雑誌から装丁へ。キャリアの潮目を変えた「売れることを諦めた一冊」
装丁家・川名潤さんをゲストに迎えたWHY ARE YOU?第83回。クリエイティブディレクターの山崎晴太郎さん、フリーランス協会代表理事の平田麻莉さんとともに、雑誌デザインから装丁家への転身、そして直木賞受賞作『テスカトリポカ』で訪れたキャリアの転機について語られました。その内容をまとめます。
雑誌と単行本、デザインの違い
川名さんが雑誌のアルバイトを経験した時点で、すでに「本のデザインをやりたい」という思いは固まっていました。その理由は、雑誌と単行本のデザインの本質的な違いにあります。
一人で完結してるんですよね。単行本のデザインっていうのは。
雑誌は月刊や週刊などサイクル発行ペースのこと。月刊誌なら月に1回、週刊誌なら週に1回発行される。制作期間が短いため、多くのスタッフが分担して作業する。が早く、多くの人が関わります。デザイナーは「何ページ」という単位での担当になりがちです。対して単行本は、一冊まるごと一人のデザイナーが担当できる。物体として、作品として、自分の名前で完結させられる魅力があったのです。
・発行サイクルが短い(週刊・月刊)
・多人数で分担作業
・ページ単位での担当
・一冊を一人で担当
・物体として完結
・自分の作品として世に出る
人脈を広げながら装丁家へ
川名さんは雑誌サイゾー1999年創刊のサブカルチャー・メディア批評誌。インターネット文化やメディア裏話を扱う独自路線で知られる。の創刊から3年間、編集部内にデザイナーとして席を置いていました。そこで実践したのが、地道な「就活」でした。
編集部にはフリーランスの編集者やライターが多数出入りします。川名さんは出会う人全員に「実は装丁がやりたい。本を作るときがあったら声をかけてください」と伝え続けたのです。
サイゾーを辞めた後、知り合いの編集者が副業で運営していたデザイン事務所プリグラフィックス川名さんが17年間所属したデザイン事務所。会社として共通の仕事を受けるのではなく、各デザイナーが個別に仕事を持ち込む「フリーの集合体」という珍しい形態だった。に誘われます。そこは「フリーの集合体」とも言える珍しい会社で、会社としての仕事はなく、デザイナーそれぞれが仕事を持ち込むスタイル。ただし財布は一緒という形態でした。
一冊作ったら、その本を作った編集者の隣の席の編集者が次は頼んでくれる。著者に気に入ってもらえたら、その著者が他の出版社で出す時も指名してくれる。
装丁の仕事は、こうして少しずつ輪を広げていったのです。
潮目を変えた『テスカトリポカ』
キャリアの潮目が大きく変わったのは、佐藤究『テスカトリポカ』で第165回直木賞を受賞した小説家。麻薬カルテルと臓器密売を題材にした重厚な物語で知られる。さんの『テスカトリポカ』でした。麻薬カルテルと人身売買を題材にしたこの小説は、内容があまりに過激で、制作途中で編集者が「売れることを諦めた」のです。
これは内容的にマスには受けない。売れなくてもいいので、本当に好きな人が手に取ってもらえたらいいので、尖ったものにしてください。
もともとわかりやすいタイトルだったものを、テスカトリポカアステカ神話に登場する煙を吐く鏡の神。夜や魔術、運命を司るとされ、作中では重要なモチーフとして扱われる。という覚えにくいアステカ文明の神様の名前に変更。装丁も、売れることを度外視した尖ったデザインで仕上げました。
ところがこの作品が直木賞を受賞し、ものすごく売れたのです。
この成功により、川名さんには「近い作風」の仕事や「賞を取りそうな本」の依頼が増えていきます。それまではビジネス書、実用書、絵本、料理本と幅広く手がけていましたが、この10年ほどは小説がほとんどになりました。
独立という選択
2017年、川名さんは40歳でプリグラフィックスから独立しました。17年間所属した事務所を離れた理由は、意外にも「お金」ではありませんでした。
あまりお金に興味ないんですよ。本の仕事が毎日できてたらそれでいい。
長く働くうちに、やりたくない仕事もあります。しかし財布が共通の会社では、自分が断ることで会社全体の収入が減るため、簡単に断れません。この「縛り」が次第に居心地の悪さにつながっていったのです。
一人になれば、自分一人が食べていければいい。仕事を選ぶ自由度が格段に上がる。川名さんが選んだのは、収入よりも「魂の自由」でした。
文芸誌「群像」のポップなデザイン
独立後、川名さんは講談社の文芸誌群像1946年創刊の老舗文芸誌。純文学を中心に評論や批評も掲載する。「文学界」「新潮」「すばる」「文藝」とともに「五大文芸誌」と呼ばれる。のデザインを手がけるようになります。文芸誌とは、小説が掲載されるための雑誌で、日本独自の文化だそうです。
五大文芸誌(群像、文学界、新潮、すばる、文藝)から芥川賞候補作が選ばれることが多く、文学界の重要な役割を担っています。ただし発行部数は万部に届かず、読者層は限られています。
川名さんは群像をリニューアルする際、意識的にポップなデザインを採用しました。その背景には、河出書房新社1886年創業の老舗出版社。文芸誌「文藝」を発行し、サブカルチャーや現代思想の分野でも存在感を持つ。の「文藝」が佐藤あさみさんによってキャッチーにリニューアルされた影響もあります。
読む人が限られる文芸誌というジャンルで必要なのはやっぱりそういう方向。もうちょっと興味持ってもらえるような見た目だったらいいなと。
特徴的なのは、毎号ロゴが変わること。鈴木哲生さんというグラフィックデザイナーが手がける「群像」の「像」の字は、Googleのロゴのように毎月異なるデザインで読者を楽しませています。
また、表紙には毎回異なるアーティスト、イラストレーター、フォトグラファー、現代美術家の作品を採用。川名さんはディレクションというよりも、作品を借りて段取りを整える役割に徹しているそうです。
まとめ
川名潤さんのキャリアは、雑誌デザインから装丁家への移行、そして独立へと段階的に進んできました。その過程で一貫していたのは、「本の仕事を続けたい」という純粋な思いと、仕事を選ぶ自由を手に入れるための選択でした。
『テスカトリポカ』という「売れることを諦めた」作品が直木賞を受賞したことで、川名さんは「本の見た目で買う人数を信用していない」という独自の視点を得ます。そして、賞を取りそうな作品、挑戦的な作品の依頼が増えていくのです。
独立という選択も、収入ではなく「魂の自由」を優先した結果でした。文芸誌「群像」のポップなデザインは、限られた読者層に向けた裾野を広げる挑戦でもあります。
川名さんの仕事観は、クリエイターとしての矜持と、フリーランスとしての柔軟な働き方を見事に両立させています。
- 雑誌デザインは多人数での分担作業、単行本は一人で完結できる「作品」
- 人脈を地道に広げ、「装丁をやりたい」と伝え続けることで仕事が増えていった
- 『テスカトリポカ』で潮目が変わり、賞を取りそうな作品の依頼が増加
- 独立の理由は収入よりも「仕事を選ぶ自由」を優先したかったから
- 文芸誌「群像」をポップにリニューアルし、裾野を広げる挑戦を続けている
