「うろうろしてる」が、なぜ強みになるのか
杉山さんは熊本でいろいろな会合に顔を出すうちに、周囲からある言葉をよくかけられるようになったと話します。
熊本でいろんな人と話す中で「杉山さんっていろんなところでうろうろしてるよね」って、よく言われるわけですよ。
実際うろうろしてる。
「何者なんだろう」ともよく言われるそうですが、途中から割り切ったといいます。いろいろな拠点にいるからこそ、この人とあの人がつながり、次の何かが生まれる。杉山さんはそう考えるようになりました。
もうどうせどっかでつながって、いろんなところにいるからこそ、この人と会って、あの人と会って、新しい次ができる。もう割り切ってうろうろしようと思っている今日この頃です。
「拠点思考」という言葉が生まれた日
「拠点思考」は、田中さんが番組タイトルを考える中で提案した言葉でした。杉山さんは最初にそれを聞いたときの印象を、新鮮なものだったと振り返ります。
そういう言葉の使い方を考えたことなかったけど、ああ、なるほどね、そういうふうに表現できるんだなって、おおって感じでしたね。
二拠点生活という言い方はあっても、そこにある独特の考え方や行動様式を指す言葉は、まだあまり定着していないのではないか。田中さんはそう感じていました。杉山さんも、拠点が違うからこそ見えてくる世界があると応じます。
拠点が違うところに身を置いているからこそ見えてくる世界とか、考え方とか行動様式とか、多分あると思うんですよね。
東京は「仕事の色」、熊本は「空気感」
杉山さんにとって、東京と熊本は自分の中で違うカテゴリーにある場所だといいます。まず、その違いを仕事と生活という軸で説明します。
仕事と生活っていう意味だと、東京って仕事の色が濃いかなと思っていて。ニュースで見るようなビルがわーっと、ああいうイメージってありますよね。
日経新聞に載るような取引や新しい情報は、どうしても東京で起きていることが多い。だから人と会い、情報を一次的に得るという意味では東京だ、と杉山さんは話します。
一方で熊本っていうと、本当に自然が豊かで、人も温かいじゃないですか。空気感というか。だからやっぱ落ち着くのは熊本なんでしょうね。
商談の進み方まで違う―東京・熊本・アメリカの「段取りの温度差」
経済の流れの違いは、案件が始まるまでの進み方にも表れると杉山さんはいいます。弁護士としての仕事を例に、東京での進め方を説明します。
東京だったら、直接会わずにウェブ会議だけで延々と半年、1年やってることって普通にあるんですよ。
一方、熊本では人間関係や段取りが重視されます。杉山さんがアメリカの法律に関する相談を受けたときも、まず求められたのは会食でした。
熊本の方って、直接会って、お互いが納得してみたいな段取りをすごく大事にするので。アメリカの法律の話でキックオフするのかなと思ったら、まずは一緒にお食事をとか言われて。
時間はかかりますが、その分、関係は長く続くと杉山さんは考えています。熊本在住の田中さんも、肩書が多く何をしているか分かりにくい人が突然やってくると警戒されかねない、と当事者側の感覚を明かします。
アメリカはさらに別の温度だと杉山さんは続けます。要件がはっきりしていて、いきなり案件が始まるといいます。
アメリカはもう本当に、要件がはっきりしてて、こういう案件でよーいドンみたいなのがいきなり来るわけですよ。だから手前のお互いを知り合ってとかはあんまなかったんですよね。
紹介を受け、直接会わずウェブ会議だけで半年〜1年進むことも普通にある
まず会食で人となりを知り、段取りを踏む。時間はかかるが関係は長く続く
火・水・木は東京にいる―「予測可能性」という資産
独立して6年近く。杉山さんは動き方のパターンを少しずつ整えてきたといいます。それが週の中盤を東京で過ごすリズムです。
独立した後、時間が経つにつれて修練してきたのが、大体私、火水木は東京なんですよ。
このリズムが定着すると、東京側から見て「杉山さんは週の中盤にいる人」というイメージができます。杉山さんは、その予測可能性が仕事の上で大切だと話します。
この人ここにいつもいる人だよねみたいな、予測可能性みたいなのって結構大事じゃないですか。
空港が、いちばん濃いハブになる
火曜の朝は決まった飛行機に乗る。そうした行動パターンの副産物として、空港での偶然の出会いがあると杉山さんはいいます。先日は、引き合わせたいと思っていた2人と、たまたま同じ日に会いました。
この先生とこの会社を1回セットしなきゃと思ってたんですよ。空港のラウンジでバッタリ片方に会って、飛行機乗り込んだらもう片方の人がいて、両方いるじゃんって話になって。
羽田着いた時に両方に声かけて、二人ともモノレールだったから、モノレールの中で打ち合わせを開催したっていう。
本来なら日程調整に2か月かかるはずの話が、その日のうちにまとまってしまった。田中さんは、空港がキーパーソンの集まりやすい場所かもしれないと応じます。
杉山さんは、熊本空港のラウンジの特徴にも触れます。羽田ではJALとANAでラウンジが分かれますが、熊本は共用だといいます。
熊本って共用のラウンジだから一箇所しかないから、大体みんなそこにいるんですよ。だから意外と共用ラウンジっていうのもありだなって思ったりして。
東京と熊本の距離では移動手段が飛行機に絞られるため、必ず空港を通ります。そこが人の集まる場所になる、と杉山さんは説明します。
ちょっとしたご相談があるからと硬く言うんじゃなくて、たまたま会って「実はちょっとお会いしたら聞いてみたかったんですよ」って、軽いタッチで話せるじゃないですか。
立ち話の中で「その話、杉山さんにしようと思ってたんだよ」と声がかかることも多い。今日会わなかったらこの話は来なかったという偶然の積み重ねが、二拠点で動くからこそのメリットだと二人は語ります。
海外で働く日本人との「手触り感」
話題は海外での経験に移ります。杉山さんはニューヨークから戻って10年以上経ちますが、当時は日本人駐在者の集まりが多くあったと振り返ります。それは熊本にある東京企業の駐在者の集まりの、海外版のようなものだったといいます。
海外経験が多い人がいろんなところに行って、外国人から刺激を受けることもたくさんあるけど、それよりも日本人同士でよっぽど理解するのが早いというか、手触りがまだあるじゃないですか。
バックグラウンドの違う外国人からの刺激も大きい一方で、同じ日本人だからこそ通じ合える速さがある。そうした場から学ぶことは多いと杉山さんは話します。
アメリカは「手続きが雑」―何度も裏切られた実体験
日本・熊本・アメリカの段取りの違いから、杉山さんはアメリカの意外な一面を挙げます。要件は明快な一方で、細かい手続きは苦手だといいます。
日本人ってすごい細部まで注意が行き届いてる、細かいところまでバッチリやるじゃないですか。アメリカの方で手続き系って結構弱くて。
携帯の解約やサブスクの乗り換えなど、人を介す手続きになると、忘れられていたり意図が通じていなかったりする。杉山さんはこれを現在進行形で体験中だと明かします。
なんだかんだで最後は結局なんか契約続いたままでお金落ちてますとか。いやいや、これも今現在進行形であってる。
日本なら「お願いします」と言えば当然流れる、という期待感が持てます。しかしアメリカでは、いつ・どんな申込書や通知を出したかを具体的に示して詰めないと動かないことが多いと杉山さんはいいます。
日本人的にはこう言ってんだから当然そうなって然るべきだよねっていうのは結構うまくいかないことが多いですね。
杉山さんは、昔聞いたある話を紹介します。アメリカでインターネットバンキングが早くから発達したのは、窓口担当者が手作業で間違えるより、顧客自身にシステムで操作してもらう方が確実だという発想からだ、というものです。
大事なことは自分で最後まで見届ける、自分でやらないとそうならない。あれでもうアメリカに何回も裏切られてるから。
こうした酸いも甘いも含めた経験が、拠点をまたぐことの効用につながると田中さんは受けます。多様なものを受け入れる寛容さが育つのではないか、と。
両方を知っている人が、間の「通訳」になる
ここで杉山さんは、少し真面目な話として本業の核心に触れます。杉山さんたちScaleup Solutionsは、地方の会社の成長を手伝うために起業しました。
地方の会社が東京やグローバル企業とコラボして成長するとき、文化や当たり前としている前提が大きく違います。そこで両方を経験した人が間に入る意味は大きい、と杉山さんはいいます。
東京でのビジネスライクな会話をそのまま熊本の会社に伝えても、手触り感が伴わない。文脈をつけて落とし込み、間で言葉を整える。その逆もある。これが日常の仕事のかなりの部分を占めていると杉山さんは語ります。
杉山さんは、産・官・学それぞれに軸足を持っていることも紹介します。分野を越えて動くこと自体が、通訳の解像度を上げているようです。
子どもに「将来、何になりたい?」と聞いたら
拠点思考は子育てにも持ち込まれています。杉山さんと妻は、夏休みに子どもを東京へ連れて行ったり、海外の友人と会わせたりと、意図して多様な環境を体験させているといいます。
それはどうしてですか。
一つのとこだと、この一つが当たり前になるじゃないですか。それが当たり前じゃないところもあるんだよって。
熊本で子育てするか東京でするかという議論もありました。小さいうちは環境の良さから熊本一択でしたが、年齢が上がるにつれ、休みの時には東京の拠点も活かして経験させたいと考えているといいます。
杉山さん自身も、父の転勤で小学5年から5年間を東京で過ごした経験があります。そして最近、我が子とのやり取りで印象的な出来事があったと話します。
うちの子供に将来何になりたいの?って聞いたら、返ってくる答えが複数なんですよね。
仕事は一つに絞るものだ、という前提が、その子の中にはない。杉山さんは、それを親を見て自然に身についたものだと受け止めます。
仕事っていうのは一つじゃなくていくつもやるもんだっていうのが、親を見てるからなのか自然と出てくるから、逆に怖いなと思いましたけどね。
授業参観で先生に呼ばれたときなど特別な場面で話したわけではなく、お風呂で何気なく聞いた答えだった、と杉山さんは付け加えます。自分の生き方が知らないところで子に刷り込まれていたことに、少し怖さと嬉しさを感じたようです。
移動を苦にしない性格と、面白がる力
転勤なしを掲げる求人もある中で、一拠点を持ちつつ別の場所にも行ける枠組みがあるといいのでは、と田中さんは投げかけます。杉山さんは、これは個々人の好みによると前置きしつつ、自分の性格を明かします。
私、結構元々いろんなとこ行くのが好きだったんですよ。旅行が好きだったり、乗り物が好きだったんだよね、昔から。
毎週往復していると言うと「体が持ちますか」と驚かれることもありますが、すぐ眠れるので移動は苦にならないといいます。杉山さんは、その根にあるのは小さな楽しみを見つける性格かもしれないと語ります。
あそこのグループでこんなおしゃべりをして、このグループでこんな話を聞いて、それぞれ面白いみたいな。
結局「拠点思考」とは何なのか
最後に田中さんが、改めて核心を問います。杉山さんにとって、拠点思考は今どう見えているのか。
拠点思考とは、現時点でどんなふうに見えていますか。
田中慎太朗 さんからの質問
今日の対話で輪郭が見えてきた、と杉山さんは前置きします。ただ拠点を移動するだけではなく、その中で違いや共通点、「こっちにはないもの」を見つけていく。拠点思考とは、そうした発見の過程なのではないか、というのが現時点での答えです。
杉山さんは具体例を挙げます。東京で仕事をしている目から見ると、地方の人が毎日何も感じずに通り過ぎている道が、実はとても価値のあるものに見える、というのです。
地方の人が毎日のこととして何も感じずに通ってる通り道が、すごく価値のある。
田中さんは、それが新規事業や観光振興、地域を盛り上げる取り組みにもつながりうると受けます。そして杉山さんが、この回のキーフレーズを口にします。
いろいろな拠点を持つ人と会い、一緒に仕事をすると、今まで見えていなかった自分の価値や本質まで見えるきっかけになる。複数のレンズが重なることで見えやすくなる景色。それが、いまの杉山さんにとっての拠点思考の意味だと二人は語り合いました。
まとめ
番組タイトルである「拠点思考」を、当事者である杉山さんが対話の中で言語化していった回でした。移動そのものではなく、複数の場所を行き来して違いと共通点を見つけていく過程にこそ意味があると整理されました。
- 熊本と東京では、案件が始まるまでの「段取りの温度」が大きく異なり、アメリカはさらに別の温度を持つ
- 火・水・木は東京というリズムが「予測可能性」となり、声がかかりやすくなる。空港は偶然の出会いが生まれる濃いハブになる
- 両方を経験した人が「通訳」として間に入り、文脈と温度を翻訳することが、地方企業支援の核になっている
- 拠点思考は子育てにも持ち込まれ、「仕事は一つに絞るもの」という前提を持たない子の姿として表れた
- 拠点思考とは、複数のレンズが重なることで、見過ごされていた価値が見えてくる過程である


