AIで思考のスピードが数倍になる時代
けんすうさんはまず、Anthropic米国のAI企業。ChatGPTを開発するOpenAIの元メンバーが設立した会社で、AIアシスタント「Claude」を提供している。が公開した高性能AIを話題にしました。以前「セキュリティ的に危険だから一部の人にしか使わせられない」とされていたMythos文字起こし上の表記。Anthropicが安全性の観点から限定公開したとされる高性能モデルを指していると思われる。級のモデルが、いよいよ広く使えるようになったといいます。
ほとんどの人よりも賢く考えられるAIが手元にある状況で、けんすうさんが感じているのは「理解のスピードも思考のスピードも数倍になった」ということです。たとえば難しい本を買ったときも、AIに「自分の場合はどう読むといいか」と聞くだけで、独自の観点や読み方を提示してくれます。
けんすうさん自身は、企業の不祥事に関する第三者委員会報告書不祥事などが起きた際、社外の弁護士や専門家が調査を行い作成する報告書。ページ数が多く、法律・会計・組織論など多方面の知識が必要になる。のような長大なPDFを丸ごと読ませ、論点を洗い出し、類似事例や心理学・組織論の知見まで引き出す使い方をしていると話します。以前なら「PDFを読むだけで2〜3時間かかり、理解できたかどうかも怪しかった」ものが、いまは短時間で理解し、そこからさらに深く考察できるようになっています。
「考える対象」を探すほうが難しくなった
ここでけんすうさんは、自分自身のブログ執筆の例を挙げました。「技術は理解しなくても使えそう」というテーマでブログを書こうとしたところ、思考が浅いと感じてAIに深く考えさせたそうです。すると、自分が思いついていた以上の観点が返ってきました。
たとえば、「中身を理解していないのに使えるのはすごい」という自分の思いつきについてAIに深掘りさせると、100年以上前に数学者のホワイトヘッドアルフレッド・ノース・ホワイトヘッド。20世紀前半に活躍した数学者・哲学者。が「文明は考えずにできる操作の数を増やすことで進歩する」と、はるかに洗練された形で表現していたことがわかったといいます。さらに、哲学者ギルバート・ライルイギリスの哲学者(1900-1976)。日常言語学派の代表的存在で、心身二元論を批判した『心の概念』(1949)が有名。が1949年の著書『心の概念』で「どうやるか知っていることと、なぜそうなるか知っていることは別物だ」と整理していたことも教えてくれたそうです。
けんすうさんは「AIに100個考えさせても、人間が受け止められる量には限界がある。だから、AIの計算資源のほうが余っていて、むしろ何を考えさせるかを思いつくほうが枯渇する」と話しました。つまり、思考の対象を優先順位付けするのではなく、対象そのものを絶やさない仕組みをどう作るかが自分のイシューになっている、というわけです。
考えるスピードと深さがボトルネック。読める本の量、理解できる資料の量に限界があった。
考える対象を思いつくことがボトルネック。AIが賢いぶん、テーマ設定の枯渇のほうが問題になる。
AIの使い分けと超優秀な人へのタスク振り
「新しい高性能モデルのおすすめの使い方は?」というリスナーからの質問に対し、けんすうさんは「設計や監査のような高難度タスクを最高性能モデルにやらせ、実装や運用は下位モデルに任せる」使い分けを勧めました。
超優秀な人に肉体労働させたら、速いは速いがもったいない。設計してもらって、運ぶのは普通に優秀な人がやったほうがいい。
嫌な気持ちの対処法と「許容度」を高く持つこと
「嫌な気持ちになったときの対処法」を聞かれたけんすうさんは、「forgive and forget(許して忘れる)」という考え方を紹介しました。人に嫌なことをされても、キープしていてもメリットがないから忘れるのが得策だといいます。
加えて、「余裕がある人は人に嫌なことをしない」という視点で相手を捉え直すのがコツだと語ります。嫌なことをしてくる人は、余裕がないか、その日が嫌な気分だっただけだと考える。「めっちゃ余裕ある自分が譲ろう」と上から目線で気持ちよく譲れば、そもそも嫌な気持ちにならないというわけです。
関連して、新卒で入った会社の社長から「お前童貞なの?」といじられて不安になっているというリスナーへの回答でも、けんすうさんは「嫌なら辞めていいが、許容できるなら気にしないほうがいい」とアドバイスしました。すべてを許さないスタンスだと選択肢が狭まってしまうというのが理由です。
ミッション・ビジョンとキリスト教文化の関係
「ミッションやビジョンがキリスト教由来で日本人に合わない、という話の理由がわからない」というリスナー質問への回答も印象的でした。けんすうさんはあくまで仮説と前置きしたうえで、次のように説明しています。
キリスト教文化圏の人には、「神との契約」を守るという感覚が子どもの頃から生活に染み付いています。だから、「我々にはミッションがあり、それを達成せねばならない」というアナロジーの理解度が日本人とは違うのではないか、という見立てです。
けんすうさんはこれを、日本人がご神木を蹴られたときに感じる嫌悪感の例で説明しました。海外の人には「同じ木じゃないか」と映るかもしれないが、日本人にとっては生活の基盤に根付いた神聖なものだから許せない。逆に、キリスト教徒にとってのミッションも、そういう感覚に近いのかもしれないと語ります。
プロになるための一万時間説と、AI時代のキャリア
「プロになるには時間がかかると聞くと絶望する」という質問には、けんすうさんは「調べたら根拠はさほど強くない。わかりやすいから流行っただけ」と回答しました。
むしろ大事なのは「割のいいタイミングで参入すること」だといいます。たとえばAIインフルエンサーは2年前なら10時間程度の勉強でスタートラインに立てて、そこから毎日触っているうちに詳しい人になり、月何十万円も稼げるようになった人が多いという指摘です。
1日5時間くらいAIを触っているだけで月何十万も稼げるなら、2年で数千時間になる。「一万時間ないとダメ」に絶望するくらいなら、この考えは無視していい。
また、「AI時代にエンジニアを目指すのはどうか」という別のリスナー質問にも、けんすうさんは「エンジニアはレバレッジが効くので全然いい」と答えています。ただし、AIをフル活用していない企業にいると3年を無駄にするリスクがあるので、AIをフル活用できる環境を選ぶことも重要だといいます。
自分の強みと他者評価のズレを潰す
10年ぶりに転職するリスナーへのアドバイスとして、けんすうさんは「今まで働いた人10〜20人に自分の強みを聞き、自己認識とのズレを把握しておくといい」と語りました。
| 自分の認識 | 実際の他者評価 | 本当の強み |
|---|---|---|
| 明るく受け答えをして場を明るくしている | 「仕事を頼んだときに気持ちよく受けてくれる」 | 依頼時の対応力 |
| 飛び込み営業が得意 | 実は問い合わせ後の対応が素晴らしくコンバージョンが高い | クロージング力 |
| 論理的だから意見が通る(けんすう自身) | 話し方が弱々しく圧を感じない | 心理的プレッシャーの低さ |
けんすうさん自身も、自分のブログやポッドキャストが「論理的でわかりやすい」から読まれているのだと思っていたけれど、実際は「圧がないから流暢に頭に入ってくる」ことが大きいのではないか、と気づいたそうです。強みと思っていた部分と、実際に評価されている部分がずれていると、環境が変わったときに再現できなくなる。だから、他者からの言葉で自分の強みを言語化しておくと役立つといいます。
タイミングと「二歩早い」ことの落とし穴
「経営者もアプリを自分で作るべき」といった記事に関する質問では、けんすうさんは「早けりゃいいわけでもない」と語りました。ここで登場するのが、リクルート社長の出木場久征さん株式会社リクルートホールディングス代表取締役社長CEO。米インディードの買収を主導し、リクルートのグローバル展開と時価総額拡大を牽引した経営者。とのランチのエピソードです。
出木場さんとの会話で、「けんすうは二歩早い、俺は0.2歩早いくらいだからビジネスにできる」という話になったといいます。Indeed世界最大級の求人検索エンジン。2012年にリクルートが約1,000億円で買収し、その後リクルートの海外売上の中核となった。を買収してリクルートを時価総額日本トップクラスの会社に押し上げた出木場さんですら、「ホットペッパービューティーリクルートが運営する美容サロン予約サービス。を出したときは一歩早すぎたかもしれない」と振り返っているそうです。
市場も顧客もまだ準備できていない。プロダクトはあるが誰も使わない、あるいは早すぎて誰にも理解されない。
市場がまさに動き出す直前。ここに乗れると大きなビジネスになる。ちょうどよく先回りしている状態。
けんすうさんは、サイバーエージェント藤田晋氏が創業したインターネット企業。ブログ、ゲーム、AbemaTVなど数々の事業を展開している。がブログ事業やスマホゲームで「業界的には遅い」と揶揄されたのに、振り返るとどれもベストなタイミングだった例も挙げています。早い時期に参入した企業ほど、時代の流れとズレて衰退していったことが多いというわけです。だからこそ、「経営者は今すぐアプリを作らなきゃヤバい」と煽るような言説にも慎重であるべき、というのがけんすうさんの見立てです。
タイミングがずれているのは、早かろうと遅かろうとどっちもダメ。「早ければいい」ではない。
まとめ
今回のけんすうさんの話は、AIによって思考の生産性が劇的に上がった時代における、新しい「考え方」の話でした。深く考えるスピードが10倍になったことで、ボトルネックは「考えるテーマそのものを思いつくこと」に移っています。加えて、リスナー質問への回答からは、他人との関係性における「許容度」の重要性や、自分の強みを他者評価から見直すこと、そしてビジネスにおいてはスピードよりタイミングが本質であることが浮かび上がりました。
- AIによって思考のスピードと深さが数倍になり、ボトルネックが「考える対象を思いつくこと」に変わってきている。
- AIには設計や監査など頭を使う部分を任せ、実装や運用は下位モデルに任せる使い分けが効率的。
- 嫌な気持ちには「許して忘れる」で対処し、許容度を広く持っておいたほうが選択肢は狭まらない。
- ミッション・ビジョンが日本でしっくり来にくいのは、キリスト教の契約概念が生活に根付いていないからだという仮説がある。
- 「一万時間の法則」は根拠が強くない。むしろ割のいいタイミングで参入するほうが重要。
- 自分の強みは他者評価とズレていることが多いので、10〜20人に聞いて言語化しておくと役立つ。
- ビジネスにおいては早すぎるのも遅すぎるのもダメで、市場が動き出す直前の「0.2歩早い」タイミングが本質。
