番組タイトル「ハートに火をつけろ」の由来
この番組は、起業家を突き動かす「熱」を掘り下げていく企画です。佐俣さんは、SaaSやVCの話よりも、情熱の根っこを話すのが一番面白いと考えたと話します。
起業には波があり、疲れる時期もあると佐俣さんは言います。そこでもう一度火がつくのは何なのか、それを考えたいというのが番組の出発点です。
起業していくと波があるじゃないですか。疲れたなと思うとか、振り返ってみるとこの年はやる気がなかったなとか。そこでもう一回火がつくのは何だろうっていうのを考えた時に、「ハートに火をつけろ」っていうタイトルにしました。
このタイトルは、L'Arc〜en〜Cielが『HONEY』を出していた頃のライブツアー名から取ったものだそうです。世代が出る、と二人は笑い合います。
起業のきっかけは「辞めたい」と「アイディア」
松本さんがラクスルを創業したのは2009年9月1日。その前はコンサル会社に勤めていましたが、入社1年ほどで「辞めたい」と感じていたそうです。
理由は「手触り感」のなさでした。資料を作っても何のためにやっているのか遠く、自分でなくてもできると感じたと言います。
論理的に説明できるものを論理的に説明する仕事で、誰がやっても同じ答えになるんだったら俺がやる必要ないなっていうふうに思ってしまって、すごい辛かったんですよね。
一方で、コスト削減の仕事を通じて印刷業界の非効率さに気づき、アイディアが浮かんだと言います。「辞めたい」と「このアイディアをやりたい」の二つが合わさって、独立を決めました。
2009年はリーマンショックの最中で、辞めることに多くの人が驚いたそうです。そんな中、佐俣さんだけが「おめでとう」と言ってくれたことが背中を押したと振り返ります。
アイディアを信じ、うまくいくまで続ける
佐俣さんは、2009年が「一番起業してはいけない年」だったと言います。合理的に考えれば起業すべきでないタイミングで、なぜ踏み切れたのかを尋ねます。
多分合理的に考えなかったからでしょうね。やっぱりパッションないと人生楽しくなんないですからね。
ビジネスのロジックは極めて論理的に組むのに、人生の意思決定はあまり論理的に決めない。佐俣さんは、そこが松本さんの面白いギャップだと指摘します。
松本さんは、自分の熱は「アイディア」によってつくと説明します。世界を変えるかもしれないというアイディアが浮かぶと、それを強く信じてしまうそうです。
実際、松本さんは「印刷が非効率である」という仮説を、証明されるまで会長として辞めるまで14年ほど続けました。今ではネット印刷の売上で業界1位になっています。
アプローチは何度も変えたものの、最初の仮説そのものは変えなかったと言います。松本さんは「辞める」「止める」という選択肢があまりないと話します。
辞めるとか止めるとかっていう選択肢があんまないかもしれないですね。「どうやったらうまくいくか」っていう問いだけしか持たないかもしれないですね。
松本さんは、世間で言われる「仮説検証」は誤解されていると考えています。駄目なら次の仮説へ行くのではなく、うまくいくまで続けることこそが検証だと言います。
うまくいかなかったら別の仮説を立てるんじゃなくて、うまくいくまでやり続けるとアプローチが見つかってくるっていう。
仮説を検証し、駄目だったら次の仮説へ移る
仮説は変えず、うまくいくアプローチが見つかるまで続ける
出会った頃と、誰も印刷に投資してくれなかった時代
二人が出会ったのは、ドリームインキュベータのインターンでした。佐俣さんの第一印象は「ものすごくロジカルな人間」。飲み会でも自分の中でロジックを立てて話す人だったと言います。
当時は外資系金融やコンサルを目指す人が多い時代で、佐俣さんはミクシィの笠原さんなど上の世代のテックコミュニティに入っていく珍しい存在だったそうです。
松本さんが起業後、エンジェルラウンドの相談をした際は、ほぼ全員に断られたと振り返ります。当時、印刷は「廃れゆく産業」と見られていました。
当時はあのほぼ全員に断られましたね。
佐俣さんは、当時イーストベンチャーズで印刷事業を三度勧めて三度断られたことを、今でも根に持っていると笑います。大きな産業をインターネットで変えるという発想は、今ならDXの王道ですが、当時はほとんどなかったのです。
シリーズAとファンド設立の裏話
佐俣さんがANRIの1号ファンドを立ち上げたのは2012年。そのタイミングで、松本さんへのシリーズA出資が行われました。
当時のファンドは5億円規模で、口座には集まったばかりの4,000〜5,000万円ほどしかなかったそうです。その中から2,000万円をラクスルに投じました。
なんで全ファンドの預金残高の半分ぐらいを集まってすぐに投資してくれたっていうのが最初でしたよね。
当時はベンチャーキャピタル自体がほとんどなく、独立系ファンドは片手で数えるほどでした。佐俣さんは、身の回りにいる一番優秀な人たちに投資するしかないと考えていた頃だと話します。
1号ファンドの投資戦略は「早慶以上の学歴の人が起業したら全部投資する」というものでした。結果として、このファンドは約20倍のリターンを生んだそうです。
佐俣さんは、この戦略の本質を補足します。当時、優秀なキャリアを捨ててまで起業する人は特殊なマインドを持っており、リスクを取れる人が少ない中で全員に張ることに意味があったと言います。
リスクを取る優秀な人に全部張るっていうのは競争がほとんどない時代だったんで、それはすごい良い方針で、すごい投資家だなというのを思いますね。
上場よりも嬉しかった、お客さんの一言
佐俣さんが「ラクスルで一番嬉しかった瞬間」を尋ねると、松本さんは10周年で全社員が八芳園に集まったイベントを挙げます。多くの仲間が参画してくれたことが嬉しかったそうです。
もうひとつは、自分たちのサービスが世の中で使われている実感だと言います。旅行先で偶然会った人が「うちラクスル使ってますよ」と紹介してくれるような瞬間です。
佐俣さんも、政治家から「選挙のポスターをラクスルで刷った、一番安かったから」と言われた経験を話します。知らない場所で使われている手応えです。
松本さんは、上場は良い思い出ではあるものの、それほど嬉しいわけではないと言います。一番はお客さん、次はやりがいを持って働く仲間だと話します。
テレビに初めて出た時に、メイクさんに「今あの個人でやってるんですけど全部ラクスルで刷ってますよ」って言われて。そういう時に、ああなんか自分作ったものがちゃんと使われてるんだっていうのは嬉しいっすね。
熱はコミュニティで伝染する
この15年でスタートアップ環境は大きく良くなり、優秀な人が起業することが当たり前になったと二人は話します。一方で、松本さんは投資家として「成功が偏在しているのか」を常に自問していると言います。
佐俣さんが挙げる例が、コインチェックの前身レジュプレスです。創業者らはそれぞれコーラルキャピタル、コインチェック、そして世界的ヒットゲーム『パルワールド』と、まったく別の場所で成功しました。
最初に作ったサービスは大ヒットしなかったのに、3人ともが成功する。佐俣さんは、確率論では説明できない出現率だと言います。一人が成功すると周囲の「脳のリミッター」が外れるのです。
松本さんも、自身が所属した慶應のゼミから複数の起業家が出た例を挙げます。起業ゼミでもない金融ゼミで、他に行けなかった人が入るゼミだったにもかかわらず、です。
佐俣さんは、この現象を「あいつがいけるなら俺もいける」という思考のリミッター解除だと説明します。想像の範疇に入った瞬間に、人は成功できるという考えです。
ただし課題もあります。成功を見て入ってくる人が増えると、コミュニティは「成功したいから来る場所」に変わり、成功率が下がっていくのです。
何でも切り開く人のクラスターが、「ここに行けば成功する」と考える人のクラスターに変わってしまう。それをいかに変えないかが、コミュニティに投資する人間の仕事だと佐俣さんは話します。
何でも切り開く人のクラスター作ったはずが、「ここに行けば成功するだろう」っていう人のクラスターに変わっていくので、それいかに変えないか。
松本さんは、この熱を支える感情として「健全な嫉妬」を挙げます。DeNA創業者の言葉で、先に成功した相手への悔しさをバネにするものです。
起業家は常に自分が一番成功すると思ってますから、理解できないわけですよ。俺が先に成功するはずがあいつが成功してると。それを負の感情にせずに、悔しいからもっと頑張ろうっていう。
佐俣さんは、起業のスタート地点はこの程度でいいと考えています。世の中が求めるかっこいい話でなくても、「あいつがいけるなら俺ならもう少しうまくできる」くらいで十分だというのです。
起業家は世の中のためにインパクトがあることをやるから、インパクトあることって基本的には世の中にとっていいことなので、途中で修正されるんですよ、いいことに。スタートの日の着火点は、割と「あれよりもうちょい俺ならうまくできる」っていうぐらいでいいんじゃないかな。
まとめ
松本恭攝さんの熱は、世界を変えるかもしれないアイディアへの強い信仰から生まれ、うまくいくまで続ける姿勢に支えられていました。そして佐俣さんは、その熱が一人からコミュニティへと伝染していく現象を語りました。
- 松本さんの熱の源はアイディア信仰で、信じたものは10年でも追い続けられる
- 仮説検証とは、駄目なら次に移ることではなく、うまくいくまで続けること
- 上場よりも、お客さんに使われている実感や仲間の増加が一番の喜び
- 一人の成功が「あいつがいけるなら」と周囲のリミッターを外し、熱は伝染していく
- 起業の着火点は「あれより自分ならうまくできる」くらいの浅い感情でよい
