由もここにあります。日中は奥様が1歳の次女の世話をしてくれているが、「家にいたらちょっとした時にちょっとやれる」。全く別の場所にいるのとは、家族との距離感がまったく違うといいます。こうした集中と中断のバランス、そして生活と創作の折り合いについては、5月に発売された初のビジネス書『天才になれなかった全ての人へ』にまとめられているそうです。
まとめ
かっぴーさんが実践しているのは、「インディーズと武道館の両方を走る」という極めて稀な二刀流。原作者としては商業性を追求し、自作の漫画家としては熱量勝負の尖った作品を出し続ける。片方だけでは味わえない掛け算の楽しさが、そこにあります。
そして意識せずに膨大なインプットを浴び、月曜13時のランチという儀式で編集者と向き合い、土日は絶対に休む。ゾーンに入って永遠に描き続けるロマンではなく、生活と創作を両立させる現実的なリズムこそが、10年以上第一線を走り続ける秘訣なのかもしれません。次週は、初のビジネス書『天才になれなかった全ての人へ』についてさらに深く掘り下げていきます。
- 『大人大戦』は「正しい大人とは何か」を問う、人間観察系の集大成。硬いテーマを大衆向けに料理する挑戦作
- 漫画の原作者はネームまで描くのが基本。プロットだけなら「原案」となる
- 短編『絶対信じない』は幻に終わった新スタイルへの挑戦。うまくいっていれば別の働き方になっていたという転換点
- インディーズ(自作)とメジャー(原作提供)の両輪で走ることで、レアなポジションを築く
- 編集者との打ち合わせは月曜13時のランチ。歩きながらネームを読んでもらい、その場でiPadで直す
- 本も映画もSNSも等しく浴びる。意識しないインプットが作品の源泉になる
- 週5日勤務、土日は絶対休む。「集中を中断できないと家族が困る」ため意識的にリズムを作っている
