そもそもマネロンとは何をすることなのか
この回は、聞き手の西山直也さんの「マネロンって何なんですか?」という素朴な問いから始まります。金融機関が一番ケアしているイメージはあるものの、実際に何をやっているのかよくわからない、というのが出発点です。
なんかめっちゃマネロンと戦ってるイメージあるんですよ。みんなが取り締まりたくて、金融機関が一番ケアしてるみたいなイメージあるんですけど、結局何やってるのかよくわかんないです。
大塚さんはまず大枠から説明します。マネーロンダリングとは、犯罪で使われたお金を洗浄すること、いわゆる資金洗浄だと話します。
マネーロンダリングっていうのは、犯罪で使われたお金を洗浄して。向こう、映画とかドラマで(見るような話)。
大塚さんは、これは暗号資産に限った話ではないと補足します。一番起きているのはドルや円といった現金であり、だからこそ世界中の銀行がマネロンにならないよう対策をしなければならない、という前提を示します。
国を監視する国際機関FATFとは
大塚さんは、銀行を取り締まっているのは各国の行政機関だが、では日本やアメリカという国自体を誰が監視しているのか、という視点を持ち出します。ここで登場するのが、世界的な機関FATFです。
じゃあ日本という国、アメリカという国をどこが監視してるかっていうのが、世界的にFATFという機関がありまして。
FATFは国ごとに、その国のマネロン危険レベルを数年に一度検査し、レポートを出します。もし「マネロンに甘い国」と指摘されると、国としての産業力が落ちてしまうため、各国は困る、と大塚さんは説明します。
そのため国は、指摘されないように、抱えている銀行や暗号資産の会社に対して「こういうことをやってください」と定期的に検査をします。それをさらにFATFが確認しに来る、という多層のチェック機構が世界として動いている、というのが全体像です。
FATF
各国のマネロン対策レベルを数年に一度検査し、レポートを出す
各国・政府
指摘されないよう、国内の銀行や暗号資産会社を定期的に検査する
銀行・取引所
自社でマネロンを検知・対応し、対策状況をチェックされる
西山さんは、みんなが困るからやれ、と国が強く言っている構図だと理解します。大塚さんは、突き詰めれば犯罪組織にお金が流れることを止めるためだと付け加えます。
盗んだお金は、どうやって「綺麗なお金」になるのか
西山さんは、ドラマ「地面師たち」で詐欺の収益を「洗ってこい」というくだりがあったことを思い出し、不正なお金が綺麗なお金になるとはどういうことかと尋ねます。
地面師詐欺で得たお金を洗ってこい、洗ってきますみたいなくだりがあったのを覚えてるんで、そういう不正なお金がそもそも綺麗なお金になるみたいなことなんですか。
大塚さんは、暗号資産のケースを例に説明します。盗んだお金や犯罪で得たお金を、別の暗号資産に変えて口座を移すなど、さまざまな方法で流していくといいます。
具体的には、悪意のある人が持つ資産を、クリーンな口座を持つ別の人に売った形にして、そこで現金化する、といった手口があると話します。西山さんが「ちゃんと売り上げになる」とまとめると、大塚さんはそういう形にしていく方法がいろいろある、と応じます。
取引所は異常値をどう検知しているのか
では取引所側は何をしているのか。大塚さんは、ユーザーが日本円や暗号資産で売買するときのトランザクションのデータはわかるので、その中の異常値を確認していると説明します。
たとえば、まったく使われていなかった口座から突然20億円分のビットコインが売られたり、ほぼ動きのなかった口座が急に1分間に1回のペースで送金・売買を繰り返したりすると、それは普通の取引の異常値だといいます。
全く使われてない口座からいきなり20億円分のビットコイン売られましたみたいな。本当のマネロンかはわかんないけど、普通の取引の異常値じゃないですか。
こうした異常値は、何かを意図して売買された可能性、つまりマネロンの可能性があるため、モニタリングチェックを常に行う人たちがいると大塚さんは話します。アラートが上がったものを一つひとつ「これは大丈夫か」と確認していく体制です。
なぜ民間企業がここまでコストをかけるのか
西山さんは、民間企業がそこまでやるのは大変ではないか、「使われ方なんて知らんがな」となりそうだと率直に問います。前回のガバナンスの回にも触れつつ、相当なお金を投じているのかと尋ねます。
大塚さんは、システムづくりやモニタリングする人員に相当な金額を投資していると認めます。そのうえで、やらなければならない理由には二つの面があると整理します。
一つは規模の問題です。規模が小さければ世の中へのインパクトも小さく見過ごせた部分もあったが、扱う金額が大きくなるほど、悪用されたときの社会への悪影響も相対的に大きくなるといいます。
善意のユーザーまで巻き込む、判別の難しさ
大塚さんは、具体的にどのくらい頑張っているかという問いに対し、ユーザーからすると「勘弁してよ」という話も正直あると打ち明けます。たとえば昔から持っていたビットコインを突然売ると、アラートに引っかかり、確認をさせてもらうことになります。
悪事を働いていない本人からすれば、なぜ自分のお金をすぐ出せないのかと感じるでしょう。西山さんが「口コミ見ます、そういうやつ」と応じると、大塚さんも申し訳ないと思いつつ、判別がつきにくいのだと語ります。
大塚さんは、その難しさの根っこを説明します。悪意のある人が悪いことをするから、善意のある人まで巻き込まれてしまう。性善説で「大丈夫だ」としてしまうと、犯罪者はそこを突いてマネロンをしまくってしまう、というジレンマです。
悪意のある人が悪いことをするから、善意のある人まで巻き込まれてしまう。性善説でそれは大丈夫だって言っちゃうと、もう犯罪者はそこを突いてきちゃうことになる。
さらに悪意のある人は、既存のシステムを別の手法でかいくぐろうとしてくるため、それを止めに行くシステムをずっと動かし続ける必要があります。加えて、過去にマネロンなどに使われたビットコインアドレスを貯めておき、送金先と照合して怪しいものを止める仕組みも使っているといいます。
そのうえ、送金時にはユーザーへ「どういう目的で送るのか」を一つひとつ聞きに行く人件費も発生します。大塚さんは、これは悪意のある人を止めるいたちごっこであり、切りがないと話します。
休眠口座の売買という、身近な入り口
受け身で止め続けるだけでは終わらないため、大塚さんは「そもそもアカウントが売られてしまう」という前段の問題に話を進めます。銀行でも同様に起きていることだといいます。
自分でアカウントを作れる人が、お金に困ってそのアカウントを他人に売ってしまう。取引所側は正しく作られたアカウントとして扱うため、実際には悪い人が使っていても気づきにくいのです。売ること自体も犯罪ですが、知らずにやってしまう人もいれば、お金に困って承知でやってしまう人もいます。
西山さんは、知らず知らずのうちにマネロンに加担してしまう個人は多いのかと尋ねます。大塚さんは、人数まではわからないものの、新聞などでそうして捕まる人はいると答えます。
SNSとかで悪意のある人は言い方がうまいから、休眠してる口座買いますよみたいな感じで言って、別にそれが犯罪とは何も言わない。
お金に困っている人や借金のある人は、少しでもお金になればと口座を売ってしまう。しかしそれが犯罪への加担となり、後で本人も犯罪者として捕まってしまうことがあると大塚さんは指摘します。普通の人もリテラシーを上げないと、知らぬ間に犯罪に加担してしまうといいます。
マネロンは意外と身近に潜んでいる
西山さんは、マネロンが近くになさすぎて、悪いことだとはわかっても規模や被害のイメージが湧かないと打ち明けます。大塚さんは、事業者をやっていないと通り過ぎてしまうが、実は身近にあると応じます。
銀行や暗号資産の口座を持っていれば、こうした手口に引っかからないよう注意喚起のメールが届いているはずだと大塚さんは言います。しかし多くの人は自分に関係ないと思って読み飛ばしてしまう、と西山さんも認めます。
大体飛ばします、俺は。
大塚さんは、事業者側で裏側を見ているからこそ、いかに悪用されているかを実感すると話します。これはコインチェックの内部だけの話ではなく、FATFが公開している情報でも、マネロン加担がどの年齢層で増えているかが示されているといいます。
大塚さんによれば、犯罪へのリテラシーや意識が薄くなりがちな10代・20代が、気づいたら加担してしまっているケースがよくあるといいます。だからこそ「儲かりすぎて怪しい」と感じたら一度立ち止まったほうがいい、というのが若い世代へのアドバイスです。
西山さんは、儲かっているようで実は大きなリスクを引き受けているかもしれない、とまとめます。
渋谷警察署から警視庁講演まで、警察との連携
西山さんは、具体的に「これはマネロンだった」と止めた事例があるかと尋ねます。大塚さんは、2014年から暗号資産を手がけている中での話として、当時の経験を語り始めます。
大塚さんは、ある事案を渋谷警察署に持ち込んだところ、当時はビットコインが何かもわからない状況だったため、生活安全課で「そもそもビットコインとは何か」から一通り説明したといいます。案内された部屋が印象的だったと振り返ります。
入ったのは扉が入って出口がないんですよ。出口と入り口が同じ部屋で、机が一個置いてあって向き合うみたいな。取り調べ室じゃんみたいな。
相談に来た側なのに取り調べ室のような部屋に通され、自分が取り調べられているのかと思いながら事情を説明したと大塚さんは笑います。その後、アカウント情報を警察側と連携し、実行犯は逮捕されたといいます。
この協力を通じて、警察も暗号資産や取引所で何が起きているかのメカニズムを理解できるようになります。同様の事案は東京だけでなく全国的に起きているため、警察の安全対策課の全国情報共有会でも共有され、各署が学びたいという話になったと大塚さんは続けます。
その流れで、大塚さんは警視庁で全国の所轄から集まった人たちに向けて講演することになります。日の丸と警視庁の旗、そしてコインチェックのアイコンが掲げられた場での説明だったと振り返り、その厳かさに驚いたと語ります。
さらに依頼は広がり、警察学校でサイバー犯罪課の担当者を育成する人たちにも教える機会があったといいます。目黒にある警察学校では、入った瞬間に講師へ敬礼で迎えられ、その統率のすごさに新しさを感じたと話します。
犯罪と隣り合わせの事業を、知的好奇心で楽しむ
大塚さんは、金融系の事業をやると犯罪と隣り合わせだと強く感じたと振り返ります。普段そうした裏側を見ることはなく、プロダクトを作っているだけでは想像もしないことだといいます。
一方で大塚さんは、この経験を前向きにとらえています。暗号資産は、プロダクトを作る側面と、行政と連携する側面の両方がある領域であり、そこに知的好奇心としての面白さがあったと語ります。
僕らが見えないところで、こんなに警察の方が頑張って地道にやってくれてるのかっていうことへのリスペクトがすごい持てたなという感じでした。
話題は少しそれ、ポッドキャストではこうした警察との連携はなさそうだという軽いやり取りになります。大塚さんが炎上のようなトラブルはあるのかと問うと、西山さんは「平和です」と答えます。
イノベーションは既存の掛け合わせから生まれる
大塚さんは、月に一度、いろいろな専門家を招いて開いている勉強会の話を持ち出します。先日は防衛省出身で、防衛とスタートアップの架け橋になっている人を招いたといいます。
最初は防衛と暗号資産取引所は関係が遠いと思っていたそうです。しかし考えてみると、日本が貿易を禁じているイランや北朝鮮のような国に、暗号資産がどれだけ送られているかは、公開されたアドレスから見えることに気づいたと大塚さんは話します。
そういう国々に対してビットコインがどれだけ送られてるかとか、そういうのってある意味パブリックだから見てたりするんですよね。
そうした情報を提供していくことは、社会への一つの貢献の仕方になり得ると大塚さんは考えます。暗号資産の中にいるだけでは出てこない発想も、国防やサイバーセキュリティといった他業種の最前線の人と話すことで生まれるといいます。
ここで大塚さんは、イノベーションについての持論を語ります。ゼロからいきなり思いつくことはほとんどなく、イノベーションは既存の掛け合わせだ、というのがその考えです。
一人で違う領域をすべて掘るのは無理だからこそ、違う産業の人同士が対話すると、そこにクロスオーバーの場所が生まれると大塚さんはいいます。その観点をこちらの環境で生かせないか、という発想から新しいものが生まれる、というわけです。
だからこそ、異業種の中でも深く理解しているトップティアの人と話すことが重要だと大塚さんは強調します。互いに深く理解し合っていれば「この接点があればこういうことができる」という話になり、浅い理解だと会話も浅く終わってしまうといいます。
最後に大塚さんは、目の前の地味な仕事をちゃんとやることの大切さに話を戻します。マネロン対策はやっていること自体は地味だが、それをきちんとやることが人生において重要だと語り、送金時に時間がかかることへの理解を求めて締めくくります。
まとめ
この回は、「マネロンって何?」という素朴な問いを入り口に、暗号資産取引所が続けるマネーロンダリング対策の実像を描き出しました。異常値の検知から警察との連携、そして異業種との対話が生むイノベーションまで、見えない現場の努力と、そこから広がる社会との接点が語られました。
- マネーロンダリングは犯罪資金の洗浄で、暗号資産に限らず現金でも起きる。FATFが各国を検査し、多層のチェック機構が世界で動いている
- 取引所はトランザクションの異常値をモニタリングし、過去に悪用されたアドレスとの照合などで怪しい取引を止めている
- 善意のユーザーまで巻き込む判別の難しさや、休眠口座の売買を通じた無自覚な加担という、身近なリスクが存在する
- 大塚さんは渋谷警察署への相談から警視庁・警察学校での講演まで経験し、金融機関と警察の連携の重要性を実感したと語る
- イノベーションは既存の掛け合わせであり、異業種のトップティアと深く対話することが新しい発想を生むという持論が示された




