『自走』って結局なんなんですか?── 書く前、書きながら考えていたこと
bridge代表の大長 伸行株式会社bridge代表取締役。2017年創業。300以上の新規事業開発プロジェクトに伴走してきた実践者。さんが、2026年7月13日発売の初著書『自走する新規事業のつくりかた』について、翔泳社IT・ビジネス領域の専門出版社。書籍のほか「Biz/Zine」「MarkeZine」などのWebメディアも運営している。の編集担当・渡邊さんを迎えて語った回。なぜ「自走」というテーマを本にしたのか、書きながら見えてきた輪郭、最後まで迷ったこと、そして「分かり合えない問題は解決できません」と言い切った終章への思いまで。本作りそのものが、本書の通奏低音である“実践と言語化のあいだ”を映している、その内容をまとめます。
ホワイトペーパーから本へ ── 企画が立ち上がるまで
本の企画が立ち上がる前段には、1〜2年かけて積み重ねてきた調査とインタビューがありました。「なぜ新規事業はうまくいかないのか」を bridge として掘り下げ、2024年春ごろにホワイトペーパー特定のテーマについて調査・分析した内容をまとめた報告書。BtoBマーケティングではリード獲得や信頼性の提示によく使われる。として公開したところ、想定以上の反響があったといいます。
反響の中身は「うちの組織にも当てはまる」「うちもこんな課題がある」というフィードバック。それが重なるうちに、「みんなに共通している課題だ」という実感がじわじわと立ち上がっていったそうです。その実感を起点に、企画書を書いて翔泳社に持ち込んだ、というのが本書のスタートでした。
これみんなに共通してるな、みたいなことにじわじわ実感が出てきて、本にしたらどうかって思うようになり。
編集者が感じた「自走」という言葉の引っかかり
企画書を最初に受け取ったとき、渡邊さんが惹かれたのは「自走」という言葉そのものだったといいます。新規事業はやりたいことをやっているのだから、自走できていて当たり前なのではないか ── そんな素朴な感覚があったからこそ、「実はそこが一番難しい」と語る大長さんの話に驚きがあったそうです。
ビジネス書の文脈では、「人が主体的に動く」という意味での自走はよく語られます。しかし、「事業を自走させる」というテーマで一冊を組んだ本はほとんどない。そこに編集者としての勝機を感じた、というのが本書を引き受けた一つの理由でした。
人が主体的に動くこと。
個人のマインドや行動の話。
事業そのものが自走していくこと。
組織のしくみとプロセスの話。
一方で、社内の編集会議では「どれぐらいの需要があるのか」「読者は身銭を切ってくれるテーマか」「この著者がベストか」といった問いがいくつも投げかけられます。そこを通したうえで「出すよ」と言ってもらえたことは、著者にとって早い段階での大きな後押しになったといいます。
いろんな事例を見聞きしてきている翔泳社さんが「出すよ」って言ってくれたのは、初期の段階ですごく嬉しかった記憶があります。
「体で仕事をしてきた人」という見立て
本作りに難しさはあまり感じなかった、と渡邊さんは振り返ります。その理由として挙げたのが、初回の打ち合わせで受けた印象でした。何を質問してもほぼ即答で、経験とともに何かしらの答えが返ってくる ── そこから「この人は体で仕事をしてきた人だ」という直感を得たといいます。
渡邊さんが個人的な指標として挙げたのは、質問に対する返答の「速度」でした。即答できるということは、その問いがすでに自分の中で何度も通り抜けていることの裏返しでもあります。打ち合わせの場面ではなかなか言葉にしない感覚ですが、編集者は著者のそうした手触りを密かに観察しているようです。
『自走地図』というメタファーが骨格を決めた
本作りがスムーズに進んだもう一つの理由として渡邊さんが挙げたのが、すでに bridge 側で「新規事業の自走地図」という形がかなり固まっていたことです。「地図」というメタファーが出た瞬間に、本の仕立てが「ガイドブック」として一気に像を結んだといいます。
制作の途中では、章をまたいで散発的に語られていた事柄を一つの章にまとめ直すなど、読者が「地図を見て迷わないように」する構造整理が意識されました。読みやすさは、表現の磨きだけでなく、配置の操作によって作られていく ── その手つきが、本書の骨格を支えています。
「自走地図」という言葉があれば、あとはそのガイド本という仕立てがいける。書籍制作チームの解像度がぐっと高まり、目指すべき山の頂上の旗まで見えてきた感じがしました。
事例を載せない、という判断
本書で最後まで迷ったポイントの一つが、具体事例を載せるかどうかでした。初稿に対して Facebook で集めたフィードバックでも、事例を求める声が多かったといいます。そのなかで「あえて全部載せない」という方針を貫いたのは、本というメディアの寿命を意識した編集判断でした。
本書の狙いは、目先の解決策の提示ではなく、考え方や姿勢、組織内での対話のきっかけを提供することにあります。だからこそ、時間が経っても古びにくい「じわじわ読み広まる本」を目指したい。そう考えると、生々しい事例は避け、抽象度の高い書き方を選ぶ判断は自然なものでした。
代わりに採用されたのが「寓話教訓や本質を伝えるために、具体的な人物や事件名を使わず、たとえ話の形に置き換えた物語。古くはイソップ寓話などが知られる。」という形式です。Facebook フィードバックの中で寄せられた、置き換え型のエピソードがうまく機能したといいます。固有名詞の事例ではなく寓話に置き換えることで、読者は「これはまさに今、自分が置かれている状況だ」と読み替えやすくなる ── そういう効果が狙えるのが寓話の力です。
書きながら生まれた葛藤と、終章のブレイクスルー
本作りがおおむねスムーズに進むなか、大長さん自身がもっとも葛藤したのは終章でした。1章から10章までの精度が6〜7割固まったあたりで、終章を書き始めたといいます。そこで立ち上がってきたのが、「分かり合えない問題を解決する本なのに、これは実は分かり合えるわけがないのではないか」という違和感でした。
「自走地図」を辿れば、組織のすれ違いも乗り越えられる ── というガイド本の構え。
分かり合えない問題は、そもそも解決できない。だからこそ、どう向き合うかが問われる。
その本音を終章で言い切ったうえで、改めて1〜10章をどう読んでもらえばいいのか ── ここが書き手としていちばんの迷いだったといいます。最終的には、終章を後から本編に挿入する形で構成が整いました。
渡邊さんもこの終章には「ブレイクスルーした感じがあった」と振り返ります。読み手としては一瞬ずっこけそうにもなる断言ですが、その後にじんわりとした温かさが残る ── そこに「厳しくも温かい」大長さんらしさが表れていると感じたそうです。実は本書の装丁本の表紙・カバー・帯などのデザイン全般。書籍の印象を大きく左右する重要な要素。担当のデザイナーや、DTPDesktop Publishingの略。紙面のレイアウトや組版をコンピュータ上で行う作業。書籍では文字の組み方や図版の配置を整える役割を担う。担当との打ち合わせでも、「終章が面白い」という話を渡邊さんはたびたびしていたといいます。
終章からね、読んでくださいとは申しませんが、終章は見逃さずに、ぜひ。新規事業に限らず、あらゆる仕事に対して真摯に向き合う姿勢を問われるところがあります。
終章のタイトルは「自走する組織がつくるこれからの仕事」。1章から順に読み進めてきた読者が、最後にもう一段視座を上げて、自分の仕事観そのものを問い直すような章として設計されています。
まとめ
本書『自走する新規事業のつくりかた』は、ホワイトペーパーへの反響から始まり、「自走地図」というメタファーで骨格が決まり、事例を載せない判断と終章のブレイクスルーで完成していきました。著者と編集者の対話そのものが、「実践を言語化していくとは何か」という本書のテーマを映し出しています。書く前と書きながらで揺れ動いた輪郭を、ぜひ本編で確かめてみてください。
- 本書はホワイトペーパーへの反響から立ち上がり、「みんなに共通する課題」だという実感が企画化を後押しした。
- 編集者は「自走」という言葉と、即答できる著者の「速度」から、本書の成立を確信していた。
- 「自走地図」というメタファーが決まったことで、ガイドブックとしての骨格と章構成が一気に像を結んだ。
- 具体事例ではなく寓話に置き換える方針で、時間が経っても古びにくいロングセラーを目指している。
- 終章「自走する組織がつくるこれからの仕事」で「分かり合えない問題は解決できません」と言い切ったことが、本書の通奏低音になっている。
