若者の起業はなぜ難しくなったのか
創業期のスタートアップに投資するANRIの佐俣アンリさんは、今回のゲストに株式会社medimoの代表取締役社長で医師の中原楊さんと、共同創業者の馬劭昂さんを迎えました。
佐俣さんが2人を呼んだ理由は、若くして起業し、あえて言えば「一定の成功」を収めることの意味が、いますごく重要だと感じているからだといいます。
優秀で余力がない人間が短期にものすごい負荷で働いて結果を出しに行くってスタイルが、スタートアップとしては一個王道の形だと思ってるんですよね。
佐俣さん自身も若手のころから、何も持たない若者が結果を出すにはスタートアップが便利な方法だと信じてやってきました。一方で最近は「若者の起業は難しくなった」という声もあると問いかけます。
中原さんはその見方に同意します。周りの起業家と話していても、上の世代のように3年や5年でIPOを目指すシナリオはほぼなくなったといいます。
背景として中原さんが挙げたのは、東証改革 ── 東京証券取引所が2022年に市場区分を再編し、上場維持基準の厳格化などを進めた一連の改革。小規模な上場への見方も厳しくなりましたや小粒上場をめぐる議論で、上場そのもののハードルが一気に上がったことです。加えて、Z世代の価値観が多様化し、成功の形も一つではなくなったと話します。
佐俣さんは10年ほど前を振り返ります。当時はキュレーションメディアがブームで、インターン生やアルバイトを大勢集めて猛烈に働けばM&Aで売却できるという型があり、その型で若者の会社が100社ほど生まれたといいます。
そこが入り口になり、2回目、3回目の起業へ進む人も多かったものの、今はそうした分かりやすい節目がありません。佐俣さんは、市場が変わった中で若い起業家が何を考えているのかを知るうえで、2人は象徴的な存在だと位置づけます。
医師免許を持つ「ペーパードクター」と、世界一癖の強い小学生
2人の現在の立場も少し変わっています。馬さんは医学部5年生で、6年生への進級が決まり、翌年に医師国家試験を控えています。中原さんは昨年3月に卒業し、社会人1年目を終えるところです。
中原さんは医師国家試験に合格していますが、研修医にはなっていません。本人はこの状態を「ペーパードクター」と表現し、免許はあっても医療機関に所属しなければ基本的に何もできないと笑います。
続いて生い立ちの話へ移ります。馬さんの両親は中国出身で、大学院進学のために来日していたとき、馬さんは福岡県の小倉で生まれました。1歳まで福岡、3歳まで中国で過ごし、その後はずっと東京で育っています。
馬さんは最初に中国語を話せるようになり、日本語はテレビなどから覚えたといいます。両親との会話は今も、言いやすいほうを選んで中国語と日本語が混ざるそうです。
馬さんは小学生時代の自分を「多分世界一癖の強い小学生」と振り返ります。論理的すぎて誰とも話が噛み合わず、足の速い子やスポーツが得意な子の非論理的な主張にクラスが流されるたびに、論理で反抗していたといいます。
友達ができないまま「自分だけが正しい」という信念を募らせた馬さんは、小学5年生のある日、朝礼でポケット六法を手に前へ立ちました。そして幅を利かせていたガキ大将たちを、条文を挙げながら「現行犯逮捕」すると宣言したといいます。
結構嫌ですね。今うちの子と同い年かと思うと。
もちろん何も起こらず、馬さんはその日からますます孤立しました。両親が論理的なタイプだったわけでもなく、自然とそうなっていたそうです。
転機は中学受験でした。塾では話の合う友達ができた一方、宿題を一度もやらず、6年生の冬に塾長から「金返すからやめろ」と言われたこともあったといいます。それでも第一志望の海城中学に合格し、馬さんはそこで初めて社会性を獲得したと語ります。
海城について馬さんは、母親に大事に育てられた生徒が多く、虚栄心や競争心が強すぎない環境だったと話します。佐俣さんも、投資先の起業家に海城出身者が何人もいると応じました。
中国で15年、日本語ゼロから高校浪人へ
中原さんの両親も中国出身で、留学で来日して日本で働き、帰化したあとに中原さんが生まれました。下の名前の「楊」は、父親の帰化前の名字だそうです。
中原さんは京都で生まれましたが、1歳ごろに父親の転勤で中国へ渡り、日本に戻ったのは15歳のときでした。家では中国語、学校も現地校で、それまで日本語はわからなかったといいます。
親の気まぐれで半年だけ日本人学校に入ったこともありましたが、教科書を見た親が「簡単すぎる」と判断し、現地校に戻されました。そのまま中国で進学するつもりで高校受験の準備をしていたところ、中学2年ごろに突然「来年日本に帰る」と告げられます。
帰国後、中原さんは秋入試のある関西の国際系の高校を受けましたが、日本語が読めず全滅しました。面接で新聞を読むよう求められ、読めなかったこともあったといいます。
そこから1年間、塾や個人の日本語塾に通って日本語を学び、翌年に高校へ入学しました。驚くことに、高校では国語がいちばん得意な教科になり、全国模試で4位を取ったこともあるそうです。
馬さんも、中原さんの言葉の巧みさを強調します。2人が出会った当時は、中原さんにまだ中国語のイントネーションが残っていたそうです。
1万字の「怪文書」から始まった出会い
2人が出会ったのは、馬さんが大学1年、中原さんが大学2年のときです。きっかけについて、馬さんは自ら「怪文書」だったと明かします。
東京大学医学部に入った馬さんは、人間が老いて死ぬ運命を変えられないかという思いを持っていました。研究への意欲から、ある先輩にLINEで1万字ほどの「人間の進化や老化に対する見解」を送ったところ、その先輩が中原さんに転送したといいます。
中原さんは「重い」と感じつつも、変わった人が好きで、同じ中国ルーツの医学部生でもあることから会ってみることにしました。2人は神楽坂で油そばを食べたそうです。
当時、中原さんは医学部生や医療に関心のある学生が集まってプロジェクトを行うサークルで関東支部の代表を務め、運営の人手を探していました。中原さんは馬さんについて、どの方向に行くにしても大きく行く人だと感じたといいます。
医学部を選んだ理由は2人で異なります。馬さんは人体を知り、病や老化をなくす方法に強い興味を持って進学しました。
一方の中原さんは、親に医者になってほしいという思いがあったと率直に話します。中国の親世代には、子どもに安定した手に職をつけてほしいという傾向があり、父親は文化大革命 ── 1966年から約10年続いた中国の政治運動。知識人の迫害など社会が大きく混乱しましたも経験していたそうです。
中原さんはプログラミングや工学は独学で学べると考え、逆に大学でしか学べないものとして医学を選んだといいます。
iPhoneと未踏ジュニアが起業の原体験に
起業という選択肢は、2人の人生にもともとあったのでしょうか。馬さんは、自分たちの世代は起業によって世界が変わる場面を何度も見てきたと話します。
馬さんが今も覚えているのは、小学5年生のころ、電車の乗客が一気にガラケーからiPhoneへ移り、みんなが「板」を見始めた光景です。その後もイーロン・マスクのロケットや、マーク・ザッカーバーグがFacebookを伸ばしInstagramを買収する姿を見て、いつか起業に挑戦したいと漠然と思っていたといいます。
中原さんには、より直接的な経験がありました。高校1年のとき、同級生が未踏ジュニア ── 国が若手技術者を支援する「未踏」の17歳以下版にあたる育成プログラム。採択者にはメンターがつき、開発を支援しますに応募し、アイデアが評価されて採択されたのです。
ところが同級生はものを作れず、関心のあった中原さんが手伝うことになりました。同級生がビジネスアイデアを考え、中原さんがコードを書く体制で、それまで経験のないプログラミングに取り組んだといいます。
メンターについたのはグノシー共同創業者の関さんでした。中原さんはそこで、サービスづくりや会社を興すことを学び、楽しそうだと感じたことが原体験になったと話します。
大学のサークルでは、高校生と一緒に発達障害をテーマに当事者へヒアリングし、解決策を考えてPDCAを回していました。1年が終わるころ、実際にものを作って使ってもらいたいという話になり、もう1人の共同創業者である野村さんの家で、ガレージでの開発が始まりました。
「一旦、箱」から始まったmedimo
現在のmedimoは、医療現場のあらゆる事務作業をAIで完全自動化し、医療従事者が自分にしかできない仕事に集中できるようにするプロダクトを開発しています。
ただし法人を作る前、この事業の構想は「カケラもなかった」と中原さんは言います。ものづくりが楽しくなり、なんとなく会社があったほうがいいと考えて、2022年1月15日に登記しました。
この辺は非常に学生ベンチャーって感じがしていいですね。
箱はできたものの、作ってきたものは売れそうにありません。そこで2022年夏、慶應義塾大学医学部のベンチャー大賞に出場し、肩こりを治療するヘルスケア機器で準優勝しました。
しかし商品化を調べると、マーケティングや臨床試験を含めて10億円ほどかかるとわかり、もっと軽くできることを探すことにしました。そのころブームだったのがNFTやWeb3です。
登記
2022年1月、事業未定のまま会社を設立
ビジコン
肩こり治療機器でベンチャー大賞準優勝
断念
商品化に10億円ほどかかると判明
Web3へ
ブームのNFTに乗ることを決める
2人が決めていたのは、ブームがあれば乗るというルールでした。馬さんも、最先端に張ることだけは徹底していたと振り返ります。
佐俣さんはこれを若い起業家の特権だと評価します。賢くて暇な人は大学生が最強で、ルールが頻繁に変わる産業では学生が勝てるという持論です。
中原さんも当時読んでいたエルピクセルCEOの川さんの本に影響を受けていました。波が来たら一旦乗り、廃れても乗り続けるうちに足腰が強くなり、本物の波が来たときに乗れる、という考え方です。
脳波×NFTの「撮脳会」に半年間
馬さんは、赤坂の安い焼肉屋で中原さんと久々に会い、起業アイデアを10個並べた日をよく覚えています。当時の馬さんは脳波やブレインコンピューターインターフェースに夢中で、インターンもしていました。
そこで生まれたのが「脳波とNFTを組み合わせる」アイデアです。アイドルなどの脳波をNFTアートにすれば、熱心なファンが高値で買うのではないかと考え、翌日には3Dプリンターで脳波計を作り始めたといいます。
2人は海外から取り寄せた脳波計に自作のフレームを付け、半年間、毎週日曜日に「撮脳会」という体験会を開きました。延べ数百人の脳波を取り、その場でNFTアートにして渡し、DMMの亀山さんの脳波もあるそうです。
佐俣さんがこのテーマで半年続いたことに驚くと、中原さんは当時のWeb3界隈には本物の熱気があったと答え、馬さんは「狂気だった」と言い添えます。
ただ、事業としてはユニットエコノミクス ── 顧客1人あたりの収益とコストの関係。成り立たないと売上が伸びるほど赤字になりますが合いませんでした。馬さんによると、馬さんと野村さんはピボットを主張したものの、中原さんは熱中して続けたがり、大激論になったといいます。中原さんは今も「いけると思ってる」と笑います。
ブームは早すぎても遅すぎてもダメ
佐俣さんは、ルールが変わる中でパラダイムシフトを起こせるかもしれないという熱気こそ、スタートアップの醍醐味だと語ります。一方で、波に乗るタイミングは非常に難しいといいます。
例として佐俣さんが挙げたのがコインチェックです。誰も見向きしない時期に始め、マウントゴックス事件で冷え込んだあとに突然ブームが来たといいます。
ドリコムの内藤さんは、雑誌で「アメリカではブログが流行っているらしい」と知って事業を始め、上場しました。佐俣さんはそれくらいのスピード感がちょうどよいのではないかと見ています。
自動運転のチューリングも同様です。4年ほど前は人間がルールを書くルールベースが当たり前でしたが、アカデミアで数人がエンドツーエンド ── センサー入力から運転操作までを一つの深層学習モデルで直接学習する方式の可能性を言い始めたタイミングで始めたといいます。
みんなが乗ってこず、市場が育たない
期待だけが先行し、蓋を開けると何もない
中原さんは、一部の人だけがすごく騒いでいる状態が信じるシグナルになったと話します。佐俣さんも、自分が認める賢い人が何に熱狂しているかを見ていると応じ、核融合も初めて投資したあと数年でブームになったと振り返りました。
10年続けると「2回目のブーム」が来る
佐俣さんが10年以上投資を続けてわかったのは、10年やっていると2回目のブームが来るということです。
エドテックブームで投資した会社が、5年ほどでリスキリングブームを迎えたり、10年前のチャットボットブームで生まれた会社が、LLMやエージェントのブームを迎えたりしたといいます。
エドテック
ブーム終了後、5年ほどでリスキリングブームへ
チャットボット
10年前のブームから、LLM・エージェントのブームへ
根底の技術はずっと同じで、マーケティング用語が変わってブームが繰り返されるというのが佐俣さんの見立てです。熱狂が終わったNFTやクリプトも、技術が実証段階を超え始めた今こそ投資が面白いのではないかと話します。
佐俣さんは、思わぬものが世の中を変える瞬間についても持論を語ります。
中原さんは、結局やってみないとわからないと考えていたと話します。佐俣さんも、乗れる波に乗っていないとやっていられないと応じ、次回はmedimoの事業成長とスズケンへのグループイン、これからの挑戦を聞くと予告しました。
まとめ
中原さんと馬さんは、異なる道を経て医学部で出会い、事業が決まる前に会社を作り、ブームに乗りながら足腰を鍛えてきました。佐俣さんは、その試行錯誤こそが若い起業家ならではの強みだと見ています。
- 上場ハードルの上昇や価値観の多様化で、若者の起業に分かりやすい成功ストーリーはなくなりつつある
- 中原さんと馬さんはともに中国ルーツの医学部生で、1万字の「怪文書」をきっかけに出会った
- medimoは事業未定のまま登記し、ビジコンや脳波NFTの「撮脳会」を経て試行錯誤を重ねた
- 佐俣さんは、賢くて暇な学生はルール変更の速い領域で強く、ブームに乗る経験が足腰を鍛えると語る
- 同じ技術でも10年続けると名前を変えて2回目のブームが来る、というのが佐俣さんの見立て






