コーヒーを持ってエレベーターに乗るのは、いつから普通になったのか?
速水健朗さんは、1990年代に会社員として働いていた頃の感覚から話を始めます。当時の日本では、紙のカップに入ったコーヒーを手に持ってエレベーターに乗ることは考えられず、持ち込むとしてもせいぜい紙袋に入れる程度だったといいます。
一方でアメリカ映画では、外で買ったコーヒーをおしゃれなペーパーカップのまま持ち込み、オフィスで飲む場面が描かれていました。日本のオフィスではユニマットの自販機でコーヒーを買うのが普通で、速水さんは「アメリカ映画のコーヒーはこうじゃない」と感じていたそうです。
でもね、(19)97年か98年ぐらいにね、ある日革命が起こるんですよ。
話の入口になったのは、スターバックスが大量の店舗削減を行うというニュースです。速水さんによると、アメリカではかなり前からスターバックスのブランド力が失われ、売上が落ち、若い人に支持されなくなっているといわれていました。
スターバックスが支持を失った理由について、速水さんは政治的な要因も挙げます。イスラエルを支持している企業だとしてボイコットする人がいるほか、それ以前から、グローバル企業としてフェアトレードの面で批判されることもありました。
速水さんは、かつて「反グローバル」といえばマクドナルドやスターバックスが標的になった時代があったと振り返ります。そうした運動をしていた人たちは、今は反オリンピックの活動に移っているのではないかとも話しています。
速水さんの見立てでは、ロサンゼルスで次のオリンピックが開かれると決まった頃から、アメリカの左派運動が反オリンピックに集まりました。その最初の実験台になったことが、東京オリンピックのある種の悲劇だったといいます。
『ユー・ガット・メール』と『ファイトクラブ』に映ったスターバックス
速水さんは、1980年代末から90年代末にかけて、アメリカ映画で刑事ものの警察署や職場のオフィスが描かれる場面が増えたように感じていたといいます。そうした場面では、登場人物の多くがコーヒーを飲んでいました。
コーヒーを持ったままエレベーターに乗る場面で速水さんが印象に残っているのは、日本では1999年に公開された『ユー・ガット・メール』です。速水さん自身も、記憶違いならごめんなさいという前置きをしたうえで話しています。
速水さんの世代にとって『ユー・ガット・メール』は、観た人がみんなAOL ── アメリカ・オンライン。1990年代に急成長したアメリカのインターネット接続サービス大手で、2000年にタイム・ワーナーとの合併を発表しましたでメールアドレスを取った作品だそうです。AOLはのちにタイムワーナーと合併し、その合併は世紀の大失敗M&Aの代表として本が出るほどだったと語られています。
『ユー・ガット・メール』は、トム・ハンクスとメグ・ライアンが主演するニューヨーク舞台のロマンティックコメディです。独立系書店で働くメグ・ライアンと、大手書店側のトム・ハンクスは商売上のライバルですが、ネット上では互いの正体を知らないままメール友達になっています。
『ユー・ガット・メール』では、作中のコーヒーの場面にスターバックスが登場します。当時の日本では、サザビー ── 輸入家具などを手がけていた日本の企業。紅茶専門店のアフタヌーンティーも展開し、スターバックスの日本進出でも提携しましたがスターバックスを丁寧に広げていた時期で、1999年の時点で国内店舗はやっと50店舗に届くかどうかだったといいます。
速水さんは、その頃のスターバックスはアメリカでも、ラブロマンスの小道具に使われるくらいおしゃれな存在だったのだろうと推測します。
同じ1999年には『ファイトクラブ』も公開されていて、こちらにもスターバックスが出てきます。速水さんによると、デヴィッド・フィンチャー監督があらゆる場面のどこかにスターバックスのロゴが映るよう演出したという話があるそうです。
『ファイトクラブ』では、既存のテレビや消費社会に飽き飽きした若者たちが描かれ、消費社会の記号としてIKEAやスターバックスが登場します。速水さんは、当時の日本人はIKEAを知らず、スターバックスもおしゃれなブランドという印象が強かったため、消費社会の象徴としては受け止めきれなかったのではないかと話しています。
おしゃれから日常へ。スターバックスのブランドはどう変わったか
速水さんが最近観たのは、2006年のドキュメンタリー映画『スターバッキング』です。監督が車で全米のスターバックスを全部回ろうとする話で、1日に20店舗や30店舗を訪れているのかもしれないと速水さんは話します。
これ(店に)行くたびに何か1杯飲むっていうルールなんだけど、もうコーヒーの匂いを嗅いだだけで、スターバックスの匂いがその車に移っただけで吐き気がするみたいな。
『スターバッキング』の監督は、スターバックスが好きで回っているのではなく、全店舗を見なければ気が済まない男として自分自身を描いています。速水さんが面白いと感じたのは、その時点のアメリカでは、もうスターバックスがおしゃれだという前提がなくなっていたことです。
作中で監督がガソリンスタンドで隣の男に店の場所を尋ねると、「まっすぐ行って右」と教えられても、そこに店がなかったりします。速水さんは、みんなうろ覚えで、スターバックスに飽きてしまったアメリカ人の様子が伝わってくると話しています。
2006年の時点で、スターバックスの店舗数は1万ほどにまで増えていたといいます。速水さんは、1999年から2006年までの間にスターバックスのブランドが大きく変わったのだろうと見ています。
日本でも2000年ごろから急に店舗が増えました。速水さんはほぼ毎日タリーズとスターバックスの両方に通っていて、コーヒーの質だけならタリーズのほうが上で、その差はむしろ開いていると感じているそうです。
それでも速水さんは、総合的な体験としてはスターバックスに行く回数のほうが多いといいます。ただし、今もスターバックスをおしゃれだと思っている人には、10年何もアップデートしていないと感じてしまうとも話しています。
速水さんは、スタバを使わない人の中には、Apple信者が嫌いな人のようにスターバックスを苦手とする層がいて、その人たちがむしろ10年前の幻想を維持していると見ています。速水さんの感覚では、スターバックスはもう安い店であり、アメリカ人にとっては完全にそうなっているといいます。
ハワイに住むアメリカ人の友人に案内してもらったとき、速水さんはいろいろなスタバを見たくて行きたがりました。友人はスタバを完全にバカにしていて、自分は行かないから一人で行ってこい、もっといいコーヒーを後で教えてやる、という調子だったそうです。
速水さんは、ホノルルのスタバは店としてはレベルが高かったものの、コーヒーとして特別うまいわけではなかったと振り返ります。
なぜスターバックスには高齢者が少ないのか?
速水さんがスターバックスについて以前から不思議に思っていたのは、高齢者が少ないことです。観光地や地方では違うかもしれませんが、速水さんが通う7か所ほどのスタバでは、高齢者をほとんど見かけないといいます。
速水さんはその理由を本で読んだそうです。スタバでは、まずカウンターで注文し、その隣の別の場所で商品を受け取ります。注文と受け取りの場所が分かれた仕組みというユーザーインターフェイスに、高齢者がなじめないのだといいます。
先に席につき、メニューを見てからウェイターやウェイトレスに注文する。日本の喫茶店もアメリカの店も同じ形
カウンターで注文し、隣の別の場所で受け取る。サイズもショート・トール・グランデと独自の呼び方
従来のコーヒーショップのやり方でないと落ち着かないのは、世代的な特徴だと語られています。スタバ独自のサイズ表記に戸惑うことも、同じくユーザーインターフェイスの問題だと速水さんは整理しています。
速水さんは、似た例としてデバイスの話を挙げます。先にAndroidを使った人がiPhoneになじめないこと、スマホ世代がノートパソコンを使いにくいこと、パソコンから入った世代がフリック入力をできないことです。
ほかにも、ネット上とリアルで自分のペルソナを使い分ける感覚や、ストリーミングとダウンロードの感覚にも世代差があると速水さんは話します。
スターバックスって日本に来たの(19)96年でしょ。で、98、99年ぐらいにちょっとずつ増えて普及したとして、スターバックスネイティブ世代とインターネット世代って日本においては同世代。
場所も蔵書も非公開の「坂本図書」は、どう設計されているのか?
速水さんは、坂本龍一の蔵書が保管されている「坂本図書」に行ってきたそうです。坂本図書は、雑居ビルの一室を保管スペースにして、読書の空間として貸し出している場所です。
坂本図書は完全予約制で、東京都内にあることだけが明かされています。正確な場所は予約完了のメールで知らされ、利用時間も指定されます。少人数制で、速水さんが行ったときはほぼ貸し切りの状態でした。
速水さんは、坂本図書のルールを3つに分けて紹介します。ただし順番は、速水さんが便宜的に番号をつけたものです。
| ルール | 内容 | 速水さんの見方 |
|---|---|---|
| 場所 | 予約者にだけ知らされ非公開 | ネットにも漏れておらず、律儀に守られている |
| 会話・撮影 | 会話とスマホでの撮影が禁止 | 読書以外のことができない設計で、そもそもやる雰囲気ではない |
| 蔵書 | 蔵書リストが公開されていない | 何を読んでいたかという関心に対するネタバレ禁止に近い |
坂本図書では入り口で荷物を預け、室内は静かで、読書を邪魔しない音量のアンビエント音楽が流れていたといいます。店番の人の雰囲気も客を邪魔せず、室内は全体が暗く、手元だけが明るく照らされているそうです。
速水さんは、椅子と入り口の位置関係を含め、内装すべてがよくできた空間だったと評価しています。
坂本図書には全部の蔵書があるとは限らないため、ある分野の本がないからといって、坂本龍一がその分野に興味がなかったとは言えません。それでも、明らかに興味を持っていた分野はわかるといいます。
速水さんは、ドゥルーズ ── フランスの哲学者ジル・ドゥルーズ。20世紀後半の現代思想を代表する一人ですや浅田彰など現代思想の棚に納得したそうです。ティモシー・リアリーやジョン・C・リリーといった、テックと相性のよいニューエイジ系の本も懐かしく手に取ったと話しています。
スマホのせいで5分以上何かに集中することがなくなった今、坂本図書は読書のためだけの時間を買い取る場所のようだと速水さんは感じています。
入る前に雑居ビルのドアの前でルールを確認していたところ、中から静かに人が出てきて、名前を呼んで迎え入れてくれたそうです。速水さんは、体験はそこから始まっていたと振り返り、一度体験してみるとよいかもしれないと勧めています。
『ファイトクラブ』のルールと、緊張を強いるカフェのルール
速水さんは、坂本図書の「場所は非公開」というルールに『ファイトクラブ』っぽさを感じたといいます。『ファイトクラブ』は、場所を秘密にした格闘技の集まりが増殖していく話です。
「ファイトクラブについては口にしてはならない」。「ルールその2、ファイトクラブについては口にしてはならない」っていう、なんかこの、何て言うの、繰り返し。
速水さんによると、『ファイトクラブ』の原作者チャック・パラニュークの小説は、映画より前にブレイクしていました。中身について触れてはいけないというルールそのものが拡散する、というアイデアが受けたのだといいます。
速水さんは、いいカフェができたと聞くと足を運ぶそうです。ところが、そういう店は実際に行ってみると面倒で、客に緊張感を強いることがあるといいます。
例えば「ノートパソコンの使用禁止」と書かれたカフェには、「ゆったりと流れる時間をお楽しみください」という理由が添えられています。それでも速水さんは、ルールが1つあるだけで監視されているように感じてしまうそうです。
(その張り紙を見た)瞬間に、「えー、これ、じゃあスマホの利用もダメってことだよね?」とか、「ちなみに会話するのはOKなんだろうか」とか、急にこっちにちょっと緊張を強いてくる。
結局、そうしたカフェは落ち着かず、速水さんは10分で出てしまうこともあるそうです。ゆったりした時間を掲げる店が、一番ゆったりできない場所になり、最後はスタバに行ってしまうといいます。
対照的な例として挙げられたのが、四谷にある東京で一番有名なジャズ喫茶「いーぐる」です。昼から夕方は会話禁止でジャズが大音量で流れていますが、ノートパソコンは使ってよいため、仕事をする客も多いそうです。酒の時間帯になると会話もOKになります。
速水さんは、大音量の中ではむしろ仕事がはかどる気もすると話します。ジャズ喫茶はもともとそういう場所なので、ルールが多いと感じた人には「ご愁傷様」というだけだといいます。
最近話題になったのは、伊集院光さんが、四国のものと思われる人気うどん店で、3列縦隊で並ぶよう決めたルールを見て入り口で引き返したというトークです。そのトークには賛同の声が多く寄せられたそうです。
速水さんは、人気店が列のはみ出しによる迷惑を避けるためにルールを作り、マナー違反が問題になるたびに厳しくなる事情も理解できるといいます。店にはルールを決める自由があり、客には使わない自由があるという考えです。
ただ、速水さんが問題だと考えるのは別の点です。店側はそこまで厳格に運用したいわけではないのに、ルールに従いすぎる客同士がギスギスし、互いを糾弾し合ってネットに書く状況が起きていると指摘します。速水さんは、そこにこそルールを厳格化することの本質がありそうだと見ています。
説明書を読まない時代と、父親に似ていく自分
速水さんは、スタバの注文方式も、うどん店の行列も、坂本図書の設計された空間も、ルールというよりユーザーインターフェイスの話だと考えています。
現代はチュートリアル時代なので、説明書読まないんですよね。で、ユーザーインターフェイスが優れている場合っていうのは、読まなくても自然と何をすべきかがわかるっていう状況じゃないですか。
一方で、ルールそのものも必要です。速水さんは、ルールとユーザーインターフェイスの関係について、この時点ではまだ理路整然と話せるほど考えがまとまっていないと認めています。
速水さんは、収録がすでに30分ほどに及び、喋りすぎているのは夏が終わったからかもしれないと話します。夏は苦手で、秋はさらに苦手な季節ですが、寒暖差アレルギーになる前の今はまだ元気なのだといいます。
速水さんの父親も、ほこりやブタクサに弱く、コロナ以前から家の中でもマスクをしていたそうです。速水さんは父親と真逆に生きることをモットーにしてきましたが、だんだん父親に似てきていると感じています。
速水さんの父親は、部屋も、母親の実家までも本で埋め尽くしてしまうほどの読書家でした。2006年ごろに会社を辞めたとき、速水さんは両親にMacのノートブックを贈り、当時のはてなダイアリーの使い方を教えたそうです。
速水さんの父親は、そこから10年ほどブログを書き続けました。キャプテン・クックやマルコーニの無線技術など、歴史とテクノロジー、経済に関する内容が中心だったといいます。
俺はだからその当時、自分の父親が興味を持ってるものに全く何が面白いのかわからなかったんだけど、だんだん自分の興味っていうのがね、当時の父親に似てきているんですよね。
『ヴィクトリア朝のインターネット』と、パクリ絵師だったモールス
速水さんは今、モールスの話がとても面白いと感じているそうです。きっかけは、一昨年ぐらいに文庫化された『ヴィクトリア朝のインターネット』という本です。
『ヴィクトリア朝のインターネット』は、電信が発明された時代を扱っています。速水さんによると、電信の歴史は鉄道の歴史と大きく重なり、駅の間で到着時刻などを電報でやり取りしていたといいます。
手旗信号
電気信号になる前は、手旗信号などで情報を伝えていた
電信
電気信号により、すごいスピードで遠くまで届くようになった
モールス信号
オンとオフしか伝えられない信号を、トンツーの規則性で記号化した
速水さんは、電信は現代でいうインターネットのようなもので、インターネットの起源をさかのぼると1830年ぐらいになるといいます。そこに、メディア論とテクノロジーと記号論が重なってくるそうです。
速水さんによると、モールス信号を作ったモールスはエンジニアではなく絵描きで、しかも贋作を売るパクリ絵師だったといいます。そのモールスが記号に目をつけた話は、今の文字コードの原点にも通じると速水さんは見ています。
おそらく自分の親父がたどった「これ面白え」っていうのを10年、15年遅れで俺は面白えと思ってるんですよ。
ラーメン二郎は、なぜ官僚制に似ているのか?
速水さんは話をルールに戻し、ラーメン二郎を取り上げます。ラーメン二郎には運用のための厳格なルールがあり、そのルールに従いすぎる客しか来ない店だと速水さんは見ています。
最近は、ラーメン二郎の独自ルールを破ることがネットで定期的に話題になっているそうです。速水さんは、ルールを叩き込まれて愛している二郎ファンは、むしろ素人が店に来るほうが悪いと思っているのではないかと話します。
ラーメン二郎って何に似てるかっていうと、官僚制っぽいんですよ。
速水さんは、ChatGPTに「ラーメン二郎と官僚制について共通点を挙げてください」と質問し、その回答を番組で読み上げました。
ChatGPTの回答の1つ目は「ルールが徹底している。注文の仕方や食べ方、退出のタイミングまで細かくルール化されている。それが個人の裁量を最小限にするための仕組みというあたりが官僚制的です」。
ChatGPTの回答の2つ目は、権威の所在が明確だという点です。回答では「ラーメン二郎の権威は店主に集中します」とされ、客は「ニンニク入れますか?」という問いに答え、マシマシという専門性の高い用語を使うよう強いられると説明されています。
速水さんは、ChatGPTの回答について、権威が生まれる手続きにこそ権力が発生するという点を鋭いと評価しています。官僚制は手続きに宿る、という読み方です。
3つ目以降の共通点については、速水さんも「ん?」と思うところがあったそうです。官僚制と権力はフーコーやウェーバー、『ブルシット・ジョブ』の著者らが論じてきたテーマですが、ChatGPTがそれをわかっているのかどうかはわからない、という受け止め方でした。
速水さんが考えたかったのは、ルールが場を支配するものなのか、それとも運用の仕方の問題なのか、という点です。ルールは必ずしも厳格に運用されるとは限らず、その場の空気を作るだけのこともあります。
速水さんは、罰を与えることよりも、ルールのもとで発生する手続きのほうが効力を持つ場合があると話します。官僚にまつわる話は、ペーパーワークが人を支配するという手続き的な権力の話であり、その中でユーザーインターフェイスがどう位置づけられるかを考えたいといいます。
速水さんは、スタバの注文と受け取りを分ける仕組みがある種の人を選別していることと、二郎の愛好家が手続きにはまっていることを並べます。官僚制の特徴である専門分化のように、「マシマシ」はそこでしか通じない官僚用語で、それを使うことが喜びになっているという見方です。
速水さんは、この考えがうまくまとまれば、今書いている本の1章分か、前書きになるかもしれないと話しています。
スタバの常連客に話しかけたら、覚えられていなかった
速水さんは、店舗を変えながら毎日スターバックスに通っていて、一番よく行く店舗には週に3回は行っているそうです。時間帯も決まっているため、ほぼ必ず会う客が2人いるといいます。
1人は、半年ほど毎日来ている、30代のすごく機嫌が悪そうな男性です。もう1人は、コロナ前から6〜7年ほど週3回ほど顔を合わせている、40代のとても機嫌がよさそうな男性です。
速水さんは今年になって、機嫌がよさそうな男性に思い切って話しかけたそうです。その男性は店員と顔見知りで日常会話もしている一方、速水さん自身はモバイルオーダーで注文して店員とも話さないため、相手からどう見られているのか気になっていたといいます。
「よくお会いしますね」っていう風に声をかけたら、向こうは全然俺のことを認識してなかったんですよね。
機嫌がよさそうな男性はぽかんとして「あ、そうなんですか」と答えたそうです。その後、気まずいながらも会話をすると、いつもiPadで絵を描いていたその男性は飲食店の人で、店を閉めてから来ていること、今度店が移転することがわかりました。
速水さんには、顔を覚えられにくく、印象が薄いタイプだという自覚があるといいます。一人で通っているバーで、7〜8回目にそろそろ常連になれたかと思って話しかけると「お客さん初めてですか?」と言われるのも、よくあるパターンだそうです。
なんか特定の印象を持たれにくいタイプなんだろうなっていうことはね、人生10歳ぐらいの頃から薄々と気づいてはいます。
新刊とイベントの告知、そして「半分石ころ帽子」の自分
終盤は告知です。速水さんが参加する団地団の6人の共著『世界は団地でできている』が、集英社新書から出ています。住宅が映画にどう描かれてきたかを70年分たどった本で、速水さんは会心の出来だとしながらも、あまり話題になっていないと話します。
速水さんのTwitterは、アルゴリズムの影響もあって投稿が500ほどしか読まれなくなっているそうです。このポッドキャストは1万ほど聴かれているため、告知をするならここだといいます。
TBSラジオの番組『文化系トークラジオ Life』のイベントが、2025年10月11日に京都で開かれます。昼は懇親会、夜はトークイベントで、どちらか一方の参加も、通し券での参加もできるそうです。
動画配信サイトのシラスでは、編集を入れないライブ配信を毎週行い、時事ネタや本の話をコメント欄とやり取りしながら話しているといいます。冒頭3分は無料です。10月19日にはゲンロンカフェ五反田でのイベントも予定されていて、詳細は近く公表されるそうです。
速水さんは、2008年に始めたTwitterを17年続けていることに自分でも驚いています。ブログやmixiは3年もすると飽きていたからです。Discordにはアカウントがあるものの友達が1人だけで、デジタル難民化していく焦りも感じているといいます。
速水さんは、自分の印象の薄さが見た目のせいなのか、話す内容のインパクトのなさなのか、全体の雰囲気なのかはわからないと話します。その印象の薄さがメディアの性質としても出てしまうのは危機的だとして、つまらなかったという感想でもいいので反響がほしいと呼びかけています。
なんか石ころ帽子ってあるじゃないですか、ドラえもんの道具で。あれなんだと思うんだよね。俺はなんか日頃から半分石ころ帽子をかぶってるようなところがあるというか。
速水さんは、自分がおとなしいタイプなわけではなく、よく喋り、出しゃばりなところもあるといいます。それでも、3回ほど言ったことを「初めて聞いた」と受け取られることがあるそうです。一方で、自分の短期記憶のなさから、言ったつもりになっているだけのことも多いだろうと笑いに変えて締めくくっています。
まとめ
スターバックスのニュースから始まった今回の話は、映画の小道具、注文方式、坂本図書、ジャズ喫茶、ラーメン二郎へと広がりました。速水さんは、店のルールをユーザーインターフェイスや官僚制の手続きと重ねて考えようとしています。
- スターバックスは1999年の映画ではおしゃれな小道具でしたが、2006年には飽きられた日常の店として描かれています
- 注文と受け取りの場所を分けるスタバの仕組みは、高齢者がなじみにくいユーザーインターフェイスだとされています
- 坂本図書は、ルールを押しつけるのではなく、空間の設計によって自然に読書に集中させる場所として語られています
- 速水さんは、ルールが問題になるのは店側よりも、ルールに従いすぎる客同士が糾弾し合うときだと見ています
- ラーメン二郎の「マシマシ」のような専用の言葉と手続きは、官僚制の特徴に似ていると考えられています



