丸万事件とは何か、そして複雑な関係図
恩田さんが「これはちゃんと深掘りしたい」と持ち込んだのが、丸万事件です。原告商標と被告の看板は、類似どころかほぼ同一でした。
そもそも似ているかどうか(類否)は争われていません。問題になったのは、先使用権や通常使用権があるかどうかでした。
これ先言っちゃうと暖簾分けなんですよ。暖簾分けを受けて使ってますみたいなことも謳ってたりして、被告側は関連店舗であるということを謳ってるわけですね。
原告の店は宮崎にあり、ルーツも宮崎です。炭火焼地鶏のはしりとされる店で、1954年ごろ、代表者の祖母が創業したとされています。
関係者がややこしいため、恩田さんは手書きの関係図を用意していました。屋台から店舗になり、祖母が支店を作って2店舗を経営、亡くなった後に長男と次男がそれぞれ継承しています。
長男の系統が知名度のある「丸万本店」となり、次男の系統が現在の原告「株式会社丸万本舗」にあたります。本店ではなく支店の系統が原告である点が、後の争点にもつながります。
許可をもらって継いだのに、なぜ訴えられたのか
話をさらに複雑にするのが、許諾の経緯です。原告従前商標などの商標権はかつて存在したものの、消滅していました。
平成6年(1994年)ごろ、原告代表者の父が、被告にとっての叔父に「丸万」の名称の使用を許諾しました。この時点では、現在の商標権はまだ存在していません。
被告は、その叔父から店を引き継いで経営していました。つまり、許可を得て使っていた店を継いだ人が、後から訴えられたことになります。
許可を得て使っている店舗を引き継いだ人が経営をしてたら訴えられてしまったみたいな事件ですね。なかなか大変じゃないですか、これ。
岡村さんは、許諾したのは今の代表者ではなく先代の父だった点に注目します。代替わりを機にこうしたトラブルが起きるのはよくある構図だと話します。
こういう話って代変わりした時に起こりますからね。それだったらすごく話としては分かります。
許諾が書面で残っているかを岡村さんが尋ねると、恩田さんは「多分ない、口頭だろう」と答えます。ただし、許諾があったという事実自体は原告も争っていません。
先使用権も通常使用権も認められなかった理由
被告側は、先使用権や通常使用権、さらに無効理由の抗弁など、複数の切り口で争いました。長年使ってきた事実に加え、本店こそ有名なのに支店が出願している点も突いています。
しかし先使用権は認められませんでした。裁判所のロジックは、周知性の有無というより「出所が同じ」という点に着目したものでした。
判決は、被告店舗は開業当時から原告(丸万本店)の知名度や顧客吸引力に依拠して営業しており、別個独立の標識として被告標章を使っていたとは認められない、としています。
つまり、被告は自分の商標として周知だったのではなく、丸万本店や本舗と同じグループ・同じ出所を示すものとして使っていた、と判断されたわけです。
通常使用権も認められませんでした。被告は、平成15年に叔父が死去した際、原告代表者の父に電話連絡し、屋号とロゴの継続使用の承諾を得たと主張していました。
しかし、そもそものれん分け当時に原告商標権は存在していません。裁判所は、許諾を受けた地位が当然に事業の承継者へ引き継がれるとは解されない、としました。
権利濫用も否定、そして満額の損害賠償
被告は、令和元年という比較的新しい商標権で28年間の使用を制限するのは権利の濫用ではないか、とも主張しました。しかし、これも認められませんでした。
判決は、長年原告の関係者が異議を述べてこなかったことや、同じ場所で営業を続けてきたことを考慮しても、権利濫用にはあたらないとしています。
叔父さんの代から継続して28年間使用してきたっていうことを被告は言ってて、多分それは事実なんでしょうけど、それでもダメなんだよということで。厳しいなって感じですよね。
損害賠償も厳しい結果でした。原告の請求額は6000万円ほどでしたが、裁判所が認定した損害額は1億1000万円以上にのぼります。
注目すべきは、その減額(覆滅)の割合です。売上への商標の寄与などを考慮しても、覆滅されたのは30%だけで、利益の7割が損害として認定されました。
被告は途中で店舗名を変えても売上が下がらなかったと主張しましたが、判決はむしろ長年の使用による顧客吸引力で売上が維持されていると理解できる、として深くは考慮しませんでした。
先使用権
自分の商標としての周知ではなく、丸万本店と同じ出所として使っていたと判断され不成立
通常使用権
のれん分け当時に商標権が存在せず、地位も当然には承継されないとして不成立
権利濫用
28年の使用や異議がなかった事実を考慮しても濫用にはあたらないと判断
損害賠償
利益の7割が損害と認定、認定額は1億円超に
のれん分けだからこそ危険、という教訓
この事件から二人が引き出した教訓は、のれん分けだから安全ではなく、むしろ危険だということです。商標が類似でも出所が別なら損害額はそれほど上がりませんが、のれん分けは実質同じ出所とされ、こじれると損害が膨れ上がります。
のれん分けマジで気をつけないといけないっすよっていう気がしました。
では被告はどうすればよかったのか。恩田さんは、契約を明文化してガチガチに固めること、可能なら通常使用権を受けて登録しておくこと、さらにはコンセントで商標権を取得しておくことを挙げます。
岡村さんは、電話で先代からOKをもらっていたなら、そのまま使い続けても大丈夫だと思ってしまうのも一般感覚としては責められない、と話します。だからこそ、引き継ぐタイミングで契約書にしておくことが大事だと二人は確認しました。
こういう権利関係しっかり整理しておかないと、後々こういうトラブルが火種になっちゃいかねないですよね。
事業承継やM&Aでは負債などを精査しますが、そこに商標権の話も含まれてくる、と恩田さんは指摘します。飲食店の「なあなあ」な許諾が、後に大きな火種になりうるという事件でした。
なお、この判決は今年3月26日に出ており、二人は控訴の行方にも注目しています。後編では、こうした論点を坂野先生に聞く回を予定しているとのことです。
まとめ
丸万事件は、のれん分けで許可をもらって28年使ってきた店でも、代替わりと新しい商標権の前では守られなかった事例です。飲食店の口頭の許諾がいかに不安定かを突きつけています。
- 原告と被告の看板はほぼ同一で、類否ではなく権利関係が争点になった
- のれん分け当時に商標権がなく、先使用権も通常使用権も権利濫用も認められなかった
- 出所が実質同じとされ、利益の7割が損害と認定、認定額は1億円超と厳しい結果に
- 口頭やなあなあの許諾は危険で、契約の明文化や商標権・通常使用権の登録が身を守る
- 判決は今年3月26日、控訴の行方や過去ののれん分け事件との比較が今後の注目点
