調整さんでは調整しきれない問題とは?
話のきっかけは、速水健朗さんの友人の転職祝いです。7、8人で飲みに行こうと、調整さん ── 候補日に参加者が○や×を付けて、集まれる日を決める日程調整サービス。登録不要で手軽に使えることで広まりましたで1、2週間後の日程を探しましたが、なかなか合いませんでした。
調整さんの候補日には、ほとんどの人が「1週間のうち×は2つぐらい」の付け方をしていました。ところが2人だけが×ばかりを付け、ちょっと先、ちょっと先と延ばすうちに、集まれる日は2ヶ月後になってしまいます。
で、そのね、お祝いするやつっていうのは全部マルをつけてるわけ。切なくなっちゃって。
速水さんによると、×を付けまくったのは、祝われる友人との関係が一番薄く、優先度の低い2人でした。しかも2ヶ月後には、その友人はもう会社を辞めていたといいます。
で、そいつその時にはもう会社辞めているっていう。
おいおいっていうね、台無しじゃんっていう、なんか調整さんが調整しきれない問題っていうのが世の中にはあります。
それでも速水さんは、調整さんを「すごいいいソフト」と評価しています。仕組みはただの多数決ですが、それを飲み会のスケジュール管理に特化させたアイデアと、すぐ使えてプラットフォームを選ばず、余計な画面を足さない作りがよくできているといいます。
速水さんは、サービスがよかれと思って改良を重ねるうちに複雑になるのが一番よくないとも話します。例として挙げたのは、アドビのアクロバット、Googleドキュメント、そしてiTunesです。
調整さんが参加者の優先順位を入れず、全員を平等に扱うのは、公平性を保つための大事な設計です。速水さんは、日程が決まらなかったのは使う人間の問題であり、メンバーを選ぶ時点で間違えていたのだと振り返ります。
多数決を飲み会の日程調整に特化させ、すぐ使えて余計な機能を足さない
優先順位を入れない公平な設計のため、優先度の低い2人の×が日程全体を先延ばしにした
映画館も美容院も、いつから予約が当たり前に?
速水さんは、調整さんでさえ、本当に仲のいい者同士ならすぐに決まる飲み会の日程を、かえって複雑にした面があると見ています。そこから、世の中のあらゆる場面で事前予約が必要になっている、という今回のテーマに入ります。
たとえば映画館は、当日行ってスマホを使わずに見ることもできますが、それではろくな席が残っていません。前日までにサイトで予約し、クレジットカードで払って見に行くのが、15年ぐらい前からの普通になっているといいます。
新幹線も基本は予約して乗るものになりました。美容院や床屋も、昔は予約なしでフラッと行って切ってもらえたのに、ある時期から突然行っても切ってもらえなくなったと速水さんは振り返ります。
美容院の行きつけが決まっていなかった速水さんは、いろいろな店にフラッと入っていました。それがある時から入れなくなり、予約するようになったことで、事前予約社会はいつ始まったのかが気になったそうです。
速水さんの仮説は、調整さんのサービスが始まった頃に重なります。調整さんは最初リクルートが始めたサービスで、そのころにはインターネットが普及して何年か経ち、さまざまな予約システムが広まって、人々の日常の行動が予約を前提にしたものになっていったのではないか、というものです。
大阪万博で建築家が感じた「建築の無力さ」とは
今回の予約社会の話の発端は、ゲンロンカフェでのイベントです。建築家の浅子佳英さんと藤村龍至さんが大阪万博について語る場で、速水さんにとって二人は、東浩紀さんの界隈で思想地図β ── 批評家の東浩紀さんが中心となって刊行していた批評誌。建築や都市、情報社会などをテーマに多くの論者が寄稿しましたなどの仕事を一緒にした仲だといいます。
イベント冒頭で藤村さんが話したのは、万博当日に予約をミスしていたという体験でした。そこから慌てて段取りをして大変だったそうです。
今回の大阪万博は、行列を作らないために予約のシステムを完備しています。入場に予約が必要なだけでなく、個々のパビリオンも予約制で、当日空いているパビリオンもアプリを通して予約しなければなりません。
その結果、来場者は予約したパビリオンから予約したパビリオンへと巡ることになります。速水さんは自身の補足として、予約したスケジュールをなぞる行動パターンになってしまうことが、予約社会の話の前提だと整理しています。
藤村さんがさらに指摘したのは、万博の体験がすべてスマホありきだという点です。パビリオンの中でもQRコードをかざし、アプリをダウンロードして展示を見る仕組みになっています。
速水さんによれば、建築の魅力は、巨大さや見上げる感覚、素材、空間など、その場に行かないとわからないところにあります。ところが万博では、事前予約も通過もパビリオン内の展示も、人の行動原理が全部スマホになってしまいます。
地図とかを見たり、スマホ上の地図を見たりする時に、建築物、目印になってしまって、主眼はスマホ。
藤村さんが感じたのは、ユーザーの経験が主にスマホを通したものになり、目の前の建築物が目印になってしまうという無力さでした。速水さんはこれを「非常に面白い話」だと受け止めています。
事前予約
入場もパビリオンも予約制で、予約のことで頭がいっぱいになる
移動
スマホの地図を見ながら進み、建築物はただの目印になる
展示
パビリオン内でもQRコードとアプリが前提になる
結果
経験の主眼がスマホになり、建築の魅力が届きにくくなる
電話の普及が人をスケジュールに縛った?
速水さんは、スマホや事前予約制そのものが悪いと言いたいわけではありません。予定調和を生むという批判も、結局はテクノロジーの使い方の問題であり、否定してもしょうがないと話します。
そのうえで速水さんがたどり着いたのは、事前予約はテクノロジーとともに発生したものだと考えるべきだ、という見方です。手がかりは、吉見俊哉 ── 日本の社会学者。メディアや都市、文化の歴史を研究していますさんが著書『メディアとしての電話』で書いていた、電話の普及で人はスケジュールに縛られるようになった、という話です。
吉見さんの本は、80年代の山本夏彦 ── 日本のコラムニスト・編集者。辛口の時評コラムで知られましたさんのコラムを引用しています。かつて誰かの家に挨拶や遊びに行くことは、子どもに限らず突然行くものでした。
日曜日に家にいると誰かが訪ねてくるのは当たり前でした。ところが電話が普及すると、事前に連絡しないで訪ねることが失礼になり、その風習はなくなったといいます。
日本で家庭用の電話が普及し始めたのは1960年代で、変化はそれより後のことです。山本さんのコラム自体は80年代後半ごろに書かれたものだと速水さんは説明しています。
コラムでは、そこからアポイントメントという言葉が広まり、スケジュールを埋める感覚が当たり前になったとも書かれています。電話で相手の都合を確かめ、自分もそれに合わせて予定を組み、お互いの未来の予定を埋め合って忙しくなった、という話です。
速水さんはこの話の続きを考えます。電話の後にメッセンジャーやメールが出てくると、電話は相手の時間を奪うものになり、生半可な用事ではかけられなくなりました。
で、ある種昔でいうと(電話は)突然人の家に行くぐらいのことになった。
事前にメールやメッセンジャーで済ませておこうという社会になると、事前予約社会の度合いは電話時代よりさらに増すと速水さんは見ています。
万博の記憶は予約の大変さになる?
速水さんは、映画館や美容室、レストランが予約前提になっていったことも、メールやメッセンジャーが普及し、それでやりとりするプラットフォームができたことと関わっていると考えています。そして、人々がそれに慣れてしまったのだといいます。
お店の予約は、いまだに電話でする人とアプリ経由でする人の両方がいます。速水さんは今を過渡期と捉えつつ、「今は電話を取ってくれない店も多くない?」と、予約のシステムが少しずつ変わっていく様子を語ります。
大阪万博が予約制になったことも、藤村さんが指摘したように社会的な変化の一つです。速水さんは、いつか過去を振り返ったとき、「あの時代から予約が必要になった」「あの万博は予約が大変だった」と思い出されるかもしれないと話します。
速水さんは、かつての大阪万博(開催年)について、自身は生まれていなかったとしつつ、人々が新しい体験として記憶しているものを挙げます。フランチャイズの外食チェーン、ケンタッキーフライドチキン、各パビリオンの巨大スクリーンの映像、お祭り広場からの毎日の衛星中継などです。
その当時新しかったテクノロジーの体験だったんですよ。で、それは(かつての)万博の幸せなところ。
それに対して今回の万博で記憶されそうなのは、アプリのUIが悪い、Wi-Fiがつながらない、予約が大変だった、ということかもしれません。速水さん自身、少しネガティブに言っていると断りつつ、その可能性はあると話しています。
外食チェーンやケンタッキー、巨大スクリーン、衛星中継など、新しいテクノロジーの体験
アプリのUIの悪さ、Wi-Fiのつながりにくさ、予約の大変さ
予定を埋めすぎないためのテクニックとは?
調整さんもGoogleカレンダーもある今の時代、予定は埋めようと思えば無限に埋まっていくと速水さんは言います。会社員はスケジュールが公開され、ミーティングの時間がどんどん決められていくのが当たり前になっています。
速水さんの考えは、事前予約社会に乗っかりすぎないほうがいい、というものです。テクノロジーのどこを使い、どこを使わないかを選び、自分のフリーハンドをどう残すかさえテクニックになっていくといいます。
速水さんが「なるほど」と思った例が、この番組にもゲストで来た幻冬舎の箕輪厚介さんです。箕輪さんは、あまり先の予定を決めたくないタイプだといいます。
箕輪さんが先の予定を決めない理由は、後から優先順位の高い予定が来たとき、先の予定をキャンセルする手続きがめんどくさいからです。それでも、絶対にそちらを優先したほうがいい場面はあります。
ただ、その先の予定っていうのは別の予定とのトレードオフなんですよ。こっちを選ぶとあっちを選べなくなるっていうね。
速水さん自身も、打ち合わせやイベントの後に飲み会になりそうなときは、その後に仕事を入れないといいます。予定をどんどん入れると「俺この後仕事だわ」となり、もっと面白い予定とぶつかってしまうからです。
鉄道の標準時間が人を忙しくした?
速水さんは、電話の話に加えて、鉄道が生まれたときの変化にも触れます。駅と駅で時間を合わせないと事故が起きるため、同じ時間を基準にする必要があり、標準時間 ── 地域ごとにばらばらだった時刻を、広い範囲で共通の基準にそろえた時間。鉄道網の発達が普及を後押ししたとされますが生まれました。
標準時間ができると、それまであまり決まっていなかった劇場の開演時間なども決まった形になっていきました。当時のブルジョワは駅から劇場まで馬車で移動し、その時間に着くよう鉄道が運行され、すべての時間が連動して決められていったといいます。
速水さんによると、19世紀末から20世紀ごろに人々、特にブルジョワが忙しくなりました。労働者が忙しくなるのはもっと後のことで、それ以前の人たちは時間に追われる生活ではなかったといいます。
鉄道の誕生
駅同士で時刻を合わせる必要が生まれる
標準時間
共通の時間が基準になり、開演時間などが決まっていく
近代の忙しさ
鉄道・馬車・劇場の時間が連動し、ブルジョワから忙しくなる
事前予約社会
時間の感覚を覚えて忙しくなった末に生まれる
速水さんは、事前予約社会についてはすでに誰かが書いているはずだとし、鈴木謙介さんあたりは書いていそうだと話します。誰が何を言っているのか、一度調べてみたいと締めくくっています。
まとめ
調整さんで決まらなかった飲み会や、予約だらけの大阪万博から始まった話は、電話やメール、さらに鉄道の標準時間の歴史へとさかのぼりました。速水さんは、事前予約社会をテクノロジーとともに生まれたものと捉えつつ、それに乗っかりすぎず、自分のフリーハンドを残す工夫が必要だと語っています。
- 調整さんは公平な多数決のよいソフトだが、優先順位を入れないぶん、使う人やメンバー選びによっては日程が決まらない
- 大阪万博では予約とスマホが体験の中心になり、建築家は目の前の建築物の無力さを感じた
- 電話の普及で突然の訪問が失礼になり、メールやメッセンジャーの時代には事前予約社会の度合いがさらに増した
- 先の予定は別の予定とのトレードオフであり、箕輪厚介さんのように先の予定を決めすぎない工夫もある
- 鉄道の標準時間が開演時間などを決め、近代の人々を忙しくした流れの先に、事前予約社会がある


