「ガバナンスすごそう」の中身は何なのか
話の発端は、西山さんの素朴なイメージでした。コインチェックがマネックスグループに入り、大手だからガバナンスが効いていて安全そう、というくらいの認識しかなかったといいます。
じゃあガバナンス何してんのみたいな。そういえば全然知らねえなと思って。
大塚さんはまず、よくある誤解を否定します。ガバナンスが変わったのは「マネックスに入ったから」ではない、という点です。
マネックスに入ってから変わったという文脈は間違っている。
大塚さんによれば、変化の理由はコインチェックが金融の領域で事業をしていること、会社の規模が大きくなり上場したことにあります。上場企業はガバナンスが効いていないと、そもそも上場できないといいます。
金融をやっていれば、投資家やユーザーのお金を扱う以上、不正が起こりやすい。だからこそ厳しく運営する必要がある、という順序で説明されます。
(ガバナンスを)ちゃんと意識した方が良くて。上場企業には自分たちがなる。金融の事業をやっている上では、使ってくれるユーザーや投資家に責任を果たせない。
西山さんは、金融機関にはそもそも一定以上のガバナンス水準が前提としてある、という理解を確認します。
ガバナンスレベル100まであったら、金融機関としてやっていくのに80はないと話にならないみたいなのがあって、そこからどんだけよくできるかな、みたいな感じなんですか。
経営と執行を分ける、という一番大きな仕組み
ガバナンスという言葉はファジーだと大塚さんは言います。具体的に何をしているのかがないとピンとこないため、まず「経営と執行の分離」を挙げます。
スタートアップの初期は、創業者が株主であり経営者であり執行者でもある状態が自然だといいます。ですが会社が大きくなると、この一体化が問題になります。
経営をする人と、日々の執行をする人は分けないとダメなんだと。
経営とは、3か年計画や予算、人員配置、資金調達をどの市場からするかといった、ビジョンを達成するための大きな方針を決める役割です。執行は、その目標に対して日々KPIを達成していく役割だと整理されます。
代表取締役執行役員は、その執行する側の一番上、つまり執行側の社長にあたります。同時に取締役として取締役会に報告する役割も担っている、と大塚さんは説明します。
ここで登場するのが取締役会の構成です。よくある形として、内部の取締役2人と外部の取締役3人という例が挙げられました。
執行の社長・副社長など。日々どの事業部が何をしているかをよく把握しており、外部取締役に説明責任を果たす
日々の執行はしておらず、気持ちがこもっていない分フラットに聞ける。リスクや矛盾を質問でどんどん突く
外部の取締役は細かいことはわからない代わりに、フラットな立場からリスクや説明の矛盾を問い詰めます。西山さんはこの客観性を評価します。
集中しすぎて視野狭窄になってる社長を、こう広げて広げてみたいなことなんですかね。
質問に答える過程で、執行の社長は自分の説明の矛盾や無理に気づき、自分たちを振り返ることになります。こうして議論した上で方向を決めるのが経営であり、決まったことを日々KPIとして達成するのが執行だと整理されました。
監査役という「仕組みを見張る目」
経営と執行の分離だけでは終わりません。その仕組みがちゃんと回っているかを見ているのが監査役だと大塚さんは続けます。
経営と執行が分離しているつもりでも、実際には一体化してしまっているかもしれない。それを横から聞いてチェックするのが監査役の役割であり、監査役自身も大きな責任を負っているといいます。
その仕組みがちゃんと回ってるの?っていうのを見てるのが監査役。
西山さんは、この相互チェックの構造を身近な仕組みに重ねます。
なんか日本が三権分立でやってますみたいな感じなんですかね。
大塚さんもその例えに近いと応じます。結局は人の営みなので、お互いに牽制し合って暴走しないようにするのがガバナンスの効いた経営だ、というのがこのパートの結論です。
金融機関ならではの「三線モデル」
一般的なガバナンスの話を踏まえ、西山さんは金融機関ならではの違いを尋ねます。大塚さんが挙げたのが「三線モデル」でした。
第一線
事業部門。商品やマーケティングを考え、事業を前に進める人たち
第二線
法務部やリスク管理部。法律的なチェックやリスクの側面を独立して確認する
第三線
内部監査室。第一線・第二線の仕組みがちゃんと回っているか、不正がないかを見る
第一線は事業をやる人たちで、こういう商品を作りたい、こういうマーケティングをしたいと考えていきます。第二線は法務部やリスク管理部で、法律的にOKかどうか、自分たちが売り買いのプレイヤーになることは法的にどうかといった側面をチェックします。
大塚さんが強調するのは、第二線が組織として完全に分かれている点です。事業部長の下にリスク管理部の人は絶対に置かない、と言います。
だって事業部長がそのリスク飲んでいいよって言ったらできちゃうじゃん。
だからこそ独立した部門として、リスク管理の経験がある人が担う必要がある、というわけです。そして第三線が内部監査室で、リスク管理部がちゃんと指摘しているか、内部不正がないかを見ます。
この仕組みを支えるのが数多くの委員会だといいます。リスク管理委員会やシステム管理委員会などで、正しいことが報告されているかを運営していきます。
日々のリスク管理部会とか、本当に十何人の人が一個の会議に集まって、本当にリスクを一個一個確認してるの。
大きくなった組織で「見える化」が効く理由
西山さんは、大塚さん自身がガバナンス強化をやってよかったと感じているか尋ねます。大塚さんの答えは明確でした。
いや、すごい今思いますよ。そういう会議体がないと、組織も大きくなると見えなくなっちゃう部分がわかんなくなってくるから。
組織が大きくなると見えなくなる部分を、見える化していくことが重要だった、と振り返ります。さらに、何を見える化すべきかを常にブラッシュアップし続けている、とも話しています。
こうしたガバナンスは資金決済法や、それを受けた事務ガイドラインという文書の中で定められているといいます。今後は株などと同じ金商法の枠組みに移ることで、チェックポイントがより細かくなる見込みだと説明されました。
西山さんが「お金がかかりそう」と反応すると、大塚さんはそれを認めた上で、ある本から得た納得感のある学びへと話を進めます。
新しいことを生む人と、着実に回す人、両方がヒーロー
大塚さんが本から得たという学びは、会社には2種類の人がいる、というものです。新しいことを生み出したい人と、日々のオペレーションをかっちり回すことにやりがいを感じる人です。
世の中にインパクトを出したい人種。ただしチェックがないと事故る
日々のオペレーションを漏れなくミスなくやる人。この人たちだけだと横ばいか衰退
どちらか一方だけでは会社が立ち行かない、というのが要点です。新しいことだけを追う人ばかりだと事故り、オペレーションだけの人ばかりだと新しいものが生まれず衰退していく、と大塚さんは整理します。
大塚さん自身、ゼロから事業をやっていた頃は、新しいことを自主的に生み出す人こそ仕事ができる人だと捉えていたといいます。しかし会社が大きくなり、着実にやることが求められる中で、日々のオペレーションを担う人の価値の大きさに気づいたと語ります。
この学びの背景として挙げられたのが、GoogleとAppleの対比でした。その本の著者はもともとGoogleにいたといいます。
新しいことに果敢にチャレンジすることを良しとし、そういう人が昇進する会社
新しいことを生む人と、日々のオペレーションをかっちりやる人の両方を大切にする会社
Appleでは真面目に着実にやる人たちもヒーローだ、という学びがあったと大塚さんは話します。イノベーティブな印象の強いAppleを支えているのは、サプライチェーンを着実に回す人たちであり、ティム・クックが社長になったのもその象徴だと解釈しています。
こうした違いは会社のステージによっても変わるといいます。スタートアップはルールのないぐちゃぐちゃの中で立ち上げるフェーズですが、10年やっているコインチェックでは、入金オペレーションやマネーロンダリングのチェックといった重要な仕事を担う人たちに、ちゃんと光を当てていく必要があると話しました。
海外はガバガバ?ナスダック上場で感じた「訴訟の国」のシビアさ
西山さんは、海外にはガバナンスがガバガバな会社も多そうだ、というイメージをぶつけます。大塚さんの答えは逆でした。
ナスダックに上場してる会社とかむちゃくちゃ厳しいよ。ガバナンスなんて。
理由は、アメリカが訴訟の国だからだといいます。ガバナンスプロセスを一つでも飛ばせばすぐ訴訟される環境で、日本よりはるかに厳しいと大塚さんは感じたそうです。
象徴的な違いとして挙げられたのが、社長の権限です。日本では社長がリーダーシップを発揮し、権限が集中して物事を進められてしまう面があるといいます。
アメリカはいくら社長であっても取締役会に否認されたら普通にクビになるから。スティーブジョブズ見てしかり。
取締役会が社長を解任する権限は日本の会社法にもあります。ただ、投資家がカジュアルに訴える文化があるアメリカでは、その権限が実際に行使される。だからこそガバナンスにピリピリと厳しくなる、という構造が語られました。
ガバナンスと利益のバランスは「アート」
西山さんは、ガバナンスをやらない方がコストがかからず儲かるのでは、と問います。大塚さんは、それは利益を重視しすぎだと答えます。
目先の利益が出ても、問題が起きて2000億の特損が出れば、トータルではマイナスになりかねない。そうした事態を避けるための仕組みがガバナンスだ、というわけです。
ただし話は単純ではありません。営利法人である以上、利益は出さなければならない。一方でガバナンスをやりすぎると固定費が上がり、新しいことができなくなる。この適切なバランスの見極めこそが難しいと大塚さんは言います。
西山さんは、ガバナンスにはエリートが導き出した唯一の正解があるものだと思っていた、と正直な感想を述べます。大塚さんは、フレームワークとしての正解はあると認めた上で、その中の幅こそが経営だと応じます。
60対40にするのか、65対35にするのか、そういう幅が日々の意思決定なわけじゃん。
同じような案件でも、今ならゴー、今ならノーゴーという判断がありうる。それが経営の面白さでもあり難しさでもある、と大塚さんは話します。西山さんは、ガバナンスが金融機関のチェックの話だと思っていたら、思ったより経営の話だったと驚きます。
最後に大塚さんは、この学びは自分一人のものではないと付け加えます。経営陣みんなが学んでいかなきゃいけないので、経営陣がコロコロ変われば学びの蓄積がなくなる。組織として知見を貯めていくことが、会社の強さにつながると締めくくりました。
まとめ
金融機関のガバナンスは、単なるセキュリティチェックではなく、経営と執行の分離や三線モデルといった具体的な仕組みで暴走を防ぐ営みでした。そして利益とのバランスは答えのないアートであり、組織として知見を貯めていくことが会社の強さにつながる、というのがこの回の核心です。
- ガバナンス強化はマネックス入りが理由ではなく、金融事業と上場に伴う必然だった
- 経営と執行を分離し、外部取締役や監査役が相互に牽制することで客観性と説明責任が生まれる
- 金融機関では事業部門・法務リスク管理・内部監査の三線モデルでリスクを独立して管理する
- 新しいことを生む人と着実に回す人の両方を評価する会社にすることが、大きくなった組織には重要
- ナスダック上場企業は訴訟文化を背景に日本より厳しく、ガバナンスと利益のバランスの見極めはアートである





