4つ目の軸「挑戦者であり続けるためのF1」
前回、片山さんはF1に参戦する企業を3つの型で整理していました。歴史の維持、未来の証明、効率の最適化の3つです。
ただ、そのどれにも当てはまらない企業が1つありました。それがホンダです。
片山さんは、ホンダには第4の軸があると話します。それが「挑戦者であり続けるためのF1」という考え方です。
保呂田さんは、白黒の映像で本田宗一郎さんがレースに出るぞと語るドキュメンタリーを見た記憶があると振り返ります。
昔の白黒の映像で、本田宗一郎さんが車作って、そういうレースに出るぞみたいなドキュメンタリーを、どっか見たことがある記憶ぐらいで止まってます。
片山さんは、そのスピリットが今も続いていると応じます。F1に参入することで、挑戦の姿勢を社内に植え付け続けているという見方です。
2026年、F1のルールが大きく変わる
平野さんが調べたところ、2026年シーズンからF1のルールが大きく変わることが多く図解されていました。キーワードはパワーユニット規制です。
片山さんによると、今のF1の動力はエンジン単体ではなく、エンジンとモーターを組み合わせたパワーユニット ── F1における動力の総称。内燃機関のエンジンに電動モーターやエネルギー回生システムを組み合わせた複合的な動力装置を指すと呼ばれるものです。
2026年からは、そのエンジンと電動モーターの出力比率を50%ずつにするというルールになります。走りながら充電し、エネルギーを回生する複雑な仕組みだと説明されています。
さらに、100%持続可能燃料の義務化も加わります。いわゆるカーボンニュートラル燃料 ── 燃焼時のCO2排出を、原料の生成過程などで相殺し、実質的な排出量をゼロとみなせる燃料。廃棄物や植物などを原料とする合成燃料が代表例を使わなければなりません。
平野さんは、環境にはよくても開発コストがさらにかかるはずだと指摘します。片山さんも開発コストは上がるはずだと同意しました。
3つ目の変化として、シャーシとパワーユニットの一体開発の重要性が増します。単にエンジンを供給するのではなく、チームと密接に連携しないと勝てない時代になっていくといいます。
保呂田さんは、シャーシ ── 車の骨格となる車体部分。エンジンやサスペンションなどを取り付ける土台にあたる構造体をミニ四駆の下の台座に例えて理解を確認しました。
片山さんは、2026年はF1業界でも大きな変動が起きる大転換点だとまとめます。
撤退表明から続いたレッドブルとの関係
ここで片山さんは、レッドブルとホンダの経緯を整理します。2021年、ホンダは一度F1からの撤退を表明しました。
当時、レッドブルは自社でパワーユニット開発を進める方向を持ち、レッドブル・パワートレインズを設立します。ただ実質的には、ホンダが後方支援を2025年まで続けており、実質はホンダだったといいます。
表舞台からは退いた形ですが、翌年からはレッドブルへ技術提供という形で関わってきました。
その後の数年間、レッドブルはマックス・フェルスタッペン選手を擁して4年連続で世界チャンピオンになり、圧倒的な強さを誇りました。裏方としてはホンダにとって非常にうまくいっていた状態です。
裏方としてかもしれないけども、うまくいっているんですよね、ホンダとしてはめちゃくちゃ。
なぜ勝ち続けるレッドブルと組み続けないのか
平野さんは、そこまでうまくいっているのに、なぜ2026年から関係が変わるのかと問います。普通なら裏方でもレッドブルと組み続ける発想になりそうな状況です。
片山さんは、両者の方向性が違うと説明します。レッドブルは、エンジンを供給されている状態を自分たちでコントロールできない危険な状態だと考え、自立したいと考えています。
ここで保呂田さんが、飲料メーカーであるレッドブルがなぜエンジン開発をできるのか、という疑問を投げかけました。この点は別の機会に取り上げたいテーマとして、一旦保留されています。
一方でホンダは、1つのチームに集中したいという考えです。平野さんは、これだけの技術があるなら複数チームに提供してもよいのではと尋ねます。
片山さんは、複数チームに提供するといろいろな要望を聞く必要があり、1チームに特化したほうが勝てる可能性が高くなると答えます。
このチーム用にこういう風に技術をとんがらしていった方が、勝てる可能性が高くなるわけじゃないですか。いろんなチームに提供してると、いろんな要望を聞かないといけない。
だからこそホンダは、シャーシとパワーユニットを一体開発できるワークス体制 ── メーカーが特定のチームと一体になって車を開発・運営する体制。単なるエンジン供給とは異なり、開発の初期段階から深く関与するで、集中できる環境を求めました。それがアストンマーティンだったといいます。
なぜ優勝経験ゼロのアストンマーティンなのか
保呂田さんと平野さんが最も気になったのは、なぜアストンマーティンなのか、という点です。マクラーレンやウィリアムスといった選択肢も理論上はありました。
片山さんによると、ホンダは2015年から2017年にマクラーレンと組んでいましたが、その時期は全然うまくいかなかったといいます。ただ、当時とは状況が違うため、復縁の可能性も理論上はあったと補足します。
そのうえでホンダが選んだのは、2021年に参戦を開始したアストンマーティンでした。オーナーはローレンス・ストロールさんで、息子のランス・ストロールさんがドライバーの1人を務めています。
どんな成績なんですか?
優勝経験はゼロです。
保呂田さんは、優勝経験ゼロという事実から「だから挑戦なんじゃないの?」と反応します。片山さんもそれを肯定し、ここがこの回の核心だと示されました。
株主にどう説明するのか、経営としての葛藤
F1のパワーユニット開発には、年間およそ150億円から200億円かかると片山さんは述べます。これを広告費としてROI ── Return On Investmentの略。投資に対してどれだけの利益が得られたかを示す投資対効果・費用対効果の指標で説明するのは難しい金額です。
ホンダの経営陣は相当悩んだはずだと片山さんは想像します。レッドブルと組むなら株主にも説明しやすいからです。
優勝経験ゼロのチームに年間2百億円投資します。株主総会でどう説明すんねんって。
保呂田さんは、それでもここは挑戦なのではないかと重ねて問いかけます。片山さんは、この決断には3つの理由があると整理していきます。
決断を支えた3つの理由
片山さんが挙げた1つ目の理由は、アストンマーティンの本気度です。オーナーのローレンス・ストロールさんが巨額の投資をしています。
具体的には、イギリスのシルバーストーンに最新鋭のファクトリーと風洞 ── 車体に風を当てて空気の流れを測定する実験施設。F1では空力性能の開発に不可欠な設備とされるを新設しました。規模は数百億円規模だといいます。
さらに、天才デザイナーと呼ばれ、もとはレッドブルにいたエイドリアン・ニューウェイさんを引き抜いています。片山さんは、これだけ投資している姿勢を見て、ホンダが「こいつ本気や」と思えたと語ります。
2つ目の理由はワークス体制です。ホンダはパワーユニットを独占供給したく、アストンマーティンはそれを受け入れました。
アストンマーティンの前のパートナーはメルセデスでしたが、メルセデスは自社チームを優先するため、供給されるチームはどうしても顧客扱いになります。ホンダとなら対等なパートナーになれる、という関係性の違いがあります。
シャーシ、体の設計の初期段階からパワーユニットの特性を織り込んで一体開発できるっていうメリットがあります。
3つ目の理由は技術思想の一致です。2026年からF1はエンジン出力を抑え、電気モーターの比率を50%まで引き上げ、カーボンニュートラルへ向かいます。
ホンダは2050年のカーボンニュートラルを掲げ、F1で培った技術を市販車に還元したいと考えています。高級スポーツカーメーカーであるアストンマーティンにとっても、電動化とカーボンニュートラルは避けて通れず、方向性が合致していました。
勝つための舞台ではなく、挑戦し続けるための装置
3つの条件は揃いました。ただ平野さんは、一番大事な肝は「勝てるのか」だと問います。
片山さんは、正直に勝てるはずはないと答えます。前回整理した3つの型のどれにもホンダは当てはまらず、4つ目の「挑戦者であり続けるためのF1」に位置づけられます。
仮にレッドブルと組み続ければチャンピオンになり続けられます。誰も文句を言いません。しかし片山さんは、それでは挑戦ではなくなってしまうと指摘します。
成功が続くと、組織は「これでいい」と思い始めます。片山さんは、成功はある種、言い訳を生むと表現し、それをホンダが恐れているのではないかと分析します。
平野さんも、うまくいった前例をなぞりたくなるが、なぞっても100%うまくいくわけではないと共感します。あえて困難なほうを選んだ決断だと受け止めました。
F1は組織に言い訳をさせない装置
片山さんは、ホンダにとってF1は「組織に言い訳をさせない装置」だと言い換えます。社内に向けた意味合いです。
F1で本気で戦う技術者の姿があれば、市販車を担当する社員にも「お前ら本気でやってるんか」と問いかけられます。勝ち負けがはっきりする世界だからこそ、緊張感が保たれます。
レッドブル優勝、それに甘えてんじゃねえよ。アストンマーチンと組んでこっちも優勝させちゃおうぜ。難しいからできませんって言えない文化を(作りたい)。
片山さんは、ホンダは組織として、あえて怖さを必要としているのだと語ります。怖くない場所を選んだ瞬間、挑戦者ではなくなってしまうという見方です。
中規模企業だからこそ必要な象徴的な舞台
平野さんは、なぜホンダがそこまでF1にこだわるのか、他の場でもよいのではと尋ねます。片山さんは、企業規模が関係していると答えます。
ホンダの売上は約20兆円で、世界7位前後の自動車メーカーです。ただ、トヨタの約45兆円やフォルクスワーゲンなどの超巨大企業と比べると、自動車業界では中規模だといいます。
片山さんは、中規模企業ほど象徴的な舞台を必要としていると話します。大企業は舞台を相対化でき、F1をやらなくても揺らぎません。
一方、中規模企業は自分を外に置き、「私たちは何者なのか」を常に再定義する必要があります。ホンダにとって、その再定義の場所がF1だったという整理です。
実際、F1をやっていない時期のホンダは「普通の自動車メーカー」というブランド認知になったと片山さんは振り返ります。だからこそF1を手放せず、アストンマーティンと思惑が合致したと語ります。
ブランドは「どこから逃げていないか」で決まる
平野さんは、この話をリスナーにどう投げかけたいかを尋ねます。片山さんは、ブランドとは何をやっているかではなく、どこから逃げていないかだと答えます。
そのうえで、挑戦を続けるために成功を手放す感覚は、なかなかできないと語ります。保呂田さんは、これも本田宗一郎さんのマインドなのではと重ねました。
平野さんは、これはブランディングにおいて、何をやっているかよりも、どこから逃げていないかという視点があるという話だとまとめます。ホンダはそこから逃げなかったからこそ、ブランドの強さがあるのではないかと述べました。
ブランドアイデンティティプリズムで検証する
片山さんは、ここまでの話をブランドアイデンティティプリズム ── カプフェラーが提唱した、ブランドを6つの側面から捉えるフレームワーク。物理的側面・個性・文化・関係性・反映・自己イメージで一貫性を検証するで整理します。ブランドを6つの側面から捉える枠組みです。
6つは、物理的側面、個性、文化、関係性、反映、自己イメージです。片山さんは、レッドブルと組み続けた場合は6つのうち1つしか満たせないが、アストンマーティンなら6つすべてが一致すると分析します。
これが年間2百億円の決断の正体。
まず、レッドブルと組んでいた時に完璧だったのは、外から見える要素です。物理的側面は、4年連続チャンピオンを支えるパワーユニットという測定可能な実績です。
反映、つまり世界が見るホンダのイメージも完璧でした。世界最強チームと戦う技術集団という、広告としては最高の舞台です。
問題は、外から見えない組織の内側でした。文化の面で、ホンダは挑戦そのものが存在理由であり、成功への安住を拒否する文化です。4年連続チャンピオンは成功の継続なので、真逆になってしまいます。
個性も同じです。ホンダの個性は「やってみもせんで何がわかる」という本田宗一郎さんの精神ですが、レッドブルと組み続けると勝者・安定という個性に変わってしまいます。
最も重要なのが自己イメージ、社員が自分たちをどう見ているかです。ホンダの社員は「世界最高峰の課題を解く集団だ」「難しいからという言い訳をしない」と自らを定義しています。
関係性の面でも、レッドブルは2026年からフォードと組むため、ホンダは対等なパートナーからエンジンを供給する顧客へと格下げされてしまう、と片山さんは説明します。
外から見える物理的側面と反映は完璧だが、文化・個性・自己イメージ・関係性が矛盾する
ゼロからの挑戦・情熱・運命共同体・言い訳をしない自己イメージまで6側面が一致する
6側面すべてがそろうアストンマーティン
片山さんは、アストンマーティンなら6側面がどうそろうかを整理します。物理的側面は2026年新規制へのゼロからの挑戦、個性は合理を超えた情熱です。
文化は「やってみもせんで何がわかる」を体現でき、関係性はワークス体制による運命共同体になります。反映は「20兆円規模の企業でも挑戦を選ぶ」という姿勢、自己イメージは「言い訳をしない集団」です。
全てが挑戦者であり続けるっていうことで繋がれてる。で、六つ全部完全一致できるんですよ。
平野さんは、客観的に見れば世界一のチームに携わるほうがよさそうに思えるのに、それが会社にとって最も大事なポイントではない、という点に新しい発見があったと語ります。
保呂田さんはこの構図を、無名からオリックスに拾われて日本一の投手になった山本由伸選手に例え、ゼロから頂点を目指すことのドラマ性を重ねました。
あなたの会社は6分の何か
最後に片山さんは、ブランドアイデンティティプリズムを実際に調べてみてほしいと呼びかけます。そのうえで、自戒を込めた問いを投げかけました。
片山さんは、外から見える成果だけを追いかけて、組織の内側にある文化や社員の自己認識を見失っていないかと問います。
保呂田さんは、ブランディングは外に向けたものだけでなく社内のものも大事だという、番組が最初から言い続けてきたテーマに戻ってくると受け止めました。使うフレームワークが違うだけで、核は同じだという整理です。
まとめ
外から見える成功と、内側のブランドの一貫性は必ずしも一致しません。ホンダがレッドブルを離れアストンマーティンを選んだ決断は、勝ち続けることよりも挑戦者であり続けることを優先した、という視点から読み解けます。
- 2026年のF1はパワーユニットの電動比率50%や持続可能燃料の義務化など、大きなルール変更を迎える
- ホンダはアストンマーティンの本気度、ワークス体制による独占供給、技術思想の一致という3つの理由で移籍を選んだ
- ホンダにとってF1は勝つ舞台ではなく、組織に言い訳をさせず挑戦を続けさせる装置と位置づけられる
- ブランドアイデンティティプリズムの6側面で見ると、レッドブル継続では文化や自己イメージが矛盾し、アストンマーティンなら6側面がそろう
- ブランドは何をしているかではなく、どこから逃げていないかで定義されるのではないか、という問いが残る





