「薬剤師は薬、薬と言う」という批判
薬剤師はよく、「薬のことばかり考えて、すぐに薬、薬と言う」と言われることがあると、たいぞーさんは切り出します。
たとえば、薬同士の飲み合わせが悪い、用量が多いから減らせ、薬を変えろ、副作用は薬のせいかもしれない、といった具合に、すぐに薬に着目したことを言うというのです。
これは薬剤師の「悪いところ」のように語られることが多い、と話されています。
患者を置き去りにすることが問題
たいぞーさんは、医療は患者に届けて患者の状態を良くするためにあると考えています。
その人が望む人生が歩めるように、少しでもその望みが達成できるようにするためにあるものだと、僕自身も思っています。
だからこそ、患者を置き去りにして薬のことだけを議論するのは、確かにナンセンスな視点だと同意します。
ただし、と話は転換します。「患者をもっと見ろ」と言われたとき、患者の状態や情報を把握することは大事だとしつつ、薬、薬と言うこと自体は決して悪いことではないのではないか、というのがこの回の主張です。
薬に着目するのは専門職として当たり前
薬剤師は薬学の専門性を学んでいるため、薬に着目するのは専門職として当たり前の姿だと、たいぞーさんは指摘します。
ポイントは、薬に着目すること自体ではなく、患者を置き去りにしているかどうかにある、と整理されています。
薬を飲んでいる患者を捉えながら、薬の観点で患者を見ていくことは、決して悪い視点ではないというのです。
フラットな視点が新たな一手を生む
患者の状態を把握したうえで、その症状に薬がどう影響しているのかを考える。ここで大事なのは、影響している可能性だけでなく、影響していない可能性も含めて語ることだと話されています。
そうしたフラットな視点で薬を語ることができれば、他の職種が気づけなかった視点を届けることにつながります。
結果として、患者の治療の選択肢が広がり、より良い方向へ進む一手が、薬剤師の「薬、薬」という視点から生まれることもあるのではないか、とたいぞーさんは考えています。
道具は使い手次第
薬という視点で患者を見るのは、あくまで手段だとたいぞーさんは言います。要は使いようだ、というのです。
ここで例に挙げられるのが包丁です。上手に使わなければ人を傷つける道具になり、上手に使えば美味しい料理で人を喜ばせる道具になる、というよく使われる表現です。
薬学や薬剤師の視点も同じで、何のためにそれを使うのかを押さえながら上手に使うことで、道具は輝くというわけです。
その道具は、輝かせるも輝かせぬも、使い手次第というところになるのかなと思います。
薬学という専門性と、それを上手に使う技術が合わさることで、「薬学で患者を語る」ことが実践されるのではないか、とまとめています。
関連イベントの告知
放送の最後には、2つのイベントが告知されています。
1つ目は9月26日土曜日15時から2時間、オンラインで行う薬学生向けイベント「トライコン」です。現場で働く薬剤師と薬学生が一緒に症例検討を行う内容で、参加費は無料です。
2つ目は10月25日、兵庫県姫路市で開催される日本在宅薬学会のバイタルサイン講習会です。薬剤師の専門性を現場でどう生かすかを学ぶ5時間のセミナーだと説明されています。
講習会は参加枠10枠のうち7枠が埋まり、残り3枠となっているため、早めの申し込みが呼びかけられています。
まとめ
「薬剤師は薬、薬と言う」という批判に対して、たいぞーさんは、問題は薬に着目することではなく患者を置き去りにすることだと整理しました。患者を捉えながら薬の視点で語ることは、薬剤師ならではの専門性だと話されています。
- 薬剤師が薬に着目するのは専門職として当たり前の姿
- 問題は薬ではなく、患者を置き去りにしていること
- 薬が影響している可能性も、していない可能性もフラットに語ることが大切
- 薬という視点は手段であり、道具として使い手次第で輝く
- 9月26日にトライコン、10月25日にバイタルサイン講習会を開催
