「塾長」とは何をする仕事なのか
前回は伊藤さんが研究者になるまでの歩みを聞きました。今回はまず、そもそも「塾長」とはどんな仕事なのかから話が始まります。
伊藤さんによれば、慶應義塾は小学校2つ、中学校3つ、ニューヨーク校を含む高校5つ、そして大学、大学院、病院までを持つ組織です。塾長はその全体の理事長であり、経営面の責任を負っています。
さらに塾長は慶應義塾大学の学長でもあります。経営の責任と大学運営の責任、そして対外的な「外交の旗印」という役割を兼ねているのです。
世界に慶應を売り込む「外交」の中身
外交の旗印とは具体的に何をするのか。伊藤さんは、慶應義塾のビジビリティ(知名度)とレピュテーション(評判)を高めることだと説明します。
一昨年にはG7広島サミットに合わせて「U7+学長リーダー会議」を慶應で開催し、伊藤さんが議長を務めました。ダボス会議では得意分野の量子コンピュータ量子力学の原理を使い、従来のコンピュータとは異なる方法で計算する次世代の計算機。特定の問題を高速に解けると期待されている。やAIについて講演を頼まれることもあるそうです。
こうした地道な積み重ねの成果を、伊藤さんはユーモアを交えて振り返ります。
最初のうちは、私「伊藤公平」じゃないですか。「Keio from Kohei University」って、慶應と公平がまた逆になっちゃうようなことがあったんですけど。でも今はちゃんと「Kohei from Keio University」というのが定着して、やはりそこら辺のところ努力する甲斐があるなって感じがしますね。
知名度が上がると、世界からさまざまなオファーが来ます。カーネギーメロン大学と組んだAIセンターは、その好例だと言います。
もともと慶應の研究者たちがカーネギーメロン大学と共同研究を続けていた土台があったからこそ、岸田首相の訪米に合わせてラーム・エマニュエル駐日大使からの相談を受け、わずか1ヶ月ほどでセンター設立にこぎつけ、アメリカ商務省で署名式まで行えたそうです。
要人来訪が学生に与えるもの
OpenAIのサム・アルトマンさんや韓国のユン大統領が慶應を訪れるのも、慶應の教員に会いたいという要望が起点だと伊藤さんは語ります。
大使館とのパイプを持つ塾長側が事前の下地を整えることで、こうした要人来訪が実現し、結果として学生たちが講演会で直接触れ合えるようになるのです。
佐俣さんは、自分が学生の頃にYouTubeの創業者が突然来校した記憶を挙げ、そうした出来事が印象に残ると振り返ります。
伊藤さんは、そのとき受けた印象こそが大切だと応じます。
こんな人が普通に日本に来てこういうふうに話してくれるし、やっぱり普通の人間なんですよね。
そういう人が大体1割か2割いるわけ。大体の人がみんな「すげえ、やっぱりすごいな」と思うんだけど、アンリさんみたいな連中が「僕もね」って思う。「同じ人間じゃん。じゃあ自分でもできんのかな」と思えるっていうのが違うよね。
「慶應は金がない」――経営という現実
話題は慶應義塾の経営に移ります。佐俣さんは、伊藤さんと接するなかで意外だったのは「慶應義塾の経営は楽ではない」という事実だったと打ち明けます。
伊藤さんは、福沢諭吉の口癖を引き合いに出します。
福沢諭吉の口癖って何だと思います?私もその質問を最初受けたとき、「独立自尊」とかね、色々考えて答えたこと全部外れた。「なんでそんなことわかんないんだ。『金がない』だ」って。
福沢諭吉は私塾を始め、国からの援助もないなか、『西洋事情』などの著作の売り上げを慶應義塾の運営に注ぎ込みました。佐俣さんは「ベストセラー作家が印税で私塾をやっていたようなもの」と表現します。
当時は印税という概念すらなく、福沢諭吉は出版から販売まで自ら手がけ、海賊版に対しては「コピーライツ」の考え方をアメリカから輸入して戦ったといいます。私立大学は国からの資金がなく、慢性的に資金が不足する構造だと伊藤さんは言います。
学費は上げるべきか、教育投資の議論
伊藤さんは、大学はもっと学費を上げていくべきだと公に発言しています。アメリカの大学は年間学費が高すぎるとしつつも、それだけの投資があれば一生学び続けられる力を養う教育ができるのではないか、と語ります。
佐俣さんは、自分の学生時代の学費が年78万円ほどで、奨学金で払っていたと振り返ります。当時は高いと感じたものの、学びのサブスクなどと比べると今思えば安いと語ります。
塾長就任時、伊藤さんはグリー創業者の一人で慶應イノベーション・イニシアティブ社長も務めた山岸広太郎さんを財務担当常任理事に口説きました。山岸さんが一般的な常識人の目で財務状況を見える化したことが、大きな転機になったといいます。
それまでは「学校会計は分かりにくいものだ」という都市伝説があり、単年度会計やお小遣い制のような発想が根強かったそうです。学費収入を分配して使い切り、将来の投資のためにプールするという考え方は乏しかったといいます。
学校会計は分かりにくいものとされ、単年度で学費収入を分配し使い切る発想が中心だった
財務状況を見える化し、将来の成長に向けた投資や重視すべき点を計画できるようになった
大学は学生が必ず来て学費が入るため潰れはしませんが、より良くなろうとしたときの資金が足りません。ハードの整備はできても、教員やソフト面、学生に何をするかの計画が十分立てられていなかったと佐俣さんは指摘します。
改善の一例として伊藤さんが挙げたのが、アメリカ留学から戻った学生とのやりとりです。
12人の学生に対して1人の教員がついて、たくさん宿題が出て、ディスカッションも豊富で、随分丁寧にみてもらえました。「どうして慶應でそういうふうにしてくれないんですか?」って質問が来るわけね。
伊藤さんはその学生に、サマーセッションで6〜7週間、200万円強を払ったと聞き出したうえで、こう返したと言います。
だったら慶應で1年間学ぶこと考えたら、200万円の4倍出してもらわなきゃだめだな。君が800万円払ってくれたらこれできます。「そういう問題ですか?」「そういう問題です」。
佐俣さんは、伊藤さんが教育を神聖化しすぎず経営の面からも語る点を評価します。教員が無限に奉仕すべきだという古い考えではなく、正当な報酬とインセンティブのなかで教育を成立させようとする姿勢に新鮮さを感じたと話します。
教員の給与と民間との乖離
伊藤さんは、慶應義塾志木高等学校で講演した際のエピソードを紹介します。生徒に指名して質問を促したところ、「塾長の給料はいくらですか」と聞かれたそうです。
伊藤さんは「国立大学の学長の給料を調べてください。大体そんなものです」と答えました。トップとしては決して高くない水準だといいます。
アメリカの学長たちと会って話してる時に、「この人たちと比べて僕の給料はおそらく1/10以下だな」って。別にそんなに欲しいって言ってるわけじゃないんです。でも、一般的な教員がここまで低いまんまだと、どっかで限界が来る。
国立大学の教授でも最上位で1000万円そこそこという水準です。これでは子どもを私立に入れるのも難しく、私立の学費も安く抑えられるという悪循環が生まれると伊藤さんは指摘します。
佐俣さんは、民間の給与が大きく上がっているのに対し、教育の世界は民間と連動しないと問題提起します。伊藤さんは、資金が乏しい家庭のためにきちんとした奨学金を用意し、マイナンバーカードなどを活用したデジタル化で必要なところに必要な額を届けるべきだと応じます。
福沢諭吉から続く「民の力」という理念
佐俣さんが「慶應でこれをやれたと思えることは何か」と尋ねると、伊藤さんは慶應の中だけの話ではないと答えます。
福沢諭吉が説いた「官に対して民が大切だ」という考え方を、日本全体に広めていくこと。それこそが「やったな」と思えることだと語ります。
佐俣さんは、卒業式で当時の塾長が「我々は民間の力で世の中を良くしていくのである」と断言したことを鮮明に覚えていると振り返り、その宣言に衝撃を受けたと語ります。
ここで伊藤さんは、日本と諸外国の大学制度の違いに話を広げます。国立大学に通う大学生の割合は日本では16%にすぎず、諸外国とは大きく異なると言います。
国立大学に通うのは約16%で、約80%が私立に通う
ヨーロッパはほぼ100%が国立、アメリカも約70%が州立に通う
つまり日本は、ボリュームゾーンの教育を私立に任せるという珍しい教育政策をとってきた国です。だからこそ日本独特の良い設計ができるはずだと伊藤さんは考えています。
人口減少時代に求められる「学び続ける力」
一方で、日本の人口減少は深刻です。伊藤さんは、1966年ごろにピークだった18歳人口が250万人だったのに対し、今は100万人ちょっとだと指摘します。
今生まれる子どもはピーク時の約3割にすぎません。それなのに産業構造や採用数を変えないまま進めば、致命的な事態になると伊藤さんは危機感を示します。
では、変革した大学はどんな姿になるのか。佐俣さんの問いに、伊藤さんは現状の悪循環から説明します。
文系では東大でも京大でも2年生が終われば就職活動が始まり、高校卒業後2年ほど学んだだけで実践の場に出るような状態です。しかも新卒の約4割は転職を前提に入社し、企業も昔のような研修制度を作れなくなっています。
腰を据えて、本当に生涯にわたって学び続ける能力をつけられるのは若い時だけなんですよ。文系であれば修士まで、理系であれば博士までが当たり前。その間に徹底的に能力を上げるシステムを、今の大学は責任を持って作らなきゃいけない。
佐俣さんが「医学や薬学のような6年制、8年制を前提にする発想か」と確認すると、伊藤さんはそのためには大学が相当良いカリキュラムを作る必要があると応じます。
そのうえで、大学院を卒業する学生はキャリア採用・中途採用として扱ってもらうべきだと提案します。新卒一括採用に乗せること自体がすでに間違いだ、というのが伊藤さんの見方です。
佐俣さんも、自社ではPhDから入るメンバーも中途と同じ目線で見ていると同意します。人口が減るなかで一人ひとりの能力を上げなければ、社会全体の能力は下がる一方だと伊藤さんは語ります。
伊藤さんは、テクノロジースキルのハーフライフが平均5年、短い分野では2.5年だという記事を引き合いに、常に学び続ける必要性を強調します。Pythonのように特定のスキルにしがみつくのではなく、学び続ける力そのものが重要だと言います。
さらに伊藤さんは、就活が早すぎることで学生が自分を安売りしていると指摘します。売り手市場なのに2年生の終わりから焦り、貴重な学びの時間を無駄にしているのはもったいない、と語ります。
佐俣さんは、自分が5年目にギャップイヤー的な1年を過ごした経験を挙げ、それが人生にとって大きな意味を持ったと振り返ります。伊藤さんも、若い時の多様な経験がその後の人生の豊かさや成功につながることは科学的にも証明されていると応じます。
大病を経て見えた、家族と仲間の大切さ
最後に、佐俣さんは伊藤さん個人として挑戦したいことを尋ねます。
仕事の面では「民として日本の社会を変えていく」ことに一番力を注いでいると伊藤さんは答えます。
個人としては、大病をした経験が転機になったと打ち明けます。
それまでは何でも自分でできると思っていたんだけど、家族に本当に助けられて、仲間にも助けられて、「人生はやっぱり本当に家族が大切で、仲間が大切なんだな」と思ったので、そこら辺の付き合いを楽しくしていきたいなと思います。
佐俣さんは、前々回のゲストであるキャシー松井さんも大病を経て人生観が変わったと語っていたことに触れ、話がリンクしたと応じます。
伊藤さんは最後に、逆に佐俣さん自身の話を聞くポッドキャストがあれば聞き手として参加したいと語り、和やかに対話を締めくくりました。
まとめ
塾長という仕事は、慶應義塾全体の経営と大学運営、そして世界に向けた外交を担うものです。伊藤さんは福沢諭吉以来の「民の力」という理念を軸に、大学経営の現実を直視しながら、人口減少時代に必要な「学び続ける力」を育てる教育を目指しています。
- 塾長は慶應義塾全体の理事長であり、大学の学長であり、世界に向けた外交の旗印でもある
- 私立大学は国からの資金がなく、財務の見える化と将来への投資が経営の課題になっている
- 日本は約80%の大学生が私立に通う珍しい国で、私立には独自の教育設計の可能性がある
- 人口減少時代には、新卒一括採用ではなく修士・博士まで学び、一人ひとりの能力を上げることが重要
- スキルの陳腐化が早い時代だからこそ、特定の技術より「学び続ける力」そのものが問われる
