才能論をまとめた初のビジネス書
この回の入り口は、かっぴーさんが出したビジネス書の話題でした。タイトルは『天才になれなかった全ての人へ』2026年5月27日にダイヤモンド社から発売された、かっぴーさん初の完全オリジナルビジネス書。副題は「自分だけの武器が見つかる才能論」。。天才とは何か、才能とは何か、どうすればそうした人たちと戦えるのか——10代の頃からずっと考え続けてきたテーマを整理した一冊です。
かっぴーさんはこれまで、才能論を代表作『左ききのエレン』の題材として少しずつ消化してきました。ただ、思っていることを漫画に全部出しすぎると「ビジネス書になってしまう」と感じていたそうです。そこで本筋を邪魔しない程度に留めていた考えを、今回まとめて書いたのです。
執筆のきっかけは、作家業10周年というタイミングでした。「今ビジネス書を出したらどうなのか」と思っていたところ、ちょうどそういう話が来たといいます。自分から動くというより、やりたいと思っていると自然とその仕事が来る——それが今までのかっぴーさんのパターンでした。
不思議なもんで、その人が今やりたい仕事が来るんですよ、結局。あとね、言い続けるっていうか。
アニメ化さえもSNSがきっかけだったと明かします。Twitterでアニメ化したいとつぶやいたことがそもそもの入り口だったそうです。「言い続けることが大事」というのは、実体験に裏打ちされた言葉でした。
運に勝つ「サイコロ理論」
「言い続けたいけど弱気になってしまう人にどう助言するか」という平田さんの問いに、かっぴーさんは本でも触れているという「サイコロ理論」を語りました。結論はシンプルで、うまくいく方法などない以上、「人よりサイコロを多く振るしかない」というものです。
絶対にうまくいくビジネスアイデアは存在しない。だからたくさん試す。運の要素が大きいなら、その運を超えるには回数を増やすしかない、という考え方です。
前提
絶対にうまくいく方法・アイデアは存在しない。成否には運の要素が大きい。
対策
普通の人が1年で1回挑戦するなら、半年に1回振る。誰よりも挑戦し、誰よりも失敗する。
結果
試行回数が増えるほど当たる確率が上がる。
受けない仕事の見極め方
数多く挑戦する一方で、やらない仕事の取捨選択も欠かせません。かっぴーさんの基準は「良くない仕事は感覚でわかる」というもの。細かいところで「あれ?」と引っかかると、それが結構当たるそうです。
避けたいのは主にトラブルです。ゴネられる、異常に直しが来る、あれもこれもと要求される——こうしたリスクを事前に嗅ぎ分けるといいます。そして第六感ではなく明確な法則として挙げたのが、「仕事の単価が安い時ほど怒りやすい」という経験則でした。
大手クライアント(サントリーやNHKなど)ではもめなかった一方、中小企業が無理して出す予算のほうが「重い」と感じるといいます。同じ金額でも、大手の予算より中小企業の予算のほうがより大きなリソースを求められることがあり、それが怖いのだと語りました。
予算がないところから予算を引っ張ろうとしないっていうのが結構鉄の掟。それは絶対に事故るし、恨まれたりもする。
この感覚を信じようと決めたきっかけも語られました。2〜3年前、最初から「もやっとする」案件があり、途中から返信が2〜3日遅れるようになったそうです。ピンときたかっぴーさんは、マネージャーにすぐ請求書を出すよう指示し、履歴を残しました。結果、相手は倒産。しかしメールの履歴があったおかげで、可動分の債権を回収できたといいます。
平田さんは「思いがあれば予算がなくてもやってしまいがち」だとして、この話に目から鱗が落ちた様子でした。フリーランスは目利きや咄嗟の対応が大切で、それは経験や知識に支えられるという点で二人の意見は一致しました。
連載を続けることが「漫画家」の条件
やりたいことが多い中で、何を優先するのか。かっぴーさんにとってのベースは連載でした。「連載してなかったら漫画家じゃない」という感覚があり、お笑い芸人が「劇場に立たないと」と言うのに似ていると表現します。現役のクリエイターを名乗るなら連載を続けなければならない、というのが彼の考えです。
さらに原作者なら、複数の連載を持つべきだと語ります。原作者漫画のストーリーやネーム(コマ割り・構図の下書き)を担当し、作画は別の漫画家が手がける分業スタイルの書き手。はネームまでしかやらないので、1本だけなのはもったいない、というのです。ここでも根底にあるのはサイコロ理論でした。
連載は準備期間も含めると1本4〜5年かかることがあり、それが失敗に終わるのは「普通なので超怖い」。だからサイコロを複数振りたいのだといいます。現在はエレンを含めて3本を同時進行中で、1本終わったらまた1本始めるイメージだそうです。ただし4本に増やすかは「やってみないとわからない」と慎重でした。
| ケース | 原作 | 作画 |
|---|---|---|
| 一般的な配分 | 4 | 6 |
| 実力ある原作者 | 5 | 5 |
| 若手原作者 | 3 | 7 |
配分は多くの場合6対4で作画のほうが多く、これはアシスタントを雇う必要があるなど作画が最も大変だからだといいます。ただし明確なルールはなく、原作者の実力によって5対5や3対7もありうるとのことでした。
天才になれなくても幸せになれるか
『左ききのエレン』の「夢は大きくなきゃいけないの?」という問いを起点に、幸せの形をめぐる対話が広がりました。かっぴーさんの答えは明快で、「幸せになるために生まれてきた」というもの。今が幸せだから、この状態が続けばいいと語ります。
尾田栄一郎先生に勝てなくても幸せにはなれるんですよ。
凄さ比べをすれば必ず負ける。だから幸せの基準を「凄さ」に置かない。とはいえ、連載がなくどの出版社からも声がかからなくなったら幸せではないかもしれない、とも語ります。かっぴーさんにとっての「漫画家をやっている」ラインは、紙の本を出し続け、出版社から声がかかり続ける状態でした。実際、指折りの出版社の編集部に「手が空いたらぜひ」と待ってもらっているそうです。
平田さんは、フリーランス協会で講演する際によく「何者かにならなくていい」と伝えているといいます。「もっとこうならないと」と焦り続けると、クリエイターやフリーランスは辛く、不幸せになりかねない。だから自分なりに「ここを満たしていれば笑顔でいられる」というラインを引く、いわゆる「足るを知る」ことが、持続的な幸せには大切だと語りました。
一方で山崎さんは「折り合いをつける」という言葉を挙げつつ、クリエイティブを目指す以上は一度は頂点を目指してほしいとも述べます。かっぴーさんもこれに共感し、エレンで描きたかったのは「天才になろうとしてなれなかった人の話」だと語りました。原体験としての野心はあってほしい——それが二人の共通した思いでした。
一度は頂点を目指す。目指した人にしか見えない景色がある。
上には際限がないと受け入れ、自分が笑顔でいられるラインを引く。
漫画ビジネスの歪みと二極化
今後については「映画を撮る」といった別の道もあり得るとしつつ、今のところ漫画が一番向いていると語るかっぴーさん。ただし「漫画はちょっと難しくなりすぎている」とも打ち明けました。読むのも難しくなり、ビジネスとしても難しくなってきているといいます。
その象徴として挙げたのが、ヒット作が生まれにくくなっている状況と、売れる作品と売れない作品の「雲泥の差」です。ジャンププラス集英社のウェブ漫画サービス。多くの作品が全話無料で公開され、今の時代にフィットした試みである一方、作品ごとの売上格差が大きいという側面もある。の歴代売上ランキングを例に、上位と中位の差が極端に開いていると指摘しました。
スパイファミリーやチェンソーマン、ダンダダンといった作品が数千万部を売る一方、そこから下は「団子状態」。たった10位の差でも売上には雲泥の差があり、そこに構造の歪みがあると語ります。「こんなこと言う漫画家はダメなんだけど」と前置きしつつ、ビジネスとして本当に成り立つのかと考え始めているそうです。
漫画ってやっぱりコンテンツだから、フラットに人の心を動かす量であってほしい。最もピュアに人間感情が数字に表れるマーケットで、それが起きているのは残念に思う。
平田さんは、ノートの収益がトップ数人に集中する例や、世界の富の偏りにも触れ、これはプラットフォーム化した領域に共通する構造だと指摘します。アクセスが上位に集中する一方で、ZINEのようにコミュニティで楽しむインディーズも存在し、両極端になっている——コンテンツの総量は過去最大でありながら、そんな二極化が進んでいるという見立てでした。
答えはまだ出ていない。だからこそインディーズとメジャーの両方をやりながら考え続けているのだと、かっぴーさんは語りました。
作家を目指す人へのメッセージ
最後に、漫画や作家業を目指す人へのメッセージを求められたかっぴーさん。その言葉は率直でした。「知り合い全員に止められてもやる人じゃないと無理」だというのです。
「漫画家として生きていけますか?」と問われれば、正直に「だいぶ難しいよ」としか言えない。金銭的にもメンタル的にも厳しく、「大丈夫ですか?」と聞かれたら「大丈夫じゃないかも」と答えるといいます。それでもやる、という人しか応援できない——それがかっぴーさんの結論でした。描きたいものがあるかどうかが、すべての出発点なのです。
山崎さんは、SNSで「みんなが表現できる時代」と言われるからこそ「胆力が試される」と応じます。始めるのは簡単でも、どこまで粘れるか。40代半ばになると、当時の20代の横並びで残っているのは「何が起きても作ることをやめないだろう」と思える人だけだといいます。
続けるのが無理なんだもん、普通は。不可能なことをやってると思う。
でも楽しいからやってるんだけどね、やっぱりいまだに。
辛さも含めて作り続ける胆力。それでも根っこには「楽しいから」という思いがある。全4回にわたるかっぴーさんの話は、この言葉で締めくくられました。
まとめ
作家業10年目を迎えたかっぴーさんの話は、挑戦の量と、自分なりの幸せの基準という二つの軸で貫かれていました。運に勝つには人よりサイコロを多く振る。しかし振る先の全部を選ばず、トラブルの匂いは避ける。そして「凄さ比べ」に幸せを預けず、自分が笑顔でいられるラインを見つける——挑戦し続けることと、足るを知ること。その両立こそが、10年続けてきたクリエイターの現在地なのだと感じられる回でした。
- 運を超えるには試行回数を増やすしかない——「人よりサイコロを多く振る」がかっぴーさんの基本戦略。
- 単価が安い仕事ほどトラブルになりやすい。違和感を感じたらすぐ請求書を出し、履歴を残す。
- 連載を続けることが「漫画家である」条件。原作者は複数連載でサイコロを複数振るのが理想。
- 天才になれなくても幸せになれる。「凄さ比べ」に幸せを預けず、自分の基準を持つことが大切。
- 漫画ビジネスは売れる作品と売れない作品の二極化が進行。答えを探すため両極端を並行する。
- 作家業は「全員に止められてもやる人」でないと続かない。根底にあるのは「描きたいもの」と「楽しさ」。
