AIに代替されない人間の仕事は5つある
けんすうさんはまず、AI時代の労働について冷静に分析します。人間の労働力は市場に出される「商品」であり、AIで代替できる部分はコモディティ化して価値がなくなる。車の登場で飛脚がいなくなったのと同じ構造で、ホワイトカラーの仕事の7〜8割は代替されうる、という見立てです。
興味深いのは、けんすうさん自身の開発現場での実感です。ポッドキャストの文字起こしを記事化する機能を作った際、間に挟まるファイルが何のために存在するのか、もはや自分もエンジニアも理解できない状態でAIに任せて動かしているといいます。
今まで人間の認知の限界がキャップになってたのが、別にそこを理解しなくてもいいじゃんになった瞬間に、あんまり我々の理解が必要じゃなくなってる
車のエンジンやスマホの内部構造を理解していなくても使えるように、「理解しながら何かをやる」という知的労働そのものが減っていく。ではAI時代に人間が担うべき仕事は何か。けんすうさんは5つに整理します。
けんすうさん自身、入力フォームに「うるさいインターネット」というコンセプトでクソリプが飛んでくる仕組みを作ったといいますが、こういう発想はAIからは出てこないと語ります。「これはやっぱり人間じゃないとできない」というのが実感のようです。
計算資源を持つ者が勝ち続ける未来
ここからがこのエピソードのタイトル「惨劇の回避」に関わる本題です。けんすうさんが懸念するのは、計算資源を大量に持つ企業だけが勝ち続ける未来です。
従来なら「1000人を雇うのは無理」という物理的な壁があったが、AIエージェントならGoogle世界最大級の検索・広告企業。膨大な計算資源とAI技術を持つ。のような資金力のある企業が1000人分を回すことも可能になる。すると次のような負の連鎖が起こる可能性があります。
計算資源を持つ企業が儲かるSaaSを次々開発
市場を独占するが、利益は労働者に配分されない
消費者が減っていく
いいものを作っても買ってもらえず市場が崩壊
けんすうさんが特に不穏だと語るのは、政府による規制すら効かなくなる可能性です。自律的なAIドローンを1万台持つ企業が現れたら、政府が規制しようとしても攻撃されるリスクが生じ、手出しできなくなるのでは、と。ウクライナとロシアドローン戦争が本格化した現代戦争の代表例。小型ドローンでも戦況を左右しうることを示した。のようなドローン戦の構図が、企業対政府で起こりうるという想像です。
リスナーのコメントを受けて、けんすうさんは「AI戦争に一兆円かけるうちの十億でいいから、歴史的な結果を研究する機関があってもいい」と語ります。しかし現実には計算資源への軍拡競争のような投資が続き、人文系の研究への配分は起こらない。飛脚が産業革命後にどうなったかというと、「工場労働者として奴隷のように働き死んだ」というのが多くのケースで、必ずしもポジティブな未来があるわけではない、とも付け加えます。
「ずるい」感情はなぜ日本で強いのか
三宅香帆さんが炎上していましたが、うまくいっている人に対する嫉妬に見えてしまいました。違いますか?
この質問へのけんすうさんの回答が、日本社会の特性を考える上で興味深いものでした。単純な嫉妬というより、「自分の中のルールを逸脱している人を見るとずるいと思う」という人間の本能が関わっているといいます。
ゲラ出版前の校正原稿。編集者や校正者が赤字を入れて著者に戻すもの。通常は外部公開しない業界慣習がある。を公開してはいけないという職業倫理の人から見ると、それを晒す著者は攻撃行為に見える。一方でビジネス書業界の箕輪厚介編集者。幻冬舎で数多くのビジネス書ベストセラーを手がけ、SNSでゲラを公開しながら本を売る手法で知られる。さんとけんすうさんのように「盛り上がって売れる方が大事」と考える人たちには普通のこと。ここで倫理観のズレが炎上を生むという構造です。
けんすうさんは、これを文化心理学の観点からも解説します。海外では電車内でギターを弾いて歌う人がいても気にならないが、日本ではつい「いやいや」と思ってしまう。相互依存的自己感文化心理学の概念。個人よりも集団や関係性を重視する自己認識。日本や東アジアで強いとされる。が強く、その場の調和や組織のルールを重視するため、そこから逸脱した人を排除する感情が湧きやすいのだといいます。
得している人を見ると「ずるい」と感じ、足を引っ張ろうとする
得している人がいたら自分もあやかろう、ノウハウを知りたいと動く
サム・アルトマンの「予想が外れた」発言をどう見るか
サム・アルトマンが「エントリーレベルのホワイトカラーの仕事がもっと失われると思っていたが、実際にはそれほど起きていない、間違っていて嬉しい」と発言していました。どう思いますか?
けんすうさんの回答はシンプルです。「タイミングが遅いだけ」。1990年代後半にも「音楽や映画はネットで配信されるようになる」とみんなが思っていたが、実際にNetflix動画配信サービスの世界的リーディング企業。日本進出は2015年。が日本に来たのは2015年、KindleAmazonの電子書籍プラットフォーム。日本サービス開始は2012年。で本が読めるようになったのも2010年前後だった、と歴史を振り返ります。
つまりサム・アルトマンの発言は「1998年ぐらいに、もっとみんなネットで音楽聴くと思ったが意外と来なかったね」と言っているのと同じ構造で、間違ってはいないがタイミングが難しいだけ、というのがけんすうさんの見立てです。
AI時代のエンジニア・SIerはどう動くべきか
サラリーマンエンジニアです。土日もエンジニアのスキルを磨くべきか、他職種への転職準備をすべきか迷っています。
けんすうさんの回答は明快でした。「まずエンジニアとして残って価値が出せる存在になった方がいい」。土日にAIで開発しまくり、その感覚を会社に持ち込んで「AI活用の第一人者」になるのを狙う。今は普通のエンジニアが突然執行役員になれる可能性があるレアなタイミングだ、と。
一方で、SIerシステムインテグレーター。顧客の要件に応じてシステムを構築・保守する企業。人月商売(人数×月数で契約金額が決まる)が伝統的なビジネスモデル。のインフラSEからの質問には、けんすうさんは異なる角度から鋭い指摘をしました。
SIerのインフラSEです。上司や経営陣は「委託費用をそのままに、効率化した分を新しい価値として生み出す」と言っていますが、コンサルも厳しくなっているのに新しい価値って無理だと思ってます。
正しいですね。委託費用そのままで新しい価値を出すって、要は「ピボットするんですね」と言っているのと同じ。今までの強みや人材リソースを全部なかったことにするなら可能ですが、しないなら厳しい。周りのAIフル活用の新しいSIerは、2年かかるものを2ヶ月・コスト10分の1でやっている。仕様が固まっていなくても後から「こうしたい」と言えばAIで一日後にできる。この競争にどう勝つのか、経営陣が明確な答えを持っていない以上、コスト半分に負けると思います。
道具にこだわることで生産性は指数関数的に伸びる
「弘法筆を選ばず」ということわざがありますが、けんすうさんは「全く逆」と言い切ります。イチロー元プロ野球選手。日米通算安打世界記録を持つ。道具にこだわることで知られる。や大谷翔平が「何でもいいっすよ」と言うわけがない、と。
できない人ほどこだわった方がいいのに、できない人ほど「実力とはそういうものではない」と思って、道具から入る人を見下したりする。違うかなと思ってます
けんすうさんは分割キーボードに変えてから書く量が1.5倍になったといい、そこから生まれる相乗効果を強調します。
キーボードを変えて書く量が1.5倍に
1ヶ月で積み上がる差がえげつなくなる
能力の上がり方も加速する
成果が出るからより書くようになる
キーボード、リストレスト、マイク、モニター、三脚、充電ケーブル、参考書の紙質まで。「レバレッジがすごくかかるので、いくらお金かけても元が取れる」というのがけんすうさんの姿勢です。
個人開発は「作りきる前に反応を見る」が鉄則
生成AIを使って個人開発をしています。「これは伸びる、これは伸びない」を見極めるポイントはありますか?
けんすうさんの手法は徹底的にプロトタイプ駆動でした。生成AIを使えばMVPMinimum Viable Product。最小限の機能で価値を検証できるプロダクト。は1時間もかからずに作れるので、その段階でXに投稿して反応を見る、というものです。
| プロトタイプ | 反応 | 判断 |
|---|---|---|
| 入力中に応援コメントが出るフォーム | いいね163 | スルー |
| うるさいインターネット(クソリプが来続ける) | いいね1,400 | 作り込む |
| LINEスクショ偽造ツール | いいね4,600・300万ビュー | ただし公開せず |
LINEスクショ偽造ツールは反応が良かったものの、けんすうさんは公開しない判断をしました。LINEのスクショを晒す行為自体が信頼関係の破壊につながる「禁じ手」だと考えているからです。ただし「誰でも偽造できる状態にしておけば、ずっと偽造を疑われるので晒す効果がなくなる」という、防衛的な意味もあるといいます。
けんすうさんは前日のブログでも「AI領域の先行者利益はあまりない」と書いたそうです。先行者利益市場に早く参入することで得られる優位性。特許・独占的資源・スイッチングコスト・ネットワーク効果のいずれかがある場合に強く働く。が本当に効くのは、特許・土地資源・スイッチングコスト・ネットワーク効果の4つだけで、AIをやるとかはどれにも当てはまらない、という冷静な分析でした。
まとめ
けんすうさんの語りを通して見えてくるのは、AI時代に「何が起こるか」よりも「何が変わらないか」を見極める姿勢です。人間に残る仕事は問い・責任・信頼・身体性・美意識。そして市場崩壊のリスクは賢い人たちが認識していても止められない構造にある。個人としては、道具にこだわり、プロトタイプで反応を見ながら動き、わからない人を説得するコストを払わずに、わかる人を支援していく。
「惨劇の回避方法は当然わからない、誰も止められない」と語りながらも、リスナーからの「歴史や政治の研究にリソースを配分すべき」というコメントに深く頷く場面が印象的でした。答えのない問いに向き合い続けること自体が、AI時代における人間の仕事なのかもしれません。
- AI時代に人間に残るのは「問い・責任・信頼・身体性・美意識」の5つの仕事
- 計算資源を持つ企業が労働力ごと市場を独占し、消費者が減って市場が崩壊するリスクがある
- 「ずるい」と感じる日本的な感情は、社会規範がタイトで不平等忌避が強いことに由来する
- サム・アルトマンの「AIによる仕事消失は思ったより起きていない」発言は、5〜10年の時間差の話にすぎない
- エンジニアは今こそAI活用の第一人者になるチャンス。SIerの人月商売はピボットしない限り厳しい
- 道具へのこだわりは相乗効果で指数関数的な生産性向上をもたらす
- 個人開発ではプロトタイプ段階でSNS反応を見るのが最短。先行者利益は過信しない
