まだ名前のない番組、緊張の第1回収録
この番組は、まだタイトルが決まっていない状態で収録されました。北山乃理子さんは、いくつかのPodcastを「勉強しなきゃ」と聞いてから収録に臨んだと話します。
そのためか、冒頭のタイトルコールがやや硬い雰囲気になったといいます。聞き手の湯浅章太郎さんも、自身が関わってきた番組の中では珍しくカチッとしていると指摘します。
僕がやってきた番組の中では、カチッとしてますね。でもいいと思います。結果、楽しい番組になればいいなと。
北山さんは、どのくらいの硬さが自分にとって心地いいかも含めて、続けながら探していきたいと話します。
二回目からダラダラ始まるかもしれないけどね。緩急つけていくのが大事ですから。
どんな人に届けたい番組なのか
この回のテーマは、まだ名前のない今の状態で、北山さんがどんな人に向けて何を伝えたいのかを語ることです。番組はビジネス心理学の要素を用いる予定だといいます。
北山さんは、私たちは淡々と生きているようで、実際には落ち込んだり嬉しかったりと、さまざまな心の仕組みに動かされていると話します。
ところが会社では「感情を出してはいけない」という風潮がある。その狭間で違和感を抱える人に向けたいといいます。
病院行くほどでもないし、仕事辞めるほどでもないし、誰かにしっかり相談するほどでもないんだけど、ちょっと聞いてよ。そんなのを集めて皆さんにお届けしたい。
湯浅さんは、自分が30歳の頃にこそ聞きたかった番組だと反応します。
俺これ30ぐらいの時に聞きたかったな、このポッドキャスト。
30代前半の「このままでいいのか」という違和感
北山さん自身も、30歳から31歳の頃に「このまま20年、25年働き続けるのか」とふと絶望した瞬間があったと明かします。
仕事の成果は出ていて、周りの信頼や評価もついてくる。リーダー的な役割も見えてくる。それでも「このままいけるのか」という違和感があったといいます。
一見、仕事で成果も出ているし、周りからの信頼や評価がついてきて、仕事も大きくなっていく。でも「このままいける、私」みたいな。
当時の北山さんは、癒しや優しい言葉を素直に受け取れなかったと振り返ります。受け取ったら頑張り続けられなくなる気がして、必死にビジネス書を読んでいたといいます。
湯浅さんも、サラリーマン時代は「もっと楽したい」と思いつつ頑張っていたと話します。心地よい形で社会にハマれないかと考えながら、答えは見つからなかったといいます。
このまま走り続けるのは無理だから、どこかで何かを変えないといけない。でもそのやり方は全然わからんし、転職とか、わかりやすいものに思考がすぐ行っちゃってた。
湯浅さんは5回ほど転職を重ねましたが、うまいやり方は最後までわからずじまいだったと語ります。
「できない自分」を証明してしまう思考の癖
湯浅さんは、地方で生き方を変えるとハッピーになる人が多いと気づき、7年前に独立しました。交流会やコミュニティを作る中で、集まるのは30代が多かったといいます。
Facebookの友達が2600人ほどいる湯浅さんの実感として、30歳前後で人生を見つめ直し、このままは難しいと感じている人はかなり多いと話します。
「でしょう」じゃない、それはもう、僕からしたら。実際いる。
話題は、成果が出ているのに自分を認められない心理へと移ります。周りが認めて昇格させるのに、本人だけが自分を認められない状態です。
北山さんは、これを思考回路の癖だと説明します。「自分はできない」というフィルターがかかると、脳はできなかった証拠ばかりを集めてしまうといいます。
自分はできない人であるっていうフィルターをかけた瞬間に、脳は「やっぱりできてない」という証跡をすごく集めるんですよ。
だからこそ、自分がよく使う思考回路の癖を知り、それが発動していることに気づくだけで人生は変わると北山さんは話します。
最近ずっと失敗し続けてる気がしてるだけで、これは自分がそう見ようとしてるから見てるだけかも、と気づけた瞬間に別の道が開ける。
フィルターがかかる
「自分はできない」という前提が心に生まれる
証跡を集める
脳が失敗やできなかったことばかりを拾い集める
癖に気づく
自分がその思考回路を使っていることを客観視する
別の道が開く
見方が変わり、気持ちが軽くなって違う行動ができる
ただし、気づいた瞬間にすぐ手放せるわけではないといいます。北山さん自身も環境やプレッシャーが変わると、また同じ思考回路にはまると認めます。
私もはまりながら、みんなと一緒に抜け出したいな。
大阪からエンジニア、そしてコンサルへ
ここからは北山さんの経歴が語られます。大阪生まれですが、父親が転勤族で全国を転々とし、関西弁は話せなくなったといいます。
大学を関西で過ごし、就職を機に東京へ。最初は国内のSIerでアプリケーションエンジニアとしてキャリアを始めました。
しかしそこで、人には向き不向きがあり、越えられない壁があると気づいたといいます。営業に異動し、新規事業開拓なども経験してSIerに9年ほど在籍しました。
エンジニアで挫折を味わったため、次の部署では「ここでやらないと居場所がない」という不安もあったと明かします。
ここでやっていかないと、この会社に居場所ないかもしれない、という不安はあった。
その後、30代初期の「このままで大丈夫なのか」という悩みから転職を決意。ITだけでなく幅広く扱いたいと考え、コンサルティングファームへ移りました。
コンサルを選んだ理由の一つは、自分も周りも「キャリアアップだ」と認められる転職だったからだといいます。
自分がキャリアアップと認められる転職であること、かつ周りからもキャリアアップだねと認めてもらえるような転職。
ジョイントベンチャーで気づいた「人と組織」の重要性
コンサルでは、最初に金融機関向けのコンサルティングを担当。事務作業のデジタル化やペーパーレス化のためのシステム導入を支援しました。
やがて、金融機関と事業会社が合同で会社を作るジョイントベンチャーのプロジェクトに参加します。
集まったのは両社の優秀な人たち。仕事の難易度は問題なくこなせるのに、風土が違うため方向性が揃いにくかったといいます。
銀行が良しとすることは事業会社には遅く見え、事業会社のスピード感は銀行には不安に映る。一人ひとりはいい人なのに、合わさるとうまくいかない状況でした。
本当に優秀な人たちが集まっていて、一人ひとり話したらすごくいい人たちなのに、合わさるとうまくいかないんだ。
最終的にはうまくいったといいます。決め手は同じビジョンに同意できたこと、つまり人の気持ちや心でした。
優秀な人が集まっても、風土の違いで方向性が揃わずうまくいかない
同じビジョンに心から同意できたことで、パフォーマンスが大きく変わった
この経験がきっかけで、北山さんは金融のコンサルから人と組織のコンサルへ転向します。人が心から「こっちに行こう」と思える組織づくりが大事だと考えたためです。
コンサルティングファームには7年強から8年弱在籍し、2025年8月に独立。この領域でやっていくことを決めました。
独立してもある「働きたくない日」と番組が寄り添いたい時間
北山さんは2021年にキャリアコンサルタントの国家資格を取得し、塩尻の商工会議所で経営者の相談にも乗ってきました。
そこで、成功している経営者でも同じような思考の癖を抱えていると感じたといいます。癖が緩むと人は軽やかに動けるようになる場面を目の当たりにしてきました。
湯浅さんも、経営者になると誰も自分の考え方や癖について指摘してくれなくなり、抜け出しづらいと共感します。
「あなたってこうだよ」とか「こうした方がいいよ」とか、経営者になると言われづらいんですよ。レビューしてくれないんですよ、誰も。
独立して自分のやりたいことに邁進しているように見える湯浅さんも、「今日働きたくない」「パフォーマンスが出ない」日は全然あると打ち明けます。
理由わかんないんだけど、全然パフォーマンス出ないとか、何もしたくない時とか全然あるから、聞きたいです。別にサラリーマンじゃないけど。
北山さんは、この番組を月曜の朝ではなく、火曜や水曜の夜、仕事帰りに聞いてほしいといいます。落ち込んだタイミングにふと緩められる番組を目指します。
一人反省会しちゃう時に「反省会しなくて大丈夫だよ」って、肩を叩けるような存在でありたいな。
まとめ
名前がつく前の第1回は、北山乃理子さんが自身のキャリアと「働くしんどさ」への向き合い方を語る原点回でした。成果は出ているのに違和感を抱える人に、思考の癖という視点から寄り添いたいという思いが軸になっています。
- 番組はビジネス心理学の要素を用い、頑張れているけれど少し疲れた人の中間を狙う
- 北山さんも湯浅さんも30代前半で「このままでいいのか」という違和感を経験している
- 「自分はできない」というフィルターがかかると、脳はできなかった証拠ばかりを集めてしまう
- 北山さんはエンジニアから営業、金融コンサルを経て人と組織のコンサルへ転向し、2025年8月に独立した
- 目指すのは、仕事帰りの落ち込んだ時間にふと気持ちを緩められる番組
