スマルナの生みの親は、MBA時代の同級生だった
この回のゲストは、株式会社ネクイノ代表取締役の石井健一さんです。婦人科系のオンライン診察ができるプラットフォーム「スマルナ」を作った人物として知られています。
スマルナは、スマホのアプリを通じてオンラインで診察を受け、家に薬が届くというサービスです。ピルの処方などが自宅で完結する仕組みで、2018年から展開されています。
石井さんと、番組パーソナリティの片山光祐さんは、関西学院大学のMBAの同級生でした。MBA ── 経営学修士。ビジネススクールで経営全般を学ぶ社会人向けの大学院課程研究室も一緒で、卒業後は約1年、一緒にコンサル事業もやっていた仲だといいます。
よく知ってて、ちょっとイキってる奴おるなみたいな感じで。
もう一人のパーソナリティ、保呂田直行さんは、片山さんがSNSに載せていた「一緒に飲んでいた社長仲間」が石井さんだったと気づき、その場でゲスト出演が決まった経緯を明かします。
MBAの卒業論文が、そのまま今の事業になった
片山さんが特に鮮明に覚えているのが、石井さんのMBAの卒業プレゼンでした。テーマは「オンライン診療でどう医療を変えるか」。当時はまだオンライン医療が存在しない時代の発表でした。
じゃあMBAの卒業のプレゼンがそのまま今の事業に展開されちゃってるってことですか?
石井さんによれば、「オンライン診察」という言葉ができたのは2020年以降です。当時は「遠隔医療」と呼ばれ、法律もまだ認められていませんでした。すぐには実現できなかったものの、環境が整えばこういうサービスが立ち上がるはずだ、という内容を2013年3月に発表したといいます。
会社名の「ネクイノ」は、「ネクストイノベーション」から来ています。卒業後、石井さんは事業立ち上げと並行して、MBAの卒業生4〜5人でコンサル事業もやっていました。
そのコンサル事業では、後半に大きな企業の中期経営計画づくりを担当したといいます。当時「10年後にはこうなっている」と描いていた内容が、今まさに答え合わせの時期を迎えていると石井さんは話します。
当時のクライアント聴いたら怒るな。人のお金で事業のリサーチやって、人の金を集めて事業をやって、で、今自分で走ってるっていう。
お医者さんが専門能力を使う時間は、たった17%
石井さんは薬学部を出て薬剤師の免許を持ち、新卒から製薬会社でMRとして働いていました。MR ── Medical Representativeの略。製薬会社の営業担当者で、医師などに医薬品の情報を提供する仕事その現場で感じた課題を大学院に持ち込み、「お医者さんはなんで忙しいのか」を研究テーマにしました。
研究の結論は、意外なものでした。お医者さんが専門的な能力を使えている時間は、勤務時間の17%ほどしかないというのです。専門医としての判断や執刀など、その資格でしか担えない仕事に使えている割合が、それだけ低かったといいます。
残りの83%は、処方箋を書く、患者家族へ説明する、書類を作る、カルテに打ち込む、といった作業でした。石井さんは、お医者さんに1日張り付き、ストップウォッチを4つ持って、どの時間に何を使っているかを計測したといいます。
この83%を掘り下げると、行き着いたのはコミュニケーションの課題でした。ここを解決すれば、先生が先生らしい仕事に使える時間を増やせる。それを解決する事業を作りたい、というのが論文の柱になりました。
なぜ技術ではなく、コミュニケーションを選んだのか
片山さんは、当時このプレゼンが強く刺さったと振り返ります。日本の医療は技術力が高いと言われるのに、患者の満足度は低い。その矛盾の答えが、83%問題に入っているのではないかと感じたといいます。
これは技術の問題じゃなくて、コミュニケーションの構造の問題だっていう風に定義してたのがすごい面白かったなって思う。
医療は公定価格のため、ラーメン店のように価格で行列をコントロールするような民間のマーケティング手法が当てはまりません。だからこそ、待たされる不満や、診察室での対面時間の短さといった課題が残り続けます。
石井さんは、医療者側が頑張れる余白はほとんど残っていないと指摘します。ストップウォッチを持って現場を見た感覚では、患者側が準備をしたほうが、結果的に満足度が上がるといいます。だからコミュニケーションの側に張ると決めたのです。
技術やテクノロジーに振ると、最後は大きな会社が勝ってしまう、というのも理由でした。AppleやGoogleが手がける領域の延長線上に必ずいる。一方で、医療コミュニケーションの領域に彼らが入ってくるのは最後だろうと考え、そこを先に取りにいったといいます。
最初はフルボッコ、それでも「まず食べてみて」で理解者を増やす
サービスを立ち上げる前、お医者さんたちの反応は厳しいものでした。「そんな医療じゃない」「俺たちの医療はそんな簡単じゃない」と、多くの先生から反発を受けたといいます。
石井さんは、師匠の「お客さんは知らないことを知らない」という言葉を紹介します。20年前の自分にLINEを説明できないのと同じで、前もって理屈で説明しても伝わらない。だから「とりあえず食べてみてください」と出したのが良かったと振り返ります。
実際に参加した先生に聞くと、評価は反転しました。「これは素晴らしい」「俺らがやりたかったのはこういうことだった」という声に変わっていったといいます。
この過程を、石井さんはマーケティングのセグメンテーション ── 市場を一定の基準で小さな塊に分けること。どの層を狙うかを絞り込むためのマーケティングの考え方で説明します。33万人いる医師を一つの塊として見れば反発される。しかし問題ないと考える層をすくっていくと、そこに婦人科があったのです。
外来でピルを出す領域は、海外ではドラッグストアで売っている薬もあり、専門家がいらないのではと考える医師も多い領域でした。だからここに出すと先生たちも「全然いいじゃん」となった。もし肺がんの治療をオンラインでやると言っていたら、反発は桁違いだったはずだと石井さんは言います。
7500万を集めて死にかけた会社を、2ヶ月で立て直したピボット
今のスマルナに至る道は、一直線ではありませんでした。同じオンライン診察の仕組みをベースに、最初は薄毛やEDなど男性向け・性別を問わない領域から立ち上げていたのです。
7500万円を集めて回したものの、利益が出ず、会社は死にかけました。石井さんは「多分早すぎた」と当時のマーケットを振り返ります。
転機は、インターンの女性がもたらしました。看護大学に通う彼女は、自分も生理がつらかったが、看護大学でピルの存在を知ったといいます。「欲しい人がいっぱいいるんじゃない?オンラインに載せない?」という一言でした。
死にかけた状態から、石井さんは「2ヶ月でリリースするぞ」と動きます。当時の男性向け・アレルギー向けのブランドをリメイクして作り直したのが、スマルナでした。
なんで男性で石井さんみたいな方が女性向けのサービスなんだろうっていうところはずっと引っかかってたところがあったんですけど。
女性向けはロードマップの中にはあったものの、本来は男性向けを立ち上げた後で乗せるつもりだったといいます。やむを得ず先に出したところ、大ヒットにつながりました。
薄毛・EDなど男性向け・性別を問わない領域で立ち上げ、7500万を集めるも利益が出ず会社が死にかけた
インターンの一言をきっかけに、2ヶ月で女性向けの「スマルナ」にリメイクして大ヒット
200人ヒアリングが見つけた「2つのペイン」
スマルナを作るとき、石井さんはインターン1人の声で決めませんでした。彼女の友達、その友達の友達を紹介してもらい、約200人(外では180人と話すこともあると本人は言います)にヒアリングをしたといいます。
2018年に30半ばのおっさんが20代の女性に喫茶店でピルと生理の話教えてください。考えらんないでしょ。
石井さんは、自分のように課題とインターフェースが合っていない人は、走り出すまでに相当な準備をしないと走れない、と話します。ここでいうインターフェースとは、見た目や空気感のことです。
もし自分が同世代の女性だったら、その問いを立てる前に事業を走らせてしまう。それはブランドの仕切りが浅くなりがちだと石井さんは指摘します。知らないからこそ、準備に時間をかけられたということです。
ヒアリングで見えたペインは2つありました。1つ目は、生理の予定日を過ぎても生理が来ないときの不安です。多くのサービスはここで終わり、ピルを届けるサービスになります。
石井さんが見つけたのは、もう1つのペインでした。パートナーに「予定日を過ぎたけどまだ来ていない」と相談すると、ほぼすべての男性が「気にするなよ、すぐ来るやろ」と返す。これで女性は2回目に傷つく、というのです。
私のことを気にしてくれてないんだ。
だからスマルナは、機能面の「オンライン診察でピルが届く」だけにブランドの軸を置かず、パートナーシップまで含めた課題解決までやらないと社会実装は進まない、という作り方をしたといいます。
倫理が信頼になり、信頼が速度になる
片山さんは、石井さんの一貫した「素直さ」が、深掘りにもブランド構築のプロセスにもつながっていると振り返ります。誠実でなければならないのだと、話を聞いて改めて感じたといいます。
石井さんは、医療サービスはお金儲けが簡単だと言います。「水で病気が治る」「椎茸でがんが治る」といった悪い方向に行けば儲けやすい。むしろ正しくやるほうが難しく、儲からないからこそ、正しくやることが大事だと話します。
石井さんは、遠回りに見えても、正しくあることがブランドを積み上げるために逃げてはいけない場所だといいます。片山さんはこれを、倫理・信頼・速度という順番で整理しました。
正しくあることが信頼を生み、その信頼が次の扉を開けるスピードを上げる。だから遠回りに見えても正しくあることが結局最も早いルートになるというのが、この回の中心にある考え方です。
さらに石井さんは、生き残ったときには後から来るプレイヤーが追いつけない差ができていると付け加えます。マーケットが立ち上がってしまえば、その時間はもう追いかけられない。ブランドは2次関数的に成長するというのが石井さんの見立てです。
倫理
正しくあることを選ぶ
信頼
正しさが信頼を生む
速度
信頼が次の扉を開けるスピードを上げる
差
生き残ると後発が追いつけない差になる
信頼はSNSで可視化される。口コミが広告費を消す
スマルナへの信頼を、石井さんはSNSで実感すると話します。2018年当時はTwitterの反応が最も良く、医療サービスのブランド名がSNSに上がったのは、知る限り自社が初めてではないかといいます。
ユーザーが投稿し、他の人がフォローして「何それ、どこでもらえるの?」とツリーが広がっていく。作り手として嬉しい体験だったと振り返ります。ネガティブな声もあり、それは先生にフィードバックして品質向上につなげているといいます。
口コミで広がれば、広告費はほとんどかかりません。石井さんは、スターバックスで大学生4人が友達にスマルナを勧めているのを見かけた2019年のエピソードを紹介します。
もう俺、ユーザー獲得コスト分でみんなにコーヒー奢ろうかと思った。
もっとも、代表本人が名乗り出るわけにはいきません。「僕がその代表なんですって言ったら気持ち悪いってなる」と、その場では言えなかったと笑いを誘います。友達が勧めてくれる口コミの信頼感こそが、広がりの核でした。
最後に石井さんは、師匠の言葉として、人がSNSに書き込むのは期待値を大きく上回ったときか、大きく下回ったときだけだと紹介します。自社のサービスが期待値の上にあるかを常にモニタリングしないと、ブランドは上がらないというのです。
まとめ
MBAの卒業論文から始まった一貫した問題意識が、どうスマルナというブランドに結実したのかが語られた前編でした。倫理・信頼・速度という順番と、200人のヒアリングに支えられた準備の深さが、その核にありました。
- お医者さんが専門能力を使えている時間は17%で、残りの多くはコミュニケーションの課題だった
- 技術ではなくコミュニケーションに張ったのは、大手が最後に入ってくる領域だと見極めたから
- 男性向けで死にかけた会社を、インターンの一言をきっかけに2ヶ月で女性向けのスマルナに立て直した
- 約200人のヒアリングから、生理の不安とパートナーの反応という2つのペインを見つけた
- 正しくあることが信頼を生み、その信頼が速度になり、後発が追いつけない差につながる






