ステーブルコインの「すごそう」感の正体
大塚さんは、ステーブルコインを一般の生活者と金融業界の人とでは受け止め方が違うと整理します。生活者にとっては円やドルと同じデジタルなお金にすぎませんが、金融の人はその裏の仕組みが変わりそうだと感じているという見立てです。
ドルとか円の同じ価値の使いやすいやつっていうイメージ。
西山さんは、業界の人がテンションを上げているのは伝わるものの、円やドルと同じデジタルなお金と、PayPayで送るのと何がそんなに違うのかはクリアにわかっていないと率直に話します。
ただのデジタルなお金で、(PayPayで送るのと)どうそんなに違いがクリアにはわかってないって感じですね。
大塚さんは、生活者が「すごい」と思うより、金融をやっている人たちが「今の仕組みから大きく変わりそう」と感じている点にこそ本質があると指摘します。そこで、そもそもステーブルコインがなぜできてきたのかを歴史から解きほぐそうと提案します。
ビットフィネックスのハッキングが生んだ「自分たちでコインを作る」発想
事の発端として大塚さんが挙げるのは、以前の取引所回でも触れた香港の取引所ビットフィネックスのハッキング事件です。ビットフィネックス ── 香港を拠点とする大手暗号資産取引所。2016年に大規模なハッキング被害を受けたことで知られる。
大塚さんによると、ハッキングでユーザーの資金が盗まれ、取引所が持っていたお金では足りず、そのままでは倒産する状況でした。倒産すればユーザーに資金が戻らないため、ビットフィネックスは異例の手を打ちます。
その手は、タックスヘイブンに新法人を作り、独自のビットフィネックスコインを発行するというものでした。手元に残る分は返すが、盗まれた3分の2の部分は諦めてほしいとユーザーに伝えたと大塚さんは説明します。
その代わりに、同等の価値があるかもわからないビットフィネックスコインを渡すという提案でした。倒産して何も戻らないよりは、という判断でユーザーは受け入れたといいます。
潰れてしまうぐらいなら、なんか(コインを)もらえるもんもらっとくわみたいな。
大塚さんは、この一件から取引所側が「自分たちでコインを作れる」と気づいたことが、ステーブルコイン誕生につながったと語ります。
なぜビットコインでは送れないのか。アービトラージが生んだ需要
大塚さんは、当時は日本・中国・アメリカでビットコインの価格に大きな差があり、そこで安く買って別の国で売るアービトラージ ── 市場間の価格差を利用して売買し、差額を利益として得る取引手法。裁定取引とも呼ばれる。が盛んだったと振り返ります。
大塚さんによると、価格差は24時間ずっと生まれるため、利益機会を逃さないよう、資金を国をまたいですぐに送りたいという需要がありました。ただビットコインで送ると、その間の価格変動リスクを負ってしまいます。
西山さんは、それならみんなビットコインで送ればいいのではと素朴に疑問を投げます。大塚さんは、送っている間のビットコインの価格変動リスクを飲み込むことになると答えます。
大塚さんは、本当はドルで送りたいが、銀行が閉まっている時間帯は送れないと説明します。その代替として、ドルと同じ価値で国をまたいで速く送れるステーブルコインが求められたという流れです。
今送るのと明日送るので、なんか全然儲けが違うとか支払い分が違うってなるんだったら確かに(ステーブルコインがいいですね)。
さらに大塚さんは、当時はビットコインの取引量が急増し、送金が確定するまで詰まって待たされる状況もあったと付け加えます。イーサリアムでも同じことが起きていたといいます。
取引量のボリュームが二次関数的にぶわーって上がったのに対して、技術の進化は一定リニアに直線的に成長していくから、ここの差分が生まれてしまう。
無からドルを生む錬金術。テザーが儲かった仕組み
大塚さんは、こうした需要を背景に、ビットフィネックスが作ったテザー(USDT)が急速に普及したと語ります。テザー(USDT) ── ビットフィネックス系の会社が発行する、米ドルと1対1で連動することを目指す代表的なステーブルコイン。
その仕組みを大塚さんはこう説明します。欲しい人がテザーの会社にドルを渡すとテザーが発行される。会社はそのドルを預けておくだけで金利がつくというものです。
西山さんは、同じ価格のお金をもらって渡すだけなら1円も儲からないのではと感じていたと明かします。大塚さんは、当時ドルに金利がついていたため、集めたドルの金利で儲かると答えます。
四パーセントの金利がついて(中略)当時は結構アメリカドルに対して金利がついた時代なので、どんどん儲かるみたいな。
大塚さんは、テザーの発行量が尋常でない規模だったため、金利収入も膨らんだと語ります。発行会社は本来なら内部監査などのコストがかかるはずだが、当時はそこまでではなかったといいます。
「本当にドルを持っているのか」テザーへの疑念とUSDCの登場
大塚さんは、テザーが初めてのステーブルコインで手探りだったと指摘します。当初は10ドル持っていれば10ドル分を発行すると言っていましたが、その裏付けが本当にあるのか疑念が広がっていったといいます。
なんかポンジスキームの人たちみたいになってません?
大塚さんによると、テザーの発行会社は上場も監査もしておらず、裏付けを第三者が保証しているわけではありませんでした。便利なので使われはするものの、みんなが疑心暗鬼になり始めた時代が来たと語ります。
そこに対抗馬として登場したのが、CoinbaseとCircleが発行するUSDCだと大塚さんは説明します。USDC ── CoinbaseとCircleが関わって発行するステーブルコイン。監査体制を備え、米ドルとの連動の安定性を訴求している。
大塚さんは、USDCは上場している取引所やVisa出身者のいる会社が関わり、監査証も出して安定性を打ち出したと語ります。これによりUSDTとUSDCの二強体制が走り出したという流れです。
西山さんが「自分でも作れるのか」と尋ねると、大塚さんは技術的には作れるが信用されるかは別で、日本では認可を受けた会社しか発行できないと答えます。
今だと日本はステーブルコインを発行するのは法律上普通の人はできなくて、認可の会社しかできない。
最初に普及。当初は上場も監査もなく、裏付けへの疑念が広がった
CoinbaseとCircleが発行。監査証を出し、安定性を打ち出した対抗馬
アルゴリズムで価格を保つ「革新的」なステーブルコインの挑戦
大塚さんは、ドルと同じ価格の仕組みに加えて、より革新的なプロジェクトがあったと紹介します。裏付けをビットコイン何割・イーサリアム何割といった形にし、その配分をアルゴリズムで決めるステーブルコインです。
大塚さんは、ドルもマーケットで動いている以上、暗号資産のマーケットもアルゴリズムで制御すれば理論上は価格が変わらないはずだ、という実験的な取り組みだったと説明します。これがMakerDAOだといいます。MakerDAO ── 暗号資産を裏付けにステーブルコインを発行する分散型プロジェクト。運営方針をトークン保有者による投票で決める仕組みを採用した。
大塚さんによると、価格の決め方やアルゴリズムの方針は、トークンを持つDAOのメンバーが投票で決めていく取り組みでした。暗号資産好きの人たちからは、非常に革新的だと支持されたといいます。
アルゴリズムがうまく分散をして、いい感じに価格を整えますよっていうことをやりますよっていう話。
大塚さん自身も当時これを見て、すごい取り組みだと思っていた一人だと振り返ります。テクノロジー主導の新しいステーブルコインとして生まれたという位置づけです。
平常時はほぼ1ドル。だが金融には特異点が訪れる
大塚さんは、金融の難しさとしてこう語ります。テザーもMakerDAOもUSDCも、マーケットが荒れていない平常時なら1ドルとの価格はほとんどずれず、ほぼ0.99999ドルほどで推移するといいます。
完全一致ではない(ものの、揺れはほぼ同じ)。
一方で大塚さんは、金融にはブラックスワンと呼ばれる特異点的な出来事が起こると指摘します。西山さんは、コロナや戦争のような予期できない出来事を例に挙げます。ブラックスワン ── 事前にほとんど予測できず、起きたときの影響が極めて大きい事象を指す言葉。ナシーム・タレブの著作で広く知られる。
大塚さんは、2022年ごろに世界最大の取引所FTXが破綻し、ビットコインが短期間で急落した局面を挙げます。そのとき1ドルのはずのステーブルコインが0.8ドルほどまで落ち、耐久性が試されたといいます。
西山さんは、アルゴリズムがうまく調整してくれるのではと尋ねます。大塚さんは、理論値ではそうだが、一瞬で大量の売りが来るとリスクを制御しきれないと答えます。
大塚さんによると、この局面でMakerDAOやテザーは価格が大きくブレました。ブレるのは一瞬でも、そのとき持っていた人はその価格に飲み込まれてしまうといいます。
一方でUSDCはあまり落ちなかったため、USDCは安心だという信頼が高まったと大塚さんは語ります。そして後々、テザーは裏付けを全部はドルで持っておらず、一部はビットコインなどで持っていたことがわかってきたと明かします。
いくら十年間とか五年でもいいんだけど、うまくいってても(中略)この五年間の利息を全部吹き飛ばしちゃうみたいなのが金融の社会。
規制はなぜ必要か。自己資本比率と資本効率のジレンマ
西山さんは、日本円なら銀行が預金分の現金を全部は持っていなくても、国債などである程度バランスを取っているイメージだと話します。大塚さんは、暗号資産交換業にも自己資本規制比率があると応じます。
大塚さんによると、預かり資産のうち何年分か事業を続けられるだけの資本を持たねばならない規制は、ユーザーには安心材料ですが、事業者にとっては眠ったお金で資本効率が良くないといいます。
自己資本規制比率高めすぎちゃって安心しても資本効率が悪いんで、事業としての成長性を失っちゃうし。だからといって成長性を求めてリスクを晒しちゃうし。
大塚さんは、このバランスをどこに取るかが金融の仕事の勘どころだと語ります。西山さんの「銀行と同等の規制か」という問いには、2026年時点ではまだ違うと答えます。
大塚さんによると、現在は支払い手段としての資金決済法の枠組みですが、金融の法律である金商法に入ってくると、証券などと同じくらいの自己資本が求められると説明します。金商法 ── 金融商品取引法の略。証券など金融商品の取引を規律する法律で、事業者に高い財務基盤や情報開示を求める。
預かってるのが一兆円超えてくると(中略)被害がやっぱり大きすぎるので、そういうことをやんなきゃいけない。
大塚さんは、規制の強化はイノベーションを止めると批判されがちだが、世の中に与える影響への責任とのバランスなのだと、10年やってきた立場から語ります。西山さんは、法律が整うおかげで安心して使えると受け止めます。
ステーブルコインを貸して稼ぐ。DeFiサマーの熱狂
大塚さんは、話を少し戻し、価格が変わらないステーブルコインが出てくると、みんなが次にやりたくなることを説明します。持っているだけで数パーセントの収益を得たいという発想です。
大塚さんによると、暗号資産は売買の値動きで利益を求めるものでしたが、ステーブルコインにはそれがありません。そこで、預けて4パーセントほどの利益が欲しいという需要に応えるプラットフォームが登場します。
西山さんは、それではステーブルコインの発行側の利益がなくなるのではと尋ねます。大塚さんは、発行側は集めたドルの金利で稼ぐ側で、保有者は誰かに貸して金利を得たい側だと役割を切り分けます。
大塚さんは、ステーブルコインを借りれば手持ち以上のトレードができるため、貸したい人と借りたい人のマーケットが生まれたと語ります。これがAAVEのような貸し借りのプラットフォームだといいます。AAVE ── 暗号資産やステーブルコインを貸し借りできる代表的な分散型金融(DeFi)プラットフォーム。
大塚さんによると、これは銀行のような承認者を介さないDeFiで、利率の高いプラットフォームへ資金が動く競争が生まれました。DeFi(ディファイ) ── 分散型金融の略。銀行などの仲介者を介さず、ブロックチェーン上のプログラムで貸し借りや取引を行う仕組み。
大塚さんは、利率で返せる金額には限界があるため、プラットフォームが独自トークンを配り始めたと説明します。テザーを貸して4パーセント戻る上に、プラス3パーセント分を独自トークンで上乗せするといった競争です。
これにより、貸した利率と、受け取った独自トークンを売買した利益を合わせて合計20パーセントほど儲けられる状況が生まれたと大塚さんは語ります。これが2020年ごろから起きたDeFiサマーです。
Terra/LUNAショックとFTX破綻。熱狂が突きつけた教訓
大塚さんは、この熱狂の中で、より攻めたルナというトークンを出した会社が、ステーブルコインだと謳って高い利率で資金を集めたと語ります。Terra/LUNA ── 高い利回りをうたったステーブルコイン関連のプロジェクト。2022年に価格が急落し、暗号資産市場全体に大きな衝撃を与えた。
西山さんは、そんなに利率が出るならそれだけリスクがあるはずだと感じると話します。大塚さんは、数年間ずっと良い利率が出ていたため、金融のプロも革命だと信じてお金を集めていたと振り返ります。
大塚さんによると、突然の価格急落の局面でTerraとLUNAは巻き込まれ、一日で価格がゼロまで落ちてしまいました。金融の関係者も含めて大損し、2022年のTerra/LUNAショックとなったといいます。
Terra(と)Lunaっていうのは、一日で価格がゼロまでズドーンと落ちてしまって。
大塚さんは、ここからFTX破綻にもつながったと説明します。FTXは自ら保有する暗号資産の大部分をTerraやLUNAに置いていたため、直撃を受けて自己資本が不足したといいます。
大塚さんによると、その噂で自社発行のFTXトークンの価格も下がり、負のスパイラルに入っていきました。Terra/LUNAを発行した人物は、巨額の資金を引き出したとして逮捕されたと語ります。
大塚さんは、ここで得た教訓は当たり前のことだと語ります。暗号資産かどうかに関係なく、突然来る悪い時に備えてリスクをヘッジするという、金融が積み重ねてきたことを改めてやる必要があるという点です。
SwiftとAIエージェント。ステーブルコインが本丸になる未来
大塚さんは、いろいろあった末に、CircleのUSDCは残って大きく成長し、普及の進んだテザーも多くが残っていると現状を整理します。西山さんは、テクノロジー自体が有益だからバブルを超えて残ったと受け止めます。
大塚さんは、ステーブルコインの発行で集めたドルや円が会社に入り、金利のある時代にはそれが莫大な収益になると語ります。これは暗号資産におけるビジネスモデルとして確立されたといいます。
大塚さんによると、日本でもステーブルコインは使われていくと見られますが、多くの銀行は用途を見切らないまま、とりあえず発行するという段階にあるといいます。本当に使える状況になるのはもう少し先だという見立てです。
大塚さんは、将来的にドルのステーブルコインがあれば、日本円やユーロなど各国のステーブルコインも必要になってくると語ります。そこにAIエージェントが加わると親和性が非常に高くなるといいます。
ステーブルコインっていう技術の進化と金融の流れで出てきたものと、こっちに突如としてAIというものが出てきて(中略)この交差点がそろそろ未来としてくる。
大塚さんは、既存の金融の仕組みとしてSwiftを例に挙げます。日本からアメリカへお金を送る際に使われる古い仕組みで、維持コストが高いといいます。Swift ── 国際的な銀行間の送金メッセージをやり取りする仕組み。長年使われてきた国際送金の基盤とされる。
大塚さんは、Swiftは世界を動かしているため、止まれば大混乱になり、怖くて変えられないと語ります。だからこそ別のテクノロジーで置き換えたいが、金融は失敗すると大変なので慎重に動いていると説明します。
大塚さんは、ビットコインなど過去の暗号資産は、ステーブルコインが生まれるための土台だったという見方もできると語ります。社会実験を重ねてたどり着いたのが今のステーブルコインだという捉え方です。
一大叙事詩の中のまだ前章が終わったに過ぎないような感じがあるし、だからこそ僕は結構ここからの黄金期が来るなって思ってはいる。
まとめ
ステーブルコインは、取引所ハッキングへの窮余の策から偶然生まれ、国をまたぐ送金需要とドル金利という追い風を受けて普及しました。DeFiサマーの熱狂とTerra/LUNAショックは、暗号資産であっても金融の基本であるリスク管理と規制から逃れられないことを示し、その反省の先にAIエージェントと結びつく次の展開が見えてきています。
- ステーブルコインは、ビットフィネックスのハッキング対応で「自分たちでコインを作れる」と気づいたことから生まれた
- 国をまたぐアービトラージや送金詰まりの中で、ドルと同価値で速く送れる手段として需要が高まった
- 発行会社は集めたドルの金利で稼ぐ。テザーは裏付けへの疑念があり、監査を備えたUSDCが対抗馬として台頭した
- 平常時はほぼ1ドルでも、FTX破綻やTerra/LUNAショックなど特異点で価格がブレ、リスク管理と規制の重要性が示された
- 過去の暗号資産はステーブルコインの土台であり、各国通貨のステーブルコインやAIエージェントとの融合が次の焦点になる




