整形はなぜここまでカジュアルになったのか?
速水健朗さんがまず挙げるのは、切開をしないタイプの整形手術が世界的に増えているという変化です。ボトックス、フェイスリフト、脂肪注入など、注射を打つだけで済む施術が広がっています。
速水さんによると、こうした施術はかつて40〜50代がするものでした。いまは10代、20代へと入り口が下がってカジュアルになり、そこから段階を踏んで、お金のかかる手の込んだ施術へ進んでいくといいます。
人工的で他にも整形っぽいっていう整形って昔はね、うわっと思ったんですよ。確かに。けど、明日花キララとかをね、見るおかげでいちいち驚かなくなってきた。
速水さんは、世の中でも整形をカミングアウトする必要すらなくなっていると話します。「いまダウンタイム中」とSNSに普通に書く人が増え、メイクも整形顔に寄せるためのものになっているといいます。
速水さんはこの人工的な顔への抵抗の薄れを、ボカロ ── ボーカロイドの略。歌声合成ソフトで作られた歌唱を使う音楽で、2000年代後半から人気が広がりましたの音楽にたとえます。かつては違和感を持たれていた合成の歌声が、いまは受け入れられているのに近いと見ています。
美容整形ちゃんが映す「部分最適」と「全体最適」
速水さんが最近よく見ているのが、「美容整形ちゃん」というインフルエンサーのYouTubeチャンネルです。5年ほど前に始めた時点で、整形に2000万円を使っていると公表していたといいます。
美容整形ちゃんのチャンネルは、生え際の修正のような最新の整形技術を紹介しつつ、本人も自分の顔を改造していくという内容です。専門医に自分の顔を相談しに行くシリーズもあります。
速水さんが面白いと感じたのは、整形したい本人と医師の視点の違いです。本人は鼻と口の間を短くしたい、鼻の穴をふっくらさせたいなど、部分を直したい意識が強い一方、医師は全体のバランスや、ある箇所をいじると別の箇所にどう影響するかを見るといいます。
鼻と口の距離、鼻の穴の形など、気になる箇所を個別に直したい
各部位の相互作用を踏まえ、顔全体のバランスを見る
部分最適とさ、全体最適みたいなものの違いの話がさ、整形手術を巡って行われているっていう、テクノロジーのね、先端ってAIとかじゃないよな。
速水さんはさらに、整形を公表する人が増えたことで、整形していないような「自然な顔」を目指す意味がなくなっていると指摘します。美容整形ちゃん自身も、既製品のような顔でいいと考えるようになったと話しているそうです。
速水さんによれば、カミングアウトしている人にとって整形顔は、どこで手術したか、どんな方法かという情報の入り口になります。そのため整形した本人が、情報を持つ人としてインフルエンサーになれているといいます。
一方で美容整形ちゃんは、鼻とおでこの2箇所にプロテーゼ ── 鼻や顎などに埋め込むシリコンなどの人工の挿入物。輪郭や高さを出す目的で使われますを入れ、耳の軟骨を鼻などに移すことも話しています。速水さんは、悲壮感なく語られることに良し悪しがあるとしつつ、今度は耳を作る必要が出てくるのではと疑問も口にします。
写真加工に寄せる整形は「コピーのコピー」なのか?
速水さんが整形の現場で注目するのは、患者が参考に見せるモデル写真です。そのモデル自体がすでに整形していて、写真にも加工が施されていることが多いといいます。
これってね、コピーとオリジナルの関係が入れ替わっているってことなのよ。あのコピーのコピーをみんな求めているってことなので。
速水さんの整理では、オリジナルは元の顔で、写真や整形、フィルターはそのコピーです。加工された写真に寄せて顔を変えることは、オリジナルとコピーが逆転し、コピーのコピーができている状態だといいます。
元の顔
本来のオリジナル
加工写真
整形済みのモデルを、さらにフィルターで盛ったコピー
整形
加工写真に寄せて自分の顔を作り変える(コピーのコピー)
速水さんはこれを、1980年代にボードリヤール ── フランスの思想家ジャン・ボードリヤール。消費社会やメディアについて論じ、現実と記号の関係が逆転すると主張しましたが予言していたことだと位置づけ、この回のテーマを「メディア論としての整形手術」と示します。
速水さんがもう一人注目しているのが、キャバクラ嬢でインフルエンサーのにじほさんです。キックボクサーのお気に入りとして大会の客席がたびたびカメラに映り、「可愛い子がいる」と有名になった人物で、「無加工顔面エース」と呼ばれているといいます。
にじほさん自身は整形やダウンタイムについてもSNSで発信していて、速水さんは最初「全然無加工じゃない」と思ったそうです。ただ、評価されているのは、カメラのエフェクトなしで十分盛れているという点でした。中継カメラやファンが撮った写真の、加工していない顔が可愛いということです。
速水さんは、写真で盛れているとおりの顔に自分を寄せていく以上、整形はフィルターの後追いになると話します。ボードリヤールは、こうしたオリジナルのない模倣をシミュラクル ── ボードリヤールの用語で、元になる現実を持たないコピーや記号のこと。コピーが現実より先にある状態を指しますと呼びました。
コロナ禍と親世代の変化は整形の倫理を変えたのか?
速水さんは、整形をめぐる倫理が変わったのはこの5年、10年のことだと見ています。特にコロナ禍で人と直接会わない期間が半年、1年と続き、顔をいじるきっかけになった部分は世界的にあると考えています。
速水さんによると、コロナ後の美容整形の統計は専門家でも把握していないそうです。世界の整形先進国の上位5国は韓国、アルゼンチン、ブラジル、アメリカ、日本で、日本は5番目だといいます。
ただ、アルゼンチンやブラジル、アメリカでは豊胸が市場の中心で、韓国と日本は顔の整形がメインだと速水さんは説明します。東アジアには顔のコンプレックスがあり、ガラパゴス的に特殊な発展を遂げている面もあるといいます。
速水さんは、外から「すごい」と騒ぐだけでは見落とす問題もあると話します。儲かる業界のため経験の浅い医師も現場に出ていて、下手な病院では本来すべきでない手術までしてしまうことがあり、やりすぎを止める良心的な医師ばかりではないといいます。
未成年の施術には親の許可が必要ですが、速水さんは親世代の価値観も変わっていると指摘します。小悪魔ageha ── 2000年代後半に人気を集めたギャル系ファッション誌。キャバクラ嬢などの読者モデルを起用し、盛ったメイクが特徴でしたが20年前の世界で、当時子育て中だったモデルの子どもが、いま20代半ばになっているという計算です。
僕の知ってる大学生は、その18歳の誕生日プレゼントに脱毛を親からプレゼントされたっていう話をして、これをね、大学生に言うと、「ああ、よくありますね」っていう話なわけ。
速水さんは、美容業界の広告が若い世代への施術を推奨し、「コンプレックス解消なら整形はむしろいい」という倫理観がこの10年で広がったと見ています。そのうえで、それは本当にみんなの合意が取れているのか、美容業界の認知戦ではないかと問いかけます。
けどそんなことを言うと、いや速水さん古いなって言われるわけですよ。
『ヘルタースケルター』と大島弓子が描いた身体のコントロール
速水さんは、部分を直すと全体が崩れ、また別の箇所が気になってエスカレートしていく構図を強調して描いた作品として、岡崎京子 ── 1980〜90年代に活躍した漫画家。都市に生きる若者の欲望や空虚さを描き、『リバーズ・エッジ』などで知られますの『ヘルタースケルター』を挙げます。
『ヘルタースケルター』は蜷川実花監督、沢尻エリカ主演で映画化されています。速水さんは一部で酷評もあったとしつつ、自分はとてもいい映画だと思うと話します。
映画の中で沢尻エリカさんが演じるリリコは、完璧な美貌を持つ売れっ子モデルですが、全身整形で作られた存在であることを秘密にしています。整形の後遺症が出始め、精神的にも蝕まれていく物語です。
速水さんは、自分の身体をコントロールする物語は少女漫画の系譜としてさらに遡れると話します。その出発点には、拒食症や過食症といった、カレン・カーペンター的な問題があるといいます。
速水さんがその系譜で挙げるのが、大島弓子の『ダイエット』です。主人公の湿布縄福子は、ボーイフレンドができた友達を応援しますが、実は福子が好きなのはその友達の女の子のほうでした。
福子は極端に太ったり痩せたりを繰り返し、そのなかで赤ちゃん返りしていきます。速水さんは、家庭環境の傷が原因でありながら不健康さを感じさせない点に救いがあり、どこか『2001年宇宙の旅』のような変なスケールの大きさが大島弓子らしさだと話します。
ボードリヤールはなぜ「湾岸戦争は起こらなかった」と言ったのか
速水さんは、ボードリヤールがシミュラクルを言い出した背景に、1970〜80年代のメディアの発達があると説明します。戦場からの生中継がようやく可能になった時代で、日本では1972年の浅間山荘事件がその例です。
速水さんの読みでは、テレビの中でテロや戦争を見るようになった人々が、その悲惨さを肌で感じられなくなる、という割と素朴なことをボードリヤールは言っていたのだろうといいます。ただ書き方がへそ曲がりで、現実とコピーが入れ替わっている、どちらがリアルかわからない、という言い方をしたというわけです。
ボードリヤールは湾岸戦争の際に「湾岸戦争は起こらなかった」と述べ、物議を醸しました。速水さんによれば、テレビの中の戦争に興奮する人々に、本当に痛みを伴う戦争を知らないと突きつけた発言でした。
起こらなかったって言い方で、なんか人々は目をつぶっているって言えばよかったのに、まあ起こらなかったっていう言い方をするものだから、まあだからこそ批評性を帯びるというかね。
速水さんは、ボードリヤールが今の整形の状況を見たら驚くだろうと話します。オリジナルなきコピーが生まれ、コピーがコピーを量産している現実に対して、「言った通りだろ」ではなく「人間ってこんなになってるんだ」とひっくり返るはずだというのです。
ベンヤミンからマトリックス、小悪魔agehaへ続く複製の系譜
速水さんは、ボードリヤールの元ネタはほぼ間違いなくヴァルター・ベンヤミン ── ドイツの思想家・批評家。写真や映画などの複製技術が芸術のあり方を変えると論じましただと話します。ベンヤミンは、機械と大量生産の時代に芸術も量産化されると指摘した評論家です。
速水さんの説明では、絵画はオリジナルが1点しかありませんが、写真は大量にプリントでき誰でも所有できます。音楽も、その場の数百人に向けた演奏から、レコードで何十万人、何百万人が所有するものへ変わりました。
ベンヤミンは『複製技術時代の芸術』で、金持ちや教養層のものだった芸術が、コピーによって大衆化すると論じました。1936年の本で、速水さんはポップカルチャー評論はすべてベンヤミンから始まっていると話します。
その後、ボードリヤールが「現実そのものがコピーになっている」とアップデートし、さらにデジタルやCGの時代には限界費用ゼロでコピーが作れるようになります。速水さんは、その世界を描いたウォシャウスキー兄弟(現・姉妹)の『マトリックス』が、明らかにボードリヤールの理論を参照していると話します。
速水さんは、マトリックスから小悪魔agehaまでが10年ほどで、このあたりからボードリヤールの言うハイパーリアル ── ボードリヤールの用語で、コピーや記号が現実よりもリアルに感じられる状態のことな状況になっていったのだと思う、と話します。
自分らしさを盛った先に、量産品の顔が生まれる?
速水さんが、この話題を最も批評的に論じてきた人として挙げるのが久保友香さんです。2019年に出た『「盛り」の誕生 女の子とテクノロジーが生んだ日本の美意識』では、自撮りやプリクラなど、自分を盛るテクノロジーの発展が書かれています。
速水さんによれば、プリクラ世代の久保さんが書いた写真のフィルターで目を大きくする話は、現実とコピーが逆転するというこの回の話の前段階にあたります。読む順番はベンヤミン、ボードリヤール、久保友香さんがよいと勧めます。
速水さんが最後に思い出したのが、マイケル・ジャクソンの話です。菊地成孔さんが、マイケルは最終的に自分の見た目をアポロン像に近づけていったと指摘していたといいます。どの本だったかはすぐ出てこないので探してみてほしい、と速水さんは添えています。
人間は最終的に自分の造形を究極のものとしてね、その磨き上げていくと、ミケランジェロが到達したところに届いてしまうっていう理論だったと思うんですよ。
一方で速水さんは、モナリザは当時のイタリアの人々の平均値だという俗説も紹介します。この俗説に信憑性があったのは、100人ほどの写真のパーツの中間値を取っていくと美人の顔になる、という研究と一致するからだといいます。
1人が究極を目指すと、一点物の芸術(アポロン像)に近づく
多くの人がなりたい顔を目指すと、平均的な1つの像を結ぶ
速水さんは、大勢がなりたい顔に近づくと1つの像を結ぶという考えは、久保さんの説でもあると話します。自分らしさを表現しているつもりで、結果的に量産品を目指してしまうのが面白いところだと感じたそうです。
美容整形ちゃんは「顔と頭蓋骨が合っていない」と言い切る
速水さんは改めて、美容整形ちゃんのチャンネルの面白さに触れます。常に次の整形ポイントを探し、取材や専門家への相談を重ねながら新しい技術を追い求めているといいます。
ある回で医師が、顔の不自然さや違和感がどこから来るのかを尋ねたとき、美容整形ちゃんは目と鼻の位置関係のようなレベルではなく、そもそも顔と頭蓋骨が合っていないと言い切ったそうです。
速水さんは、まだメンバーシップには入っていないものの気になっていると話します。特典には、避けるべき医師の7選と番外編、失敗から学んだ整形の順番、そして輪郭整形のダウンタイム183日間をすべて公開する企画があり、月額は2990円だそうです。
見たいようなね、見たくないようなっていうね。
速水さんは番組の締めに、「一応まだ無加工」とひと言添えています。
まとめ
速水健朗さんは、加工写真に顔を寄せていくいまの整形を、オリジナルとコピーが逆転した状態として捉えました。ベンヤミン、ボードリヤール、久保友香さんの議論をつなぐと、整形は美容の話であると同時にメディア論の話として読めます。
- 切開しない施術の普及で整形は若い世代に広がり、整形顔は悪口ではなく情報の入り口になりつつある
- 整形のテクノロジーは写真フィルターの後追いで、加工写真に寄せる顔は「コピーのコピー」にあたる
- 親世代の価値観や美容業界の広告によって倫理観が変わったが、その合意は本当に取れているのかと速水さんは問う
- ベンヤミンの複製技術論から、ボードリヤールのシミュラクル、マトリックスを経て、現在の整形状況へとつながる
- 自分らしさを盛るつもりが、大勢で平均的な量産品の顔に近づいていく逆説がある


