美術館は「プペル美術館」にしなかった
今、ちむにぃタウンは美術館の運営をじわじわと進めています。
構想そのものは7、8年前、もうちょっと前からあったんですね。
ただ、その後に『えんとつ町のプペル』というIPが、当初の想定を大きく超える広がりを見せました。
映画公開などもあって、当初計画していた施設の規模では十分に受け止めきれなくなったんです。
要するに、土地が手狭になっちゃった。
候補地や計画内容は何度も見直され、川西から伊豆大島、伊豆大島から種子島か、みたいな感じで紆余曲折を経て、現在の『河口湖 音楽と森の美術館』にたどり着きました。
ここを「ちむにぃタウン美術館」という名前にしていない理由は、ファンの方だけでなく、観光客にも意識を向けるためです。
名前を音楽と森の美術館のままにしているのは、そういう狙いなんですね。
45歳で、またまた初心者をやっている
この美術館には、国内外から多くのお客様にお越しいただいています。
3割ぐらいがインバウンドでしょうか。最近は台湾からお越しになる方の姿が目立つようになりました。
そこで直面するのは、台湾のお客様にとって本当に価値のある体験とは何かという問いです。
こういう展示や世界観が喜ばれるのではないか、という仮説を立てることはできます。
でも、その多くは直感に頼ったもので、十分な根拠やデータに裏打ちされたものではないんです。
まだ、僕は正解を持ち合わせていない。
思い返せば、25歳で絵本を書き始めた時も、30代半ばで映画製作に挑戦した時も、40歳でミュージカルの世界に飛び込んだ時も、いつも初心者でした。
その後、単身ニューヨークに渡ってブロードウェイに挑んだ時も、いつも初心者なんですね。
3、4年に一回ぐらい初心者をやるんですよ。もう完全にド素人で、その領域の一番最下位にいつもいます。
自分にはあきれ通り越しているんですけど、地図にないこの場所を手探りで進みながら自分の無知と向き合う時間には、手応えのようなものがあります。
なんか生きてるな、という実感が宿っているような気がしています。
広告費をかけない、という戦い方
この美術館プロジェクトでは、基本的には広告費をかけないという考え方を軸に置いています。
もちろん例外はあるので「基本的には」という言葉はつけますが、中心にある思想はそこなんです。
なぜなら、インフルエンサーに紹介してもらうとか、SNSで話題化を狙うとか、西野自身の影響力で集客するといった手法に依存すればするほど、いろんなものが引っ張られてしまうからです。
スタッフの視線や発想、思想、さらにはコンテンツそのものが、ファンビジネスや一過性の盛り上がりへと引っ張られてしまう。
確かに集客のことだけを考えるなら、「えんとつ町のプペル美術館」という名前を掲げた方が分かりやすいですし、届けるべき相手も明確です。
「プペル美術館やるよ」と言って、宣伝をバーンとかけて「プペル好きな人集まれ」とやったら、短期的な成果は見込めます。
しかし、それはすでに存在しているファンコミュニティの中で完結するゲームなんですね。
既にある需要を回収することが目的になってしまって、それを回収しきったらもう終わりです。ちっちゃいんですよ、それ。
たまたま立ち寄った人が、予期せぬ感動と出会う場所
その戦いを選ぶのであれば、わざわざ富士山のお膝元という日本有数の観光地に拠点を構える必然性はないんです。
僕らが目指しているのは、もっと大きいものなんですね。
西野亮廣のことも知らない、ちむにぃタウンの作品にも触れたこともない、そんな観光客がたまたま立ち寄って、予期せぬ感動と出会う。
僕らが作りに行っているのは、そんな場所なんです。
なので、PRの方法を考えるよりも、まずはコンテンツそのものの完成度を高めることが先だと思っています。
話題作りに頼るよりも、この土地の風景や文化、観光動線の中に自然に溶け込むようなコンテンツを作る。そして人の流れを生み出すことの方が重要だなと。
要するに、ファンや広告というドーパミンを使わない戦いです。これ、これまでやったことがないんですよ。
よくよく考えてみたら、規模の大小はあれど、やってきたことはずっとファンビジネスでしたし、広告も打っていたので。
そういったものを使わずに戦えて初めて、この美術館は一つの観光資源として自立して、長く愛されていく存在になるんだろうなと思っています。
とにかく初心者です。失敗もたくさんあるでしょうし、わからないことだらけです。
今日もこれから美術館に行って、お客さんの動きをずっと観察しながら、ああじゃないかこうじゃないかと試行錯誤を続けたいと思います。今日は雨がポツポツ降っているので、雨の時のお客さんの動きがどうなるのかも見てきます。
また動きがあったら、ご報告させていただきます。それでは素敵な一日をお過ごしください。じゃあまたね。
まとめ
河口湖の美術館では、影響力やファン、広告に頼らず、たまたま立ち寄った観光客が予期せぬ感動と出会う場所を作ろうとしています。45歳にして、また初心者からの挑戦です。
- 美術館を「プペル美術館」にしないのは、ファンだけでなく観光客に意識を向けるため
- 影響力に頼るほど、スタッフの発想やコンテンツがファンビジネスや一過性の盛り上がりに引っ張られてしまう
- 既存のファンの需要を回収するだけのゲームは、回収しきったら終わってしまう
- 目指すのは、西野亮廣を知らない観光客がたまたま感動と出会う、自立した観光資源


