AI時代のビジネス書の読み方
対談はまず、渡邊さんから大長さんへの「逆質問」で始まりました。ビジネス書が今どう読まれているのか、編集者としても本当に知りたいテーマだといいます。「読者の隣に座って、どこをどう読んでいるか聞きたいくらい」と渡邊さんは語ります。
大長さんの読み方は、量を早いペースで読み込むスタイル。一文を噛みしめるより、見出しやトピック、図版をパッと見ながら、興味のある箇所だけをかいつまむといいます。積んどく(買ったまま読まない状態)はほぼなく、目先のプロジェクトにすぐ生かすため、テーマが近い本を4〜5冊まとめて買ってざっと消化するそうです。
自分の興味のあるところだけかいつまんでしまう癖があって。それが問題でもあるんですけど。
ただし、すべてを速読するわけではありません。山口周独立研究者・著作家。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』などの著書で知られ、ビジネスと哲学・アートを架橋する論考で人気を集める。さんの本は丁寧に読むといいます。ここで大長さんは、本との付き合い方が二種類あることに気づきます。「情報として入れたい本」と、「その人の考えや思想に触れたい本」です。
この違いは、AIの登場でさらに際立ってきたといいます。記事やそれっぽい要約は2〜3分で要点がわかるようになり、一冊に何時間もかけることに「時間をかけすぎているのでは」と感じるようになったそうです。
How to系の情報収集。広く深く調べたいこと。要点の把握。
著者の信念・価値観・エピソードへの体験。自分の考えを整理し、価値観を問い直すこと。
広く深く知れるのはAIかもしれないんですけど、その背景にある人の信念や価値観、エピソードに触れられるのはやっぱり本かもしれないですね。体験として。
読者が本当に線を引く場所とは
渡邊さんは、ビジネス書のマーケット自体がAIの影響で縮小傾向にあると見ています。特にHow to系の需要は下がりつつあるといいます。しかし、一人ひとりの読者がどこを熱心に読むかは別の話です。
印象的だったのは、あるプロジェクトマネジメント系の本の著者から教わったエピソード。KindleのポピュラーハイライトKindleで多くの読者が同じ箇所にマーカーを引くと表示される機能。どの一文が読者に響いているかが可視化される。を見ると、多くのハイライトは500人前後で分散しているのに、ある一箇所だけが突出していたそうです。厳密には1,066人がそこに線を引いていました。
その突出した一箇所とは、「プロジェクトマネジメントの難しさとは」について書かれた部分でした。渡邊さんは、多くの読者が「本当に困難だよね」という共感とともに、その難しさをいかに乗り越えるかを真剣に読んでいるのだと感じたといいます。
プロジェクトの難しさは人間関係にある
このエピソードは、大長さんの新刊のテーマとも深く響き合います。『自走する新規事業のつくりかた』は全10章にわたって、人間関係や組織の話、そして「分かり得なさ」を扱っているといいます。予算やスケジュールの管理以上に、人間関係や人間の性(さが)こそがプロジェクトの本当の難しさなのではないか——大長さんはそう興味を深めます。
大長さんは、本には書かなかったことにも触れました。プロジェクトリーダーが具体的にどう振る舞うべきかをもっと深く書く選択肢もありましたが、そこだけ深くなりすぎるため、あえて削ったといいます。自身はプロジェクトデザイナー大長さんが名乗る肩書き。一筋縄ではいかない、過去の延長線上では解決できないプロジェクトのプロセスをデザインしてリードする役割。という肩書きで、一筋縄ではいかないプロジェクトのプロセス設計を本業にしているそうです。
ここで大長さんが紹介したのが、この1年で最も印象に残った言葉です。
集団や人を導くとき、組織や人の無意識の振る舞い・習慣・慣習・価値観をわかっている人こそ、うまく人々をリードできる。それがプロジェクトマネジメントの本質だと大長さんはいいます。渡邊さんは「牧羊犬は非常に優秀なマネージャーですね」と応じ、話は思わぬ方向へ広がっていきます。
大長さんは、この普遍的なテーマこそがAI時代にも残っていくと考えています。人が協力するとはどういうことか、人が頑張れるとは何か、拒絶するときにどんな不安を抱えているのか——そうしたパターンを俯瞰して見られることが、これからのプロジェクトマネージャーに求められるといいます。
渡邊さんは、この流れを人類史のスケールで捉え直します。不確実性に向き合うテーマが残っていくなら、人類が長く営んできた狩猟採集や牧畜、農業といった根本的な活動にこそ、ビジネスの叡智が隠れているのではないか——。大長さんも「人間が自然にできることは、昔からそこにあったのかもしれない」と応じました。
AI時代に「人が一冊書く」意味
後半のテーマは「AI時代に書くこと」。AIでも文章がそれっぽく書け、キーワードを入れれば作ってくれる時代に、本として書く意味とは何か。大長さんの問いに、渡邊さんは著者目線で「一言で言うと手応え」と答えました。
渡邊さんは予測変換を例に挙げます。AI以前は「こ」と打つと「心」「コミュニケーション」といった候補が出る程度でした。しかしAIなら、極端に言えば「こ」から「国境の長いトンネルを抜けると、異国であった」川端康成の小説『雪国』の有名な冒頭「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」をもじった表現。AIが一文をまるごと書いてしまうことの比喩として使われている。のような一文までバーっと書けてしまう。それでは書き手として面白くないのではないか、というのが渡邊さんの見立てです。
書くって一番面白い体験なのに、それをAIに書かせてしまう、手放すなんて、なんてもったいないんだと思います。
大長さんはここから、「広く届いて多くの人に読まれたら嬉しいけれど、まず自分のために書いている」という構図を引き出します。みんなに受けるものを書くだけなら、AIでいくらでも書ける。いい塩梅の味付けもやってくれる。だからこそ、書き手が味わう時間の豊かさに意味がある、というわけです。
実務では、AIをどこまで使うかは著者によってケースバイケースで、なかには全編AIで書いてくる人もいるといいます。そのうえで渡邊さんが強調したのが、読んだ人の心を揺さぶれるかどうか。そして、AIが書いた文章には「グルーヴ」がまだ宿らない、という指摘でした。
渡邊さんは、日々著者と接するなかで、自分ではとても言えないようなことを隠さず勇気を持って言い切る著者たちの姿に「本当にすごい」と感じるといいます。執筆は勇気のいる仕事であり、その気概や勇気は読者にも伝わる。渡邊さん自身も、そこから力を得ている一人だと語りました。
今の時点ではまだAIが著者のグルーヴまでは手がけていないので。AIが勇気を持ったらどうしようかな、なんて思ったりしています。
最後に渡邊さんは、大長さんの新刊についてこう評しました。大長さんに触れたことがある人なら「これ、そのまま喋ってるまんまや」と思ってもらえるはずで、実際ほぼそうなっている。違うのは「関西弁じゃないところくらい」——そう笑いを添えて、対談は締めくくられました。
まとめ
今回の対談は、本の中身ではなく「本をつくること」そのものをめぐる会話でした。AIが要点を数分で返す時代でも、本には著者の信念・価値観・エピソードという「体験」が残ります。読者が本当に線を引くのは正解ではなく「難しさ」への共感であり、書き手にとっては書くこと自体の手応えと、行間ににじむグルーヴこそが人が一冊書く意味になる——。刊行をゴールとせず、「まだ、途中」の問いとして残しておきたい会話でした。
- How to系の情報収集はAIに任せ、信念や価値観・エピソードという「体験」は本で読む、という使い分けが進んでいる。
- Kindleのポピュラーハイライトでは、ノウハウよりも「プロジェクトマネジメントの難しさ」への共感に突出して多くの読者が線を引いていた。
- プロジェクトの本当の難しさは予算やスケジュールより人間関係にあり、「優秀な羊飼いは羊の特性を理解している」という視点が鍵になる。
- AI時代に人が書く意味は、書く「手応え」と、行間に宿る「グルーヴ」=著者の気概や勇気にある。
- 大長さんの新刊『自走する新規事業のつくりかた』は、本人が「そのまま喋っているまま」の文章になっている。
