10周年で見えた「一年目には決して見えない景色」
絵本『えんとつ町のプペル』が10周年を迎えました。10周年に合わせたわけではないものの、今年は例年以上に多くの企業やメディアからコラボレーションの依頼が舞い込んでいるといいます。
先日行われた東京国際フォーラム東京都千代田区にある大型ホール・会議施設。ミュージカルや式典など大規模イベントが多く開催される。での公演で客席を眺めた時も、まさに今日発表される大きなコラボレーション企画を前にした時も、西野さんは「10年続けてきたからこそ見える景色がある」と強く感じたそうです。
それらの依頼はどれも、活動一年目や二年目では決して浮上しなかった話ばかり。だからこそ、時々耳にする「いつまでプペルにしがみついてるんですか?」という声を聞くたびに、こう思うそうです。
「次に行かなきゃいけないのかもな」と思わせる空気こそが、これまで数え切れないほどのIPの可能性を摘み取ってきたのではないか、と西野さんは指摘します。
日本に足りない「IPの育て方」という共通認識
ここで西野さんは、少し踏み込んだ話題に入ります。IPIntellectual Property(知的財産)の略。キャラクターや物語など、著作権で保護される創作物のこと。ライセンス展開などで長期的な収益を生む資産となる。はこれからの日本において最も重要な産業のひとつであるにもかかわらず、肝心の「IPの育て方」がまだ十分に共有されていない──それが日本の現状だといいます。
そして視聴者側、つまり作品を見る側の目もまた成熟していない。だからこそ西野さんは、日本人全員に「桃栗3年、柿8年、キャラクターIP20年」という感覚を持つことを提案します。
物語は作品を積み重ねることで育ち、キャラクターはファンと時間を重ねることで育つ。それらが本当の資産になるのは、世代を超えて受け継がれた時。にもかかわらず、日本ではたった2〜3年で「まだそれやってんの?」という空気が漂うのが現実です。
「もう旬終わってますよ」の正体
西野さんはここで、冷笑の中身を鋭く分解します。それらの声の一部は、単純に嫉妬から来ているもの。ただし厄介なのは、特に「おじさんたち」は自分が嫉妬していることを全力で隠し、もっともらしい理屈を作り上げてしまうことです。
「もう旬終わってますよ」
「次に行くべきですよ」
「そんなんじゃ広がらないですよ」
一見、冷静で合理的に聞こえる
しかしそのタイムスケジュールでは、本来育つはずのIPが途中で刈り取られてしまう
幸い西野さん自身は「知るか」という感じで突き進める性格でした。ですが、多くのクリエイターは繊細な人が多く、そう簡単にはいきません。だからこそ、今まさに「まだそんなことやってんの?」と冷笑されているクリエイターに向けて、この話をしていると語ります。
今日はですね、今まさに「まだそんなことやってんの?」と冷笑されている、クリエイターさん、このラジオをお聞きのあなたに向けてこの話をしております。
砂をかけられ続けた10年の記録
『えんとつ町のプペル』は、決して歓迎された作品ではなかった、と西野さんは振り返ります。むしろ、節目ごとに逆風にさらされてきた歴史でした。
もちろん今も一部にはその空気が残っています。ですが、続けていると、その隣で少しずつ別の声が聞こえてくるようになった、と西野さんは語ります。「面白かった」「救われた」「人生が変わりました」。
最初はたった一人だったその声が、いつしか2人になり、10人になり、100人になり、気づけば石を投げる人よりも応援してくれる人の存在の方が大きく見えるようになっていったのです。
作品が作者の手を離れる瞬間
そして時間が経つにつれ、嫉妬も偏見も持たない「新ジャンル」が現れたと西野さんはいいます。それが子供たちです。子供たちが作品そのものを愛してくれるようになったのです。
西野亮廣という人間の「ファングッズ」に過ぎなかった。西野さんの年齢の前後10歳くらいの人が買うものだった。
劇場には西野さんを知らない世代がだいぶ来ている。国際フォーラムでも1,000〜1,500人の子供のほとんどが西野さんを知らない。お父さんお母さんが「この人がプペルを作った人なんだよ」と子供に紹介している。
長い夜を歩くクリエイターへ
ここから西野さんはトーンを変え、聴いているクリエイター一人ひとりに直接語りかけます。「どれだけ書いても朝が来ない人、どれだけ作っても数字にならない人、どれだけ続けても誰にも理解されない人、あなたに言っています」と。
西野さん自身も、その長い長い夜を歩いてきたからよくわかる、と共感を寄せます。夜は想像以上に長く、そのうえ世の中は嫌がらせのように毎日「バズ」を見せてくる。一夜にして成功したように見える人がタイムラインに流れてくる。そうすると、自分だけが取り残されたような気持ちになる──。
あなたが歩いている夜はですね、間違ってるから長いのではなくて、余計が遅い仕事を選んだから長いだけだっていう話です。
もし心が折れそうになったら、河口湖の音楽と森の美術館山梨県富士河口湖町にある美術館。オルゴールやオペラなどをテーマにした施設で、西野亮廣さんの絵本原画展示も行われている。に来てみてほしいと西野さんはいいます。そこには絵本の原画がずらりと展示されており、その原画を描くためだけに数千本のボールペンを使ったのだそうです。
そして、その膨大な時間を費やして完成させた絵本は、当初あまり売れなかった。それでも描き続けたから、10年後の景色にたどり着けた──。IPとはそういう仕事だ、と西野さんは締めくくります。
まとめ
『えんとつ町のプペル』10周年を機に語られたこの回は、IPを育てるということが本質的に「時間を味方につける仕事」であることを、西野さん自身の10年の歩みを通して示す内容でした。
2〜3年で「もう旬終わってますよ」と冷笑する声は、一見合理的でも、その多くは嫉妬をもっともらしい理屈に着替えたもの。そのタイムスケジュールに合わせてしまうと、本来20年かけて育つはずのIPは途中で刈り取られてしまいます。花が咲く速度は種が決める。作り手にできるのは、今日も水をやることだけ──クリエイターへの静かなエールとして、この放送は締めくくられました。
- 『えんとつ町のプペル』10周年を迎え、1〜2年目には浮上しなかったコラボレーション企画が続々と実現している
- IPは「桃栗3年、柿8年、キャラクターIP20年」の感覚で、世代を超えて受け継がれてこそ本物の資産になる
- 「もう旬終わってますよ」という一見合理的な冷笑の多くは、嫉妬を隠すために作られた理屈である
- プペルは分業制発表・映画化・ミュージカル化・歌舞伎化・バレエ化のたびに、それぞれの業界から砂をかけられ続けた
- 続けているうちに応援の声が石を投げる声を上回り、やがて西野さんを知らない子供たちが作品そのものを愛するようになった
- 作品が作者の手を離れ世代を超えて歩き始めた時、それがIPと呼べる地平である
- 花が咲く速度は種が決める。作り手が決められるのは、今日も水をやるかどうかだけである
