河口湖の朝、ほっこりとした公開収録
今回の朝礼は、河口湖のほとりをぷらぷらと歩きながらの公開収録。日曜日恒例のリスナーからの質問回として始まります。西野さんの声もどこかゆったりとしていて、湖畔の空気が伝わってくるような放送です。
前日には、河口湖音楽と森の美術館で「西野亮廣生誕祭」が開かれたばかり。ピアニストの西村さん西野さんと親交のあるピアニスト。イベントで即興演奏を披露することが多い。が即興でピアノを弾き、参加者全員で『オーシャンゼリゼ』や『えんとつ町のプペル』を歌ったとのこと。インパルスのずっさんお笑いコンビ「インパルス」の堤下敦さんのこと。西野さんと同世代の芸人仲間。も遊びに来て、富士山が顔を出した瞬間に拍手が起こったと、興奮気味に振り返ります。
俺の誕生日はどうだっていいですよ。河口湖のほとりで美術館のライトをつけて、富士山がパッと顔を見せて拍手が起こって──なんかすっげえいい時間だったんですよ。
収録の途中では、近くの民宿に泊まった宿泊客と偶然すれ違い、朝の挨拶を交わすという一幕も。「ほっこりするやりとりやわ」と本人も笑う、いかにも河口湖らしい平和な放送となりました。
7〜8年うねうねした美術館計画、なぜ場所が定まらなかったのか
本題は、リスナーから寄せられた「河口湖音楽と森の美術館とのご縁はどこから始まったのか」という質問への回答です。
実はチムニータウン西野亮廣さんが代表を務める会社。エンタメ事業やまちづくりを手がけている。が美術館を作るという構想は、7〜8年前から存在していました。しかし、場所がなかなか定まらなかったといいます。
ここで西野さんが強調したのは、「何をやるかではなく、どこでやるか」の重要性です。人の流れがある場所にコンテンツを置かないと、これからの時代は厳しい。強いコンテンツを作って人の流れを一から作るのは、もはや無理ゲーに近いと語ります。
クラウドファンディングで集めた資金の使途について週刊誌に叩かれた時期もあったといいますが、西野さんは「初志貫徹でいくべきではない」と断言します。時間もお金もかけたとしても、違うと感じたときには勇気を持ってブレーキを踏む──それこそが経営判断の連続だと語ります。
藤原和博さんの誕生日会が全ての始まりだった
ではなぜ、河口湖にたどり着いたのか。きっかけは、西野さんが「先生」と慕う藤原和博さん元リクルート社員、東京都で義務教育初の民間校長。教育改革実践家として著書多数。西野さんの師匠的存在。との対談中に、突然投げられた誘いでした。
藤原先生から突然のお誘い
「来年の何月何日、僕の誕生日会があるんですけど空いてますか?」と断り切れない誘われ方をされる
河口湖音楽と森の美術館での誕生日会に参加
閉館後の美術館を貸し切っての誕生日会。西野さんはお客の一人としてお酒を飲んでいた
二次会でエンタメ・集客の質問攻めに
先輩経営者たちの悩み事に即答で答え続けた結果、「あんた面白いね」と気に入られる
後日、美術館運営のバトンを打診される
「美術館をどうにかやってくれないか」と持ちかけられ、ちょうど美術館をやろうとしていた西野さんへ運営が渡っていく
実は西野さん、この河口湖音楽と森の美術館(旧オルゴールの森美術館河口湖畔にある美術館の旧称。ヨーロッパの街並みを模した敷地とアンティークオルゴールの展示で知られる。現在は「河口湖音楽と森の美術館」に改称。)には、以前から立ち寄ったことがあったといいます。「河口湖行ったはいいものの、行くとこないんですよ」──そんな時にふらっと入った場所で、まさか自分が運営に関わることになるとは思ってもみなかったはずです。
ラオスの小学校もまた、藤原先生のご縁から
藤原先生とのご縁は、美術館だけにとどまりません。西野さんが個人でラオスに小学校を寄贈した話も、実は同じ流れから生まれています。
藤原先生が「今度面白いのはラオスだ」と言い出し、西野さんを男旅行に誘ったのが発端。ラオスのララ村ラオスの山間部にある小さな村。ラオス語すら伝わらないほどの少数民族の集落と紹介されている。を訪れた際、村のお父さんお母さんから「小学校が掘っ立て小屋のようで、次の台風で倒れそう」という悩みを聞きました。
こんなところに子供を通わせるのがやっぱり心配だっていうお話を聞いて。それならばということで小学校を寄贈させていただきました。
ちょうど絵本『チックタック 約束の時計台西野亮廣さん著の絵本。『えんとつ町のプペル』の世界観を継ぐ作品で、印税がラオスの小学校建設に寄付された。』を出版する直前で、印税をどこかに寄付しようと考えていたタイミング。話はスムーズにまとまり、印税全額を小学校建設に充てることになりました。
良い土地はネットには落ちていない
今回の話を通じて西野さんが繰り返し語ったのが、「良い土地は不動産のサイトには出てこない」という現場感覚です。
不動産サイトを開いて条件で絞り込む。効率的に見えるが、本当に面白い物件・特別な条件の土地はここには載らない
その土地に足を運び、地主さんや地元の人と関係を作る。「西野さん、ここ使ってよ」というチャンスは、現地でしか降ってこない
西野さんは前日、石川遼さんプロゴルファー。世界的に活躍する日本のトップアスリートの一人。と美術館周辺を回った際にも、遼さんが「特に使う予定のない土地」を持っていて、「なんか使ってよ」と提案されたエピソードを紹介。こうしたやりとりは、当然ながら不動産サイトには一切現れません。
だからこそ、家にこもらず「とっとと出歩いた方がいい」と西野さんは強調します。当初はめんどくさいと感じた藤原先生の誕生日会に、もし行っていなければ、今の美術館事業も、ラオスの小学校もなかった──そう振り返る言葉には、実体験に裏打ちされた重みがあります。
行動指針としての「現地主義」
まとめ
河口湖のほとりから届いた今回の朝礼は、一見ゆるやかな雑談のようでありながら、西野さんが実践してきた「ご縁の経営学」がぎゅっと詰まった回でした。美術館事業もラオスの小学校寄贈も、すべては藤原和博さんとの一つの飲み会から始まっている──この事実は、「良い機会は検索では見つからない」という現場感覚を改めて教えてくれます。
そして西野さんは、河口湖音楽と森の美術館に今後さらにコストと時間を投下する予定だと明言。7月31日にはビアガーデンも開催予定とのこと。富士山観光のついでに、ぜひ立ち寄ってほしいと語り、放送を締めくくりました。
- 美術館事業は7〜8年間、川西→伊豆大島→種子島と場所が定まらず、設計まで進めて計画変更を繰り返してきた
- 河口湖音楽と森の美術館との縁は、藤原和博さんの誕生日会に呼ばれたことがきっかけだった
- ラオスの小学校寄贈も同じく藤原先生との男旅行から生まれた。『チックタック 約束の時計台』の印税全額を建設費用に充てた
- 「何をやるか」より「どこでやるか」が重要。強いコンテンツで人の流れを作るのはもはや無理ゲー
- 良い土地・良い案件は不動産サイトには落ちていない。現地に行って人とのご縁を作ることでしか出会えない
- 初志貫徹に固執せず、違うと感じたら勇気を持ってブレーキを踏むのが経営判断の本質
