薬剤師のバイタルサイン測定は「違法」だったのか
この回のテーマは、薬剤師業務と法的制約です。冒頭では、10月25日に兵庫県姫路市で開催されるバイタルサイン講習会が告知されました。
バイタルサインの測定は、今でこそ薬学のモデルコアカリキュラムに盛り込まれ、薬学生が学び、薬剤師が現場で実践するのが当たり前という感覚になっています。
しかし、たいぞーさんが薬剤師になった13年前、さらにその前の15年から20年ほど前には、薬剤師がバイタルサインを取るのは法律に違反する行為だと言われていたそうです。
ただし、それは法律の認識の誤りであり、実際には違反するものではありませんでした。
褥瘡への軟膏塗布は薬剤師がやってよい行為か
本題のきっかけになったのは、日本在宅薬学会の学術大会での出来事です。たいぞーさんは、褥瘡の患者に介入した症例をポスター発表しました。
その介入は、単に軟膏を塗ったというものではなく、看護師から塗り方のアドバイスが欲しいと求められ、処方された軟膏剤の塗り方について実技指導を行ったものでした。
発表の際、この塗布行為は薬剤師がやってよい行為だったのか、という質問が出たといいます。
褥瘡に軟膏を塗布する行為って、薬剤師がやってもいい行為でしたかね。
これについてたいぞーさんは、複数の関係法令や医政局長通知を統合して考えると、認められている範疇だと説明します。
家族や看護師のような、ケアにあたる職種から塗り方についてアドバイスを求められた場合に実技指導を行うことは、薬剤師の専門領域として認められている行為です。したがって、特に法令に違反するものではありません。
制約の中で仕事をするという前提
一方で、たいぞーさんは薬剤師の仕事の性質そのものに注意を向けます。
薬剤師の仕事は、患者の体に直接触れたり薬を使用したりするもので、それは患者の体をよくも悪くも変化させることにつながります。
だからこそ、ダメなものはダメと線を引き、きちんと制約の中で仕事をすることが求められる、というのが基本的な姿勢です。
関係法令や通知を理解せずに動けば、患者のためと思ってやった行為が、結果として患者にデメリットをもたらすこともあります。
善意がマイナスに働くのは、患者にとっても薬剤師にとっても、所属する組織にとっても、誰にとってもよいことにならないと語られています。
法令を「行動しない理由」にしてしまう問題
ここでたいぞーさんは、逆の落とし穴を指摘します。法的な制約があることを、行動しない理由にしてしまうケースです。
薬剤師のバイタルサインが違法だという誤った認識も、褥瘡への塗布指導をためらう姿勢も、同じ構図だと言います。
本来は薬剤師が介入すればより良いケアができるのに、二の足を踏んでしまう。
それは、患者のためにと活動する薬剤師にとっても、介入を受けられたはずの患者にとっても、マイナスの面を生んでしまうということです。
法令を理解せず動き、善意の行為が結果として患者のデメリットになる
法的制約を行動しない理由にし、本来できる介入をためらってしまう
線引きを分けるのは「何のためにやるのか」
たいぞーさんは、関係法令には明確な線引きがあるものと、そうでないものの両方があると整理します。
線引きが曖昧なときに必要になるのが、そもそもこれを何のために薬剤師がやるのか、という実施者自身が持つ目的だといいます。
その目的によって、同じ行為でも良いとなるかダメとなるかの線引きが分かれてくることがある、という考え方です。
たいぞーさんが軸に置くのは、薬学の専門性を活かして患者を見極め、薬物治療の個別最適化を図ることです。
関係法令を理解しつつ、薬剤師業務について深い見識を持って業務にあたること。これが薬剤師として仕事をするうえでとても大切だと締めくくられました。
まとめ
薬剤師がバイタルサインや褥瘡への塗布指導に関わることは、関係法令や通知を踏まえれば認められる行為です。たいぞーさんは、法令を軽視することも、逆に行動しない口実にすることも避け、「何のためにやるのか」という目的から自分の役割を見極める大切さを語りました。
- 薬剤師のバイタルサイン測定は、かつて違法とされたが、それは法律の認識の誤りだった
- 看護師などから求められた褥瘡への塗り方の実技指導は、薬剤師の専門領域として認められている
- 法令を理解しない善意の行為も、法令を口実にした不作為も、ともに患者のマイナスになりうる
- 線引きが曖昧な場面では、その行為を何のためにやるのかという目的が判断の軸になる
