資本主義に「ブレーキ」が存在しない理由
けんすうさんはまず、資本主義の強さと弱さを整理します。資本主義は文明や技術を発展させ続ける力があり、身の回りのものはほぼ株式会社が生み出したものです。一方で共産主義生産手段を共有し、私有財産をなくして平等な分配を目指す思想。カール・マルクスらが理論化した。のように平等に分配しようとすると、サボる人が出て働く人が損をする構造になりやすいと指摘します。
ただし資本主義には「ブレーキが効かない」という問題があるといいます。これは昔からよく言われてきたことで、けんすうさんは複数の論者を引きます。マルクス19世紀ドイツの経済学者・思想家。『資本論』で資本主義の運動法則を分析した。は「増殖をやめた資本は資本ではなくなる」と述べ、止まる選択肢が構造的に存在しないと論じました。
さらに競争構造として「降りられない」問題があります。シュンペーター20世紀の経済学者。イノベーションによる「創造的破壊」が経済発展の原動力だと論じた。の議論を引きながら、止まった企業は淘汰されると説明します。たとえばGoogleが「資本主義は良くないのでAIをやめる」と言っても、OpenAIが勝つだけなので止められません。
全員が「もうやめた方がいい」と思っている
技術競争が過熱しすぎている状態
先に降りた者が負ける
止まった企業・国家は競合に淘汰される
結果:競争が続いてしまう(多極的な罠)
誰もブレーキを踏めない構造になる
AIが揺るがす「能力=手柄」という常識
次にけんすうさんは、AIがもたらす社会規範の変化に話を移します。技術が生まれると新しい社会規範が形成されるのはよくあることで、写真がプライバシー権を、避妊技術(ピル)が家族規範を変えた例を挙げます。そのうえでAIは「認知そのものの技術」なので、射程範囲が非常に広く、社会規範の変化は凄まじくなるだろうと述べます。
特に大きいのが「能力は本人の手柄」という感覚が崩れる点です。東大を出て良い会社に入り高い給料を得ている人を「優秀だから当然」と見て、勉強できずに高度でない仕事をしている人の給与が低くても「能力がないから」と納得してしまう。この知的エリートの地位を支える根拠がAIによって失われるはず、というのがけんすうさんの見立てです。
東大出てマッキンゼーで働いて仕事めっちゃできますみたいな人の価値が、究極的には落ちるはずなんですよね。
では価値の源泉はどこへ移るのか。けんすうさんは「審美眼」「責任」「お金をたくさん持っていること」あたりに移ると個人的に考えています。特に審美眼については、その時代に何が合っているかという判断はAIが先回りしにくいと指摘します。AIに今流行りの服を作らせても、一年後に見ればダサくなるはずで、変化し続ける審美眼の再現は難しいという理屈です。
民主主義がそこそこ危ないという仮説
価値の源泉が変わった先に、けんすうさんが「そこそこ危ない」と考えるのが民主主義です。歴史を振り返ると、選挙権が拡大したのは「兵士が必要」「たくさん働いてもらう必要がある」「税金をたくさん取る必要がある」といった局面が多い。国家が民衆を必要としたからこそ「だったら参加させてくれ」という交渉が成り立ってきた、という整理です。
ところがAIによって働く人や兵士が不要になると、民衆側に交渉力がなくなります。国家が「別にこいつらいらないな」と思ったとき、選挙権のような影響力を維持する根拠が失われるかもしれない、というのがけんすうさんの懸念です。
歴史的な例として、けんすうさんはローマ共和政古代ローマで王政の後に成立した政体。元老院や民会が政治を担ったが、後に事実上の帝政へと移行していった。の「パンとサーカス古代ローマで市民に食料(パン)と娯楽(見世物・サーカス)を与えることで政治的不満をそらした政策を指す言葉。」を挙げます。軍事的必要性が薄れると民衆の力が要らなくなり、食料と娯楽さえ供給すれば民衆は文句を言わなくなる、という状況が起こったといいます。
そのうえで、いくつかのシナリオが示されます。
AIが富を無限に生み出し、先進国が潜在的な産油国のようになる。国民の納税も労働も不要になり、政府にとって民衆の影響力が消える。ベーシックインカムを配る一方で、AIを持つ企業の言うことばかり聞くようになる可能性。
選挙や議会は続くが、実質的な意思決定は別の場所で行われる。政治家同士のやりとりはショーやエンタメと化し、儀礼としては残るがAI企業の意思決定が強い力を持つ。
これまで独裁が民主主義に負けやすかった構造がAIで覆される可能性(次章で詳述)。
効率的な独裁は成立してしまうのか
けんすうさんが「個人的にめっちゃあるかな」と考えるのが、AIによる「効率的な独裁」です。これまで独裁が民主主義に負けやすかった理由は2つあり、AIがどちらも突破しうると説明します。
1つ目は情報集約の問題です。中央政府がいくら効率的にやろうとしても、社会の情報を集めきれませんでした。市場や選挙という「分散のシステム」の方が多くの情報を取れるため、民主主義が有利だったのです。しかしAIがデータを集めて分析できるなら、分散しなくても強くなり得ます。けんすうさんは中国がすでにこれに近いのではないかと推測します。
2つ目はエージェント問題権力者(プリンシパル)が代理人(エージェント)に実行を任せる際、代理人が命令に従わなかったり裏切ったりするリスクのこと。ここでは秘密警察や軍隊が独裁者を裏切る可能性を指す。です。独裁者は秘密警察や軍隊を作りますが、それらは人間なので裏切る可能性があります。
革命は軍が発砲を拒否した瞬間に成功するみたいな。「やだ」って言った瞬間に、もう独裁者は権力を維持できないんですよね。
ところが兵器がドローンに置き換わると、「発砲したくない」という拒否が起こらなくなります。すると暴力革命やクーデターが起こりづらくなる。この2つが掛け合わさると、「余裕で独裁できる」状況になり得るとけんすうさんは警告します。
では、その未来で大衆に残る交渉力は何か。けんすうさんは「破壊力(暴動)」か「需要(商品を買うか買わないかの意思決定)」くらいではないかと述べ、資本主義が止まらないままAIが進化した結果、社会形態がどうなるか予測がつかない、と締めくくります。
AI後に人間に残る能力とは
リスナーから「AI後の市民に一番差がつく能力は何か」という質問が寄せられ、けんすうさんは「信頼」と答えます。審美眼・責任を取る力・始める力を全部内包した信頼感だといいます。「この人が言ってるから正しそう」という信頼は力を持つ一方で、単なる労働力として価値があった人の価値はなくなってしまう、という見立てです。
この点を、けんすうさんは工場の例で説明します。あんパンの上にゴマを振りかける仕事をロボットがこなせるようになれば、人に千円払うより機械で一振り一円の方がよくなる。労働力だけを切り売りしている人は危ういのです。
山崎パンの工場で誰かが振りかけたゴマのあんパン。「この人じゃなくてもいい」仕事は労働力として買われているだけ。
カリスマあんパン職人が手作りするあんパン。「この人に頼まないとダメ」という信頼が価値になる。
けんすうさんは、多くの知的労働も実態としては労働力として買われていたため、そこがAIに代替されると「この人じゃなくてもいい」となる仕事ほど危険だとまとめます。ちなみに、けんすうさん自身も関わるポッドキャストの記事化サービス「Podyポッドキャストの文字起こしから記事を生成するサービス。けんすうさんは自身の「記事の審美眼」を大量に組み込んでおり、その部分はAIに真似されにくいと語っている。」には、変わり続ける「記事の審美眼」をふんだんに入れており、そこはAIに代替・模倣されにくいと考えていると語りました。
リスナーQ&A:戦略と戦術、家の購入、誹謗中傷
後半はリスナーからの質問に幅広く答えていきました。いくつかを紹介します。
AIの登場によって、じっくり練った戦略よりも、大量の戦術的思考を高速で回す方が効果を発揮する事例が増えそうな直感があります。この直感は当たっていると思いますか?
けんすうさんの見立ては逆でした。AI時代は戦術の真似が容易なので、戦術で局所的に勝ってもすぐにパクられてしまうといいます。「こんなマーケティングありえない」と思われた手法が成功しても、観測された瞬間に他社が低コストで真似できるため、時間差による優位(アービトラージ価格差や情報差を利用して利益を得ること。ここでは「他社より早く手を打つことで得られる一時的な優位」の意味で使われている。)が消えてしまう。だからこそデータやネットワーク効果のような「戦略的に負けない仕組み」を作らないと勝ち続けられない、むしろ戦術は弱くなるのではないか、というのが結論です。
インフレ時代は借金が得なので家を買うことをお勧めされていましたが、専門知識のない領域で年収の5倍のレバレッジをかけるのはリスクが大きすぎる気がします。もう少し安く借金できるものはありませんか?
けんすうさんは「そんな単純な問題ではない」と前置きしつつ、会社員だと家くらいしか安く大きく借りられるものがない、と答えます。家賃10万円の人が購入すればローン返済と管理費で月5〜6万円に抑えられ、月4万円・年間50万円ほど浮かせて投資に回せる。インフレで家賃が上がっても返済額は変わらず、土地はゼロにはなりにくい、といった理由を挙げました。参考として、時計(ロレックスのデイトナ)が10年前のプレミア価格140万円ほどから現在は400万円ほどに上がった例にも触れています。
また、誹謗中傷を減らす方法についての質問には、具体的な行動を挙げました。丁寧に通報や低評価をすること、そして度を超えた誹謗中傷は「これは削除しなくてOKということですか?」とプラットフォームに問い合わせることが有効だといいます。問い合わせがあった時点でプラットフォームは「認知した」扱いになり、対応しないと管理責任を問われうるためです(法律の詳細は断定できないと注意を添えています)。
さらに、誹謗中傷や爆破予告をする人の多くが子供や、精神疾患・困難な状況を抱えた人であるという実感も語られました。けんすうさんは、悪人が意地悪でやっているというより、追い込まれた人が多いとし、SNSにも一定の審査や免許のような仕組みがないと治安は良くならないのではないか、という考えを示しています。
まとめ
この回は、資本主義に構造的なブレーキが存在しないという前提から出発し、AIが「能力=手柄」という常識を崩し、民衆の交渉力を弱めることで民主主義そのものを揺るがしうる、という大きな見取り図を描いた回でした。湾岸国家化、ポスト民主主義、効率的な独裁という3つのシナリオはいずれも「民衆が国家にとって不要になる」という点で共通しています。
一方で、AI後に人間へ残る価値として「審美眼」「責任」「信頼」が繰り返し語られたのも印象的でした。労働力の切り売りではなく「この人でないとダメ」と思われる存在になれるかどうかが、これからの分かれ目になりそうです。けんすうさん自身、予測がつかない未来だと率直に認めつつ、AIと議論を重ねながら仮説を立て続けている姿勢が伝わる回でした。
- 資本主義には「止まる」選択肢が構造的に存在せず、先に降りた者が負けるためブレーキが効かない。
- AIは認知そのものの技術のため、「能力=手柄」という常識や知的エリートの地位を揺るがす。
- AIで労働・兵役・納税が不要になると民衆の交渉力が消え、民主主義が危うくなる可能性がある。
- 情報集約とドローン兵器の登場で、これまで不利だった「効率的な独裁」が成立しうる。
- AI後に残る価値は「審美眼」「責任」「信頼」など、労働力に還元できない要素だとけんすうさんは考えている。
