売れる本と売れない本の差とは。その中でのサバイバル術とこれから【装丁家・川名潤さん④】
装丁家の川名潤さんをゲストに迎えたWHY ARE YOU?最終回。手掛けた作品への思い入れ、出版業界の報酬構造、年間200冊にも及ぶハードな制作スケジュール、そして装丁家を目指す人へのアドバイスまで、なかなか表に出てこない装丁家の生態に迫ります。その内容をまとめます。
印象に残る作品をあえて語らない理由
川名さんは『テスカトリポカ佐藤究による小説。2021年に山田風太郎賞と直木賞を受賞。メキシコと日本を舞台にした壮大な物語。』や『地図と拳小川哲の小説。2022年に直木賞を受賞。満洲国を舞台にした歴史小説。』、金原ひとみさんのエッセイ、町田康の『口訳 古事記』など数々の話題作の装丁を手掛けてきました。しかし、「どの作品が印象的だったか」という質問には慎重な姿勢を示します。
毎回悩むんですよ。あまり「この作品が印象的だった」と言わないようにしている。著者に申し訳ないじゃないですか。
プロフィールで挙げる作品は、自身の思い入れよりも「作品の知名度」を基準に選んでいるといいます。その背景には、すべての著者に対する公平な敬意があります。
それでも展示では、一冊だけキャプションに「実はこれはだいぶ気に入ってる」と書いたそうです。クローズドな場で、来た人だけが知る情報として残しました。
装丁家の報酬と出版業界の構造
装丁家の報酬は、出版社によって大きな差はなく、業界内で「大体アベレージの数字」が存在します。キャリアが進んでも基本的には均一です。一見不思議に思える仕組みですが、そこには出版業界特有の事情があります。
現在の著者印税は以前より低く設定されています。そのため装丁家が報酬を上げてしまうと、部数によっては著者の収入を超えてしまう可能性があるのです。
売れた本の利益
著者に印税として還元
売れない本への投資
新人作家や実験的な作品に挑戦するチャンスを提供
川名さんは、このシステムには「功罪」があると語ります。一冊一冊に大きな予算をかけて丁寧に作る国もある一方、日本は年間7万冊という多くの本を出版できる環境にあります。その背景には「お金ではなくチャンスを保証する」という考え方があるのです。
川名さんはこの仕組みについて、「どっちがいいのか考えた時に分からなくなる」と率直に語ります。個人出版社の台頭は、こうした多産多死型のあり方に疑問を持った人たちが新しい形を模索している現れだとも言えます。
年間200冊を支える体力と瞬発力
川名さんの仕事の9割5分は本の装丁です。年間の出版冊数は7万冊。それを100人程度(広く見ても500人程度)の装丁家で分担していることを考えると、一人あたりの負担は相当なものです。
多い時で年間200冊、少なくても100冊を手掛けるという川名さん。単純計算すると2日に1冊のペースです。想像以上にハードな現場が見えてきます。
装丁家の仕事は、作品を読み込むインプットと、デザインをアウトプットする両方が必要です。川名さんの場合、仕事時間の大半は「読む」ことに費やされます。事務所だけでなく、iPadに組版したPDFをビニール袋に入れてお風呂で読んだり、読み上げアプリを使ってウォーキング中に聞いたりと、至るところで読書をしています。
このハードなスケジュールを続けるには、相当な体力と瞬発力が必要です。川名さん自身、「体力的にきつくなってきた」と語り、スタッフを雇うことも検討しているものの、「人がいると仕事ができないタイプ」という葛藤も抱えています。
今後の野望と装丁家を目指す人へ
川名さんが今後やりたいこととして挙げたのは、「一人出版社」の立ち上げです。雑誌に掲載されながら単行本にならなかった作品や、イラストレーターの作品集など、大手出版社では難しい企画を実現したいという思いがあります。
一人出版社の中には、雑誌に載ったのに本にならない作品をきちんと読みたい人に届けられる形を目指してやってる人も多い。それは僕もやってみたいなと思っていて。
一方で装丁の技術的な面、例えば印刷の仕方や加工といったことには、かつては興味があったものの今はゼロだといいます。長いキャリアを経て、興味がデザインそのものではなく「物語本体」へと移っていったのです。
装丁家を目指す人へのアドバイスも伺いました。装丁業界は「入りづらい」のが現実です。席も少なく、入り口も見えにくい。装丁を手掛けるデザイン事務所に就職するのが一番ですが、それも狭き門です。
川名さん自身も大学時代、文学ゼミで一文字も書けずに卒業したものの、ゼミ生の小説を集めた本の装丁を手掛けることで単位を取得したというエピソードがあります。「才能を集めて装丁する」という行為そのものが、川名さんの原点なのです。
まとめ
装丁家・川名潤さんのお話を通じて、なかなか表に出てこないこの職業のリアルが見えてきました。著者への配慮から印象的な作品を語らない姿勢、出版業界の報酬構造がもたらす功罪、年間200冊を手掛ける驚異的な仕事量、そして物語本体へのリスペクト。すべてが川名さんの仕事哲学を形作っています。
装丁家という職業は、体力と瞬発力、そして何より作品への深い理解が求められるハードな世界です。しかしそれと同時に、新人作家にチャンスを与え、多様な出版文化を支えるという大きな役割も担っています。
MCの山崎さんが「業界にいるけど、装丁家の方とこんなに深くお話を伺うことはない」と語ったように、これはまさに貴重な機会でした。川名さんの言葉からは、装丁家としての矜持と、出版文化への深い愛情が伝わってきます。
- 川名さんは特定の作品を「お気に入り」と語らず、すべての著者に公平な敬意を払っている
- 装丁家の報酬は均一で、キャリアが進んでも上がりにくい。その背景には「売れた本が売れない本を支える」という出版業界の構造がある
- 年間200冊を手掛けるハードな仕事量。作品を読む時間が大半を占め、デザインは短時間で仕上げる瞬発力が必要
- 今後は一人出版社の立ち上げに興味。雑誌掲載されながら単行本化されなかった作品を世に出したいという思いがある
- 装丁家を目指す人は、好きな本を自分で装丁し直し、出版社に飛び込むのが現実的な道
