スマルナの名前は、なぜ4文字なのか
後編ではまず、婦人科系オンライン診療サービス「スマルナ」のネーミングとロゴ設計が話題になりました。保呂田さんは、生理周期を扱う既存サービス「ルナルナ」と母音や響きが似ていることに注目し、どんな意図で名称を設計したのかを尋ねます。
石井さんによれば、スマルナの前に「スマート診察室」を略した「スマ診」というサービスがあり、そこから女性向けだけを切り出す形で生まれたのがスマルナだと言います。
女性関連のワードをくっつけてきて。4文字ってやっぱりパワーワードなんですよ。3か4っていうのが当時スタートアップの、特にSaaS系の流行りがあったので。
石井さんは、ロゴの作り方にもこだわったと話します。スマルナは「SU」でも「SMA」でも表記でき、どちらがロゴとして映えるか、アプリのアイコンとして並んだときにどう見えるかまで含めて設計したそうです。
スマホのアプリとして出てくる時に、このアプリの画面がどうなのかみたいなところまで入れて作った方がやっぱりうまくいったらいいよね。
保呂田さんは、社長自らがそこまで考え、言語化して人に伝えられることの大切さを指摘しました。石井さんは、スタートアップは数人しかいないため、みんなで考えないと進まないのだと応じています。
病院に行ったことがない人から始まった、ユーザーの積み上がり
話題は、スマルナが累計130万ダウンロードに至ったユーザー層の広がりへ移ります。中島さんが、利用者はどんな感覚になるのかと尋ねると、石井さんは最初のユーザーは病院に行ったことがない人が多かったと明かしました。
石井さんはこの広がりを、本屋の例えで説明します。本屋で本を買える人がAmazonに移るのではなく、そもそも本屋に行っていなかったが本は欲しかった層が最初に来た、という順序です。
ピルに興味があったけど、ハードルが高かった人たちが作ったのが第一集団。で、これがグルって回り始めると、病院に結構行ってるんだけど、めんどくさいって人が流れ込んでくる。
当時の日本ではピルの常用率が課題でした。石井さんによると、2018年のサービス開始時、対象人口のうち常用していたのは2パーセントほどで、海外の3割前後と比べて大きな差があったと言います。
アメリカにいる23歳の女性と日本の23歳を比べた時に、同じようにデニム履いて、マクド食って、映画館に行って、パートナーは大抵1人で。同じようなライフスタイルをしているのに、ピルの普及率が10分の1って絶対おかしいよね。
石井さんは、この差の正体をコミュニケーションの課題だと捉えていました。コミュニケーションの課題が解決すれば、普及率は10パーセントほどまで届くのではないか。それが2018年当時に抱えていた問いだったと語ります。
婦人科が「行きづらい」のは、構造の問題だった
中島さんは、婦人科に行くハードルの高さを自身の実感として語ります。行っても先生が事務的で、嫌な思い出になり、婦人科に行くのが嫌になることがあると話しました。
石井さんは、これを個人の問題ではなく構造の問題だと説明します。医療を提供する側は努力しているという前提の上で、産婦人科という場には産みたい人、産みたくない人、困っている人が同じ空間に居合わせることが体験を損ねている、という見立てです。
ケガして病院行ったとか、風邪引いたらみんな健康になろうぜっていう人たちしかいないでしょ。だけど、ベクトルの違う人たちが同じ空間に介在しているっていうのが、顧客体験を損ねている。
中島さんも、妊娠中の検診で大きなお腹の隣に不妊治療の人がいるかもしれない状況を挙げ、その実感に共感を示しました。
石井さんが強調したのは、この構造は医療従事者側を変えなくても動く、という点です。患者側の体験や認識が変わるだけで、壁は取り払われていくと言います。
そしてこの変化は、時間をかけて専門化も生むと石井さんは続けます。マーケットが広がって初めて、不妊治療に特化した病院のような細分化が起きる。マーケットが広がらないと細分化はできないという構造だと整理しました。
病院に行く前の「壁打ち」を助けた無料相談
スマルナが患者側の空気を変える具体策として、石井さんはアプリ内の無料相談を挙げます。薬剤師や助産師が基本的に24時間対応する仕組みを立ち上げ当初から作っていたそうです。
この相談は、病院でうまく話せないという中島さんの悩みに直接応えるものでした。ユーザーは事前に助産師や薬剤師に、病院で何を話せばいいかを壁打ちしてから受診するのだと言います。
うちのユーザーさんは事前に助産師さんとか薬剤師さんに、病院行って先生に何を話したらいいですかって壁打ちしてるんです。
保呂田さんは、これを現在のAIが構造化データを作る役割に重ねました。助産師が利用者を助け、整理された情報を医師に渡せる道筋を作っていた、というわけです。石井さんはこれをコミュニケーションの設計だと言い切ります。
相談内容はピルや診療にとどまらず、パートナーとの関係にも及んだと言います。実体験をもとに提案し、時には別れを勧めることもあったと石井さんは明かしました。
こうした積み重ねの結果、サービス開始時に2パーセントだったピルの常用率は10パーセント弱まで届き、7〜8年でマーケットは5倍になったと石井さんは語ります。ただしそれは自分だけの成果ではなく、多くの医師のおかげであり、自分はきっかけを提供しただけだと補いました。
「わからない」を、わかること
女性の悩みが解決すると生活の自由度が変わる、という中島さんの言葉を受け、石井さんは時代の変化を挙げます。試験日に生理をずらす話がテレビのニュースで流れ、産みたい時に産むための避妊を会社がトレーニングする時代になった、と語りました。
試験の日に生理ずらしていきましょうみたいな話も。あんなの10年前じゃ絶対ありえない。
保呂田さんは、男性の立場からPMSや妊娠・出産のつらさを本質的には体験できないと率直に語ります。情報として理解しようと努力はできても、本当にわかることはできない、と認めました。
中島さんは、わかろうとする姿勢だけでも女性の心の持ちようは変わると応じます。石井さんは、そうした姿勢を受け入れる社会を「優しい社会」と表現しました。
トイレの個室に生まれた「トレルナ」という優しいインフラ
続いて話題は、もうひとつの4文字サービス「トレルナ」へ。石井さんは、女性用トイレの個室に画面とナプキンのディスペンサーを置き、必要な人がアプリをかざすと無料でナプキンが出てくるサービスだと説明します。2023年から事業として展開しています。
設置場所は学校、駅、商業施設などのパブリックトイレで、すでに日本全国で約6000台の設置が終わっているそうです。保呂田さんが見たことがないと言うと、石井さんはそれで正解だと返しました。
なぜ個室にこだわるのか。石井さんは、着座してから気づく状況では、一度戻して外に取りに行く体験は良くないと説明します。だからその場で1枚引き出せることが重要だ、というわけです。
なんで個室なの?って言われるんですよ。でもこれ、女性の心理でいうと、着座してズボンを下ろした時に、あってなるんですよ。だからその場で1枚引き出せるってことがすごく大事。
利用者からは「めっちゃ助かった」「作ってくれた人神」といった反響が寄せられていると石井さんは語ります。トイレットペーパーを巻いて挟み、ドラッグストアに走って買いに行くという体験こそがトレルナの出発点だと補いました。
なぜトイレ内広告は、これまで成立しなかったのか
トレルナには、利便性だけでなくブランディングの狙いも組み込まれています。石井さんは、トイレの個室はやることがなく、サイネージがあれば95パーセントを超える人が見てくれるため、ブランドを覚えてもらえると説明します。
保呂田さんは、トイレ内広告が接点として正しいことは広告業界で昔から言われてきたが、正しく実践できた企業はほとんどなかったと指摘します。石井さんもそれを認めました。
石井さんは、なぜ成立しなかったのかを構造から分析します。従来のトイレ設置サービスは、館側が「儲かっているなら置かせてやるから金を払え」という立場から始まるため、そのコストが利益を圧迫し、事業として成立しなかったと言います。
そこで石井さんは発想を逆転させました。あなたのところに来るお客さんの困りごとを我々が解決するから、タダで置かせてくれるよねという起点に立つことで、設置コストが最小化され、広告単価を上げなくても回るようになる、という設計です。
さらに石井さんは、仕組みそのものを丁寧に説明します。人感センサーで全員に広告が視聴され、ナプキンが必要な人はアプリのQRコードで別に取り出せる。両者はつながっていない設計です。
トイレに行って座ってくれる人は、明日来るナプキンがなくて困ってる人を助けてる。そこに座ってるだけで。
トイレという空間が持つ、特別なコミュニケーション力
石井さんは、トイレという空間の特別さを自身の体験からも語ります。子どもに活字を読ませたくて、トイレに短くまとめた落語などのコラムを貼っておくと、勝手に読んでくれるのだそうです。
さらに石井さんの会社には「鬼の十則」という決まりがあり、着座して必ず目に入る位置に貼ってあると言います。ただしその中身は、厳しい十則の真反対だと明かしました。
何分に1回ぐらい肩回さないと肩凝るぞとか、黙って仕事ばっかりするな、みんなとワイワイガヤガヤやれよとか、そういう厳しい十則の真反対を作ってやってるんです。
石井さんは、トイレは外から遮断されず、自分と向き合う空間だからこそコミュニケーションに向いていると整理します。用を足すだけで必要な人を助けられるという言葉に、中島さんも嬉しくなったと反応しました。
男性向けサービスへの応用も話題になりました。男性は小と大で個室が分かれ効率化が難しいなど最適化の課題が残るものの、認知が進んだ今は館側から設置料をもらう方向へ少しずつシフトしていると石井さんは語ります。
「#仕方なくない」——渋谷109前から始めた社会運動
話題は社会運動「#仕方なくない」へ移ります。石井さんによれば、コロナ禍のさなかに企画・実装したもので、避妊だけでなく、学校・職場・親子関係など世の中の当たり前を問い直す取り組みだったと言います。
この言葉自体が、何度も議論を重ねて生まれたものでした。石井さんが「揉んで揉んで揉んで」と繰り返したことに、保呂田さんと中島さんが笑いを差し込む場面もありました。
石井さんは、自社のブランド内だけで課題解決を目指すと最大化できないため、一般化された同じ構造の課題をまとめて動かす方が大きなことができると考えたと語ります。だからこそ避妊や整理の話だけに閉じなかったと言います。
具体的には、課題を持つ各企業に旗を持ってもらい、自分たちの業界や商習慣のおかしさを問い直す取り組みを2019年から21〜22年ごろまで展開したそうです。仕方ないと諦められがちなものを、解決できるはずだと捉え直す運動でした。
保呂田さんは、コロナで始業式ができなかった近隣の小学校に、撮影業務が飛んだ自分たちが出向いてオンライン始業式を実現した経験を語り、石井さんは「それが仕方なくないだと思います」と応じました。
石井さんは、こうした取り組みの意思決定をした校長を評価します。やらなければプラスマイナスゼロだが、やれば失うものもあるかもしれない中で決断した点に価値がある、という見方です。
運動の発信場所として渋谷を選んだのも計算のうちでした。当時ジェンダーの考え方が渋谷に集約されていたため、街をジャックし、109の前でチラシを配ったと石井さんは語ります。
丸の内でやったら怒られると思うのよ。空間をどこに使うかってやっぱり大事で、コミュニケーションなので。
社会全体の取れ高に賭ける、というKPIの置き方
中島さんは、社会を変えることは良い一方で、会社の利益から離れていないかと問いかけます。石井さんは、利益は出さなければならない前提だと断りつつ、この領域で戦うと決めたなら別の指標を置いてよいと答えます。
石井さんは、自分たちの中だけに閉じず、多くの人を巻き込んで世の中を変える方が面白いと語ります。片山さんが、資本主義のOSの中で生きる以上そうは思えないと率直に返すと、石井さんは母校のモットーを引き合いに出しました。
石井さんが挙げたのは、母校のスクールモットー「Mastery for Service(奉仕のための練達)」です。勉強するのは社会に貢献するためだという考え方を、素直にそのまま実践しているのだと語ります。
この思想は、採用にも効いてくると石井さんは言います。志を持った優秀な人が、お金儲けだけでなく面白いことに数年を投じたいと思ってくれる。人がやらないからこそ取れ高が大きい、という考え方です。
年収が半分になっても、5年間ここでやった面白いことがその人の市場価値を高めた方がよくねっていう口説き方ができる戦い方をしてた方が面白い。
枯れた技術で、多くの人を巻き込む
外資系のトップMRから起業へ進んだ石井さんに、片山さんはテック系スタートアップでソーシャルイノベーションまで起こす転身への疑問を投げかけます。すると石井さんは、実は自社はあまりテックを入れていないと明かしました。
石井さんが使うのは「枯れた技術」だと言います。最新技術ではなく、10年ほど前に流行り誰でも扱えるようになった技術しか取り入れていないのだそうです。
新しい技術はボラティリティが大きかったり、扱える人が少なかったり、見えてない穴がたくさんあったりする。だから枯れた技術を使った方が多くの人を巻き込める。
だからこそ、石井さんは力点をテクノロジーではなくコミュニケーションに振ってきたのだと片山さんは整理しました。
スマルナがなくなる世の中を、本気で目指す
最後に、石井さんは自らのサービスの終焉について語ります。皆が普通に産婦人科に行き、ピルを扱う医師が増え、オンラインでピルをもらわなくてよい未来が来たら、それでいいと言い切ります。
片山さんは、資料に「スマルナがなくなる世の中を作りたい」とあったことに触れ、複雑な気持ちにならないかと尋ねます。石井さんは、商売を諦めているわけではないと答えました。
石井さんの根拠は自信です。それだけ深く顧客とコミュニケーションを取れたなら、まだ見えていない課題も捕まえられ、同じチームで別の事業として解決できるはずだ、という考えです。
これは商売を諦めてるわけじゃなくて、それだけお客さんのニーズをつかまえる事業が作れたんだから、同じことをやろうと思ったらまたできるでしょっていう自信。
そして石井さんは、ビジネスモデルはいつか終焉を迎えるものだと捉えます。30年のサイクルを10年に加速できれば、社会実装を20年早めたことになる、という見方です。
ブランディングは、経営者自身の言葉から始まる
後編を締めるコーナー「ナカジマノート」で、中島さんは石井さんのピュアさと、困っている消費者への誠実さを気づきとして挙げます。こうした人格で選択をする代表がいる会社が増えればいい、と語りました。
片山さんは、これこそブランディングの核だと受けます。中小やスタートアップでは、CEO自身がブランディングのコアの大部分を占めることが多いのに、ブランディングと聞いた瞬間「自分に関係ない話」というモードになる経営者が多いと指摘しました。
ブランディングっていうワードを出した瞬間、俺に関係ない話やみたいなモードを出されることが結構あって。
片山さんは、経営者自身が情報発信すること自体がブランディングのコアであり、インナーブランディングを外へアウターブランディングとして発信させる活動の中心になると語ります。だからこそ、どの中小企業でもそこに意識を持ってほしいと訴えました。
中島さんは、石井さんの話そのものがネクイノのブランディングになっていると振り返り、前編・後編の対話を締めくくりました。
まとめ
後編は、スマルナのネーミングからトレルナ、社会運動「#仕方なくない」までを通じて、石井健一さんが一貫してテクノロジーではなくコミュニケーションに力点を置き、社会全体の取れ高に賭けてきた思想が語られました。優しい社会は、きれいごとではなく構造として設計できるという姿勢が全体を貫いています。
- スマルナの名前は「スマ診」から派生し、4文字とアプリでの見え方まで含めて設計された
- 婦人科の行きづらさは構造の問題で、患者側の意識が変わるだけで壁は取り払われていく
- トレルナは、トイレ内広告が成立しなかった構造を逆転させ、座るだけで人を助ける仕組みにした
- 枯れた技術で多くの人を巻き込み、社会全体の取れ高をKPIに置くことがブランドの核になる
- ビジネスモデルの終焉を早めることは社会実装を早めること。スマルナがなくなる世の中を本気で目指す





