外からの刺激と培ってきた技術のコラボレーション──三菱鉛筆・数原滋彦社長が語るオープンソース時代の老舗経営
ハートに火をつけろ by ANRIに、前回に引き続き三菱鉛筆1887年創業の筆記具メーカー。「uni」ブランドで知られ、ボールペン・シャープペンシル・鉛筆のほか化粧品や産業資材にも事業を展開。三菱グループとは資本関係がなく、三菱マークの使用は鉛筆が先。代表取締役社長の数原滋彦さんが登場。異業種コラボレーションの背景にある「オープンソース的発想」、化粧品事業が生まれた意外なきっかけ、中途採用をめぐる親子喧嘩、そしてAIとの"禅問答"まで、老舗トップの挑戦と日常が語られました。その内容をまとめます。
オープンソース時代のコラボレーション
筆記具市場は人口減少やデジタル化の影響を受け、新しいことに挑戦しなければならないという命題が以前から社内にあったと数原さんは語ります。しかし筆記具だけを扱ってきた会社が社内だけで新規事業を推進しようとすると、どうしてもスピードが落ちてしまう。そこで注目したのが「外との協業」でした。
かつての日本の製造業は、技術や知財を社内に囲い込む傾向が強かったと数原さんは振り返ります。しかし現在はソフトウェアの世界を中心にオープンソースソースコードや設計情報を公開し、誰でも自由に利用・改良・再配布できるようにする開発手法。LinuxやAndroidなどが代表例。近年はハードウェアやデータの領域にも広がっている。的に知財をシェアしながら進める流れが大きなトレンドになっている。この変化が、オープンなコラボレーションをやりやすい環境を生んでいるのではないか──というのが数原さんの見立てです。
筆記具市場の構造変化
人口減少 × デジタル化で国内需要が縮小傾向
社内だけでは新規事業がスローに
筆記具専業の組織にないノウハウが必要
オープンなコラボレーション
外部の技術・知見と自社の強みを掛け合わせる
金の筆ペンから始まった化粧品事業
異業種コラボの具体例として語られたのが、約40年の歴史を持つ化粧品事業です。面白いのはその出発点。数原さんの祖父の時代、時計などの贈呈品に金文字で「金定」「贈呈」と書く習慣がありました。それを「ペン型でできるようにしろ」と、金の筆ペンを開発させたのがすべての始まりだったといいます。
金は粒子(パーティクル)が大きい素材です。その大きな粒子をペン内に保持し、安定的に吐出する技術が確立できたとき、ある気づきが生まれました。化粧品も肌の上に粒子を乗せるもの──つまり粒子の制御という共通点がある。「金の筆ペンができたなら、化粧品もできるのでは?」というロジックで、新規事業がスタートしたのです。
つい最近まで三菱鉛筆の化粧品事業は『新規事業』って言ってたんです。もう40年近かったのに
1%の中途採用で起きた親子喧嘩
三菱鉛筆は社員の約9割がプロパー(新卒入社)で、新卒で入ると高い確率で定年まで勤め上げる風土があります。そんな同社で、数原さんが社長就任直前の2019年頃、本社で1年間に6名の中途社員を採用しました。600人中のわずか6人、約1%です。
すると先代社長(数原さんの父)から社長室に呼ばれ、「お前、何やってるんだ」「人を取りすぎだ」「文化が壊れる」と叱られたそうです。これに対し数原さんは「1%で壊れるような弱い文化を作ったんですか?」と返し、「出ていけ」と言われる親子喧嘩に発展したといいます。
そんな1%ぐらいの社員で文化が壊れるような弱い文化を作ったんですか?って言ったら、「お前出てけ」って
数原さん自身は先代の考え方を「全然間違っていると思わない、素晴らしい」と認めつつも、外からの刺激は必要だという信念を持っています。実際、当時採用した中途メンバーは現在プロパー社員と「ハーモナイズ」して成果を出しており、中途採用への抵抗感は以前より薄れてきたといいます。
服装・肩書き──カルチャーの刷新
中途採用だけでなく、社内のカルチャーそのものも数原さんは変えてきました。社長就任後すぐに取り組んだのが、ドレスコードの自由化と役職呼びの廃止です。
かつての三菱鉛筆ではクールビズ環境省が2005年から推進した夏場の軽装キャンペーン。ノーネクタイ・ノージャケットが基本だが、企業によって解釈の幅が大きい。といってもスーツのネクタイを取るだけ。先代は「服装の乱れは心の乱れ」と語り、Tシャツにデニムで来社した数原さんを叱ったこともあったそうです。しかし今ではスーツ・襟付きで働く社員はほとんどおらず、先代本人もデニムで出社しているとのこと。
役職呼びについても、就任時に「社内ではやめよう」と呼びかけ、2〜3年かけて「○○さん」呼びが定着しました。佐俣さんは自身のリクルート時代を引き合いに出し、「プロパーの強い会社はカルチャーが濃いからこそ、外から来た人にとってはギャップが大きい」と共感を示していました。
スーツ+ネクタイが基本
役職名で呼び合う
中途採用はほぼゼロ
ドレスコードフリー
「○○さん」呼び
必要な分野は外部から採用
スタートアップとの接点と未来のシナジー
三菱鉛筆は2020年以降、国内外のVC(ベンチャーキャピタル)スタートアップに出資し、成長を支援する投資ファンド。資金だけでなく経営ノウハウやネットワークも提供する。へのLP投資を開始しています。シリコンバレーのファンドには比較的まとまった金額を出資し、社員を派遣して教育の場としても活用しているそうです。
どんな企業と組みたいか
数原さんが挙げた協業のキーワードは大きく2つあります。1つは「技術・素材」。筆記具で培った粒子分散技術の横展開として、現在主力になっているのがリチウムイオン電池正極と負極の間をリチウムイオンが移動することで充放電する二次電池。スマートフォン、EV、蓄電システムなど幅広く使われる。の部材です。カーボンを電極に分散させる技術が三菱鉛筆の強みであり、バッテリー関連のスタートアップとの協業には大きな可能性があるといいます。
もう1つは「サービス」。筆記具が提供してきた「書く」「表現する」という価値の拡張です。同社はオンラインのクリエイティブレッスンにキット販売を組み合わせた「ラキット」三菱鉛筆が展開するオンラインクリエイティブレッスンサービス。画材キットとレッスン動画がセットになっており、クリエイティブ体験のきっかけ作りを目指す。というサービスを始めており、「クリエイティブに興味がない人の背中を一歩押す」ような世界観を目指しています。
ご縁はどこでつながるかわからない。今来ているご縁は全て精一杯大事にしよう、というのが私のポリシーです
M&Aの可能性についても「ご縁次第で全然あり得る」と明言。シナジーと投資効果が見込めれば、スタートアップの買収も選択肢に入るとのことです。
| 領域 | 具体例 | 三菱鉛筆の強み |
|---|---|---|
| 技術・素材 | バッテリー部材、新素材 | 粒子分散・カーボン技術 |
| サービス | クリエイティブ体験、教育 | 筆記具ブランド・ユーザー基盤 |
| M&A | コア技術を持つスタートアップ | 長期的な事業基盤・製造力 |
AIとのキャッチボールと経営者の日常
個人的にハマっているものを聞かれた数原さんが即答したのはAIでした。筆記具メーカーはAIとは遠い分野に見えますが、「だからこそ触っていたい」とChatGPTOpenAIが開発した大規模言語モデルベースの対話型AIサービス。テキスト生成、要約、翻訳、コード記述など多用途に使われる。を日常的に使い込んでいるそうです。「僕とChatGPTの関係を絵にして」と依頼したところ、ボロボロになったキャラクターが描かれ「あなたはいつも私を使い倒してくれている」と返されたというエピソードも披露されました。
社内でもクローズド環境のAIを導入し、業務効率化に取り組んでいる最中とのこと。佐俣さんは自社での経験として「全社導入すると数人が異常に習得し、信じられない改善を始める。そのノウハウを共有すると徐々に広がる」というパターンを紹介しました。
結局やってみなきゃわからない。やってみることがすっごい大事。別にAIじゃなくてもいいんですよ
数原さんの日常は「ほぼ毎日会食」で、朝5時半に起床する生活。何時に寝ても5時半に目が覚めるのは「ほぼ特技」だと笑います。一方の佐俣さんは「昨日は20時50分に寝た」と対照的なライフスタイルを明かし、会場は和みました。それでもどちらも「公私の区別なく、四六時中仕事を考えている」という点では一致しています。
最後に野望を問われると、数原さんは「前回話した"ありたい姿"を実現するのにまだまだチャレンジングだ」と語り、「勝ち筋のパイプラインを複数持っておきたいタイプ」だと自己分析。仕事が大好きかと問われると「大好きじゃないけど、やり始めるとやらなきゃいけなくなる」という正直な答えが返ってきました。
まとめ
創業130年を超える三菱鉛筆が、オープンソース的な発想で外部とのコラボレーションを加速させている背景には、筆記具市場の構造変化と、それに対する数原さんの明確な危機感がありました。金の筆ペンから化粧品が生まれたように、既存技術の「意外な横展開」に活路を見出す姿勢は一貫しています。
一方で、プロパー9割の組織に外部の風を入れることへの抵抗や、カルチャー変革の難しさも率直に語られました。先代との親子喧嘩のエピソードは、伝統を守ることと変化を起こすことの間にある緊張感を象徴しています。「1%で壊れるなら弱い文化だ」という言葉の裏にあるのは、自社の文化への信頼でもあるのでしょう。
老舗もスタートアップも、「変化にチャレンジしていくのはマスト」。スピード感は違えど、本質は同じ──そんなメッセージが印象的な回でした。
- 三菱鉛筆は人口減少・デジタル化を背景に、オープンソース的発想で外部コラボレーションを推進している
- 化粧品事業は「金の粒子をペンで安定吐出する技術 → 肌に粒子を乗せる化粧品にも応用可能」というロジックで約40年前に誕生した
- プロパー9割の組織に中途1%で「文化が壊れる」と叱られたが、外部人材は現在ハーモナイズして成果を出している
- バッテリー部材(カーボン分散技術)やクリエイティブレッスン「ラキット」など、筆記具技術の横展開で新領域を開拓中
- VCへのLP投資やスタートアップとのM&Aも視野に入れ、「ご縁を精一杯大事にする」姿勢でオープンに接点を広げている
- AI活用も積極的に試行中。「やってみなきゃわからない」という実践主義が経営の根幹にある
