『アメリカン・グラフィティ』は地元を出るか残るかの物語だった
速水健朗さんは、映画『アメリカン・グラフィティ』を初めて見たとき、車と音楽に圧倒されてストーリーが頭に入ってこなかったといいます。いろんな人物が登場するオムニバスで、筋立てのない話だと捉えていたそうです。
まあ何度も見てるうちに、これ(アメリカン・グラフィティ)明らかに物語があるじゃんっていう、やっと気づくっていうね。
速水さんによれば、『アメリカン・グラフィティ』の物語の軸は、主人公カートが地元の街を出るか残るかという二択に迷う話です。地元には仲間がいて、生まれ育った場所への愛着もあり、仲間の大半は街に残る道を選んでいます。
一方でカートは、自分の街が小さく、外にもっと大きな都会があることを知っています。東海岸の大学への進学が決まっていて、そこへ行くことが人生のスタートラインだとわかっているのです。
カートの友達スティーブは優等生で、車を持ち、地元にガールフレンドもいます。スティーブも進学が決まっていましたが、ガールフレンドとの喧嘩をきっかけに関係を見つめ直し、進学を1年諦めて地元に残ることを選びます。
地元に後ろ髪を引かれながらも、空港で仲間に見送られて街を出ていく
ガールフレンドとの関係を見つめ直し、進学を1年諦めて地元に残る
最終的にカートは、地元に後ろ髪を引かれながらも、みんなに空港まで見送られて街を出ていきます。物語はそこでエンドロールを迎えます。
親戚の中の「よそ者」という速水さん自身の立ち位置
速水さんは、自身の家族の話にも触れます。父親の実家は秋田の農村部で、祖父が事業を潰したこともあり、父の兄弟は全員地元に残って郵便局や日通、官僚といった職に就いたそうです。
速水さんは、地元に事業がないと残る選択肢は限られ、インフラ系のような堅い職に落ち着くと説明します。郵便局については、特定郵便局 ── かつて地域の名士や地主などが局長を務め、世襲されることも多かった小規模な郵便局。地域社会で一定の地位を持つ存在でしたは地主が継ぐ職業で、結構偉い立場だったと話しています。
その中で速水さんの父親だけが地元を出てサラリーマンになりました。そのため親戚の中で、速水さんの家族だけが「よそ者」のポジションだったといいます。母方も同様で、母親はサラリーマンと結婚したことで若い頃に地元を出た側の人間だそうです。
速水さんは、人には地元に残る人と都会へ出る人という大きく2つのパターンがあり、『アメリカン・グラフィティ』はその普遍的な話を描いていると位置づけます。
ルーク・スカイウォーカーもまた地元を出たかった若者
速水さんは、ジョージ・ルーカスが数年後に撮った『スター・ウォーズ』も、『アメリカン・グラフィティ』と全く同じ構造だと指摘します。ルーク・スカイウォーカーが住むタトゥイーンは、宇宙の辺境にある砂漠の星です。
とにかく理由は何でもいいんですよ、お姫様を救うこととか、その共和国を救うこととか、そういうのはどうでもよくて。
とにかくルークは外に出るきっかけが欲しくて、とにかくウズウズしていた。
速水さんの読みでは、ルークは戦争が始まり、自分が重要な役割を帯びているという話を持って空港へ向かいます。そこでハン・ソロと出会い、本当に宇宙へ行く手段を見つけます。ルーカスは地元を離れるカートと同じ話を、ルークで描いたというのが速水さんの見立てです。
トードとR2-D2、バーガースタンドと宇宙空港
速水さんは、ルーカスの商業的な最初の作品として『アメリカン・グラフィティ』を見ると、後の『スター・ウォーズ』につながる要素がめちゃめちゃ多く詰まっていると話します。
『アメリカン・グラフィティ』には、普段スクーターに乗る、メガネで背の低いトードという男の子が登場します。トードはスティーブから車を借りてナンパに出かけ、スマートで背の高い金髪の女の子と珍道中を繰り広げます。
速水さんは、背の低いトードと背の高い女の子のコンビが、明らかに後のR2-D2とC-3POの凸凹コンビだと指摘します。並んで歩く姿は、見れば一発でわかるといいます。
さらに、タトゥイーンの宇宙空港でさまざまな種族の宇宙人が集まり酒場が盛り上がる場面も、『アメリカン・グラフィティ』の冒頭に重なると速水さんは見ています。スケートを履いた店員が働くハンバーガースタンドに、街中の若者がいろんな乗り物で集まってくる様子が、宇宙空港のようだというのです。
| 要素 | アメリカン・グラフィティ | スター・ウォーズ |
|---|---|---|
| 地元を出る主人公 | カート | ルーク・スカイウォーカー |
| 凸凹コンビ | トードと背の高い金髪の女の子 | R2-D2とC-3PO |
| 人が集まる場所 | ハンバーガースタンド | タトゥイーンの宇宙空港 |
| よそ者の若者 | ハリソン・フォードが演じたレース相手 | ハリソン・フォードが演じたハン・ソロ |
地元を離れた人にしかわからない感覚と、蛇足の凱旋
速水さんは、地元を離れて全然違うところへ行くというカートやルークの心情は、東京生まれ東京育ちで地元を離れたことがない人にはわからない感覚かもしれないと話します。地元を出るか出ないかは、とくに離れた人間にとって大きいことだといいます。
速水さんは地元の同窓会に行ったことがなく、地元で行われる同窓会と都会で行われる同窓会は基本的に別物だと考えています。親戚が集まる場での居場所のなさも、子どもの頃から感じてきたそうです。
なんか一回町を出たやつっていうのの息子だし、自分もそこ(父の地元)にはゆかりのない人間だっていう前提。
速水さんは、こちら側の後ろめたさのようなものが、そこはかとなくずっとあると振り返ります。そのうえで『スター・ウォーズ』エピソード4のラストを例に挙げます。
エピソード4の最後、ルークは反乱軍のパイロットとして認められ、みんなに囲まれて終わります。速水さんにとってこれは、地元を出たやつが新しい居場所を見つけたという大団円で、それ以上のラストはないといいます。
速水さんは、『スター・ウォーズ』がルークが地元を出てからの話を描くのに対し、『アメリカン・グラフィティ』は地元を出るまで、つまり地元そのものを描いていると整理します。ルーカス自身が経験した高校時代、街に活気があり、若者たちが車で夜通し遊び、ラジオからロックンロールが流れていた時代です。
地元を出るまでの話。活気ある街と若者たちの夜が描かれる
地元を出てからの話。ルークが新しい居場所を見つけて終わる
『アメリカン・グラフィティ』を下敷きにした日本のヤンキー漫画
速水さんは、『アメリカン・グラフィティ』をベースにした日本のヤンキー漫画として、楠みちはるの『シャコタン☆ブギ』を紹介します。1984年に短編で最初に発表され、その後1986年から1995年まで連載が続いた作品です。
当時のヤングマガジン ── 講談社が発行する青年漫画誌。1980年代には不良漫画や青春漫画を多く掲載していましたには、『ビー・バップ・ハイスクール』や『バタアシ金魚』、『ハロー張りネズミ』などが載っていたと速水さんは振り返ります。大友克洋の『AKIRA』は、ほぼ休載でやっている時のほうが少なかったイメージだそうです。
速水さんは、これらの中で今も読まれている作品というと『AKIRA』になってしまうとしつつ、その誌面で『シャコタン☆ブギ』が連載されていたと話します。
農家の跡取りがソアラに乗る、という80年代のリアル
『シャコタン☆ブギ』の舞台は高知県で、主人公は高校生のハジメとコウジです。2人は先輩後輩ですが、ハジメが留年しているため同じ高校2年生です。
18歳のハジメは免許と車を持っています。実家が農家で、跡を継ぐ約束をする代わりに親が車を買ってくれたという設定で、当時の高級車トヨタ・ソアラに乗っています。
速水さんは、この設定自体はギャグ漫画的だとしながらも、80年代の農家が裕福で、土地の高騰が始まっていたのは事実だと話します。当時の農家は減反政策 ── 米の生産過剰を抑えるため、作付面積の削減を求め、その代わりに補助金を出した日本の農業政策などの補助金で守られた産業でした。
一方で農家には担い手がいないことが一番の課題でした。速水さんは、なんとかして息子を地元に留めておきたいという親の気持ちは、かなりリアルな話だと見ています。
ソアラやセリカXXといった当時の若者向けスポーツカーは、都会のヤッピー的な新しい都市生活者向けという商品設定だったのではないか、と速水さんは推測します。ところが実際にソアラに憧れて乗っていたのは、地方の若者たちだったというのもリアリティがあるといいます。
トヨタってそういうメーカーなんですよ。垢抜けなさみたいなものがね、ソアラって結構詰まってるところがあるんですよ。
ハジメとコウジは都会を夢見ていた
『シャコタン☆ブギ』のハジメとコウジは、ソアラで町のゲームセンターやロータリーに繰り出し、歩いている女の子をナンパします。速水さんは、これがヤンキー漫画でありながら非常に日常系、日常青春系の作品だと話します。
速水さんによれば、ハジメとコウジは田舎にとどまるヤンキーではなく、いつかこの街を出て都会で暮らすことを夢見ています。連載は10年ほど続いたためバブル時代に入り、夏休みに六本木へ出稼ぎのバイトに行く話も出てきます。
六本木のディスコでナンパしようとして惨敗するという話で、イケメンのコウジだけはうまくいきかけるものの、ハジメが足を引っ張る展開が多いそうです。
ジュンちゃんとジョン・ミルナー、小さな町のヒーロー
速水さんは、『シャコタン☆ブギ』が『アメリカン・グラフィティ』の影響で描かれていることに、9割9分の読者は気づかずに読んでいたのではないかと話します。その根拠として挙げるのが、ジュンちゃんというキャラクターです。
ジュンちゃんはハジメたちの先輩で、自分の自動車整備工場を営む腕のいいメカニックであり、ストリートレーサーでもあります。喧嘩も強く女の子にもモテる地元のヒーローで、乗っている車は「箱スカ」と呼ばれるスカイラインGT-Rです。
速水さんは、ジュンちゃんのモデルは明らかに『アメリカン・グラフィティ』のジョン・ミルナーだと指摘します。ミルナーは若者たちのボスで、レースで負けたことがなく、ブルージーンズに白いTシャツというジェームス・ディーン ── 1950年代のアメリカの俳優。『理由なき反抗』などで反抗的な若者像を体現し、Tシャツとジーンズ姿が若者文化の象徴になりましたスタイルのヒーローです。
映画の中でミルナーは、よそから来た相手とのストリートレースに勝ちます。しかしミルナーは、相手のミスで勝っただけで、むしろ負けそうだったと言います。仲間たちはミルナーは最高だと言いますが、ミルナー自身は自分の時代の終わりを感じている、というのが映画の最後だと速水さんは説明します。
映画の途中には自動車の廃棄場の場面があり、ミルナーがこの町は昔もっと栄えていたと愚痴をこぼします。速水さんは、このキャラクターが入れられた理由を、アメリカの古き良き小さな町の変化に見ています。
古き良きリトルタウン
若者たちが夜から朝まで遊ぶにぎやかな場所
モータリゼーション
街がどんどん郊外化していく
街の衰退
街が活気を失い、若者たちは都会へ行くようになる
速水さんは、『シャコタン☆ブギ』のジュンちゃんも同じ構造を抱えていると話します。ジュンちゃんは町のボスでヒーローですが、そこにとどまることしかできない小さな町のボスでしかないことを、みんな薄々感じているというのです。
ハリソン・フォードとハン・ソロ、都会を出た孤児
速水さんによれば、ジョン・ミルナーにレースを挑むよそ者の若者を演じたのは、まだ名前が出る前の若手時代のハリソン・フォードです。その4年後ほどに、ハリソン・フォードは『スター・ウォーズ』でハン・ソロを演じます。
ハン・ソロは一匹狼のタフガイです。速水さんが出身を調べると、コレリアという都市スラムのような場所だったといいます。
速水さんは、ハン・ソロは田舎育ちのルークとは逆に、都会の孤児として育ち、そこを出て地元を離れて生きている人物だと位置づけています。
フォースの超能力化と、ルークへの共感
速水さんは、『スター・ウォーズ』がシリーズを追うにつれてつまらなくなっていった理由として、フォースを特殊能力の超能力バトルのように描いてしまったことを挙げます。そうなると何でもありになり、観客がついていけなくなったという見方です。
やっぱルーク・スカイウォーカー、なぜ共感できてたかっていうと、彼はタトゥイーンの田舎町で2つ登る月を見ながら、いつかここを出て自分は何者かになるんだっていうね。
速水さんは、ルークの姿を「田舎っぺ大将みたいな話」と例え、ルーカスは『田舎っぺ大将』を見て『アメリカン・グラフィティ』と『スター・ウォーズ』を書いたのかもしれない、と冗談を飛ばします。直後に「それは嘘ですけど」と自ら打ち消しています。
湾岸ミッドナイトとの対比、そして日本の「1962年」はどこか
速水さんによれば、楠みちはるは『シャコタン☆ブギ』の連載途中から『湾岸ミッドナイト』の連載を始めており、2作は時期が重なっています。速水さんは、2作はまるっきり逆の話だと話します。
首都高湾岸線の直線をチューンアップカーで猛スピードで走る話
地方都市を舞台にした、ほのぼの日常系の青春話
速水さんは、この対比がジョージ・ルーカスが『アメリカン・グラフィティ』の時代を「アメリカの頂点」として描いたことと少しつながると話します。なぜその年なのかには、はっきりした理由があるといいます。
その理由はケネディ暗殺の前の年であることです。ケネディ暗殺以降いろいろなものが変わっていくため、その直前にユートピアを見出しているというのが速水さんの説明です。
では日本でそれに当たる時代はいつなのか。速水さんは、ビフォアバブル、アフターバブルという線引きで、日本のある時代を考えることができるかもしれないと述べています。
番組の最後には、団地団による「団地と映画展」が日本橋高島屋で開催中であることや、動画チャンネル「シラス」の本紹介番組「ブックディギン」で『シャコタン☆ブギ』回を配信したことが告知されました。
まとめ
速水健朗さんは、『アメリカン・グラフィティ』を地元を出るか残るかという普遍的な物語として読み直し、その構造が『スター・ウォーズ』と『シャコタン☆ブギ』にも受け継がれていると語りました。自身も親戚の中の「よそ者」として育った経験から、地元を離れる者の心情を重ねています。
- 『アメリカン・グラフィティ』は、地元を出るカートと残るスティーブの選択を描いた物語
- 『スター・ウォーズ』のルークも、地元を出たくてウズウズしていた若者で、新しい居場所を見つけるラストが大団円
- トードと金髪の女の子、バーガースタンドなど、『スター・ウォーズ』の原型が『アメリカン・グラフィティ』に詰まっている
- 『シャコタン☆ブギ』のジュンちゃんは、時代の終わりを感じるジョン・ミルナーと同じく「小さな町のヒーロー」の構造を持つ
- アメリカのケネディ暗殺前に当たる日本の時代は、バブル以前とバブル以降の線引きで考えられるかもしれない



