CHIMNEYTOWNが渋谷から河口湖へ引っ越す
CHIMNEYTOWNの本拠地はこれまでずっと渋谷にありました。オフィスは今も渋谷に残っていますが、活動の重心そのものが河口湖へと移っていく、と西野さんは切り出します。
その象徴が、河口湖音楽と森の美術館の一角でスタートする常設展期間を区切らずに開催し続ける展示のこと。数週間〜数ヶ月の期間限定展とは異なり、いつ訪れても見られる。「西野亮廣展」です。これまでの個展はすべて期間限定でした。東京タワー、エッフェル塔パリのランドマーク。西野さんは過去にエッフェル塔で個展を開催している。、フィンランド、ニューヨーク、表参道、南青山と、五十回、百回とやってきましたが、常に二週間・三週間・一ヶ月といった短期のもの。「頑張っていらっしゃい」と集客する形でした。
今回は違います。一年後も同じ場所でやっている ── そういう常設のかたちに挑むのは、キャリアで初めてのことだと語られます。
体重が渋谷からですね、今日から河口湖の方に移動するんです。
「何をやるか」より「どこでやるか」の時代
ここからが本題。西野さんは、日本で事業を仕掛けるうえで最も大事な考え方の転換をこう語ります。「何をやるかではなくて、どこでやるか」。石川亮西野さんが影響を受けているビジネスパートナー。番組内で「亮さん」と呼ばれ、ロケーション戦略について発言を引用されている。さんの言葉を借りれば、「ロケーションの方が大事」。
やりたいコンテンツを決める → 作る → 頑張って集客する
人の流れがある場所を取る → そのロケーションに合わせてコンテンツを作る
なぜこの順番でなければ勝てないのか。理由はシンプルです。日本では人口が減っている一方で、発信者・プレイヤーは増えている。集客の難易度は五年前と比べて確実に上がっており、これは個人の努力では抗いようがない構造だ、と西野さんは指摘します。
お豆腐屋さんをやると決めたら、豆腐を買ってもらうためにSNSを頑張る。今ならショート動画を頑張る。でも「みんなやる」から、そこも埋もれていく。発信者は増え、客は減る ── その現実の前では、頼れるのは観光地しかない、というのが結論です。
ファンビジネスから観光地ビジネスへ
CHIMNEYTOWNは元々、この考えとは真逆の会社でした。強いコンテンツ・ファミリーコンテンツを作り切ることに全振りしてきた ── 絵本から始まり、映画、ミュージカルへと発展してきた歴史がそれを物語ります。
美術館構想もそうでした。最初は川西兵庫県川西市。西野亮廣さんの出身地で、絵本『えんとつ町のプペル』の舞台のモデルとも言われる。で作ろうとしていて、名前は「チムニータウン美術館」または「煙突町プペル美術館」。手狭になったら伊豆大島へ、と考え「秋広西野ミュージアム(森の飛行機ホテル)」の構想も練った。「飛行機をぶち込む」「泊まれる美術館」といったコンテンツの面白さが先に来ていたわけです。
ここが決定的です。河口湖に移った瞬間、施設名から「チムニータウン」「西野亮廣」「煙突町」という名前を前面に出すのをやめている。なぜなら観光地になることが最重要だから。ファンだけを呼ぶための名前ではなく、観光客が入りやすい看板に変えた ── これがCHIMNEYTOWN史上「大きな大きな引っ越し」だと西野さんは強調します。
芸歴25年、お笑い・ミュージカル・映画と内容はコロコロ変えてきましたが、本質はずっとファンビジネスでした。それが今、観光業へ丸ごと引っ越す ── この転換が「西野亮廣展」という常設展の背景にあります。
やりたいことは、うまくいったことから生まれる
「でもやりたいことが先にあるじゃないか」── そう思う人へ、西野さんはこう返します。「やりたいことなんか変わる。うまくいった事業がやりたいことになる」。
たとえば今、パン屋に興味がない人がいたとします。でも観光地でパン屋を始めて客がひっきりなしに来れば、改善するチャンスも、テストするチャンスも、勉強する時間も増える。クオリティは上がる。「あなたのパン、うちのおばあちゃんが大好きで」と言われるうちに、いつの間にか「ここが俺の生きる道だ」と思い始める。
皆さんの夢やモチベーションになっているものを振り返ってみてください。大抵は「うまくいったこと」ではないでしょうか。偶々うまくいったものが、いつしか夢に格上げされているだけ ── だから順番としては、成功する方が先。逆算すると、やはりロケーションが最重要になる、と西野さんは説きます。
場所は再生数と違い、奪えない
ロケーションが重要である以上、動きは早くしないと取られてしまう。ここで西野さんは、コンテンツ勝負との決定的な違いを指摘します。
相手が譲らなくても、自分の努力で上回れる。奪える。
相手が「譲るよ」と言わない限り回ってこない。土地は有限。奪えない。
いい場所を取った人は基本的に譲りません。物件は誰かが売ってくれないと回ってこない。にもかかわらず、これほど重要なものに目を向けている人は「めちゃくちゃ少ない」と西野さんは繰り返します。
ギリシャ人がプペルを買う景色をどう作るか
CHIMNEYTOWNがこれから取り組む挑戦は、ファンビジネスから観光地ビジネスへの適応です。ファンだけが喜ぶ設計から、観光客に届く設計へ ── コンテンツのサイズ、形、スタイルをどう合わせていくか。
究極のイメージとしてこう表現されます。「河口湖に旅行に来たギリシャ人が『えんとつ町のプペル』を買って帰る」── その状況をどう作るか。ファンの熱量に依存しない、通りすがりの観光客の心も動かすコンテンツの磨き込みが、これからのテーマだと語られます。
CHIMNEYTOWNは決してコンテンツで負けたわけでも、集客で負けたわけでもない。ミュージカルも成立している。それでも「この戦い方は限界に来ている」と判断し、観光業側へ大きく振る ── その決断こそが、このエピソードで語られた最大の示唆と言えるでしょう。
まとめ
今回の朝礼を通して繰り返し語られたのは、「何をやるか」より「どこでやるか」という順番の逆転です。人口減少と発信者過多が同時進行する日本市場では、コンテンツを先に決めて集客で戦うやり方はどんどん厳しくなる。だからこそ、人の流れがあるロケーションを先に押さえ、そこに合わせてコンテンツを作る ── この順番でしか勝てない場面が増えている、というのが西野さんの見立てです。
そして、場所は再生数と違って奪えないため、動くなら早いほうがいい。「やりたいこと」も、成功した後で自然に生まれてくる。CHIMNEYTOWN自身がファンビジネスから観光地ビジネスへ大きく舵を切ったこの決断は、事業を組み立てるすべての人にとって参考になるはずです。
- CHIMNEYTOWNは本拠地を渋谷から河口湖へ移し、河口湖音楽と森の美術館の一角で「西野亮廣展」を常設スタート
- これからの日本市場では「何をやるか」より「どこでやるか」が先。人口減少と発信者過多で、コンテンツ先行の集客は個人の努力では抗えなくなっている
- 西野さんの会社はファンビジネスから観光地ビジネスへ大きく舵を切り、施設名から「西野亮廣」「煙突町」を敢えて外して観光客導線を最優先にした
- 「やりたいこと」は、うまくいった事業から後づけで生まれる。だから成功が先、情熱は後についてくる
- 場所は再生数と違って奪えず、有限。いい場所は取った者が譲らないため、行動のスピードが決定的に重要
